「ああ……君か……。こんな夜更けにこんな所に……。……なるほど。ウチの娘は、良い仲間に恵まれた様だ……」
月に照らされたダクネスの親父さんは、そう言ってこけた頬で笑い掛けた。
この人は、この時間にここにいる俺の姿を見ただけで、何の目的で屋敷に来たのかを見抜いた様だ。
流石王国の懐刀とか言われていただけはある。
しかし、以前会った時の面影が無い。
ビックリするほど痩せこけて、親父さんは、力無く弱々しく笑っていた。
病か何かで、短期間でこんなに悪くなる物なのか?
廊下の外ではバタバタと人が駆け回る音。
「親父さん、弱ってる所申し訳ないんですが、お宅の娘さんが怒り狂ってるんで説得してもらえませんかね?」
俺の言葉に親父さんが布団の中で楽しそうに笑った。
「そうか。ここの所暗く塞ぎこんでいたアレが、そんなに怒っているのか」
親父さん、ちっとも笑う所じゃないです。
……そうだ。
「親父さん。聞いてもいいですか? この家はあの領主のおっさんに借金があるって聞いたんですけど。でも、あんなおっさんに親父さんが借金する様にも見えないんですよね。そもそも、ここの家って金の掛かる暮らしをしてる様には見えませんし。なぜ借金なんか……」
俺は疑問に思っていた事を親父さんに尋ねてみた。
体の具合が悪い所を申し訳ないが、ダクネスが教えてくれない以上親父さんに聞くしかない。
「……うん、カズマ君。君はなかなか頭が良いな。やはり、君に娘を任せるとしようか。すまないんだが……。あれを連れて、どこかに逃げてはくれないか……」
また何言い出すんだこの人は。
なぜ借金が出来たかを聞いてるっつーのに、なぜ娘との駆け落ちみたいな事をすすめるのか。
「いやお断りします。凄くお断りしますよ。そもそも俺、今お宅の娘さんに追い掛け回されてここに逃げてきたんですが。随分とおしとやかな娘さんに育てられましたね」
「はっはっ、そうだろう。あれは本来はおしとやかで、とても優しい子だ。純粋で恥かしがりやで誰かに迷惑を掛けるのを一番嫌がる」
それは誰の事ですかと突っ込みたくなったが黙っておいた。
俺の皮肉をサラッと流し、それどころか妙な娘自慢をされてしまった。
何の病かは知らないが、きっと親父さんは病に脳までやられてしまったのだろう。
親父さんは、体の方は弱っているものの、未だ強い光を眼に宿し、俺を真っ直ぐに見つめてきた。
「借金の理由の事は聞かないでくれんか。借金は、娘の意思で出来た物だが……。何、娘を連れて逃げてくれたら、後はこの屋敷でも売り払えばそこそこの金にはなる。それに、今色々と手を尽くしている。借金自体が無くなるかもしれん」
借金が無くなるかもって、つまり、不当な借金って事か?
まあ、そっちは敏腕の親父さんがどうにかするのだろう。
健康状態が凄く気になるが……。
だが、それよりも。
「娘が先走り、嫁ごうとしている。これは何としてでも止めたい……。カズマ君、娘は君の事を、憎からず想っている。親の欲目かもしれんが、あれは器量は良いと思う。……どうだ?」
「どうだと言われても。俺、さっきお宅の娘さんにぶっ殺してやるって言われましたが」
それよりも。
「親父さん、どこが悪いんですか? ウチに優秀な……、いや、魔法だけは優秀なアークプリーストがいるんですよ。なんとリザレクションまで使える程の。どこが悪いのか知りませんが、ちょっとそいつ連れてきますよ」
そう、こんな時こそあの穀潰しを役立てる時だろう。
今日の侵入では地味に支援魔法の数々が役立ってはくれたが。
だが、俺の言葉に親父さんは微かに笑い。
「……いや、無駄だ。回復魔法では病は治せない。そして、病で死んだ者をリザレクションで生き返らせる事は出来ない。病は、寿命だ。寿命で死んだ者には、神の奇跡は起こらない。死因がどうあれ、寿命を全うして神の元へ行く事は、本来喜ぶべきことだ。…………だから、君がそんな顔はしなくてもいい」
……俺は、感情が知らず知らずに顔に出ていたらしい。
「……せめて、ちょっとウチのアークプリーストに診察だけさせて貰えませんかね? どうも、このタイミングで親父さんが体調崩すってのが……」
「領主に毒でも盛られたと思ったかね」
俺が言う前に、親父さんが先に言った。
……その通りだ。
あの領主のダクネスへの執心ぶり。
何かあると考えた方が良いだろう。
が……。
「既にそれは調べたよ。いや、真っ先に調べた。毒は検出されていない」
……それもそうか。
この親父さんは敏腕貴族だ。
きっと俺なんかよりも色々と考えている。
「まだかっ! まだ見つからんのか! カズマーっ!! 出て来い! そして、家の者達にお前が声真似をして言った事を説明し、誤解を解け!」
廊下から聞こえるダクネスの声。
それを聞いて、親父さんが苦笑する。
「なあ……。あれを頼むよ」
い、嫌だなあ……。
「バルターって居たじゃ無いですか。いつぞやの見合い相手の。あいつに金借りるってのはどうでしょう。というか、王様とかに掛け合って、どうにかしてもらうって事はできないんですかね? 親父さんは、あの領主の監視を任されたって聞いてますよ。あの領主は監視を付けられる様なヤツなんでしょう? もしその借金が、アイツに不当に背負わされたって言うのなら…………」
俺の言葉に、親父さんは目を瞑り。
そして、静かに首を振った。
「そんな事をしても、ウチの娘は嫁ぎに行く。……アレは誰に似たのか、頑固でなぁ……。きっと国王に金を用立ててもらっても、そんな事に国民の税金を使うなとか言って、自分の身と引き換えに借金棒引きにして来るだろう。……本当に、なぜこんな分からず屋に育ったのか」
全くです。
本当に、全くですよ。
あんた親なら、あの頑固な娘をなんとかしてくれよ……。
と、その時突然、ドアがバンと開けられた。
そこに居たのは荒い息を吐き、仁王立ちでこちらを睨むダクネスだった。
「ふふふ、カズマ……。こんな所に居たのか。ははは……、さあて、どうしてくれようか……!」
「おい病人がいるんだから、もうちょっと静かに開け閉めしろよ! それと落ち着け! 俺はお前が心配で、皆を代表してここに……!」
目の据わったダクネスは、俺の言葉に耳を傾けようともしなかった。
「やかましいわっ! 心配している人間が、よくもこの短時間でここまで私の評判を下げてくれたものだ……! これは私の家の話だ、お前はこんなドロドロした事には首など突っ込まず、屋敷でせこせことジッポでも作っていろ!」
この女ーっ!
「もういいだろ、借金なんて! そんなもんシカトして逃げちまおうぜ! それで、皆で新しい土地でやり直せば良いだろうが! それに、お前分かってるんだろうな! このまま俺が何もせず、自分の屋敷におめおめ帰って行ったら、あの二人! 特にめぐみん辺りは絶対に何かやらかすぞ! お前の結婚式の当日には、式場そのものが消滅してるかもな!」
「そんな事をしてみろ、お前を主犯としてひっ捕らえてやるからな! それが嫌ならあの二人をしっかりと引き止めておけ! 私は逃げない! 私が逃げれば、その分どこかにとばっちりがいくのだ! ……そして、その話とは別に……!」
ダクネスが、言いながら俺に向かって駆け出した。
嫁に行く前に、さっきの決着を付けておく気らしい!
ヤバイ、殺られるっ!
俺はそのまま踵を返し、部屋の窓に向かって駆け出した。
そしてそのまま部屋の窓に向かって勢いを殺さずに……!
「この分からず屋の頑固女が! もういい、勝手にしろっ! 後で泣きを見ても知らねえからな!」
俺は捨て台詞を言いながら、窓に向かってライダーキックの要領で飛び蹴りを……!
「助けて欲しくなったなら、屋敷に謝りに来い! 心配掛けてごめんなさい、私はカズマ様の助けが必要ですってな……グハアッ!?」
窓ガラスは意外に硬く、蹴りで簡単には割れてはくれず、俺はそのまま体ごと窓にぶち当たった。
蹴りと言うよりも体当たりに近い状態で叩き割られた窓ガラスと共に、俺はバランスを崩してそのまま地面へと落っこちた。
二階ぐらいの高さとは言え、肩口から受身も取れずに落ちた俺はひとしきり痛みで転げ回る。
そんな俺を、窓に駆け寄ったダクネスが、
「大丈夫かカズマ様! お前こそ、ごめんなさいダクネス様、治療してください助けてくださいと言えば助けてやらん事もないぞ?」
肩を震わせ、口元に手を当てて、笑いを堪えながら言ってきた。
俺は痛む体を引きずりながら、騒ぎを聞きつけ、こちらに駆けて来る守衛から逃げる為に立ち上がる。
そのまま鉄の柵をよじ登り……!
「ち、ちくしょーダクネスっ! お前、泣きついて来るまで絶対助けてやらねえからなっ! クソッ、来るなー! 『クリエイト・ウォーター』! 『フリーズ』ッ!」
俺はニヤニヤと実に楽しそうにこちらを見送るダクネスに、捨て台詞を吐きながら。
俺を追う守衛の人達を足止めしつつ、屋敷へと逃げ帰った。
「ふぐぐぐぐ……! アクアー! アクアー!! ヒールください! ヒールくださいっ!!」
俺は何とか屋敷に帰り付くと、部屋には戻らず広間のソファーでうとうとしながら、卵を抱いていたアクアに近付く。
ダクネスも、流石にアクアやめぐみんには顔を合わせ辛いのだろう。
屋敷にまではダクネスの家の人達は追っては来なかった。
「……ふあ? ……ちょ、カズマなにそれ? ズタボロね! ダクネスに会えたの? 何でそんなにボロボロなの? またバカな事でも言ったの?」
俺に矢継ぎ早に聞きながら、アクアが俺にヒールを掛ける。
と言うか、なんでお前はボロボロの俺を見てちょっと嬉しそうなんだ。
その騒ぎに、同じく広間のソファーで寝ていためぐみんが目を覚ます。
「……カズマ、お帰りなさい。どうしたんですか? またロクでもない一言でも言いましたか? ダクネスの説得は出来ました?」
「………………」
お前ら二人が俺の事を日頃どんな目で見てるのかが良く分かった。
アクアのヒールで傷は癒えたが、なんだか無性に胸の奥がもやもやする。
アクアの治療を受けた俺は、イライラが収まらないまま二階の自分の部屋へと向かう。
「あいつの事はもうほっとけほっとけ! 泣きついてくるまで放っておけ! 俺はもう知らねえ、後は任せる!」
ふてくされた様な俺の態度に、アクアとめぐみんが顔を見合わせる。
「えー……。ダクネスに、この子が生まれたら小屋を作るの手伝って貰う約束してるんですけど……」
アクアがしょんぼりしながら、抱いている卵に視線を落とす。
そしてめぐみんが。
「カズマ、何があったか知りませんが、ふて腐れている場合ですか? ダクネスが、お嫁に行っちゃうんですよ? 本当にこれでいいんですか?」
二階へと向かう俺の背中に、そんな事を言ってきた。
本当にこれでいいのかは、あの頑固者に言ってやれ!
街は連日お祭り騒ぎになっていた。
あのケチで知られる領主が、街に少なくない金を出し、大々的に結婚の話を広めお祝いのムードを作っているらしい。
まるで途中で心変わりなどさせない様に、外堀を埋めていく様な感じだ。
結婚の日取りも決まり、既に発表された。
よほど領主は待ちきれないのか、本当に色んな物をすっ飛ばしている様で、式は一週間後を予定している。
きっと今も、鼻息荒くダクネスと結婚できる日をソワソワと待っているのだろう。
「カズマ。もう何度も言いますが本当にこれでいいんですか? いいんですか? いいんですかっ!?」
俺が広間のテーブルでせこせこと色んな物の試作品を作る中、めぐみんが鼻息荒く詰め寄ってくる。
俺はタールプラントと呼ばれる植物の樹液と、あるスライムの消化液を混ぜ合わせたもので、せっせと新しい商品の開発にいそしんでいた。
この二つを混ぜ合わせると、半乾きのビニールみたいな素材が出来る。
これで今、俺は朝から新商品を作っていた。
俺は作業の手は止めないまま、めぐみんに言ってやる。
「もう何度も言ったが、本人があれだけ頑固に言い張ってるものはしょうがないだろ。ほっとけほっとけ。まだ一週間ある。泣きついてきたらなんとかしようぜ。泣きついてこなかったら、俺は放っておく」
言いながら、俺は小さなスポイトの様な物で、ビニールみたいな物の中にチュッと空気を吹き込んだ。
この作業が難しい。
きっと、これをもっと簡単に大量生産できる方法はあるのだろうが、今は試作品を作っている段階だから我慢しよう。
俺とめぐみんのやり取りには全く関わらず、隣でアクアがマイペースにソファーの上で卵を抱いて歌っていた。
何で朝っぱらから歌ってるんだと聞いたら、歌を聞かせてやるのは胎教に良いと聞いたからだそうだ。
うっとうしい事この上ないが、下手に試作品作りの邪魔されるよりはと放っておいてある。
やたら歌が上手いのがなぜかちょっと腹が立つ。
……と、めぐみんがいきなり俺が作っていた試作品をバッと取り上げた。
「こんな事してないで考えるべきですよ! 私はこのままだなんて認めませんから! このまま結婚式当日を迎えたなら、私にも考えがあります!」
言って、めぐみんが俺から取り上げた試作品を握り締める。
「おい、あまり物騒な事考えるなよ? あんまり無茶やらかすと、ダクネスだって困るんだからな。……ほら、それ返せよ。朝から大分時間掛けてようやくそこまで作ったんだ」
俺はいきり立つめぐみんを宥めながら、返してくれと片手を出した。
「……これって、何に使う物なんですか?」
めぐみんがソレを掴んだまま、しげしげと見つめている。
「それはな、俺の国にあったプチプチって言われる物を試作してみた。材質や製法は違うから感触は今一だが、まあまあ上手く出来てると思う」
俺の説明にめぐみんが、
「……何に使う物なんです?」
そう言って小首を傾げた。
「潰すんだよ。プチプチと。潰して遊んで、心の平穏を保つ物だ」
「……………………それだけ?」
「それだけ」
………………。
めぐみんが、俺が長い時間掛けてようやく作ったプチプチを、雑巾絞りみたいに一気に捻った。
「なああああーっ!!」
「あああああーっ!?」
めぐみんが叫びながらプチプチを一気に絞り上げ、それを見て俺も思わず叫ぶ。
めぐみんはふうと満足気に息を吐きながら、絞り上げた元プチプチを俺にぽいと渡してきた。
「……確かに心の平穏は保てました。ちょっと気持ち良かったです」
そう言ってスタスタと外に出て行くめぐみんに、文句を言う事もなく俺はガクリと膝をついた。
お、俺の長時間の作業が……!
俺の隣では、そんな騒ぎなど知った事かとばかりにアクアが歌う。
「ずーいずーいずっころばっし、ごっまみっそずいー」
「うっせぇ!」
俺は思わずアクアに怒鳴った。
…………ああクソッ!
アクアにあたってどうする、何をイライラしてるんだ俺はっ!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
来てしまった。
本当にこの日が来てしまった。
そう、今日が結婚式の日になっている。
結局アイツは助けを求める事も無く。
「カズマ、行きますよ! 式なんてぶっ潰してやりましょう! ……フフフ、うっかり魔法が飛んで式場が消滅したり、うっかり魔法が飛んで領主邸が消滅したりなど良くある事です」
「おい止めろ、マジ止めろ。また借金背負うどころか、今度こそ犯罪者だぞ」
屋敷の広間のテーブルの上に、俺は今日の商談の為、今までこつこつと作り続けてきた物を整理していた。
俺はここの所ずっと色々な発明品を作り続けていたが、それもようやく終わりに近付いてきた。
これ以上は知恵が出ない。
色々な商品の設計図に、考え付く限りの、物事の効率的な作業法。
農法やらなんやらも、細かいところまでは分からないが、日本人としての基本知識ぐらいは余す事なく書き記してみた。
他にも様々な物があるだろうが、今はちょっと思い付かない。
ダクネスの挙式は今日の昼から始まるそうだ。
俺はそれを見に行くつもりは無かった。
なので、午前中にウィズとの商談を入れてある。
ここの所貯め込んできた、大量の知的財産権や新商品。
ウィズの商売のツテで、俺が持っていてもあまり意味の無い物は売ってしまう事にした。
ダクネスが助けを求めてこない以上、これ以上首を突っ込むのも躊躇われる。
つまらない意地を張っている。
そんな事は分かっているが……、
「カズマ、そろそろ意地張るのもいい加減にしてください、このままダクネスが結婚しちゃっても良いんですか?」
…………。
「……。お前以前は、本人が嫌がってるのに見合いさせるなんて間違ってるって反対してたろ。……今回は、本人が望んだ結婚だぞ」
俺の言葉に、めぐみんがうう、と小さく呻き、うな垂れる。
だが、バッと顔を上げ。
「カズマは! ダクネスにバカな男に引っ掛かって欲しくないから、あのバルターってマトモな人に押し付けようとしたんじゃないんですか!? このままあの太った領主とダクネスが結婚して、本当にそれで良いんですかっ!?」
「良い訳ねーだろーが!」
思わず俺は、めぐみんに怒鳴り返していた。
いきなりの俺の言葉に驚いためぐみんが、そのままたじろいで動きを止める。
「良い訳ねーだろ! 俺だって嫌だよあんな奴にダクネスを持ってかれるのは! 外見がどうとかじゃ無く、評判だって悪い! お前は知らないだろうがなぁ! あのおっさんは、目に付いた可愛い子や良い女はどんな手を使っても物にして、しかも、飽きたら少ない手切れ金渡してポイだとよ! 今まで色んな子を孕ませて、その責任取るでもなく放りだすんだとよ! 一番タチが悪いのは、そんな好き放題やってメチャクチャやってるのに、何故か確定的な証拠が出てこないってこった!」
めぐみんが再び俯いた。
「……すいません。ダクネスの相手を調べてたんですか……」
調べてみるとあの領主は、噂以上にロクでもなかった。
素人の俺が調べただけでも、出るわ出るわ色んな話が。
賄賂に、不当な強制搾取。
しかし、なぜか不思議と物証がない。
被害女性達はなぜか頑なに口を閉ざし、そして悪事の証拠は出ないので、国の方でも持て余しているとの事だ。
だから、ダクネスの親父さんがその証拠を探る為、そして、目付け役、相談役として派遣されたのだ。
めぐみんが、杖をぎゅっと握りしめ。
「なら、なおさら放っておけないでしょう? カズマなら、また何かロクでもない事考えたりして式をぶち壊したりは出来ないんですか?」
こいつは俺をどんな目で見ているのか、その内問い正してやろう。
「どうにも出来ない。まず、借金が幾らあるのかが分からない。ダクネスが教えてくれない。次に、金を調達出来てもダクネスの説得が出来ない。あの頑固者、絶対に金を受け取らないだろう。あいつをどう説得すればいいのかが分からない。そして最後に……」
めぐみんが首を傾げた。
「最後に?」
「……俺達は一般庶民で、相手は仮にも領主様と貴族の令嬢の結婚式。警備も厳重で、もう今更どうやったって、こっちからは近づけない。……むしろ、それがあるから今までダクネスから助けを求めてくるのを待ってたんだ。ダクネスの屋敷も、一度俺が侵入した以上、もう二度とは侵入させてはくれなかっただろうしな。……俺、貴族にコネなんてないよ。ダクネスの親父さんは重病だし、面会を求めても取り次いでもくれないだろう」
元々の、身分の違いって奴だ。
そもそもが、住む世界が違うのによくも今まで一緒に冒険できたもんだ。
俺がそんな事を幾分投げ槍気味にめぐみんに言うと……。
「……分かりました。カズマも、それなりに相手の調査をしてたり何とかしようとしていた事は理解しました。私にとっては、それだけでも充分です。……後は、私は自分で考え、後悔しない道を行きます。カズマも、どうかよく考え、そして後悔しない道を行かれるように……」
一体何を食べておかしくなったんだとばかりに、何時に無く真面目な顔で、まるで見識ある魔法使いみたいなセリフを吐くめぐみん。
俺が唖然としていると、めぐみんはスタスタと屋敷から出て行ってしまった。
止めるべきだったか?
……いや、アレは止まらないだろう。
俺はめぐみんを見送って、広い屋敷に一人ぽつんと佇んでいた。
アクアは、珍しく来客中だ。
今は二階の自分の部屋で、客の話を聞いている。
何だか仕事の話だとか言っていたが、今日はちょっとアクアの仕事を手伝ってやる気分じゃ無い。
広い屋敷の中に一人で居ると、無性に寂しさを覚えてくる。
……しょうがないよな。
貴族のお嬢様と一緒に冒険だなんて、それこそ日本に居た頃には考えられない事だった。
そう、庶民の子の俺が、アイツと出会えて今まで一緒に居れたって事が幸運だったのだ。
……………………。
広い屋敷だなあ……。
俺はソファーに深々と腰を埋めながら、深々とため息を吐く……。
広間の前の玄関が、突然バンと開け放たれた。
「へい毎度! 開けてびっくりがっかり店主ではロクな目利きが出来ない為、目利きにおいては定評のある見通す悪魔、我輩が商談に来た。我輩の登場に喜びひれ伏し、よく来なさったと言うが吉。さあ、出来上がった商品の数々を見せて貰おうか」
どうしようもないタイミングで、どうしようもないのがやって来た。
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