「「屋根から侵入?」」
アクアが、そしてめぐみんが。
俺の説明を受け、不思議そうな声を上げた。
ダクネスの家へ忍び込む事が決まった。
決行するのは俺一人。
一人の方が何かと都合がいい。
潜伏スキルを仲間にも適用させるには一々手を繋がなければならない。
アクアに屋敷の前まで来てもらい、そしてありったけの支援魔法を掛けて貰い、身体能力が強化された状態で侵入する。
それを説明すると、めぐみんがアクアから卵を受け取り。
「では、私は留守番してた方が良さそうですね。カズマ、ダクネスをしっかり説得してきてくださいね。攻撃が当たらなくたって、ダクネスはウチの自慢のクルセイダーです。代わりなんていませんよ」
ダクネスの代わりなんていない。
今日ダストと組んでみて、めぐみんの言葉が深く染みた。
どんなポンコツクルセイダーでも、これだけ慣れてしまうとそれに合わせた戦い方になってしまう。
今日の昼のクエストだって、ダクネスだったなら。
まず注意を引きつける、囮になるスキル、デコイを使ってもらい、猿の攻撃を引きつけておいて……。
……いや、よそう。
全てはダクネスに会ってからだ。
「さて。時間的にも良い頃合だな。それじゃあアクア、頼むよ」
時刻は深夜2時頃だろうか。
俺とアクアは今、警戒の厳しいダクネス邸の正門と裏口がある場所ではなく、なんの入口も無い、警戒の薄い、屋敷の横側に待機していた。
屋敷を囲う鉄製の柵。
それを間に挟み、俺とアクアはそっと道の陰からダクネス邸を観察していた。
アクアが俺の言葉に、小さな声で魔法を唱えていく。
それは、数々の肉体強化の支援魔法。
筋力増加に速度の上昇。
必要あるのか分からないが、防御力上昇や魔法抵抗力上昇の支援魔法まで……。
「『ヴァーサタイル・エンターテイナー』!」
アクアが、俺が今まで聞いた事も無い魔法を唱えた。
俺の身体が一瞬淡く光った所を見ると、これも支援魔法の一つなのだろう。
「今の、何の魔法?」
「芸達者になる魔法」
俺は無言でアクアをはたいた。
涙目で首を絞めてくるアクアは無視し、俺は背中から弓と、いつかの機動要塞戦で使った、先がフック状になっている矢を取り出した。
その矢の金属部分には何重にも布が巻かれ、その布の間にも軽く綿を詰めてある。
フックが屋根に当たった時になるべく音を立てない様に。
あまり布を巻きすぎるとしっかりフックが引っかかるかが心配になるが、これはやってみないと分からない。
「じゃあ、行ってくる」
俺はアクアに告げると、黒いマフラーで口元を隠す。
万が一にも顔を見られない為だ。
今は鎧も着けてはおらず、危害を加える気も無いので一切の武器も持って来ていない。
弓はあるが、矢は先がフック状の物一本だ。
この弓も、矢を放った後はアクアに持って帰ってもらう。
「しっかりね。何なら、ダクネスを気絶させて攫って来ちゃいなさい」
「……仮にも女神がそんな事言っていいのか」
俺はアクアに見守られながら、弓に矢をつがえ、それを狙撃スキルを使い、できるだけ屋根の天辺部分ギリギリを狙って、力も弱めに放つ。
あまり空高く打ち上げると、屋根に当たった時に大きな音を立てる為だ。
狙いは違わず、屋根の最先端部分、棟の部分に小さな音を立てて引っ掛かり、ロープを引くとピンと張られた。
そのまましばらく動かずにいるが、今の音で誰かが出てくる気配は無い。
敵感知スキルにも反応は無い。
……なんて潜入に使えるスキル達。
今でも借金を背負った報われない赤貧生活だったなら、転職を考えてしまう所だ。
屋敷を囲っている鉄の柵の一部にロープをピンと張った状態でくくり付け、アクアに静かに告げた。
「俺が屋根に上ったら、鉄柵にくくり付けてあるロープの方はほどいてくれ。屋敷の見回りの人ぐらいいるかもしれない。柵にくくり付けられたロープが見つかれば侵入がバレる。帰りはなんとかするから、アクアは屋敷に戻っていてくれればいい」
ロープを引っ張って手ごたえを確認している俺の言葉に、アクアはコクリと頷いた。
よし、行くか!
レンジャー部隊よろしく、スルスルと張られたロープを上っていく。
筋肉強化の支援魔法がなければ、俺の平均的な体力では苦戦しただろう。
そのまま難なく屋根に上り終えると、俺はアクアに合図した。
アクアがロープを解くのを確認し、敵感知スキルで人の気配を探っていく。
窓から部屋の中を見なくても、敵感知スキルで人が居るかを確認できるのは大きい所だ。
……クラスが盗賊の連中の中に、絶対悪用してるやついるだろこれ。
気配を探り、人の居ない部屋を見つけた。
屋根に掛かったままのロープを使い、二階の窓からその部屋へと侵入を……。
……窓に鍵が掛かっている。
当たり前ですね。
支援魔法の力で片手でロープにぶら下がり、全体重を支えたまま、もう片方の手を窓ガラスにかざす様に近づける。
「『ティンダー』」
ガラスの表面に着火魔法で火を発生させ、表面を炙ってやる。
燃える物が無いので魔力が切れるとすぐに火は消えてしまうが、何度も何度も火をつけ炙る。
やがて充分ガラスの表面が熱された所で……。
「『フリーズ』」
小さな声で囁くと、一気に冷却されたガラスは微かな音と共にひび割れた。
音で誰か来ないかと警戒するが、誰かが来る気配は無い。
小さな着火の光も、誰にも気付かれてはいない様だ。
焼き破りとか言われる空き巣のガラス破りの手口だが、通常はライターと水で行なう。
ネットを覚えたての頃、使う気も無いのに危険な知識を収集していた時期があった。
その頃に入手した無駄知識だったが、まさか実際に使う事になろうとは……。
こういった、意味も無く危険な知識を知りたがる現象も中二病に該当するのだろうか。
ひび割れて、欠けたガラスの部分に指を入れ、そのまま少しずつ、鍵周りのガラスを剥がす様に、ペキペキと割っていく。
やがて鍵を開けられるぐらいの大きさの穴を開けると、窓を開け、そのまま中に侵入した。
冒険者から空き巣にクラスチェンジした瞬間である。
さて、無事に屋敷には侵入できたが、問題はこれからどうやってダクネスの部屋を見つけるか、だ。
廊下をコソコソし、部屋を一つ一つ確認していくか?
いや、見回りでもいれば潜伏スキルを使っても見つかる可能性が高い。
と……。
「音なんかしたか?」
「いや、気のせいならそれでいいんだけど……」
ドアの外、廊下の方からそんな声が聞こえてきた。
先の声は渋めの低い声。
気のせいなら……とか言っている方は、若干高めの若そうな声だ。
俺はワタワタとパニック寸前になりながら、部屋のカーテンを閉めて割れた窓のひびを隠し、部屋の絨毯に散らばったガラスの破片を拾い集めた。
ドアの外で、ガチャガチャと鍵を開ける音。
俺は咄嗟に、部屋に備え付けられていたベッドの下に滑り込むと。
―――潜伏スキル発動―――
そのままベッドの下で縮こまった。
ドアが開く音と共に、人の声が聞こえてくる。
「……ほら、なんともないじゃないか。ノリス、いい加減その小心者な所を治せよ。それより、下の厨房で夜食でも作って貰おうぜ」
「す……すまない……。なんだか、小さな、何かが割れるような音がした気が……」
やがてドアが閉められて小さくなっていく足音を聞きながら、俺はそのまましばらくジッと待機。
……危ない危ない。
厨房で夜食がどうとか言っていたから、きっと屋敷内の見回りの人か何かだろうか。
となると、やはり部屋を一つ一つ確認していくのは無理が…………。
……閃いた。
閃いてしまった。
下の厨房。
夜食。
そう、下の厨房とやらに行って、そこの料理人か誰かに、ララティーナお嬢様が夜食をご所望ですとか注文して、完成した夜食をダクネスの部屋に運ぶ奴の後をつけ……!
……色々と無理があるか。
顔を見せる訳にはいかないし、とは言っても先ほどの見回りの声を真似るなんて器用な事は俺には出来ない。
こんな時アクアが居たら、多芸なアイツの事だ、きっと声真似の一つぐらい出来そうな気もするのだが。
………………。
俺は何となく思いつき、一つ咳払いをする。
そして……。
見回りの声の高い方は、ノリスとか呼ばれてたな。
「……私の名前はノリスで……す……!?」
自分であの見張りの声を真似て、その出来栄えにビクッとした。
何だコレ、気持悪いぐらいに似てる!
先ほどアクアに、芸達者になる支援魔法を掛けて貰ったのを思い出し、なんとなく試してみたのだが……!
「や、ヤバイなこれは……。あーあー、ダクネス。……おおう……ダクネスだ……。どこから聞いてもダクネスの声だ……!」
俺はダクネスの声真似もしてみたが、予想以上に似ている事に驚いた。
使える。これは使える!
屋敷に帰ったらアクアに謝っておこう。
…………。
「カズマ様、素敵! 抱いてっ!」
俺はしばらくの間ダクネスの声や皆の声でひとしきり遊び続け、そこでハタと気がついた。
いけない、こんな一人遊びをしている場合じゃ無い、目的を見失う所だった。
今日ほどテープレコーダーが欲しいと思った瞬間は無かったが、今はダクネスに会う事を優先させよう。
とりあえずは、厨房とやらの様子を覗ってみようか。
俺はそう判断し、静かに部屋から出ると、コソコソと廊下を進んで行く。
この屋敷には以前の見合い騒動の時に一度来た事はあるが、通されたのは一階のみ。
暗い屋敷の中を、アーチャースキルの千里眼で見通しながら、灯かりも無く進んで行く。
……本当に空き巣に転職が出来そうだ。
何の問題も無く階段を見つけると、そのままコソコソと一階に。
……と、遠くに灯かりが二つ、揺らめいているのを見つけた。
廊下をドンドンと進んで行くその二つの灯かりは、先ほどの二人の見回りかも知れない。
となると、行きつく先は……。
そのまま灯かりの後を、俺は距離を取りながら付けていった。
やがて、その二つの灯かりは角を曲がり、何処かの部屋へと入っていく。
その部屋の位置を確認し、そのまましばらく時間を潰す事にする。
具体的には、あの二人の見張りが食事を終えて出てくる時間。
俺は二人が入って行った部屋の近くに洗面所を見つけると、幾つもあるトイレの奥に、トイレを掃除する為の用具入れらしき場所を見つけ、身を隠した。
そうしてしばらく待っていると、やがて廊下を歩く足音が聞こえてくる。
敵感知スキルを発動してみると二人分の気配が感じられた。
夜食を食い終えた見回りだと思って良いだろう。
その気配が通り過ぎるのを確認し、先ほどの二人が入って行った部屋へと向かう。
ドアの隙間から僅かに光が射すそこは、中を確認するまでも無く、漂ってくる食べ物の匂いからまず厨房で間違いなかった。
先ほど、見回りの一人は夜食を作って貰おうぜと言っていた。
つまり、ここの屋敷では常時料理人がいて、夜食の注文ぐらいはいつでも出来る様にしてあるのだろう。
貴族の家なら、そんなものは珍しくない。
顔を見せる訳にはいかないので、俺はドア越しに厨房に近付いた。
一つ咳払いをして、先ほどの見回りの声を思い出す。
ダクネスの声で注文しようかとも思ったが、本人だと、厨房にも来ていないし頼んでもいないぞと言われればその場で騒ぎになってしまう。
見回りの兄ちゃんの方ならば、そんな事言っていないぞと騒ぎになるにしても、多少の時間は稼げるだろう。
俺はそっと、ドアを少しだけ押し開けた。
こちらの声は聞こえるが、顔は見えない程度の隙間を作る。
そして、俺はちょっと慌てたようにドアをトントンとノックした後、一方的に捲し立てた。
「ノリスだ、さっきはご馳走様! すまない、夜食で腹が膨れて忘れていた! ララティーナお嬢様から、夜食を持ってきて欲しいと頼まれていたんだった! 俺は見回りの仕事があるから、部屋まで届けて差し上げてはくれないか!?」
顔も知らないノリスさんに、すまないと心の中で謝りつつ。
「ったく、そそっかしいなぁ。普段小心者なクセに、大事な事は忘れるんだから。分かった、届けておくよ、ご苦労さん」
ドアの中からは苦笑する様な声でそんな返事が聞こえてきた。
そのまま、いかにも急いでいるといった感じで、
「ありがとう、感謝するよ!」
それだけ言って、慌てる風を装いその場を立ち去った。
そのまますかさず先ほどのトイレの用具入れへと篭り、じっと待つ。
やがてどれだけ待ったのか。
厨房の方から気配を感じた。
「お嬢様、お夜食をお持ち致しました」
そう言ってドアをノックする、コックみたいな服装の男。
俺はその男の様子を、暗がりから覗っていた。
ダクネスの部屋確認。
男が何度かノックをしていると、やがて部屋のドアが開けられた。
そこから出てきたのは、既に眠っていたのか、目を擦りながら寝間着姿で出てきたダクネス。
コックの男は慌ててダクネスの姿から目を逸らし、
「も、申し訳ありません、あの、ノリスの奴から、お嬢様が夜食をご所望だと……」
「…………? 覚えが無いぞ?」
眠そうな顔で言うダクネスに、コックは慌てて頭を下げた。
「……!? も、申し訳ありません、夜分遅くに失礼しました!」
そう言って、慌てて下がるコックを不思議そうに眺めながら、ダクネスが部屋に戻った。
俺が隠れている傍を、コックの人が首を傾げながら通り過ぎる。
……申し訳ない!
人気が無くなった所を見計らい。
俺はダクネスの部屋の前へと立つ。
そして、ドアをノックした。
「お嬢様、起きて下さいませ。こんな夜分に、サトウカズマと言う男が現れ、どうしてもお嬢様に面会したいと……!」
あのノリスとか言った見回りの声で、部屋の中に呼び掛けた。
しばらくすると、中から音がして……、
「……カズマ、アクア、めぐみんと名乗る者が来た際には、絶対に取り次ぐなと言ってあるだろう。……全く、こんな時間にあいつは……。全く……。全く…………!」
ドアの向こうで、苦しそうな、それでいてどこか少し嬉しそうな。
腹の底から搾り出す様な、ダクネスの小さな声。
「しかしお嬢様、そのカズマと言う男がこう言っておりまして……。取り次がないなら、ギルドの連中に、ララティーナと言う呼び名を定着させる、と……」
その言葉に。
ドアの向こうで楽しそうに笑う声がした。
そして、
「……ふふっ、あいつは相変わらず……。カズマに、好きにしろと言っておけ。……どうせ、私はもう冒険者ギルドに顔を出す事も無い…………」
ダクネスの沈んだ声が聞こえてくる。
………………。
「しかしお嬢様、現在カズマと言う男が、色んな事を玄関先でこの家の者に吹き込んでおりまして。最近お嬢様は腹筋が割れてきて、それを気に病んでいる様子なのでお食事はたんぱく質を控えめにしてあげて欲しい、だの」
ドアの前でガタッと音がした。
「他には、お嬢様が実に可愛らしいワンピースを身体に合わせてニコニコと笑っていたので、是非とも可愛らしい服も用意してやって欲しい、だの」
再び、ドアの向こうでガタタッ……、という何かが崩れ落ちる様な音。
ドアの向こうから、ダクネスの震え声が聞こえてきた。
「そ、そそそ、その様な噂は……、その様な噂は全て嘘だ、虚言だ、惑わされるなと家の者達に言っておけ……」
………………。
「……しかし。更にとんでもない事を言っているのですが、申し上げてもよろしいですか?」
「……………………言ってみろ」
俺は息を吸い込むと。
「……お嬢様が、日夜その熟れた身体の性欲を持て余し、処女の癖に夜な夜な……」
目に涙を溜め、頬を赤くしたダクネスが、薄い寝間着姿でドアを勢いよくバンと開けた。
そして、そのまま俺と目が合うと。
「!!?????!??!??」
俺を見て、ダクネスはそのまま口をパクパクさせて、目を見開き息を吸う。
俺はもちろん…………、
…………突入ー!
+注意+
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