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四部
4話
 街中に響く轟音と共に、屋敷の窓ガラスが割れた。

「おわーっ!?」

 自分の部屋で物思いに耽っていた俺は、突然のその惨状に、部屋中に飛び散るガラス片から頭を守っていた。
 おいなんだ今のは。
 と言うか、轟音の前に一瞬窓の外が明るくなった。
 と、言う事は……!

 俺は自分の部屋を飛び出し、めぐみんの部屋に駆け出した。
 めぐみんの部屋のドアを、そのままノックもせずに押し開ける!
「めぐみんっ! 無事か!?」
「ッ!?」

 そこには。
 僅かな月明かりのもと、窓を開け、そして窓から空に向けて爆裂魔法を放った体勢のめぐみんが……。

 上はヘソが見えそうなぐらいに短くなった、まるでパーカーみたいな状態になったローブを。
 そして下は黒いパンツ一丁の姿で、突然飛び込んできた俺を見て驚愕に目を見開き、それは悲鳴を上げる前兆だろう、思い切り息を吸い……!

 俺はそのめぐみんより先に、口を開いた。

「そのパーカーっぽい黒いローブなら、下は白が良いと思う」
 冷静に告げた俺に、めぐみんが息を止め。
「……紅魔族は黒を好むんですよ。……乙女の下着姿を拝んでおいてまた随分ですね」
「今更めぐみんの下着姿を拝んでもなぁ……。今朝は生尻を拝む寸前だった訳だし。……で、何があったんだ?」

 そのまま目も逸らさず平然と会話を続ける俺に、恥ずかしそうに短いローブの裾を前に引っ張り、なんとか下着を隠そうと努力しながらめぐみんは、
「その……眠っている最中に、ボンってなりかけまして……。慌てて跳ね起きて、窓を開けて魔法をぶっ放しました。……ガラス割っちゃいましたね。スイマセン……。……………………あと、こういった姿に遭遇した場合って普通はもっと、ゴメン! とか言って目を逸らすべきだと思うんです」
「お構いなく」
「構いますよ! ちょっとあっち向いててください!」

 渋々俺が部屋の出口へと振り向くと、ドアの陰から頭だけを覗かせ、じっとこちらをうかがっている、アクアとダクネスの二人と目が合った。
 二人も爆音を聞いて駆けつけたのだろう。
 だが二人は部屋に入ろうとはせず、下着姿のめぐみんと俺の姿を交互に見ている。
 というか、アクアの俺を見る目がおかしい。
 凄くおかしい。

「……あわわわ、カズマが……。カズマがとうとう同じ屋根の下の美女達に我慢が出来なくなり、牙を剥き始めたわ……!」
「おい滅多な事言うな、俺は何もしていないから!」

 慌ててアクアの言葉に反論するも、
「……そんな事を言われても、お前の場合は私に対しての夜這いの前科があるからな……」
「「ええ!?」」
 余計な事を言ったダクネスに、アクアと、更には俺の後ろで着替え中のめぐみんまでもが驚きの声を上げた。

「お、おい、止めろよ……、マジで止めろよ……、あれは未遂だっただろ……」
 弱々しい俺の声に、めぐみんとアクアが叫ぶ。
「「未遂!?」」
 なんと言う墓穴。

「まあ夜這いと言っても……。深夜に私の部屋に押し入り、叫ぼうとする私の口を塞いでベッドに押し倒し、抵抗する私の片手を封じてのしかかり……。そのまま私のお腹をまさぐったぐらいだ」
「「えっ」」
「おい待ってくれ! いや、合ってる! 合ってるんだけれども!!」
「「!?」」
 俺のその叫びを聞いて、スカートを履き終わっためぐみんが、たたたっと俺の脇をすり抜けた。
 そのままアクアとダクネスの後ろに隠れると……。

「カズマがダクネスを性的な目で見ていたのは前から知っていましたが、まさか越えちゃいけない一線をあっさり飛び越えようとする人だとは見抜けませんでした。カズマの事は、そんな度胸は無いヘタレだと思っていたのに」
「いや違うから! あれは場の雰囲気に……! と言うか、そもそも夜這い目的で入った訳じゃなくてだな、」

 そのめぐみんの言に必死で弁解する俺に、更にアクアが追撃を……!

「なんて事なの、私とカズマがまだ馬小屋で隣同士で寝ていた頃、このけだものは私の熟れた肢体を虎視眈々と狙っていたのね!」
「それはない」
「なんでよー!」
 半泣きで首を絞めようとしてくるアクアの頭を片手で押さえる俺に、ダクネスが勝ち誇った様にニヤニヤしていた。
 この女は、どうやら以前の夜這い未遂事件の時に、実家の連中に俺がダクネスの声色で色々やらかした事への仕返しをする気らしい。

 俺が困り果てるそんな様子を、腕を組みながらニヤニヤと見ているダクネスに。

「…………お前の方から、一緒に大人にならないかとか誘ってきた癖に……」

 俺は、そうボソリと呟いた。
「「!!」」

「ちちちち、違っー!? あれはもう嫁にいく位なら、それならもういっその事、と……!」

「! 認めた! ダクネスが自分から誘ったって認めたわ! なんという事でしょう! ……じゃあ私は、気を利かせてもう寝るわね!」
「なんというGOUI! ……それじゃ私も、魔法撃ってスッキリしたのでもう寝ますね」
「待っ……!? ちょ、ちょっと待って欲しい、待って欲しい!!」

 涙目で、寝ようとする二人を必死で止めていたダクネスは、恨めしそうに俺を見る。
 それに不敵に笑い返し……!

「……あの件をほじくり返すのはお互いダメージが大きいだろう。……あ、あまり触れないでおこうぜ。でないとその……。思い出します……」
「そ、そうしようか。……その……。お、思い出すからな……」


 引き分け。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「それじゃあ、紅魔の里とやらに行こうと思います」

 騒動があったその日の朝。
 めぐみんが魔法で叩き割ったガラスをあらかた掃除した後、広間で朝食を食べながら、俺は三人を前に切り出した。
 この屋敷が郊外にある事がせめてもの救いだろう。
 ご近所さんとはそこそこ離れているから、ガラスが割れる程の被害はないと思う。
 一応菓子折り持って、あの爆音の事を謝りに行くが……。

 屋敷の、めぐみんの部屋のあった側のガラスは一階、二階、共にほぼ全滅状態。
 改めて爆裂魔法の威力の凄まじさが思い知らされた。

 だが、
「いや、ちょっと待ってください。夜の事は、私も油断していたからです。なので、もうちょい様子を見ましょう!」
 両手で掴んで齧っていたパンから顔を上げ、めぐみんがそんな事を力説してくる。

 いやお前……。
「……ひょっとして、里に帰るのが嫌なのか?」
 俺の何気ないその言葉に、めぐみんがビクッと震えた。
「…………違いますよ?」
「おいこっち見ろ」

 そっぽ向いていためぐみんがこっちを見る。
 その目はあきらかに泳いでいた。

「だがめぐみん、無理せず紅魔の里に行った方がいいんじゃないのか? 今日は助かったが、これが毎日上手く行くとも限らない。何か、帰りたくない理由があるのか?」
 食事を終えていたダクネスが、優雅に食後の紅茶をすすり聞いてくる。
 こんな所はちゃんとお嬢様に見えるのが何とも……。
 ちょっと困った表情を浮かべながらもそれには答えないめぐみん。
 本人が言い張るなら、待ってみてもいいけれども、だがどうすんだ、今日は窓が無いんだぞ。
 俺もめぐみんも別の部屋で寝なきゃいけない訳だし、めぐみんが今日もガラスを叩き割ればちょっとシャレにならない事態になる。
 割れたガラス代にしても、めぐみんが全部払うとは言っているが、バカにならない額なのだ。
 没収された領主の資産から補填金が分配されるまでは、めぐみんだってそこまで懐が暖かい訳でもない。

 やがて、アクアがゼル帝にパンくずをやりながら。
「……ねえカズマ。ゼル帝の前で目玉焼き食べるの止めてあげてくれない? 何だかこの子がカズマの方を見て怯えているの」
「そいつはドラゴンなんだろ? なら怯える必要ないじゃないか。……それより、そのバニルの抜け殻を何とかしろよ。それ、凄く存在感があって、おかげで食事が進まないんだが」
 俺はアクアの隣でゼル帝のベッド代わりになっている、バニルの抜け殻をハシで指す。
 中身は無いものの、その見た目は完全にバニルであり、アイツの強烈な存在感の所為で、それが動かなくても凄く気になる。

「しょうがないじゃない、ゼル帝が気に入ってるんだもの。それより、行かないの? 紅魔の里。私、何気に旅とかちょっと楽しみなんですけど!」

 アクアの言葉にちょっと俺も心が動く。
 そう言えば、せっかく異世界に来たってのにまだロクに旅もしていない。
 冒険者と言えば旅だろう。

 ……だがその前に。
「とりあえず、ちょっとめぐみん連れて行きたい所があるんだよ。それがダメだったなら、その紅魔の里に行くとしようか。アクアは留守番しててくれ。その毛玉の世話があるだろう。ダクネスは、ちょっとギルドで頼まれてくれないか」







「……ここに一体なんの用が? 私を連れて、どうするんです? ここにはあの失礼なのが居るからあまり来たくないのですが……」
 めぐみんを連れて来たそこは、ウィズの店。
 今日はウィズに用事があって来たのだが……。
 俺は店のドアに手を掛け押し開いた。
 そして勿論、出迎えてくるのは……

「へいらっしゃい! ……おっと貴様かむっつり小僧。それにおもしろ体質の紅魔の娘ではないか。良い所に来た。今日のオススメの一品はこちらである! 広げるだけでその上に強力な結界を張ってくれる、野外でキャンプをする際でも安心して眠れる、結界発生魔法陣が封印された魔法の絨毯である。旅に出る冒険者であれば是非ともオススメしたい一品であるな」

 ……お? それは何だかちょっと使えそうだな。
 丁度紅魔の里に旅に出るかもしれない訳だし。
「……それって、何か欠点は無いのですか?」
 同じくちょっとだけ興味を示した様で、めぐみんもバニルが手にする絨毯をしげしげ眺めた。

 バニルがフハハハと楽しそうに笑いながら。
「うむ、この店で扱っている商品において落ちが無い訳があるまいて。この絨毯は広げた瞬間から結界が発生する。つまり、絨毯を地面に広げると、その上に発生する結界の為、誰も絨毯の上に座れない。入れない。……つまり結界が守るのはこの絨毯自身のみ。防犯の為にこれを仕入れ、早速店の中にこれを敷いた当店の面白店主が、結界の力が切れるまで店に入れなくなったという面白商品である。……お一つどうか?」
「いらない。前から聞きたかったんだがこの店はちゃんと儲ける気はあるのか?」

 まあ、俺が今日用事があるのはコイツじゃない。
 最近はバニルが接客してくれている為安心しているのか、それとも単に客が来ない為か。

 俺が用があるのは、店の奥でうつらうつらと船を漕いでいるウィズである。


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