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四部
2話
 裸足で雨上がりのぬかるむ地面を歩くのは大変気持ち悪い。

「カズマは意外と足大きいんですね。靴が大分ブカブカなんですが」

 雨が止み、短いマントを腰に巻いためぐみんと、共に街へと帰る中。
 俺の靴を履いためぐみんが、俺の腕に掴まりながら歩きにくそうにしていた。
「だから俺が靴履いておんぶしようかって言ってるのに」
「嫌ですよ、背負われてる所を誰かに後ろから見られたら、お尻丸見えじゃないですか」
 そんな事を言いながら、街の入り口へと差し掛かる。

 俺とめぐみんは、そこに見覚えのある少女を見つけた。

 その子は外で討伐でもしてきた帰りなのか、トボトボと街の正門へと一人歩いて行く。
 きっと討伐途中に雨に遭ったからなのだろう。
 その少女は全身をびしょ濡れにさせ、そして濡れたままトボトボと歩くその姿は、何だか深い哀愁を誘う。

 正門前には珍しく人が多く、通り抜けチェック待ちの冒険者が列を作って並び、顔見知りが多いのか、チェックを待つ連中が親しげに会話していた。
 今日に限って人が多いのは、みんな突然の雨で、討伐を切り上げて帰って来たからかもしれない。

 その皆が会話する様子を羨ましそうに眺めながら、列の最後に並ぶ少女。

 やがて、ちょっと遅れて一人の冒険者が平原の方から街の正門前に駆けて来た。
 ソロで何かのクエストでもやっていたのだろうか。
 その冒険者は息を荒げたまま少女の後ろ、列の最後に並んでホッとした表情を浮かべていた。
 やがて、そのソロ冒険者もチェック待ちをしていた連中と顔見知りなのか、少女の後ろから親しげにその連中に話しかけ……。

 親しげな人達に挟まれる形となったその少女は、それを見てどうぞどうぞと自分の番を後ろのソロ冒険者に譲り、自ら最後尾に並んでいった。
 ソロ冒険者に礼を言われ恐縮していた少女は、楽しげに話している人達の話をちょっと離れて聞きながら、その連中が何かの話題か冗談で盛り上がり、ドッと笑うと、少女もちょっと距離を置きながらも釣られたように一緒に笑い……


 何だか見ていて涙が零れそうになった俺は、その少女、ゆんゆんの元へ駆け出した!
「ちょっ! カズマ、いきなり走り出さないでください! あんなに人がいる前で転んだら、私、大変な事に……!」







 ブカブカの俺の靴でカポカポと音を立てながら、必死に付いて来るめぐみん。
 そして、そのめぐみんの手を引きながら近寄る俺に気付いたのか、ゆんゆんがぱあっと嬉しそうな顔をする。
 それから、急に取り繕った真面目な顔で、列から離れて俺達の方に近付いて来た。

「めぐみん、酷いじゃない、親友とか言っときながら私にあれからどうなった……の……かも……。あ……、ああええええ? ちょっとどうしたのその格好! その半分になった服って、ひょっとして紅魔族ローブ!?」

 ゆんゆんの顔が、怒りの表情から驚愕の表情へと変わっていく。
 というかゆんゆんに散々世話になっときながら、こいつはあの後、置いて行ったゆんゆんに何のフォローもしなかったのか、なんてヤツ。

「見ての通りの紅魔族ローブです。魔改造スライムにゴッソリ食われてしまいました。私、これしか持って無かったんですがこれからどうしましょう」
 いや困ったとか言いながら、特にはあまり困っていなそうなめぐみんが、
「それよりも、現在下着を履いていないのですよ。そちらの方に困らされています」
「なぜ!? 腰周りがそんな短いマントの切れ端なだけでも不安なのに、下着履いてないのになぜそんな平然としていられるの!?」

 ゆんゆんがそんな事を叫びながらマントを外し、慌ててめぐみんに駆け寄ると、めぐみんの腰に自分のマントを押し当てた。
 ゆんゆんが甲斐甲斐しくめぐみんの腰にマントを巻きつけるのを、めぐみんは万歳の体勢を取りながら流される様に自然に受け入れている。

 なんだか、外で遊んでてスカートを破き、更にぱんつを忘れてきたバカな子供の世話をする、お母さんと子供みたいな絵面だ。

「それより……! ローブを、ローブをどうするの!? あれが無いと……! 紅魔族ローブが無いとめぐみん死んじゃう!」
 マントをめぐみんの腰で縛りながら、ゆんゆんがそんな事を……、

「おい今なんつった」

 今、ゆんゆんが聞き捨てなら無い事を言った。
 ローブが無いとなんだって?

 そんな疑問に答えるように、万歳したままのめぐみんが。

「紅魔族は、優秀な魔法使いとしての資質を秘めています。どれぐらい優秀かと言うと、睡眠時の魔力の回復量、吸収量が半端なく、うっかり魔法を使わずに寝ると、寝てる間に容量をオーバーしてボンッてなるぐらいには優秀です」
「それって優秀なのか?」

 めぐみんの腰に身を屈めてマントを巻き付けていたゆんゆんが、マントを巻き終え立ち上がった。

「紅魔族は、誰もが生まれつき高い魔力容量と質の高い強い魔力を持って生まれますが、魔力の自然放出が下手なんです。紅魔族ローブは、体の許容量を越えた魔力を放出してくれる物なので、紅魔族は生まれた頃から、最低でも一人一着はこれを持っています。なので、魔法を使える様になって魔力を放出出来る様になっても、寝る時はこれを着るのが基本なんですが……」
 そこまで言って、ゆんゆんが顔をくしゃっと歪めた。

「ああもう、めぐみん、なんで!? 私みたいに予備があるならともかく、一着しか持っていないのなら、普段着に使わなきゃいいのに!」

 今にも泣きそうな顔でめぐみんに訴えかける。
 ……なるほど、めぐみんはともかく、常識人のゆんゆんも野暮ったいローブ着て同じ格好しているのはその為か。
 そんなゆんゆんに、めぐみんがさも当然とでも言う様に……。

「それは勿論、紅魔族ローブは格好良いからですよ。ローブは一人一人特注ですし、自分専用の魔法のローブを着ない訳がないじゃないですか。あ、マントありがとうゆんゆん」
 以前からたまに思っていたが、こいつは色々と大物なのかも知れない。
「どう致しましてっ! そりゃあ紅魔ローブは格好いいから、私も普段着に着ているけれど! ああもう、どうするの!? ちゃんと分かってるのめぐみん? 毎日必ず魔法を使って魔力を消費すること! それと、魔力を吸収しちゃう睡眠時間は極力削って、朝起きたら我慢せず、すぐに魔法を使いに行く事! いい!?」
 紅魔族の名前のセンスや美的センスってやっぱどこか変だ。
 ゆんゆんも、そこら辺は紅魔族の血がちゃんと入ってはいるらしい。

「なんかゆんゆん、お母さんみたいですね、私の母に名前も似てますし」
「分かったの!?」
「分かりました、分かりましたよ。今も魔法を放ってきた帰りですしね」

 まるで母親の様にめぐみんに色々指示するゆんゆんは、やがて手を打つと。

「ああ、そうだわこうしちゃいられないわ! 私は今から紅魔の里に、めぐみん用の紅魔族ローブを急いで作ってくれって手紙を書いて速達で出しておくから、めぐみんは紅魔の里へ帰る支度を!」
 そう言って、わたわたと街へ駆け出して行こうとするゆんゆんに。
 めぐみんが、首を傾げながら言った。
「……ゆんゆんは、どうして私にそこまでしてくれるんですか?」

 めぐみんの言葉に、ゆんゆんがバッと振り向くと、何を言ってるんだとばかりに勢い込んで……!
「何言ってるのよ! そんなの当たり前じゃない、私達……! 私達……、その私達……」
 勢い込んで……
「その……親ゆ…………親……、と、とも……友だ……ち……だか……ら……」
 親友と言いたい所が、不安なのか友達に代わり、更に友達でしょ? と言って、違うよ? と言われるのが不安なのか、それも段々自信なさ気になっていく。

 そのゆんゆんに、めぐみんが。

「そうですね。親友ですからね」
 それを聞き、ぱあっと嬉しそうな顔をするゆんゆんに、更に続ける。

「……では、親友にして自称我がライバルのゆんゆんよ。……もしかしたら最後になるかも知れないので……。今日、ここで長年の決着を付けておきましょうか」

 言いながら。
 めぐみんは、ざっと一歩引いて、その場にゆらりと身構えた。
 なんだこれ、めぐみんが……。
 ウチのめぐみんがちょっとカッコイイ!

「……分かったわ。そうね、ヘタをすれば、今日の夜にでも……。ううん、そんな事は考えたくない。……けど、そうね! 私一回も勝てた記憶が無いけれど、決着はつけておくべきねめぐみん! 勿論手加減なんてしないから!」

 そう言いながら、めぐみんと対峙するゆんゆんに、めぐみんが静かに告げた。

「もう対等な立場です。一方的に対価をよこせなんて言いません。ゆんゆん、あなたが私に勝ったなら、私のこの紅魔族ローブとあなたのローブを交換してあげます! その代わり、私が勝ったらあなたのローブを貰います!」
「分かったわ! 紅魔ローブ……。……え? だ、ダメよめぐみん、私も予備は一着しか無いからそれは流石に賭けられ……。……あ、あれっ!? ねえ待って、おかしいわ! 勝っても負けても私がローブを盗られる!」

 こいつやっぱりロクでもねえ。
 俺は涙目のゆんゆんに襲い掛かろうとしている、めぐみんのスカート、いや、ゆんゆんに巻いて貰ったばかりの長いマントの端を引っ張ると。

「ほら、アホな事言ってないで帰るぞ。紅魔の里とやらに行く旅支度をするんだろ」
「あっあっ、止めて下さい、引っ張らないで下さい、大惨事になりますから!」
 マントを押さえて慌てるめぐみんを、そのまま屋敷へ連れ帰った。


 無事何事もなく屋敷の玄関に着くと、めぐみんが安心した様に息を吐く。
「ふう……。よこしまな事にかけては定評のあるカズマが、何時スカートめくりをやからすかと心配でした。しかし、お蔭でゆんゆんからローブを巻き上げ損ねたではないですか。まあ、紅魔族ローブはそれ自体が一人一人魔力の波長を合わせたオーダーメイドなので、ゆんゆんのローブを巻き上げても意味は無いのですが」

「お前、俺をどんな目で見てるんだ。期待に応えてウインドブラストと叫んでやってもいいんだぞ。と言うか、使えないのなら取り上げようとするなよかわいそうに」
 めぐみんに言いながら、俺は屋敷の玄関のドアノブに手を掛けた。
 そしてそのまま、玄関のドアを開け……。
「予備があると言っていましたので。ゆんゆんって、見てるとからかいたくなる……から…………」

 めぐみんが、何か言いかけ絶句した。
 ……もちろん俺も。
 屋敷の中に入ると、そこでは…………


「返してよおおおお! 返して! 私の可愛いゼル帝を返してええええっ!! わああああああっ、返してよおおおおっ!」
「フハハハハハハ! ざまあみろ寝取られ女神め、貴様の大事なペットは……、フハッ……、ああクソッ、こっ、こらっ! 付いて来るでないわ鳥類め、飼い主のもとへ行け!」


 そこには、泣きながらバニルの背中を、拳でバシバシ叩くアクアの姿。
 ……そして床には、ウィズとダクネスが白目を剥いて転がっていた。
 と言うか、ウィズに到っては何だか薄く消えかけていた。

 ……そして何より、アクアが泣いている原因であろう。
 アクアにバシバシと叩かれるバニルの足元には……
「ピヨッ」
 それは紛うことのない一匹のヒヨコ。
 それが、バニルに擦り寄る様にしてその足元にくっ付いていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「で、何がどうしてこうなった」

 俺は二人をその場に正座させ、説明を求めていた。
 経緯は分からないが、ウィズが薄くなりかけ、ダクネスが白目を剥いていると言う事は、この二人が何かをやらかしたのは間違いない。
 アクアの攻撃でダクネスがやられる事は無いし、バニルの攻撃なら、ウィズが消え掛ける事はないだろう。
 二人は広間の絨毯の上に正座しながら、それぞれが同時に互いを指差した。

「「こいつが……」」

 全く同じセリフを言いかけ、お互いが至近距離で睨み合う。
 アクアは眉根を寄せて歯をギリギリと食い縛って怒りをあらわにし。
 バニルは、仮面で表情こそ分からないものの、口元の端を引きつらせている。
 その正座しているバニルの膝には黄色い毛玉が乗っていた。

 もう、なんか色々どうしよう。
 仕方ないので、一人ずつ話を聞く事にした。

「聞いて! 聞いてよカズマ! 私や皆がこのヘンテコ仮面を尋問してたら、いきなり切れて襲い掛かってきたの! バニル式なんたらって叫んでね! 私は魔法で跳ね返したんだけど、そしたらダクネスがそれに巻き込まれて倒れちゃったから、私も反撃の浄化魔法を食らわしてやったのよ! そしたらこいつはウィズを盾にしてウィズは変な感じで消えかかって! もうこれはこいつを消し去るしかないって思ってた矢先にね……!」

 なるほど。
 分からん。

「フハハハハ、都合の良い事ばかり並べ立てるインチキ女神め! この女神はな、そこの娘と店主と共に、大体無実だと評判の清く正しい我輩を黒と断定。そもそも弁護士がいないこの裁判は無効であり受け入れられず、我輩は正当防衛と言う名のバニル式殺人光線にて反撃に出たのだ。すると女神はそれを反射し、そこの鎧娘が巻き込まれ、理不尽女神が反撃とばかりに魔法を放ってきたので我輩は咄嗟の店主障壁にて事なきを得た。ここは有史以来の神と悪魔の決着を付けるしかないと思った矢先……!」







「「ゼル帝が生まれた」」

 二人が声を揃えた。


 なるほど。
 分からん。
異世界のヒヨコは、殻を破るのに二十四時間も掛からず一瞬で蹴破り、生まれたてでも目が見えるという、作者に優しい親切設定な生き物です。


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