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四部
3話
 キングスフォード・ゼルトマン。
 水の女神の眼鏡に適い、数多ある卵の中から選ばれた、由緒正しきヒヨコである。

「名前は良いな。威厳溢れる立派な名前であるとは思う。我輩に懐くだけの事はある」
「当たり前でしょ、誰が付けたと思ってるの。あんたに懐くのが許せない所だけれど、この子は神である私に選ばれし、ドラゴン族の帝王となるべき定めの者よ」
 絨毯の上に正座したままのバニルとアクアがそんな事を言い合う中、そのヒヨコは全く動じる事もなく。

 日本におけるヒヨコと姿形はなんら変わらず。
 生まれたばかりで脆弱な存在であるにも関わらず、神や悪魔を前にしても恐れる事もなく、威風堂々と大悪魔の膝に佇み、その悪魔から目を逸らす事もない。

 キングスフォード・ゼルトマン。
 やがてドラゴン族の帝王になるだろうとの願いを込め、その名をゼル帝。
 その、バニルの膝上のゼル帝を、俺はひょいと両手で持ち。

「……で、これどうするんだ。唐揚げにでもすんのか?」

「しないわよ! カズマ、前から思っていたけれどあんたは鬼よ! こっちの仮面悪魔の方がまだ人間味を感じる時があるわ!」
「失礼な事を言うな寝取られ女神よ。領主が居なくなった事でこの街において、鬼畜な事にかけては他に追随を許さなくなったこの男と、子供達の学び舎への登下校時には近所を見回り、わりかし評判である所の我輩を同列視するな」
 ちょっと泣いていいかな。

 ……しかし、大体分かった。

 つまり、アクアとバニルが争っている時にゼル帝が生まれ、最初にバニルを見て刷り込みを起こしたのか。
 俺が両手で包み込む様に持つゼル帝を、めぐみんが俺の隣から覗き込み、ソワソワしていた。
 多分、触ってみたいのだろう。
 俺はめぐみんにゼル帝を預けると、ウィズとダクネスの介抱に向かう。

「……生まれたての生き物は、なぜこんなにも愛くるしいのでしょうか。その可愛らしさで、捕食者から攻撃されない様にとの防衛本能でしょうか」
 めぐみんが、ゼル帝を手の平の上で大切そうに包み込んで見守る中、俺は転がっているウィズとダクネスの下へ。

 ウィズは……。
 体が透けてきているが、これは俺にはどうしようもない。
 なので、俺はぐったりとしているダクネスを抱き抱えると、その頬を軽く叩くが目覚めない。

「とにかく、あんたが居るとゼル帝の教育に悪いからもう帰んなさい。これからこの子には英才教育を施すの。……見なさいな、ゼル帝を見るめぐみんのあのだらしない顔を。……たらしだわ。ゼル帝ったら、生まれながらの女殺しよ。英雄色を好むって言うし、これは将来が楽しみね」
「フン、言われなくとも我輩は帰るとする。そこに転がっているお荷物店主の所為で、我輩が稼いだ大金を石ころに変えられたからな。ではな人間どもよ。小金が貯まったらウィズ魔法店へよろしくどうぞ!」

 バニルは、半分ぐらい体が薄くなっているウィズの襟首を掴み、
「おい、すまぬが砂糖水を貰えるか。このまま放っておくと、瀬戸際リッチーがおだぶつリッチーにクラスチェンジしてしまう。栄養補給をさせてくれ。砂糖水でも染み込ませておけば、きっとカブト虫の如く復活するであろうて」

 ウィズは普段どんな食生活送ってるんだ。
 バニルは、そう言いながら台所方面へと向かおうとするが……。

「あっ!? ど、どうしたんですかゼル帝!?」
 めぐみんが、突如手の中で暴れだしたゼル帝に驚きながら、ゼル帝をそっと絨毯に降ろす。

 なんだろう、めぐみんまでもが普通にゼル帝と呼んでいるが違和感ないのか。
 ヒヨコだろ。
 ヒヨコのクセに、なんでこの中で一番偉そうな名前なんだ。

「……む?」
 皆がゼル帝を見守る中、その偉そうな名の黄色い毛玉はバニルの下へよちよちと歩いていくと、その身をバニルの靴へと摺り寄せた。
 それを見たアクアが俺にすがり付く。
「わあーっ! ゼル帝が盗られたっ! カズマ、カズマーっ! お願い、仮面悪魔を退治してゼル帝を取り返してよ!」
「いやなんで俺が。俺よりお前の方が、バニルに対しては強いだろうが。そもそも、これヒヨコだろ。ドラゴンじゃないんだがそれはいいのか?」

 その言葉に、アクアがバニルに寄りそうゼル帝に近寄り、そっと大切そうに胸に抱く。

「私が仮面悪魔を退治したら、そいつに懐いてるゼル帝に嫌われるかも知れないでしょ。…………そして節穴な目をしたカズマには分からないのだろうけど、この子は、その身を体毛に覆われた極レアなドラゴン種、シャギードラゴンに相違ないわ」
「騙された事を認めたくないのは分かるけど、もう諦めろよ。そいつはヒヨコだ」

 その俺の言葉を耳を塞いで聞こうとしないアクアを見ながら、俺はハタと気付く。

「……いや、バニルに懐いているのなら丁度いい。めぐみんの事で話があるんだよ」









「フハハハハハハ、フワーッハッハッハッハッ! な、なんと言うネタ種族! 我輩、貴様らみたいな愉快な種族は嫌いではないぞ! 魔王のヤツは、強力な魔法使いをポコポコ生み出す紅魔族を危険な種族として目の敵にしていたが、なかなかどうして憎めぬわ! フワーッハッハッ!」
「カズマ、私は魔法を撃たずに残しておくべきだったと今ほど後悔した瞬間はないですよ」
「まあ落ち着け。相手は悪魔だ、相手にするな」
 ひとしきり説明を終えた後。
 紅魔族の体質を聞き、ゲラゲラ笑うバニルを前に、俺達は今後の予定を決めていた。

 ダクネスは未だ俺の手元でぐったりし、バニルに荷物のように襟首を掴まれてぶら下げられているウィズは、砂糖水の効果なのか、意識は失ったままなものの、体は段々くっきりしてきていた。

「つまりめぐみんは紅魔の里に行かないといけないのね。でもどうしようかしら。ドラゴンとはいえ、生まれたばかりのゼル帝に旅は厳しいかも……」
 こいつはまだドラゴンと言い張るのか。
 俺はアクアをちょいちょいと突き、
「まあ、と言う訳でこいつに、な?」
 そのままバニルを指差す俺に、アクアが実に嫌そうな顔をした。

「まあ、待ってくださいカズマ。旅に出るのはまだ早いですよ。紅魔族が魔力の放出が下手なのは、あくまで子供の間だけですよ。私はそろそろ紅魔族として成人します。肉体的にも、もう充分大人ですしね。出来るだけ眠らないようにして今晩様子を見て、それでダメそうなら紅魔の里に行きましょう」
 平然と言ってくるめぐみんに、俺はなるほどと納得した。
 ゆんゆんがあれほど慌てていたのに、道理で本人はローブより下着を気にしていた訳だ。

 しかし…………。

 俺は思わずめぐみんを見た。
 俺と共に、バニルとアクアも。

「「「……大人……」」」
「おい、言いたい事があるなら聞こうじゃないか」






 俺は気を失ったダクネスを抱えたまま。
 同じく気を失ったままのウィズを、手荷物の様にぶら下げるバニルを玄関先で見送っていた。
「おい、ところでダクネスが一向に目を覚まさないんだが。これ大丈夫なのか?」
 俺は抱えたままのダクネスに視線を落とす。

 それにバニルは、不思議そうにダクネスを覗き込んだ。
「ふうむ、傷はそこの女神が治療したはずだが。しかし、我がバニル式殺人光線を食らって息がある事の方が驚きであるわ。殺人光線は、その名の通り人が食らえば殺人される。なぜ息があるのやら、こちらが聞きたい。余程イカれた魔法抵抗力を持っておるのか……。しかし今回は、人を傷つけない事に掛けては定評のある我輩の名の名折れである。……その娘が目覚めたら、あなたどんな筋肉してるんですか? と聞いておいてくれ」

「俺が殴られるだろ。……まあいい、それじゃあ、もし紅魔の里に行く事になったなら、ゼル帝預かっといてくれよ」

 バニルは口元をニヤリと歪め。
「よかろう。その際には、貴様らが帰って来るまでには、目びーむの一つも放てるぐらいには鍛えておいてやろう」
「あんた、もしそんな事になってたなら即座に浄化してやるからね」

 ……さて。

「それじゃ、こいつをどうするかだが」
 俺はそう言って。
 バニルの足元にまとわり付いて離れない、黄色い毛玉を見下ろした。
 もうこれ、連れて帰ってもらってもいい気がするが。

「ふむ。この街の主婦達の、アイドル的存在である所の我輩に、恋焦がれるのは仕方がないが。鳥類と悪魔族との種族の壁は流石に障害が大きかろう。ゼル帝にはすまぬが、我輩の事は諦めてもらうしかない」
「いやこれ、お前を親だと思ってるんだよ」

 それを聞いたバニルはふうむと唸り。
「……仕方ない。おい、ゼル帝の寝床はどこか?」
 アクアがそれに、無言で広間のソファーの上を指差した。
 いや、そんな所を寝床にするなよ。

 バニルはそれを受け、ゼル帝をヒョイとつまみ上げ、ソファーの上に腰かけた。
 ゼル帝はバニルに摘まれた時だけは、動きもせずにジッとしている。
 こいつは本格的にバニルを親だと思っている様だ。
 バニルは、そのまま抱き込むように屈みこみ、そしてゼル帝を両手で包んでやると……、
「脱皮!」
 メリッと音がし、バニルが二人に分裂した。

 ゼル帝はバニルの分身に抱きこまれている為、二人に増えたバニルが見えず。
 無事、ゼル帝を抱いたまま身動きしないバニルの皮にあたる方を残して、何でも有りのその悪魔は片手を上げた。

「では、我輩はこれで失礼する」
「この世界の生き物にはもういい加減慣れたつもりの俺だったが、お前も大概だな」
 俺はもう何も言う事も無くウィズの襟首を掴み、持ち帰るバニルを見送った。


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「さて。それじゃあそろそろ寝る時間な訳なんだが」

 俺はめぐみんの寝室の前にいた。
 大丈夫と言い張るめぐみんが心配で、なんとなく来てしまったのだが。
「大丈夫ですよ、そんな顔しなくても。大人になれば大丈夫だって言ったでしょう? あれは、大人になるとボンってなる前にちゃんと目が覚めるからなのです。許容量を越えそうになってきたら、ちゃんと起きるので心配無いですよ」
「なるほど、つまり寝小便みたいなもんか」
「魔力が無くたって、色々と痛い目に遭わせる方法はあるんですよカズマ」

 なんだかんだ色々余裕がありそうなめぐみんを見て、俺は少しだけ安心し。
「それじゃあ、何かあったらすぐ呼ぶんだぞ。後、とにかく無理はするなよ」

 俺の言葉にコクリと頷き。
「なんかカズマはお父さんみたいですね。心配性な所がそっくりですよ」
 そう言って、ふふっと笑いながら、めぐみんは部屋に引っ込む。

 アクアは、下でバニルの抜け殻から離れないゼル帝と。
 ダクネスは、目が覚めたものの未だフラフラしていたのでとっとと寝かせた。

 ドアを閉める前に、めぐみんがぼそりと言った。
「それじゃあカズマ……また明日。おやすみなさい」


 俺はそれを聞いて少しだけ安心し、自分の部屋に戻って横になる。
 めぐみんには一応、散々嫌がったものの、しこたまブラックコーヒーを飲ませてやった。
 本当は一緒に起きてて付いていた方がいいのだが、それを申し出たらめぐみんが嫌がったのだ。
 曰く、年頃の娘の部屋に残るだなんてとんでもない! という事らしいのだが。








 静かな夜だ。
 俺はなかなか寝付けず、何度も寝返りをうった。

 そして、何だか嫌な考えばかりが頭をよぎる。
 めぐみんは、ボンってなるの具体的な事を言わなかったが、一体どうなるのだろう。
 ゆんゆんの話だと死ぬと言う事だが……。

 そんな中、やはり嫌な考えばかりがよぎる。
 めぐみんが俺を遠ざけたのは、ひょっとして、万一の時、巻き込む事を避ける為……。
 俺がそんな取りとめの無い事を考え続けていたその時だった。





 それは誰もが寝静まる時刻。




 街中の誰もが飛び起きるような轟音が、夜のしじまに響き渡った。


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