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三部
14話
「おい、ちょっとこっち。お前、こっち来い」
「断わる。……あっあっ、フード引っ張るのはやめてください、紅魔族ローブは一着しかないんです、伸びるじゃ無いですか」

 俺はめぐみんを連れて、戦士風の男に話を聞かれない位置へ移動する。

「お前、分かってるか? ダクネスが帰ってきたら五人パーティにすれば良いだけの話なんだからな? 耐久の低い俺じゃ壁は出来ない。アクアも同じだ。お前は論外。つまり、ダクネスがいない今、多数のモンスターを相手にするなら壁役は必須なんだからな?」
「分かってます、分かってますよカズマ。私だって壁職の重要性は良く分かってます。では、面接しましょう」

 こいつ絶対分かってない。
 確実に何かやらかす気だ。

「いいか、ベルディアを倒したアクアがいる以上、俺達は何時目を付けられたっておかしくない。バニルが派遣されて来たのだって、この街でベルディアが倒されたからなんだぞ。万が一に備えて、最低限の戦闘は出来るようにしておきたい。クリスが他の冒険者パーティに雇われたりしてた様に、あの兄ちゃんには一時雇用って形にしたって良い。分かったか? 邪魔するなよ?」
「分かってます。邪魔しません。邪魔しませんよ」
 やたら素直に、コクコクと頷くめぐみん。
 ハッキリ言うと、こいつが素直で大人しい時は何かやらかすと考えておいた方がいい。
 俺はめぐみんに注意を払いながら、先ほどのテーブルへと戻って行った。

「えっと……。悪いね、急に。俺はサトウカズマ。カズマでいいよ。で、こっちは……」
 俺がめぐみんを紹介しようとすると。

 めぐみんはマントをバサッと翻し、ギルド中の皆がギョッとする様な大声で言い放った。

「我が名はめぐみん! 紅魔族一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操りし者っ! このギルドでの通り名は、頭のおかしい爆裂娘! さあ、我とともに痛っ!!」
 ギルド中の視線を集め、いきなりとんでもない自己紹介を始めためぐみんを、慌ててはたくが遅かった。
 戦士風のその男は、思い切り顔を引きつらせ。
「……あ、あの……。噂には聞いてましたが、あなたがあの……。す、すいません、あの噂は大げさなものだとばかり……。お、俺には荷が重すぎるんで、その、他を当たって下さい……」
 あの噂とは、めぐみんの頭が壊れてる、頭がおかしいなどの噂だろう。
 何度も謝ってくる男に対し、めぐみんは満足そうに、それでいて大切な何かを失った様な、何だか煤けた表情で俺に向かって笑いかけた。

「カズマ、彼はダメそうですね。私は自己紹介をしただけですよ。次です。次に行きましょう」

 なんという自爆テロ。
 俺はめぐみんの妨害の覚悟を甘く見ていた。
 まさか、自ら頭のおかしい子を地で行くとは……。
 というか、次と言われても……。

 俺とめぐみんが掲示板に行き、目ぼしい募集を見つけ、そちらのテーブルを見るも、すかさずバッと目を逸らされる。
 ……今のギルド中に響く自己紹介が致命傷だった様だ。
 くそっ、普段は大して役に立ってくれないくせに、こんな時だけいらん知恵が回りやがる……。

「おいカズマ。なんだよ、メンバー募集してんのか? なら、俺に声かけてくれよ」

 途方に暮れていた俺にそう声を掛けてきたのはダストだった。
 今日は他のパーティメンバーとは一緒ではないらしい。
「おっ? 久しぶりじゃ無いか、あの件以降しばらく引き篭もってたって聞いたんだが。お前パーティメンバーならいるだろうに。他の連中はどうしたんだ?」
 俺の言葉にダストは嫌そうに顔をしかめ。
「……あの件の事は忘れてくれ……。それより聞いてくれよカズマ。あいつらヒデーんだぜ? デストロイヤー戦で大金せしめたからって、しばらくクエスト受ける気になれないだってよ! 俺はデストロイヤー戦に参加出来なかったから稼がなきゃならねえ。でも殆どの冒険者達は今、懐が潤っているから臨時のパーティ募集もあまりしてなくってな? 戦士系なんて一番有り余ってるクラスだしよぉ……。って訳でだ。前衛探してるなら、今から俺と、ひと稼ぎどうだ?」
 めぐみんが、余計な所に現れやがってとばかりにダストを睨みつける中。
 俺達は、急遽臨時のパーティを組む事になった。








 屋敷に戻り、しっかりと装備を整えた俺は、ダストとめぐみんと共に、街の郊外の大農場へと出向いていた。

 春と言えば、つくしにタケノコ、春キャベツ。
 その他にも、元の世界には無い野菜なども数多くある。
 そう、春の野菜の収穫の時期。
 この季節、農家達は大忙しだ。

 そしてこの時期、農家達の一生懸命作った野菜を狙う、不届きな害獣達も現れる。
 彼らもきっと必死なのだろうが、こちらも生きる為、害獣は駆除しなくてはならない。

 そんな訳で、この時期、冒険者達は害獣対策に狩り出される。

 ……のだが。

 例のごとく、今俺達以外の冒険者達は懐が暖かい。

 なので……!
「狙撃! 狙撃狙撃狙撃! そげ……! ちょっ、ダストー! 無理だ、倒しきれない、猪が! デカイ猪が一匹こっち来る! ヤバイの来てる!」
 俺とダスト、めぐみんの三人は、同じくこのクエストを受けた他数名の冒険者達と共に、農場への害獣達の突入を辛うじて防いでいた。

 執拗に野菜を狙う、猿っぽい害獣を俺は狙撃で仕留めていくが、いかんせん数が多い。
 というか、この猿達は背中に袋みたいな物を備え付けている。
 ひょっとして、あの中に野菜を大量に詰めて持ち去る気か。

 基本的に人がいれば逃げていく日本の害獣達とは違い、この世界の生き物達は、逞しいってレベルじゃないぞ。

 俺達の後ろでは……。
「ぐあーっ! は、春キャベツがっ! 春キャベツが群れをなして……っ!」
「おいっ! ジョセフがタケノコに下からケツを突かれた! 重傷だ! もう野良作業は出来ん、早く連れて行けっ!」
 農場で収穫作業にあたっている農家の人達の中から、そんな罵声が聞こえていた。
 向こうは向こうで大変な様だ。
 農業と言うのは、どこの世界でも大変な仕事だ。

 俺の目の前ではダストが地に長剣を突き刺し、その剣の柄をしっかり握って、左手の盾を前に構えた。
 前方から突進してくる大きな猪。
 それを迎え撃つ腹積もりらしい。
「こいやあーっ!」
 ダストが腰を落として、そのまま足を踏ん張り、地に刺した剣の、柄を握る手に力を込める。
 ダクネスなら、きっとビクともせずにあれを受け止められるのだろう。
 なんせ、冬牛夏草に操られた牛や馬達の群れによる突撃にも耐えた程だ。
 だが、それをダストに求めるのは酷と言う物だ。
 ほとんど牛ぐらいの大きさのある猪は、そのままダストに向かって突進し……!

「グハアッ!?」

 ダストが猪に跳ねられ宙を舞う。

 だが猪の方も、流石に鋼鉄製の鎧を着込んだダストへの突撃は頭部にダメージを負ったのか、ヨロヨロとその体躯をよろめかせ、その突進の足を止めた。
 俺はそのまま猪に駆け寄り、片手剣で斬りかかる。
 大きな傷を負わせるのではなく、スキルによる、動きを封じる状態異常を引き起こすのが目的の為、よろめいている猪に、浅く何度も何度も斬りつけた。
 やがて猪が麻痺でも起こしたのか、ビクリと震えて動かなくなる。

 猪の動きを封じ、他はどうなっているのか振り向くと、他の数名の冒険者達は大量の猿達にあっさりと防御を抜かれ、次々と農場への侵入を許していた。
 ああ、畜生っ!
 俺は跳ね飛ばされて、ピクピクしながら転がっているダストは一端放っておき、猿達へ弓での狙撃を再開する。

「カズマっ! 爆裂魔法の詠唱が終わりましたよ!」
 めぐみんが俺に魔法の完成を告げる中、俺は逃走する猿の群れを指差し、叫んだ。
「やれっ! めぐみん! まとめてぶっ飛ばしてくれっ!」
 その俺の指示に、他の冒険者の誰かが叫んだ様な気がした。
「ちょっ……! 待っ……!」

「『エクスプロージョン』ッ!」







 サル達を駆除した俺達は、ギルドへと報告にやって来ていた。
 討伐報酬は、参加した冒険者一人につき2万エリス。
 相手はモンスターではなく害獣だ。
 猪はともかく、命の心配まではしなくてもいい猿の駆除でこの値段。
 妥当な所か……。

 まあ、俺達は……。
「では、サトウカズマさん、めぐみんさん、ダストさんは、報酬は5千エリスと言う事で……」
 猿がゴッソリ持って行った野菜ごとまとめて吹き飛ばしたので、報酬もゴッソリ削られていた。
 めぐみんに適当に指示した俺のミスだろう。
 めぐみんとダストに謝る俺に、だがダストは……、
「へっへ、まぁ、こんな事もあるわな。今日の酒代ぐらいにはなった。あんまり気にすんな。あのままじゃ、どうせ猿どもに逃げられてクエスト自体が失敗になってたしな!」
 そう笑うダストは、受け取った報酬で早速冷えたジョッキを頼んでいた。

「あれです、アクアもダクネスもいない状態で、私達三人でよくやれたと言うべきですよ。他の冒険者達も少なかったですしね。あれは本来なら、もっと多くの冒険者でやるクエストですから」
 めぐみんもそんな事を言ってきた。
 そのめぐみんは、クエストを達成できた事には喜んでいるようだったが、どこか浮かない顔だった。
 ……分かっている、ダクネスの事だろう。
 ダクネスと比べるのは酷なのだが、やはりあのドMクルセイダーの壁役としての力は認めていただけに、どうしても比べてしまう。
 ダストはダストで、それなりに猿も斬り捨てたりと、立派に前衛として活躍していたのだが……。

 ダクネスなら、攻撃は当たらない物の、あの猪の突撃ぐらいじゃビクともしなかっただろうなとか、余計な事ばかり考えて……、
 ああ、クソっ!

 なぜか内心苛立つ俺に。
「しかし、新しいメンバー探し大変だろうが頑張れよ。俺は自分のパーティ抜ける訳にはいかねーが、たまの臨時なら何時でも付き合うからよ。あのクルセイダーの姉ちゃんも、俺も一回はパーティ組んだ仲だしな。俺が言ってたって伝えといてくれよ。結婚おめでとう、ってな」
 そんな事をダストが言ってきた。

 ………………。

「「おい、お前今なんつった?」」
 俺とめぐみんが同時に言った。


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 俺は二人に、ちょっとテンション高く宣言した。
「……と、言う訳で。今から、厳重に警備された屋敷にどうやって侵入し、どうすればダクネスに会えるのかの作戦会議をする。と、言っても大体の考えはもうあるのですが!」

 屋敷に帰った俺とめぐみんは、アクアに事情を説明し。
 そして今、広間において顔付き合わせて会議をしていた。

「……なんかカズマ、ちょっとテンション高いわね。つまり、街では今、あの熊と豚足したみたいな領主の人と、ダクネスの結婚話で持ち切りなの? ダクネスの趣味の悪いのは良く知ってるけども、どうしちゃったの? 普通ならダクネスのお父さんが止めるでしょうに、何かあったのかしら。……気に入らないわね。今の所、あの胡散臭い悪魔の占い通り?」
 アクアがいつになくマジメな顔で、ソファーの上で卵を抱きながら言った。

 確かあの悪魔の占いは、ダクネスの実家が、そして父親が、これから大変な目に合うだろう、だったか。

 占いなんて、普通はマトモに信じる奴はいない。
 せいぜい話半分に聞くのが関の山だろう。

 だがこの世界には、魔法もあれば呪いもある。

「カズマは、その占いとやら信じます? あの悪魔の言う通り、せっせと商品開発に勤しんでおりますが。私を胸も薄いが影も薄い呼ばわりした、あの憎たらしい悪魔。あいつの言う事は、簡単に信用できると思いますか? アクアではありませんが、悪魔と言うのは無償で人助けをする連中ではありません。きっと、その占いや忠告はあの悪魔にとって得になる事がある筈です」
 めぐみんがそんな事を言ってくるが……。

 正直言って、俺だって良く分からん。
 初対面に近い相手、それも悪魔。
 そんな相手の言う事をいきなりホイホイ信用するのもどうかとは思う。
 思うが……。

「俺は、あの悪魔はそんなに適当な事は言ってない気がするんだよ。なんか色々ぼかしてる気はするけどな。ダクネスを助けて、あの悪魔に何の得があるのかは知らないけど。……もう強がらずに言うが。せっせと商品開発してたのは、もし占い通りダクネスに何かあったとしたら、何かの役に立てる様に。占いが外れても、商品開発自体は別に損する事でもない。そんな軽い考えでやってたんだが……」

 頭のよろしくないダクネスは、自分を犠牲にすれば全てが解決すると、短絡的な行動に出る。
 それがバニルの占いでダクネスが言われていた事だ。
 これが、その辺で出会った占い師の言う事なら鼻で笑って済ませる所だが……。

「何にしても、まだ色々と決め付けるのは早い。今の所、ダストが他の人から聞いたっていう、又聞きみたいな状態だし。直接本人に会って話さなきゃ、何がどうなってるのかがイマイチ分からん。手紙では、パーティ抜けるってだけだったから深く首突っ込む事は出来なかったが。あの領主には俺達だって色んな目に遭わされてんだ、無理やりにでも会って事情を聞く必要がある。だろう? だろう?」
 俺の言葉に、慌てたように、押されたように。
 めぐみんとアクアがコクコクと頷いた。

 確かあのバカは、領主は貴族としての見合い相手なら、そこそこ悪くないぐらいの下衆っぷりだとか、そんなすっとぼけた事を抜かしていた。
 あまり無い事だとは思いたいが、父親に何かあり、ダクネス本人が望んで結婚話を進めている可能性だって全くないとも言い切れない。
 あいつはたまに、本気でバカな事を言い出す奴だ。

 そうだ。冬牛夏草をご主人様呼ばわりしたり、ベルディアにホイホイ付いて行こうとした時もあったな。
 手紙一つ送ってパーティ抜けた事といい、思えば本当に心配ばかりかける奴だ。

 とにかくこれは、是非本人に直接会って問い正したい。

 そう、これはあのバカ女の妙な噂を案じての事だ。
 そして、ついでにあの手紙はどう言う事だと問い正す。
 手紙一枚持って聞きに行くのはちょっと気が引けていたが、ダストからあんな話を聞かされてしまってはしょうがない。
 ああ、しょうがない。
 以前見合いした、バルターとか言ったあんなしっかりした奴ならともかく、相手が相手だ。

 ここ最近やきもきさせられた事への仕返しが出来るとか、しばらく会ってないからちょっとダクネス邸へ侵入する事をワクワクしているとか、これであの女に会う為の正当な口実が出来たとか、そんな事は勿論微塵も思っていない。

 …………ダクネスめ、見てろよぉ……?
 俺だって、いつもいつも自分の保身ばかりじゃなく、たまには無茶だって出来る。
 手紙一枚で俺達との関係をあっさり終わらせようとしたあの女を、屋敷に乗り込んでちょっと痛い目に合わせてやる。
 もちろん、アイツが喜ばない方向の痛い目にだ。

 とにかく、これで強引にでも会いに行く大義名分は出来た。
 絶対に文句言ってやる。


 色々と考えを巡らせている俺を見て、アクアが不思議そうに。

 そしてちょっと嬉しげに言ってきた。

「カズマ。なんか知らないけど、ここんとこずっとイライラしてたのに、今は随分と嬉しそうね?」


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