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三部
8話
 借金が無くなりました。

 俺の手元には現在、借金を返した後、四人で分けたデストロイヤーの報酬の残りが三百万。
 更には、借金を返す為に今までチマチマと貯め込んでいた金が五百万程。

 計八百万。

 一般家庭で育った元ニートの俺には、それはもう大金である。
 既に屋敷もあるし一通りの家具もある。
 俺は嬉しさのあまり震えていた。

 一体何年ニート生活が出来るのだろう!

 俺は特権階級である上級職、ニートぐらいにしか許されない、二度寝をするべく、布団の中でモゾモゾと……。

「カズマー! 起きて起きて! ほら、起きてよ! もう何時だと思ってるの? 早く着替えて外に出るわよ!」

 騒々しくバンとドアを開け、煩いのが部屋に乱入してきた。
 俺は布団の中から頭だけを出す。

「おい、こんな早朝から何の騒ぎだ」
「もうお昼前ですよカズマさん。ねえ、街はお祭り騒ぎよ! 賞金入った冒険者達の懐具合を当てにして、色んな商人が大挙して来てるわ! その大挙して押し寄せた連中相手の露店までも開いてるし! ほら、起きて起きて!」

 俺はその言葉に、ごろんと反対側に寝返りをうった。

「春とは言え、外はまだちょっと寒い。もっと暖かい季節になってきたら起こしてくれ。それまで俺は眠るとする」
「もうカエルですら起きてる季節なんですけど。これだからクソニートは、生活に余裕が出来たと思ったらすぐこれよ。ダクネスとめぐみんの二人は、カズマがいつまでも起きてこないから先に行ったわよ。ほら、起きて起きて」
 ……へえ。
 俺は再びアクアのいる側に寝返りをうつと。

「……なんだ、お前この時間まで、わざわざ待っててくれたのか?」
「ううん、私も外が寒いから、今まで日向ぼっこしながら寝てました」
「…………一人で行って来い」




 アクアが文句言いながら出て行ってから、小一時間。
 …………眠れない。
 クソ、あいつの所為ですっかり目が覚めてしまった。
 今の時刻は昼を回った時間帯。
 まだ起き出すには早い時間なのだが……。

 ベッドから起き出し、窓から外を見てみると、子供達や近所の人が楽しげにどこかへ駆けて行く姿が見えた。
 ……ちょ、ちょっと俺も見に行こうかな。
 顔を洗い、手早く身支度を済ませると、俺は街へと繰り出した。





 街の中は、確かに言われた通りのお祭り騒ぎだ。

 以前の宝島騒動を思い出すが、レア鉱石を買い付けに来る商人はいない為か、今回の規模はあの時よりは小さ目だ。
 だが、懐の潤っている冒険者を狙った商売人達が、実に様々な商売を行なっていた。
 三十億の褒賞がこの街の冒険者の懐に流れ込んだのだ。
 元々、刹那的に生きる冒険者なんて連中は、金使いが荒い。
 それを期待して商売人が来るのも当たり前と言えば当たり前か。

 俺の様に、金が貯まったら屋敷を買って拠点を作るなんて連中は極稀だ。
 きっと、皆パーッと使ってしまうんだろうなぁ……。

 普段見ない様な食べ物を扱っている露天商。
 他にも、フードを被った怪しげな店主が、魔法の道具を売っている。
 何気なくその妖しげな魔法道具の露天商を覗いてみると、そこにあるのは何かの石、小さな卵、更に目を引くのは、何かが書かれた小さなポーション瓶。

『スキルポイントアップポーション』

 ……。おいマジか。

「おっちゃんコレ幾ら? 本物? スキルポイントって、何ポイント上昇すんの?」
 俺はそのポーション瓶を指差しながら、妖しげな店主に聞くと……。
「それは激レア品で、一本1000万。飲んでみないと本物かは確認出来ないが、スキルポイントが1ポイント上がるポーションだよ」

 高っ!

 いや、しょうがないのか?
 安けりゃ皆買うし、国が大量に買って自国の軍隊の兵士にでも使えば、ぶっちゃけ金さえあれば幾らでも強くなれる。
 確か、めぐみんの話ではポイントを使ってスキルを覚えるだけじゃなく、ポイントでスキルレベルを上げる事も出来るとか言っていた。
 こんな物が安値でホイホイ買えるなら、スキルレベル100の、極悪なファイアーボールを撃つ魔法使いとかが量産できる。
 俺がこれを大量に飲めれば、冒険者の特性を生かせるんだが……。
 そう上手い事いかないかと、他の商品を……。

「……あれ? カズマさんじゃないですか」
 何か掘り出し物は無いかと、屈み込んで商品を眺めていた俺に声を掛けてきたのは、何かの包みを大事そうに抱えたウィズだった。
「おっとウィズじゃないか。随分と上機嫌だな。何か良い事でもあったのか?」
 俺は、にこにこと機嫌良さそうに話し掛けて来たウィズに言った。

 ウィズは、大事そうに抱えた包みを俺に見せつけながら、
「実は、先日頂いたデストロイヤーの報酬で、新しい商品の仕入れをしまして! 最高純度のマナタイト結晶が安く売られていたので、仕入れてしまいました! なんと、最高純度の物が一つ一千万エリスで売ってまして! 思わず二つ、購入してしまいました。これ程の物なら、一つ千五百万で……、いえ、もっと高い値段を付けてもボッタクリにはならないはずです! うん、これだけの良い品なら、きっとお客さんも喜んでくれますよ!」
「そ、そうか……。良かったな……」

 本人が言うならきっとお得な仕入れだったのだろう。
 でも……。きっとそれ、低レベルの魔法使いしかいないこの街じゃ、誰も買う奴いないと思う……。

 仕入れる前なら止められもするが、もう報酬殆ど使っちゃったかー……。
「では、私はこれで! きっと他にも掘り出し物がある筈なので、もっと見てきます」
「あ、ああ……。その、頑張ってな……」
 俺はウィズに別れを告げると、そのまま俺も露店を後にする。

 ウィズが救われる日は無いのだろうか。
 多分しばらくすると、また貧乏に涙するウィズの姿が……。


 と、俺は見覚えのある少女が一人で歩いているのを見つけた。
 その子は一人とぼとぼと歩き、物欲しそうに露店の食べ物を眺めている。
 やがて串焼きの露店の周りをウロウロすると、しばらくジッと露店の様子を覗っていた。
 しばらくすると、その露天に客が来て、何か談笑の後に串焼きを三本ほど買っていく。
 それを見て、その子は意を決した様に露店に行き、前の客と同じ様に、串焼きを三本購入。

 どうも露店で物を買うのは初めてな様で、どう注文していいのかが分からなかったらしい。

 俺は声を掛けようか迷ったが、幸せそうに串焼きを頬張るその姿を見て、そっとしておく事にした。





「おっ、なんだよ、カズマじゃないか」
 人混みを避けながら、街をプラプラ歩く俺に声を掛けてきたのはキースだった。
 キースは、その手に普段は飲まない様な高そうな酒の瓶を抱えている。
「いよう、今日はダストと一緒じゃないのか。……えっと……。ダストの奴は、元気にしてるか?」
 俺はキースに、ちょっと気になっていた事を尋ねる。

 するとキースは肩を竦ませて……、
「いや、ダストの奴がなんか知らんが引き篭もってて大変なんだよ。ドアの外から、どうしたんだって聞いても返事もしねえ。あれだ、きっとあいつ、デストロイヤー戦に参加できなくて賞金貰い損ねたからスネてんだぜ。で、今からこの酒差し入れにいってやろうかと思ってな」
「…………そ、そうか……。あ、それならちょっと待ってくれ」
 俺はキースに、近くにあった露天でつまみになりそうな物を買い、それを渡した。
「これもついでに差し入れてやってくれないか」
「おっ、何だよカズマ、優しいな。分かった、渡しとくぜ。それじゃ、これが温かいウチに行ってくるわ!」
 キースはそう言って、包みと酒を持ち、手を振りながら去って行った。

 ……しばらくダストの奴はそっとしておいてやろう。

 と、俺は再び、先ほどの見覚えのある少女が、今度は射的の露店の前でウロウロしているのを見つけてしまった。

 射的と言っても、日本の射的とはちょっと違う。
 矢尻を丸くした本物の弓矢を使った射的だった。

 その射的を楽しんでいる客はカップル連れが多く、男性が景品を取り、取った景品を恋人にあげている。
 なるほど、祭りと言えばカップル連れで来る者が多い。
 この露店もデート中の男女を狙った店なのだろう。
 置いてある景品を見れば、一目瞭然だった。

 その子は一人で射的をするのが恥ずかしいのか、カップル客達がいなくなるのをじっと待ち、客が一人もいなくなった所を見計らい、ようやく射的に挑戦する。
 だが弓の扱いには慣れてないのか、狙っている景品には何度やっても当たらない。
 何度も金を払い挑戦するが、やがて一組のカップル客が現れて射的を始めると、その子は店主に弓を返し、恥ずかしげに立ち去ろうとした。

 ううむ。
 ……どちらかと言うと、俺達と仲が良いって間柄じゃあないんだが……。
 俺はその子に近付くと、よう、と一言声を掛け。

「……? あっ! あの、お久しぶりですカズマさん……!」

 挨拶してくるゆんゆんには目を向けず、そのまま射的の店主に金を渡し……。

「狙撃!」

 俺は狙撃スキルを使い、ゆんゆんが狙っていた景品を一撃で仕留めた。
 そのまま、狙撃されてころころと転がってきた景品の、何だか冬将軍みたいなサムライみたいなぬいぐるみを、
「ほら、これ欲しかったんだろ」

 そのままゆんゆんに、格好良く手渡した。

 俺がゆんゆんの立場なら、惚れてしまってもおかしくないのではなかろうか。
 ゆんゆんは、頬をちょっと赤らめて、一瞬、貰ってもいいのだろうかと迷った後に。
 ぱあっと笑顔を見せ、とても嬉しそうに。
「あ……ありがとうございま……!」

「ダメですよお客さん、アーチャーと狙撃スキル持ちはお断りって、ちゃんと看板に書いてあるじゃないですかー。景品はあげますが、料金は倍払ってくださいよ……?」

 店主に、謝りながら追加の金を渡す俺は、あんまり格好良くは無かった。





「そ、それじゃ。俺はウチのパーティの連中探してくる。またな」
 俺は恥ずかしさもあり、ゆんゆんに片手を上げて立ち去ろうと……、

「えっ? あっ……。あの……」
 ゆんゆんは、その俺をまるで引き止めるかの様に寂しげに片手を出しかけ……。
 そして、そのまま手を引っ込めると、片手で持っていたぬいぐるみを両手で抱き抱え直し。
「あ、あの、これ、冬将軍ありがとうございました!」

 あのぬいぐるみってやっぱ冬将軍だったのか。
 一度殺されたトラウマから、本物の矢で撃ち抜きたい衝動に駆られるが、まあ喜んでいるみたいだしヨシとするか。





 俺はゆんゆんと別れ、再び街の散策に。
 と言うか、ウチの連中は目立つから、すぐ会えると思っていたのだが……。

「さあ、次の挑戦者はー! 次の挑戦者はいませんかー?」

 その声に振り向くと、そこには人だかりが出来ていた。
 興味を惹かれてそちらに行くと、人だかりにいるのは、何だか屈強な連中ばかり。
 見ると、そこには……。

「おし! 次は、俺が行くぜ!」
 言いながら前に出たのは、ガチムチの冒険者風の大男。
 普段着姿なのでクラスまでは分からないが、その体格から前衛職なのは間違いない。
 男は、露天商が用意したハンマーを持つと……。

「だあああああああああ!」

 気合とともに、そのハンマーを振り下ろした。
 振り下ろされた先には何かの石。
 ハンマーが石に叩きつけられ、小さな火花が飛び散った。
 そして、ハンマーを叩きつけられたその石は……。

「クソッ、これでも駄目か……」
 悔しそうに呟く男の声の通り。
 そこには無傷の石があった。

 それを見て、露天商が声を張り上げる。
「今回のお兄さんも無理でした! さあ、次の賞金は十二万五千エリス! 参加費は一万エリスだよ! お客さん一人が失敗する毎に、五千エリスが賞金に上乗せされます! 腕力自慢はいませんか? 魔法を使っても結構ですよ! これが破壊できる人は、一流冒険者を名乗っても良いぐらいの硬度を持つ、アダマンタイト! さあ、御自分の腕を試してみたいと思いませんか!?」

 なるほどなー。
 実に色んな商売があるもんだ。
 だが、俺のスキルや腕力じゃ、これはちょっとどうにもならない。

 …………ふと、ある場所を見た俺は、本日三回目になるその姿に。

「…………また会ったなゆんゆん」

 相変わらず一人で、冒険者がハンマーを振るう様子を、拳を握ってハラハラと見ていたゆんゆんに、今度は素直に声を掛けた。
 一応めぐみんの自称ライバルらしいから俺も敵視されているかなと思ったが、先ほどの様子だとそれほど嫌われてもいなさそうだし。
 ゆんゆんは俺を見て、
「あっ! さっきはどうもですカズマさん! 見てください、アレ! アダマンタイト砕きですって!」
 言いながら、目を輝かせてその露天の説明をする。

 その姿はごく普通の女の子。
 とてもたった一人で冒険者稼業を行なっている子には見えなかった。
 思えばこの子は、ギルドで見かける時もデストロイヤー戦の時も、常に一人でいるのだが、何か理由でもあるのだろうか。
 聞きたいとこだが、なんだか聞いてはいけない気もする。

「ゆんゆんはアレだろ? 上級属性魔法とか使えるんだろ? アレに挑戦してみないのか? 魔法使っても良いらしいぞ」
 俺の言葉にゆんゆんは、
「私では無理ですよ、アダマンタイトなんて……。それこそ高破壊力を持つ、爆発系の魔法でも使わないと……。爆裂魔法なんて無茶は言いませんが、爆発魔法か、せめて炸裂魔法ぐらいは使わないと……」
 そう言って、苦笑する。

 俺達がそんな話をしている間にも、更なる挑戦者が現れては散っていった。
 いつの間にか賞金は二十万を越えている。
 人だかりもドンドン増して、露店の店主が更に盛り上げようと声を張り。

「この街の冒険者には、アダマンタイトは荷が重かったでしょうか! 機動要塞デストロイヤーをも倒したと聞き、わざわざこの街にやって来たのですが? さあ、このまま、誰にも破壊できないのでしょうか! さあ、さあ、さあ……っ! 挑戦者はいないのかっ!?」

 露天商の口上がいよいよ絶好調になる中、冒険者達が、互いに突つき合い、お前が行けよと促している。
 露天商の作戦だとはみんな分かってはいるが、このまま誰も破壊できないと言うのも悔しいのだろう。
 その場の冒険者達が顔を見合わせる中。

 人混みから、スッと一人の少女が前に出た。
 前髪を綺麗にぱっつんと切り揃え、長く綺麗な黒髪を背中に垂らし。
 今日は、黒いワンピース姿のめぐみんは、そのまま堂々と胸を張り、キッパリと。



「真打登場」





 どや顔で店主に告げためぐみんは、俺を含めたその場の冒険者達に、大慌てで取り押さえられた。


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