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三部
11話
 めぐみんと共に屋敷に戻った俺は、そこにいた二人を見て頭を抱えたくなった。
「カズマ、お帰りなさい。ダクネスをお風呂に入れたばかりだから、まだお湯温かいわよ。入って来ちゃいなさいよ」

 広間には、薄着でグッタリとソファーに横たわるダクネスの姿。
 額の部分に濡れたタオルを乗せられ、眠っているのか気を失っているのかは知らないが、その表情はどこか満足そうだ。

「……こいつ、どうしたんだ?」

 寝ているダクネスの隣に、ソファーの上に裸足で三角座りしていたアクアが。
「我慢比べで最後まで残ってたダクネスが、一向に根を上げないもんだからね。最後には、露店の人が、相当な火力で温めてたみたい。露店の人は、ダクネスがちゃんとフリーズか何かの魔法を使ってるって思ってたらしくて、人の耐えられる温度を軽くオーバーしちゃっていたそうよ。最後まで耐え切ったダクネスは、そのまま、勝った! って笑って倒れちゃったらしいわ」
 それをアクアが回収して介抱していたのか。
 ……いや、それは分かった。

 それは、いいのだが。

「……………………お前、その腹の上に抱いてるの。………………何ソレ」
「ドラゴンの卵よ。……名前はキングスフォード・ゼルトマン。この子はいずれドラゴン達の帝王になるわ。この子を呼ぶ時は、ゼル帝とでも呼んであげて」
 アクアは言いながら、腹と太ももの間に毛布を置き、そこに挟んだ小さな卵に、手から柔らかい光を放っていた。

 どう見ても鶏の卵です。
 本当にありがとうございました。

「……買っちゃったのか」
「買っちゃったわ。なんか商人の人が良い人でね。お金が足りなくなったから買えないって言ったら、持ち金と交換で良いって言ってくれたのよ。と言う訳で、孵化するまで私はクエストに参加できないからね。外にも出ないし、ここで寝るわ。カズマ、晩御飯持ってきて食べさせて」

 俺はこのバカを、本当にあの悪魔に会わせなくてはいけないのだろうか。





「じゃあ行って来る。…………ロクでもない事させて悪いなめぐみん」
「良いですよ。……それに私も、あんな大悪魔にはあまり近づきたくは無いですし」

 翌日。
 俺はアクアとダクネスを連れ、ウィズの店へと向かう事に。
 めぐみんは留守番だ。
 春先にも関わらず暖炉に火を入れ、その前で毛布にくるまり、アクアが買って来た卵を温めて貰っている。
 卵の孵化は、温めるだけではなくたまに角度を変えてやったりと、色々と面倒くさいらしい。

 卵の孵化作業があるから行きたくないと駄々をこねたアクアへの折衷案だ。


 まだアクアには、今から会う相手が悪魔である事は伝えていない。
 アンデッドですら目の敵にするこいつの事だ。
 サキュバスみたいな下級悪魔ではなく、相手がとびきりの大物悪魔だと知ったら、店に油を撒いて火を付けるとか言い出してもおかしくない。
 俺達はめぐみんに見送られながら屋敷を出た。

「で、私に会いたいって言うそいつは何者なの? ファンなの? 信者なの? 信者なら、いつもすっぴんな私だけども、手土産の一つも持って、お化粧の一つもして行きたいんだけれど」
「ファンでも無いし信者でもないからそのままでいい。何者……って言うか。まあ、会ってくれればそれでいい。一応言っとくが、くれぐれも店で暴れたりするなよ?」
 俺の言葉にアクアが首を傾げるも、そのまま素直に付いて来る。
 一応ダクネスにはしっかりと鎧を着けて貰っている。
 万が一何かが起こらないとも限らないからだ。

 やがてウィズの店へと着くと、俺はアクアに振り向き、再び念を押した。
「いいか、ここは街の中だし店の中だ。暴れるなよ? 分かったか? もしバカな事しでかしたら、お前が買って来た卵は、明日の朝飯にするからな?」
 言いながら、俺は店のドアを押し開けて、そのまま中に……。

「へいらっしゃい! ……なんだ、常識人を気取りながら案外壊れた男、貴様か。今日のオススメは、この明かりの魔法が封印されたスクロール。短時間だが効果はバッチリだ。欠点は、暗い場所だから明かりが必要なのであり、このスクロールの力が必要な場所では、暗くてスクロールの呪文を読めない所。これを仕入れた奴の商売センスにどれだけ致命傷があるのかが良く分かる一品で……。おや?」

 店の中に入った俺に早速変な物を売り付けようとするバニルが、俺の後から入ってきた二人に気が付いた。
 俺はアクアとダクネスを紹介しようと二人を前に……、
 出させようとした瞬間。

「『バニル式殺人光線』!!」
「『リフレクト』ーッ!!」
 突如手の平から光線を放ったバニルに対し、アクアが咄嗟に魔法を唱えた!

「え? え、え、待っあああああああああー!!」
 アクアの魔法で跳ね返されたその光線は、そのままバニルの横を通り抜け、カウンターの前に座っていたウィズを直撃した。
 いきなり光線を食らわされたウィズは、体から煙を上げてカウンターへと突っ伏した。

「ちょっ!? ウィズ!? おい、いきなり何やってんだ、ウィズが! おい、ウィズがっ!!」

 俺が慌ててウィズの元へ駆け寄り手を差し伸べると、ウィズはあちこちからパリパリと静電気の様な物を放ちながらも、差し出した俺の手を掴んできた。
「カ、カズマさん……、み、店が……。私はいいから、二人を止めて……。店を、守って……」
 そんな健気な事を弱々しく言うウィズに従い、俺はアクアとバニルに向き直ると……。

「いきなり何やってくれてんの? 不意打ちとは流石は小心者の悪魔ね! でも残念でした! 女神相手にあんな貧弱な光線が効くとでも思ったの? プークスクス!」
「フハハハハ、なんと女神であったか! 忌々しい神気を発散している迷惑な輩に手加減光線を放ってみれば。あれを気合で消し飛ばすではなく、わざわざ魔法まで使って反射しか出来ぬとは、下級天使か何かだと思ったわ! いや、失敬失敬!」
 そんな事を言い合いながら、額がくっつく程の至近距離まで顔を近づけて、睨み合っている二人。
 バニルは仮面に隠れて表情こそ分からないが、アクアは完全に目がマジだ。

 普段物事に動じないダクネスが、珍しくビクつきながら二人を横切り、俺の傍へとやって来る。
「お、おいカズマ。なんだあの変な男は。あの二人の空気はなんだ」
 女神と悪魔による宿命の対決が、平和な街の魔法店で行なわれてるだけです。


「おいお前ら。まあ、喧嘩するのは良く分かるし仕方ないのかもしれないが、ここはウィズの店の中だ。ちょっと落ち着こうぜ」
 俺が二人の仲裁に入ると、二人は、とりあえずはお互いに距離を取った。

「ねえカズマ。ひょっとして、私に会いたがってたのって、コレ? ねえ、コレの事? 人間の魂掠め取ったり嫌がらせする事しか考えてない、人々の悪い感情すすって辛うじて存在してる、この人類の寄生虫に会わせようとしたの? やだーもう、笑えない冗談ね!」
「フハハハハ、なるほどなるほど。貴様がベルディアを倒した輩と言う訳だな。我が見通す力が通じなかったのでどんな輩かと思ってみれば。なるほどなるほど、女神なんてバッチイもの見通したくないという、我輩の防衛本能により視界にフィルターが掛かっておったのか。いや失敗失敗」

 そのまま二人はお互いに感情の篭っていない笑いを上げると……。

「「………………」」

 やがてお互い無言になった。

「『セイクリッド・エクソシズム』!」
「華麗に脱皮!」

 突然のアクアの叫びに呼応してバニルの足元に光の柱が現れるが、バニルは咄嗟に自らの仮面を投げ、その体は光の柱に呑まれたものの、本体の仮面は魔法から回避した。
 床に落ちた仮面は、そのままニョキニョキと、木の床にも関わらず体を生やす。

 アクアはその再生途中の体ではなく、本体の方の仮面に飛びつき、それを体から引き剥がそうとしだした。

「あはははは、コレね! コレがあんたの本体ね! 捕まえたわ! 捕まえたわよ! さあ、どうしてくれようかしら! コレ、どうしてくれようかしらっ!」
「フハハハハ、この仮面を破壊したとしても、まだ第二第三の我輩が……。こ、こらっ、喋っている途中で仮面を剥がそうとするな、体が崩れる! せめてセリフを言い終わってからに……」
「おい、落ち着け。そろそろ落ち着け」
 俺は嬉々として仮面を剥がそうとするアクアと、そして自らの仮面を剥がされまいと必死に抵抗するバニルの間に割って入った。






「で、何でこんな所に悪魔がいるの? 返答次第じゃまた一戦やるハメになるわよ?」
 なんとか二人をなだめ、椅子に座らせてはみたのだが。
 俺は、未だにギスギスしている二人の間に座り、何時でも止めれる体勢で二人の話を聞いていた。
 展開と話に付いていけていないダクネスは、店の奥であちこち焦げたウィズの介抱をしている。

 バニルは、椅子の上で腕を組み、
「我輩は、元は魔王軍の幹部だった悪魔、バニルである。日頃はそっけない態度の癖に、夜になると仲間に劣情催しているそこの男。そこの男の連れに一度消し飛ばされ、無事魔王軍幹部の役目は終えたのだがな。我輩には、悪魔としての大きな夢があるのだ。ここには、それを叶えに来た」
「とりあえず、仲間の視線が凄く痛いから、これから俺を指す時は別の表現をしてくれ。……悪魔の抱く夢って……。えらく物騒な夢の気がするんだが。とりあえず、どんな夢なのか、聞いてもいいか?」
 アクアが険しい視線でジッと見つめる中、バニルはうむと頷くと……。

「我輩にはな、昔から、とびきりの破滅願望があるのだ。それは、至高の悪感情を食した後、華々しく滅び去りたいと言う夢だ。……我輩は考えた。一体何時からそんな事を考え出したのかも思い出せないぐらいに、遠い昔から我輩はずっと考え続けた。どうすれば、我輩好みの至高の悪感情が食せるのか、と。そこで、思い付いたのだ……」

 ニヤリと笑うバニルを見て、俺は知らず知らずに息を呑む。

「まず、ここで働き金を貯め、その資金を元に、欠陥店主の膨大な魔力で巨大ダンジョンを造ってもらう。我輩はダンジョンを造る事など出来ないからな。……そして、そのダンジョンには凶悪な魔物を放ち、苛烈な罠を仕掛けるのだ! そこに挑むは歴戦の凄腕冒険者達! 我がダンジョンに何度も何度も挑戦し、やがていつかは我輩の元に辿り着く者が現れるだろう!」

 興奮してきたのか、大きく手を振り、熱弁しだしたバニル。

「そして、深いダンジョンの奥で、最後に待ち受けるのはもちろん我輩! そこで言うのだ、我輩は。よくぞここまで来たな冒険者よ! さあ我を倒し、莫大な富をその手にせよ……! そして始まる最後の戦い! 我輩は冒険者達との激戦の末、とうとう打ち倒されてしまう。そして、我輩が倒れると同時に現れる、厳重に封印された宝箱。打ち倒され、意識も霞んでいく我輩の目の前で、苦難を越えた冒険者達はそれを開け……!」

 思わず俺とアクアが静まり返る。

「…………箱を開けると、スカと書かれた紙切れが。それを見て呆然とする冒険者達を見ながら我輩は滅びたい」
「止めてやれよ。本当に可哀想だから止めてやれよ……」
「ねえカズマ、滅ぼしときましょう? 私に任せて、サクッと消滅させてやるから!」

 俺とアクアにフフッと笑い、バニルが言った。
「まあ、我輩が此処に来た理由はそんな所だ。商売人としては重大な欠陥がある店主だが、魔法の腕は超一流だ。我輩好みのダンジョンを造ってくれるだろう。……さて。貴様には、そこの……そこの……ぐぬぬ、見通せぬ……! そこのチンピラみたいな女に、約束通り会わせてくれた礼をせねばな。どれ。一つ、約束通り面白い話を聞かせてやろうか」

 チンピラ女呼ばわりされたアクアが立ち上がるが、俺はそれを押し留めた。
 悪魔の持ち掛けてくる面白い話。
 興味が無いと言えば、嘘になる。
 それは悪魔だけが知る、取っておきの世界の秘密か。
 はたまた、この世の理か。

「では、どの話をしてやろうか。……そうだな、我輩が野良ケルベロスを拾ってきて、魔王城がパニックになった時の話をしてやろう。あれは確か、今から二百年前の事……」

「アクア、もういいぞ、頼む」
「分かったわ! 欠片も残さず滅ぼしてあげるわ!」
 俺とアクアからバッと距離を取り、バニルが口元をニヤリとさせた。
「美味である」
 ……憎たらしい!

 バニルはクルリとダクネスを振り向くと。
「まずは、美味なる悪感情馳走である。……では、こうしようか。おいそこの。日夜熟れた身体の性欲を持て余し、処女の癖に夜な夜」
「なああああああああーっ!!」
 ダクネスが、突然大声を上げながらこちらに向かって突っ込んできた。
 そのダクネスをバニルがヒョイとかわし。

「……うむ、極上の羞恥の込もった悪感情、美味である。……おい鎧の娘。貴様には、破滅の相が出ているな。あまり会いたくは無い相手だったが、約束通り、ベルディアを倒した者に会わせてくれた礼だ。ここは一つ、我輩が占ってやろう」
 悪魔らしく。
 バニルは、ニヤリと口元を歪めながら言ってきた。 

「おいそんな事よりも、さっきダクネスの事をなんて呼ぼうとしたのかを詳し」

 目尻に涙を溜めたダクネスが、耳まで顔を赤くして殴り掛かってきた。


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