――――ダクネスから、手紙が届いた――――
「ねえカズマ、それって何? 何書いてるの?」
俺は広間のテーブルで、紙にせっせと設計図を描いていた。
既に、横には俺が描いた他の商品の設計図の数々が。
それは、図は描いてみたものの、作る技術が無い物ばかり。
個人ではとても作れない物ばかりだが、それなら知的財産権の登録だけは行なっておき、後は大商会の経営者や鍛冶師の人達が、これは使えると判断したならその財産権を買って貰おうとの判断だ。
日本でも、物を発明して登録しておくと、優秀な物なら企業から商品化のお誘いが来るが、まあ、それと同じ感じだ。
俺は今自分が描いていた設計図をアクアに見せた。
それは、灯油ポンプの設計図。
石油もプラスチックもないので、勿論作る事は出来ないが……。
「こういった、原理や形は分かってるけど、材質の問題で作れない物を色々書き出してるんだよ。これだけでも、きっと頭の良い先を見る目のある奴なら買ってくれる」
「なるほど、オーバーテクノロジーをそれはもう大量にこの世界に持ち込んじゃう訳ね! カズマ……恐ろしい子……!」
設計図だけではなく、一応自分で作れそうな物は試作品も作ってみた。
アクアはそんな事を言い腹に卵を抱えながらも、俺の試作品の一つを手に取っていた。
「アクアが今持っている、それは何に使う物なんですか?」
今まで、ダクネスから届いた手紙をじっと読んでいためぐみんが、そう言って顔を上げる。
「これ? これはね、風船とか水風船とか言われるオモチャよ。これに水を入れたり、空気を入れて膨らましたりして遊ぶのよ。本来はゴムって素材で作るんだけどもね」
そう言って、アクアは俺が試行錯誤の上に作ってみた、薄い素材のグンニョリとした、やたら伸びる材質のソレを口に咥えた。
そのままプーと息を吹き込むと、結構簡単に膨らんでいく。
……手作りだから今の所大量生産は出来ないが、一応は問題無さそうな感じだな。
「ほう……。興味深い。これはタールプラントの樹液で作られているんですか? 私も一つ頂いてもいいですか? 名を、風船と言うんですか……」
めぐみんが、それを見てテーブルに置かれた試作品を一つ手に取った。
そして、めぐみんもそれを膨らます。
「……お、おう。そーだよ、風船だよ……」
すいません、コン○ームです。
まだまだ、薄型にしたり実際に使用したら破れないのかと色々な課題はあるが、その辺はまあ、実際に販売する連中がなんとかするだろう。
あくまで多々ある開発商品の一つだが、全部が当たらなくてもいい。
幾つかが当たってくれれば……。
めぐみんは膨らました風船でしばらく遊んでいたものの、その内、思い出した様に先ほどの手紙を広げた。
それは、ダクネスからの俺達に宛てた手紙。
めぐみんが、一体何度目かになるのか分からないぐらい目を通したそれに、何か隠された意図がないかと再び読み、手紙をテーブルの上にそっと置く。
そして、深いため息を吐いた。
「……ダクネス。本当に、このままパーティ抜けちゃうんですかね……」
………………。
俺とアクアはその言葉に無言になる。
アクアはしょぼんとしながら、膨らましたコン○ームを弄んでいた。
別に変な事した訳でもない新品なんだから気にする事はないのだが、それでも罪悪感が沸いてくるから、コン○ームで遊ぶの止めて欲しい……。
俺はペンをテーブルに置くと。
「…………しょうがないだろ、実家が実家だ。元々、今まで俺達みたいなのと冒険出来てたって事がおかしいんだよ」
「で、でも! これって絶対変ですよ! ダクネスが、私達に何も言わずにパーティ抜けるとか! 手紙一通で済むような、そんな薄っぺらな関係ではないですよ、私達は!」
めぐみんが、俺の言葉に食って掛かった。
「そうよね。私はアレよ、カズマの行き過ぎたセクハラが原因だと思うの。とりあえず、私達の洗濯物に頭を突っ込んで、ウヒョー! ってやつ。あれは止めた方が良いと思うわ」
「やってねえ! 今はまだそんな事はやってねーよ!」
「今はまだって言いました?」
俺は、めぐみんがテーブルに置いた手紙を取り上げ。
そして改めて中を読む。
それを読み返しながら…………。
――――突然こんな事を言い出して、本当に済まない――――
俺は手紙をクシャッと丸め。
そのままゴミ箱の中に、叩きつける様に投げ込んだ。
――――込み入った事情が出来た。お前達とは、もう会えない。パーティから抜けさせて欲しい。私の代わりの前衛職をパーティに入れてくれ――――
そんな俺の様子に、ちょっと怯えた表情を浮かべるアクアとめぐみん。
ああ、全く。俺は何をイライラしてるんだ。
――――お前達には感謝している。どれだけ感謝しても、足りない程だ。お前達との冒険は、心の底から、本当に楽しかった――――
元々住む世界も違うお嬢様。
それが、住む世界に戻って行っただけの事。
そう。攻撃がちゃんと当たる、新しい前衛職を入れて、それで解決だ。
俺はペンを手に取ると、再び設計図の作成に取り掛かる。
――――今まで、どうもありがとう。ダスティネス・フォード・ララティーナより。愛する仲間達へ、深い感謝を――――
パキッと音がして、俺の握るペン先が割れた。
知らず知らずの内に力が篭っていたらしい。
そんな俺の様子を見て、めぐみんが口を開いた。
「……何だかんだで、カズマも気になってるんじゃないですか。素直になりましょうよ。そして、もう一度ダクネスの屋敷に行きましょう!」
そう言って、拳を握って俺に迫る。
ダクネスが帰ってこなかったあの日。
結局俺達は、日付けが変わると、冷えた料理をモソモソと食べ。
そのまま朝早くダクネスの家に、心配させんなと襲撃に行ったのだが……。
「また門前払いされるのがオチだって。相手は、仮にも大物の貴族だぞ? 強行突破でもしてみろ、俺ら全員即刻逮捕だ逮捕。ダクネスや親父さん相手だから処刑はないだろうが、ダクネスが会いたがっていない以上どうしようもできないだろ」
俺の言葉に、めぐみんがシュンとうな垂れた。
ダクネスの屋敷に行った俺達は、事情は申せません、お引取りをの一点張りの門番により追い返された。
俺はイライラと割れたペン先の代わりを……。
「カズマ、何だかんだ言ってもダクネスの為に何か出来ないかって考えてるんでしょ? だからそんな、一生懸命新しい商品開発なんかして。あの、役に立たない悪魔の助言なんか信じちゃってるの? 悪魔ってのはね、屁理屈ばっかこねる、いい加減な連中なのよ? 無償で人助けをする連中じゃないんだからね?」
そのアクアの言葉に、俺は思わず動きが止まる。
「べ、別にそんなんじゃねーし!? マジメに働きたくないから、楽して大金せしめようと頑張ってるだけだし!」
アクアが真顔で。
「ツンデレ? ねえカズマ、ツンデレなの? 素直じゃないんだから。ダクネスがいなくなって寂しいって言えばいいのに。……ねえカズマ。私ツンデレは、金髪ツインテール以外は認めない派なの。それが分かったなら、今すぐ頭染めてツインテにしてきなさい」
「………………」
調子に乗りましたごめんなさいと叫び、半泣きで激しく抵抗するアクアから、卵を奪い、今日の昼飯にしてやろうとする俺に。
めぐみんが寂しそうにぽつりと言った。
「二人のこんないつものやりとりを見ていても……。なんか、足りない気がします……」
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ギルドへと向かう俺の後を、不機嫌そうなめぐみんがちょろちょろと付いてくる。
正直、卵の孵化に忙しいアクアみたく、屋敷で大人しく留守番していて欲しい。
「……なあめぐみん。小遣いやるから、屋敷に帰ってくれないか?」
「嫌ですよ。私だってパーティメンバーなんですから、新しいメンバー決める権利は私にだってあるはずです」
先ほどから、俺の言葉をめぐみんはロクに聞こうともしない。
それもまあ、しょうがない。
俺は今、ギルドにてダクネスの代わりの前衛職を探そうとしているからだ。
めぐみんが、わざわざ俺のすぐ真後ろにトトトッ、と詰め寄ると。
「たかが数日留守にしたぐらいで、よくもパーティメンバーをあっさりと切れますね。カズマは鬼です。鬼ですよ」
…………。
それを言っためぐみんは、再び俺から、トトトッ、と距離を置き、俺の数歩後ろを付いてくる。
「……ち、違うだろ。新しいパーティメンバーを入れて欲しいってのは、ダクネスの願いだからだろ。俺だってダクネスが戻ってきてくれるならそれが一番いいさ。でも、本人が…………」
それを聞いためぐみんが、再びトトトッ、とわざわざ俺の真後ろに立ち。
「そんなのは、ただ単に意地になっているだけですね。先ほどアクアに、あんな事言われたから恥かしがっているんでしょう? 認めたくないんでしょう? 強がってるだけなんでしょう? いつまでも新しいメンバーを入れないと、ダクネスに未練タラタラだって思われるのが嫌なんでしょう?」
それだけ言うと、再びめぐみんは俺からトトトッ、と離れ、距離を置いた。
う、うっとおしい……!
それからはギルドまで、めぐみんが付かず離れず付いてきた。
隣を歩けばいいのにそれもせず。
俺がダッシュで撒ける程には距離を取らないところが憎たらしい。
ギルドの前に立つと、めぐみんが近付き、俺の服の裾をクイクイと引っ張った。
「カズマ、これ以上は行かない方がいいですよ? さもなくば、紅魔族の恐ろしさをその身に味わう事になりますから」
「やれるもんならやってみろ。余計な事しやがったなら、お前の大事にしている杖で、二階のトイレの詰まりを直してやるからな」
俺の言葉に引きつった顔をするめぐみんを連れ、久しぶりにギルドに入る。
アクアの卵やダクネスの件もあり、ここ最近クエストも受ける事は無く、ずっとご無沙汰だったギルド内。
俺はそこのパーティ募集掲示板の前に行くと、そこに張ってある紙の中から目ぼしい物を探し出した。
こちらから募集の紙を張る事は無い。
どうせ俺達の悪名は知れ渡っている。
今更前衛職募集の張り紙を張ったとて、人が来る事が無いのは分かっている。
なので、どこかのパーティに入れてくれって奴をとっ捕まえてスカウトするのだ。
と、早速良さそうなのを見つけてしまった。
職業戦士。得意武器は片手剣。
防御力には自信あり。前衛での盾役希望。
性別は男性。
年は十八。
……悪くないのではないだろうか。
俺はその紙を剥がすと、その冒険者が待っているテーブルへと紙を持って向かって行った。
「えっと。……すいません、この募集の紙を見たんですが」
俺が声を掛けると、その男は明るい表情を浮かべ。
「あっ、はいっ! 初めまして、俺、戦士の……」
その男が言い掛けたのを、付いて来ていためぐみんが遮った。
……嫌な予感しかしない。
「おっと、自己紹介はまだ結構です。それよりも、先に聞きたいことがありますので。それを聞き終わってから、面接を始めましょうか」
俺の背後から付いてきていためぐみんが、実にイヤラシイ笑みをニヤリと浮かべた。
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