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三部
12話
奥歯がガクガクします。

「では、一つ見てやろうか。貴族としての変な義務感だけは高い癖に、実力が伴わず空回りする娘よ。ここに来るがいい」
「…………」

 バニルの言葉に、無言で悔しそうに歯を食いしばりながらもしぶしぶと、バニルが引っ張り出してきた小さなテーブルの前の椅子に座るダクネス。
 俺はそれを見ながら、半泣きになった不器用なクルセイダーに、思い切り殴られた頬を押さえていた。
 アクアがヒールを掛けてくれないので、自分でフリーズを掛けながら熱を取っている。
 後で、バニルに事細かに聞いてやろう。 

「ねえダクネス、悪魔の占いなんて話半分に聞いときなさいよ。そんな怪しげな物より、女神である私のお告げ的な物の方が、絶対ご利益あると思うの」
 それはない。
「フン。我が占いは、神々のいい加減などうにでも解釈できる、あんな抽象的な物ではないぞ。……では、今から幾つかの質問をする。中には答え難い物もあるだろうが、正直に答えるのだぞ」

「わ、分かった。……なあカズマ、この変な仮面の男は本物の悪魔の様だが……。この悪魔の言う事を信用しても良いのか? なぜ聖騎士たる私が、唐突に悪魔に占われなくてはいけないのか分からないのだが……」

 信用できるかと言われれば悩むところだが。
「まぁ聞くだけならタダだし。質問に答えるだけならいいんじゃないのか?」
 気楽に言った俺の言葉に、それもそうだなと呟いて、ダクネスがバニルと向かい合った。

「うむ、良いようだな。ではまず、この水晶玉の上に片手を乗せるのだ。……よし、後は待っていれば良い。では、これから出す質問に正直に答えて貰おう」
「う……。わ、分かった……」
 バニルに言われるままに、ダクネスは水晶の上に手を置いた。

「では、汝に問おう。防御力も大事だが、攻撃に踏ん張れる重さも重要なクルセイダーなのに、最近コッソリ鎧の軽量化を行った様だが。それはなぜか?」

 そのバニルの言葉に、ダクネスがビクリと震えた。

「……そ、その……。わ、わ、私は不器用なので、鎧を軽くし、少しでも攻撃を当て易くしようと……。し、しよう……と……」
 しどろもどろになりながら、何とか答えたダクネスに。
「……我輩は、正直に答えよと言ったぞ……」

 バニルがボソリと呟いた。

 ……………………。

「……最近、段々腹筋が割れてきたのを気にして、鎧を軽くして……みた……」
 蚊の鳴く様な小さな声で、ダクネスが恥ずかしそうに俯きながら言った。
 ……割れてきたのか。
 …………気にしてるのか。
 バニルはそれを聞き、満足そうに頷いた。

「よしよし。……では、汝に問う。風呂場にて。洗濯籠に放り込まれていた、仲間の魔法使いの着ていた可愛らしいワンピース。これをコッソリ自分の身体にあて、鏡の前でちょっと嬉しそうにしながら、うん、コレは無い。コレは無いな……とブツブツ言っていたのはなぜか。しかも、自分で似合わないとか言いながら、普段笑いもしない無愛想な顔を、首を稼げてニコッと笑ってみたりしていたのはなぜか。そして頬を染めて周りをキョロキョロ確認し、そのまま慌てて洗濯籠に戻していたのはなぜか」

 見通す悪魔様最強じゃないですか。
 どこまで知ってるんですかバニル様。

「…………。……か、かか、可愛らしい系の服は似合わないし余り興味もなく、買うのも買って来て貰うのも恥ずかしいので、今までは触ることもなく……。ふと目にしてつい、試してみようかな、という出来心で……。こんな無愛想な筋肉女が出来心で合わせてしまいました、ごめんなさい……ご、ごめんなさい…………」

 赤い顔を両手で覆い隠し、小さな震え声で謝っているダクネス。
 別にめぐみんの服を自分の体の上に合わせてみたぐらいでそこまで謝る事もないと思うが、指摘されたダクネスはよほど堪えたのか、もう心の耐久力は限りなく0に近い。

「私は、可愛いワンピースを着たダクネス、悪くないと思うの! いつもカッコイイ系や大人系の服着てるしね! お嬢様風のドレスだって着たんだから、可愛いワンピースだって着てもいいじゃない! ダクネスがコッソリ可愛い系の服着る事の何が悪いのよ!」
 きっと全く悪気は無いアクアが、ダクネスにトドメを刺している。
 ダクネスがテーブルに腕枕状態で突っ伏して、耳まで赤くして動かなくなった。

 バニルが、そんなダクネスに満足そうにウンウン頷く。
 そして……、
「では、最後に。同居人のそこの男にイヤラシイ目で見られている事を自覚しながら、それでも屋敷内で、身体の線がくっきり出る服を着てウロウロしているのはな」
「これはっ! これは本当に占いとやらに関係あるのか!? あるのかっ!?」
 ダクネスが、泣きそうな顔でバンとテーブルを叩きながら飛び起きた。

 バニルがそれに、は? と言った感じで首を傾げ。

「何時我輩が、質問しなければ占いは出来ないなどと言った。質問に答えて貰おうと言っただけだ。占い自体は水晶玉に手を置くだけでいい。質問は、単に占いの結果が出るまでの暇つぶし……、こっ、こらっ止めろ! なぜお前達は我輩の仮面に気安く手を掛けるのだ! 泣きながら仮面を引き剥がそうとするな!」







 散々オモチャにされた事が悔しかったのか、水晶玉に手を置きながらも、完全にそっぽ向いているダクネスに、バニルが水晶玉を覗きながら。
「……ほうほう、これは。……うむ、やはり破滅の相が出ているな。貴様の家、そして父親が、これから大変な目に合うだろう。そして、あまり頭のよろしくない貴様は、自分を犠牲にすれば全てが解決すると、短絡的な行動に出るであろう。その行動は誰も喜ばず。貴様の父親は後悔と無念を抱き、そのまま余生を送る事になる。……良い回避方法は…………」

 バニルの言葉に、今までとは打って変わって真剣な面持ちになるダクネス。

「……おや、貴様の力ではどうにもならんと出たな。その時が来たならば、いっそ全てを捨てて逃げるが吉。……風呂の度に洗濯籠の中の仲間の衣服が気になるが、迷いながらも何も出来ない小心者なそこの男と、そして、仲間達と共に遠い地でやり直すが良い」
「おい、待ってくれ。本当に待ってくれよ。なんかもうお前が口開く度に、ウチのパーティメンバーからの俺への信頼がマイナスになっていく」

 ダクネスが、無言で立ち上がる。
 思わずビクッとしてしまった俺だが、どうやら洗濯物云々の事ではないらしい。
 当たり前だ、迷っただけで、結局俺はまだ何もしていない。

「……ん、占いには感謝する悪魔殿。……だがどんな事態に陥っても、逃げる事は出来ない。……まあ、話半分に聞いておこう。カズマ。借金は返したのだし、アクアの卵の孵化もある。今日も含め、どうせしばらくはクエストには出ないだろう? ちょっと久しぶりに実家に寄って、一応父の顔でも見てくるとしよう。帰りは……。……夕飯までには戻るから」

 そう言って、ダクネスは店を出て行ったのだった。






「ねえ木っ端悪魔。あんたもっと具体的な事言えないの? さっきは神々のお告げを抽象的だとか何とか言ってくれた癖に。あと、私の事も占いなさいよ。とりあえず、じきに生まれるウチのゼル帝が何ドラゴンかとか。ドラゴン族を治めるだけの器があるか。あっ、後あれよ。楽してお金が儲かる方法とか教えなさいよ、あんた何でも見通せるんでしょ?」
 ダクネスが店を出た後、アクアがそんな事を言い出した。

 バニルは心底嫌そうに顔をしかめると。
「こんな俗物的な女神など初めて見たわ。楽して金を稼ぐ方法があれば、そこで焦げてる産廃店主にでも教えて、我がダンジョン建設の為の資金にしている。我が力は、その者が過去に行なってきた事、そして、その者にこれから起こるであろう事柄を見通せるのだ。こういった技能は欲にかまけて使うとロクな事にならぬ。……貴様はそんな事も分からないとは、それでも本当に女神なのか?」

 アクアがそんなバニルを鼻で笑った。
「所詮は悪魔ね。誇大広告も甚だしいわ。はー使えない使えない。カズマ、もう帰りましょう? 帰ってゼル帝の孵化に戻るの。早くあの子を孵化させて、この悪魔をあの子の養分の足しにでもしてあげるわ」
「……おっと、今我輩、ピンと来た。そのゼル帝とやら、名を照り焼きと改名するが吉。さすれば、晩飯の際にでも皆に愛される事請け合いであろう」

 バニルとアクアが、共に口元を半笑い状態で、そのまま同時に立ち上がった。

「……あらあら、何その名前。卵からはドラゴンが生まれるのよ? 高いお金出して買ってきたのよ。なぜそんな美味しそうな名前付けなきゃいけないのかしら」
「見通す悪魔、バニルの名に賭け宣言しよう。節穴女神の御眼鏡にかなった卵からは、さぞかし立派な鶏肉が生まれるであろう事を……」

 ……………………。

「『サンクチュアリ』!」
「フハハハハ、広範囲型聖域魔法か! そんな広範囲型の中威力浄化魔法、この我輩がちょっと気合を入れれば簡単に耐えられるわ!」


「おいバカやめろお前らウィズが! 焦げたまま倒れてるウィズが、浄化魔法に巻き込まれてどんどん薄くなってきてるから!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



『一つ、助言をくれてやろう。お前は何やら、面白い世界からやってきた人間の様だな。……汝、今はクエスト等には行かず、元居た世界の、売れ筋の商品を沢山作っておくがいい。借金が無くなり、もう金には苦労しないと思っているな? 先のクルセイダーの娘だが、あの娘にはこう言った。貴様の力ではどうにもならん、とな。……だが、お前の頑張り次第では、どうにもならん事も無いかもしれんぞ?』

 ウィズの店から、屋敷へと向かう帰り道。
 俺は、店から出る際にバニルに言われた事を思い出していた。

 再び暴れ始めたアクアとバニルを引き剥がし、ウィズを介抱した後。
 店を後にしようとした俺は、バニルにそんな助言を貰っていた。

 バニルの話だと、ダクネスの家、ダクネスの親父さんに不幸が訪れる。
 それをダクネスが、自分の身を犠牲にして、短絡的にどうにかしようとする。
 それをどうにか出来るかどうかは俺次第。

 と言っても、経験値稼ぎしてレベルを上げて何とかする、とかではなく。
 売れ筋商品の、商品開発でもしておけと。


 ……なんのこっちゃ。

 俺はアクアを連れながら、自分の屋敷へと帰る途中。
 バニルやダクネスに言われて思い出したが、俺はもう借金は無い。
 つまりは、そろそろ少しぐらいは贅沢しても許されるはずだと思い、普段喰う物よりも、ちょっと高めの食材を晩飯用に買って帰る。
 それを見たアクアが先ほどからやたら興奮して煩かった。

 俺達が屋敷に帰ると、ダクネスはまだ帰っていなかった。

 屋敷に戻るとめぐみんから卵を返して貰ったアクアは、ソファーの上でいつもの三角座り状態で卵の孵化作業に戻り、エサを待つ雛の如く、晩御飯を早く早くとせっついていた。

「おい喧しいぞ。料理が出来ても、ダクネスが帰ってくるまではお預けだからな。それ以上ピーピー騒ぐと、お前の持ってる卵も晩飯のおかずにするからな」
「ねえカズマ、あの悪魔の言う事鵜呑みにしてない? この子は鶏じゃなく、ドラゴン。この卵からはドラゴンが生まれるのよ。そんなにこの子を邪険にすると、この子が生まれて大きくなっても、背中に乗せてあげないからね」

 そうこうしている間に、俺とめぐみんの手により熱々の晩御飯が完成する。
 もう一人は卵の孵化作業があるので、ずっとソファーの上でゴロゴロしていた。

「ねえカズマ、ダクネスが遅いんですけど。私、料理を目の前にもう耐えられないんですけど。とっととダクネス探してきてー、探してきてー」
「お前、金も出さない、料理もしないくせに、随分な態度じゃないか」
 俺とアクアがそんな事を言ってる間に、めぐみんが四人分の食器とお茶を用意した。

「今日の料理は、ちょっと凝ってますね。お嬢様のダクネスはあまり食べた事の無い料理でしょう。ふふふ、我が料理を食した際の反応が楽しみです」
「お前、塩振って食器出しただけじゃないか」


 やがて、夜の帳が下りる頃。
 そんな時間になっても、まだダクネスは帰ってこない。

「ねえカズマー! もう冷めちゃったわよ、温め直してー」
「……ご飯を前にお預けとか。私はダクネスじゃないんですから、こんなプレイちっとも嬉しくないですよ。……帰ってきたら、罰としてソファーの前に正座させ、しばらくお預けさせて、目の前で食べてやります」
「多分、あんまり罰にならないと思う。むしろ……。…………にしても遅いなぁ……。晩飯までには帰るって言ってた癖に、何やってんだよアイツは。バニルの占いの通り、実家でなんかあったのか? それならそれで、何があったのかぐらい知らせろってんだ」


 みんなで愚痴を言いながら、更に待つ。

 やがて、その苛立ちは怒りに変わり。
 ダクネスが帰ってきたら、どう取っちめてやるかの会議になる。
 大概の罰はご褒美に変えてしまうあの女に、一体何が効くのかを真剣に考えた。
 それでも、誰一人、もう食っちまおうぜとの案だけは出ない。



 アクアコーディネートの超可愛らしい服を着せ、メイクも施し、ギルド及び街中引き回しの上、一日借りるだけでも高額が掛かる、魔道カメラでの記念撮影の刑。

 ダクネスへの罰が決まった所で、時刻はやがて、深夜を回ろうとしていた。

「…………遅いねぇ……」

 アクアがぽつりと呟くが。
 それでも冷えた食事には誰も手を付けようとはしない。
 実家に寄っただけだから、危険な事がある訳では無い。
 心配する様な事など何もないのだが……。

 もう、このまま待ってても、今日は帰ってこないかもしれない。
 明日にでも帰ってきたら、あいつ思い切りとっちめてやろう。

「今日は帰ってきそうにないな。帰らないなら、連絡ぐらいよこせってんだ。……おい、もう食っちまおうぜ」

 俺が二人にそう言うも、困った表情を浮かべ、食事に手を付けようとしない二人。

 …………ああ、くそっ!

 あのドMが、真剣に泣いて嫌がる事をしてやろう。

 小一時間バニルに根堀り葉堀り色々尋問される刑。
 よし、これで行こう。
 帰るのが遅くなればなるほど、バニルに尋問される時間を増やしてくれよう。






 俺が密やかにそんな決意を固めていた中。
 ダクネスはこの日、帰って来る事はなく。

 二日経っても。
 三日経っても。

 ダクネスが、屋敷に帰ってくる事は無かった。
ようやくのシリアス回。
もうギャグ小説とは言わせない。


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