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三部
10話
 無言で立ち尽くす二人に、バニルがもう一度口を開いた。

「……どうした、男友達居なさそうな男に、友達という単語を知らなさそうな娘。……ほう、これは美味である。お前達のイラッときた悪感情をビンビン感じる。ご馳走様です。……もう一度言うが、通しては貰えんか?」

 ミツルギが、ゆんゆんが。
 そのまま無言で武器を構える。
「……僕は選ばれた勇者として、いつか魔王を倒しに行く予定の者だ。お前が魔王の幹部なら、見逃す訳にはいかない。……ある占い師によれば、魔王の幹部を全て倒さないと魔王の城への道が開かれないらしい」
 そういや以前、なんか幹部が張った結界がどうのと言っていたな。
 確か、幹部二、三人程度が張った結界なら、アクアなら破れるんじゃなかったか。

「魔族、それも悪魔だなんて見逃せない! 人に危害を加えない? 悪魔の言葉を簡単に信じられるとでも思っているの? そ、それに私だって友達がいない訳じゃない! そ、その……」
 そこまで言い掛けたゆんゆんが、何か言いたそうにチラチラとめぐみんを見ているが。

「……ふわあ……」
 こいつ、欠伸しやがった。
 俺の隣で欠伸するめぐみんを見て、ゆんゆんが途端に泣きそうな顔をした。

「……お前、あの子に毎回昼ごはん貰ってたんだろ? せめて友達だって言ってやれよ」
「何を言うんですか、ご飯は貰ったのではなく、勝負代として受け取ったのです。自称ライバルが友達とはおこがましい。しかも、自分から、友達よね? って聞いてくるならともかく、あの泣きそうなすがる様な目を見ると……。もうちょっと追い込みたくなります。我がライバルを名乗るのなら、もっとしゃんとするべきです」

 お前って奴は。

「大体、子供の頃からああなのです。誘いを断わられるのが怖いのか、家のドアをノックして、あーそーぼーと言えば良いだけなのに、それが言えず。昼ご飯を食べた後は夕方まで外を一人でウロウロし、偶然知り合いに出会い、遊ぼう? と誘ってもらえるのをジッと待つ子でした」
「……なんか、目から変な汁が出そうになるからもう止めてくれ」

「はああああっ! でやっ! でやっ! でやあああああっ!」
「おおう、いい加減っ! このっ! 善良なっ! 我輩に剣を振るうのは、止めるべきだ! ふははは、ほうら魔剣を白刃取り。後はこれを、女子トイレの中にでも……っ!? あっづああっ!?」
 斬りかかるミツルギの攻撃を避け続けていたバニルが、魔剣を白刃取りして悲鳴を上げた。
 白刃取りしていた赤く輝き出した魔剣を手放し、ミツルギからバニルが距離を取る。

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

 ゆんゆんが叫ぶと同時に、その手の平が白く輝く。

 その光る手刀を、離れた位置からバニルに向けて、袈裟斬りにでもする様にシュッと振った。
 それが振られるより早く、バニルは横っ飛びに身をかわすが……。

 ゆんゆんの手刀の延長線上に一瞬だけ光が走り、その光が通り抜けた後には、そこにあった物は全て二つにされていた。

 二つになった物。
 それは地面の石に、そよぐ草木。

 そして、宙を舞うバニルの右腕。
 宙を舞ったバニルの腕は、地に落ちると溶ける様に消え……。

 そして、右腕の肘から先を失ったバニルは、苦悶の声を上げながら膝を付いた。
「ぐう……っ!? ま、まさか、たかが駆け出しの街の冒険者に上級魔法の使い手が……っ!? おのれ、油断したわっ!」
 失った肘から先を左手で押さえ、若干の焦りを滲ませながら、バニルが呻いた。
「いい加減、本気を出せっ! 無抵抗なお前を倒しても、こちらとしても後味が悪い!」

 ミツルギの言葉にバニルはゆらりと立ち上がる。

「我輩は、人は殺さぬと決めている。そして、我輩の使う技の数々は、壊れマークの付いている廃威力の物が多い。例えば、我がバニル式殺人光線。これは殺人光線なので、人間であるお前は当たれば死ぬ。当たらなくても死ぬ。他にも、バニル式目ビームがあるが、これは使用すると目が焦げると言う欠点があるので、過去一度も試しておらず……」
「もういい! なんだか、お前と話をしていると頭がおかしくなりそうだ! あくまで掛かって来ないなら、本気を出させてやるまでだ!」
 バニルの言葉を遮り、そのまま斬りかかっていくミツルギ。

 その姿を見ながら……。

「なあ、ダクネスの我慢比べ? それって賞金とか高いのか? 魔法禁止じゃないなら、俺も自分にフリーズ掛けて出ようかなあ……」
「魔法は使用可能ですよ。賞金はそれほどでもなかったですが……。出場者は、なぜか厚着で参加してったダクネス以外は、みんな魔法使いでしたから。……でも、厚着してハードル高めたダクネスですが、負ける絵が思い浮かばないです。最後まで残ってた人が、耐えた分だけ賞金総取り。ダクネスには勝てないと思うので、きっと出るだけ無駄ですよ」

 俺とめぐみんは離れた場所で座り込み、バニル対ミツルギ達の戦いを見物していた。

 俺はエリス札を一枚、地面に置くと、
「俺、あのバニルって奴があのままかわし続けて、ミツルギ達が諦める方に千エリス」
「では、あの二人が疲れきって諦めた所を、通りすがりのカッコイイ魔法使いがバニルにトドメを刺す、に、千エリス」
 と、めぐみんもエリス札を一枚地面に置いた。


「ええいっ、なんて奴だっ! 魔剣が当たれば一撃なのに……っ!」
 ミツルギの剣筋は決して悪くは無い。
 ハッキリ言って、もしやり合ったら、数合打ち合ったら俺ではアッサリ斬られるだろう。

 だが、流石は幹部の大悪魔。
 それらの攻撃を、ヒョイヒョイとかわしていたバニルは……、

「『ストーンバインド』!」
 ゆんゆんの声と同時に、その足元を土に取られた。
 そのままメキメキと鈍い音を立てながら、バニルが下半身を、そしてそのまま上半身をも土に拘束されていく。
 バニルを固めていく土は、やがて固まり、石化していった。

「…………おい、お前も上級属性」
「断わる」
 俺が何かを言う前に、先に拒絶するめぐみん。

 そんな中、ゆんゆんの魔法で拘束されたバニルは、首から下を、石と化した土でタケノコの様な形に固められ、完全に身動き取れずにいた。
 その動けなくなったバニルに、ミツルギが魔剣を構えて近付く。

「今の気分はどうだ、バニル? 何か言う事はあるか?」
「秋口のミノムシ達も、こんな気分なのだろうか」
 意外と余裕があるバニルに、ミツルギは無言で魔剣を振り上げた。

 ……あれっ?
 なんかミツルギが勝ち誇ってるんだけど、よく考えたらバニルの腕を飛ばしたり動きを止めたり、殆どゆんゆん一人の活躍じゃね?

「これでっ! 終わりだっ!」
 ミツルギが振りかぶった魔剣を振るい、バニルの頭を……!

 叩き割る前に、バニルの頭部がコロンと落ちた。

 そのまま地面に転がると、地面から、首の下から先がにょきっと生えて……。

「ピンチだと思ったか? 腕を飛ばしてダメージ与えたと思ったか? 残念、ハズレである。…………おおっと、なんたる美味。二人とも、悪感情ご馳走様」

 ミツルギとゆんゆんが、思い切り歯を食いしばりながら再びバニルに襲い掛かった。







「はあ……はあ……。ぼ、僕は勇者で……。ま、負ける訳には……」
「私は、もう、魔力が……」

 どれだけの間戦っていたのか。
 いや、戦いとは言えまい。
 攻撃を加えていたのはゆんゆんとミツルギのみ。
 バニルはただひたすらかわし、時にはおちょくり、時にはやられたフリをしてはガッカリさせ、先ほどから二人の悪感情を食い物にしている。
 やがて、とうとう二人は、攻撃を諦め、その場に立ち尽くしたまま肩を落とした。


「おっと、もう終わりか? まあいい、大分馳走になった。…………だが二人とも、なかなかの攻撃であった。これは嘘でも騙しでも無く、本心である。なぜこの始まりの街にいるのかが分からない様な、上位の冒険者を名乗ってもおかしくない攻撃であった」
 そんな二人に、バニルが感心した様に言葉をかける。
 それは確かに本心で言っている様だった。

 流石に、ミツルギとゆんゆんの二人も毒気を抜かれたのか。
「ふふっ、なんだそれ。ああ、僕の負けだ。また、腕を磨いて挑戦させてもらおうか。魔王城へ行くには、お前を倒さなくてはならないからな」
 勝手に斬りかかっておいて勝手に満足したミツルギは、魔剣を鞘に戻して笑みを浮かべた。
 ちなみに、ミツルギ単体ではバニルに掠り傷も負わせていない。

「……なんだか、どうでも良くなってきたわ。ふふっ、全く、変な悪魔。でもまあ、大悪魔に認めさせたってだけでも、里の皆に一応手を振って帰れる……かな……? ……ねえ、めぐみーん! 私は魔王の幹部に攻撃が認められたわよ! どう? これで私の勝ちじゃない!?」
 ゆんゆんがこちらに駆けて来る。

 バニルはそのまま街の方へと歩き出し、俺やミツルギ達とドンドン離れ……。

 そんな中。

 めぐみんが無言で立ち上がり。

「『エクスプロージョン』ッ!」
 突然のめぐみんの叫びと共に轟く轟音。

 杖を持たない為に、普段よりも威力控えめな爆裂は、それでもバニルを木っ端微塵に消し飛ばしていた。

「魔王の幹部討ち取ったり。……悪魔に認められた女と、その悪魔を一撃で倒した女。……どちらが上か、考えるまでもないですね……。あ、カズマ。賭けは私の勝ちなので、千エリス下さい」
「お前って奴は! お前って奴は!!」


 ミツルギは呆然とその場に立ち尽くし。
 ゆんゆんは、涙目になってバニルの居た場所を見つめ、地面にぺたんと座り込んだ。


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「……お前って奴は、どうして使っちゃいけない所なほど、爆裂魔法を撃ちたがるんだ。アレ、ミツルギはともかくゆんゆんはトラウマにでもなったんじゃないか。力を認めてくれた、和解した悪魔が、立ち去ろうとした瞬間に目の前で爆散したんだぞ?」
 俺達は、固まったまま動かなくなったミツルギとゆんゆんを置いて、そのまま街中のウィズの店へと歩いていた。
 ウィズは以前、魔王軍の幹部の中に親しい奴が一人だけいると言っていた。
 あのバニルと言う奴もウィズに会いに来たと言っていたから、まず間違いないだろう。
 ……なので、せめてあの悪魔の死を、ウィズに伝えてやろうと思った。


 と、めぐみんが自分の冒険者カードを俺に見せてくる。

 ……?

「まあ、これを見てくださいな。冒険者カードには過去に討伐したモンスターの種族や数が出るものです。ですが私のカードには、討伐の欄に悪魔の名は無いでしょう? つまり、倒せてませんよ。……と言うか、仮にも悪魔族。しかも、アレはまず公爵級。そんな相手には流石の私の爆裂魔法でも、一撃で仕留めるなんて無理ですよ」
 めぐみんの言葉にカードを見るも、確かに悪魔族の名は無く、もちろんバニルの名も無い。
 俺はめぐみんにカードを返しながら。
 ウィズの店に着いた俺は、店のドアに手を掛けた。
「じゃあ、アイツは一体どうなったんだ? しばらくすれば復活するのか?」
 そして、そのままドアを押し開ける。
 俺の後を付いてきながら、めぐみんはフッと少しだけ笑うと。

「あれほどの悪魔ですから。きっと、数ヶ月、いえ、下手すれば数週間で、また会う事になるかもしれ」
「へいらっしゃい! ……おや、先ほど我輩に爆裂魔法吹っかけた、胸も薄いが存在感もたまに薄そうな娘。それに、活躍はするがイマイチ派手さが無さそうな男ではないか。さっきぶりである!」


 ドアを開けるとなんか居た。






 店の中には疲れきった様子のウィズの姿。
 そして……。
「さあ、いらさいいらさい! オススメは、ウチの金欠店主が何を考えて仕入れたか分からない、開けると爆発するポーションである。一本たったの三万エリスだが、これを持って銀行に行き、店員の前で開けようとするだけで大金が貰える魔法のポーション。さあ、どうか?」
「……いらない。……いや、あんたさっき粉々になっただろう。何でもうここに居るんだよ? てか、その格好はなんだ」
 俺は、ポーションを売りつけようとしてくるバニルに聞いた。

 めぐみんは、流石にもう復活しているとは思わなかったのか、ピンピンしているバニルを見ながら俺の後ろでビクビクしている。
 怖がるなら、最初から魔法撃ち込まなきゃいいのにと思うのだが。

 とりあえず、いきなり爆裂魔法を撃ち込まれたと言うのに怒っている様子はなさそうだ。
 と言うか、ミツルギやゆんゆんにあれだけ攻撃されても怒らないのは、人間出来ているのか大物なのか、一体どっちなんだろう。

 バニルはポーションを棚に戻すと、
「これか? 我輩は、ここの店で働く事になったのだが、そこの困窮店主がこれを着ろと。……我輩は悪魔なので性別が無い。だから、女の格好をして女性販売員にでもなろうとしたのだが、止められた。女性店員の姿の方が売り上げは上がると思うのだが」
 残念そうにそう言ってくるバニルは、黒のローブにエプロン姿。
 それだけを見れば唯の魔法店の従業員に見えなくもないのだが、フルフェイスの仮面が全てを台無しにしていた。

「……いやあ、無理があるだろ。お前、冒険者達に袋叩きにされるんじゃないのか? 街の人もバカじゃないんだし。俺達だったから良かったけど、ちゃんとした客が来たらすぐ悪魔だってバレるんじゃないか?」

 俺の言葉に、バニルではなく、ぐったりと疲れた声でウィズが答えた。

「カズマさん、どうもです……。バニルさんとお知り合いになったんですね。……大丈夫ですよ。バニルさんは、未来を見通したり、物事の本質を見抜いたりする悪魔なんです。先ほど占いをして貰い、バニルさんがここで働いたらどうなるかを見てもらいました。店にとって良い結果になると言われたので、もう私は諦めました」
 きっとここで雇うかどうかの押し問答でもあったのだろう。
 ぐったりとしたウィズは、そのままカウンターに突っ伏した。
 しかし、未来を見通すとか凄い話だが。

 ああ、だからミツルギの攻撃もあれだけ簡単にかわしてたのか。
 しかし、それならめぐみんの爆裂魔法だって……。

「おっと、何を考えているのか分かるぞ小僧。なぜあっさり攻撃を受けたのか、と思っているな? ほら、ここを見てごらん」
 俺の考えている事をアッサリと見透かしたバニルは、自分の仮面の額の部分を指差した。
 そこには、小さく2の文字が。
「そう、我輩第二形態。古い仮面を脱ぎ捨てて、我輩つるんと脱皮を完了。これで、晴れて魔王軍幹部の結界張りの仕事もお役御免である。後は、ここで働き金を貯め、いい歳なのにいきおくれリッチーに、願いを叶えてもらうのだ」
「……今度いきおくれリッチー呼ばわりしたら、悪魔にも効く呪いを掛けますからね」

 バニルは、そのまま俺に向かって口元だけをにやりと歪めた。


「我輩は、まあ全てとは言わないが大概の事を見通す悪魔、バニル。あの門の前に貴様が現れる事も、そして貴様が極貧店主の正体も知っていて、しかも仲も良いと言う事も。勿論、先ほどの男がベルディアを倒した男では無い事も、全てはお見通しである」

 そして、バニルはふうむと首を傾げ。

「……ただ、一つ見通せない物があったのだ。それはベルディアを倒した者の姿。……大きな光に遮られ、それが誰かを見通せぬ。貴様とその者が知り合いだと言うのは分かっている。……ベルディアを倒したその者を、ここに連れて来てはくれまいか? 連れて来ても、その者に危害は加えぬ。その者を連れて来たならば、貴様に面白い話を聞かせてやろう」


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