自分の耳を疑った。
「すいません、もう一度お願いします」
誰かの放ったその問い掛けに、それは俺だけではなかったらしいと知る。
ギルド内にいる他の冒険者達も、シンと静まり返っている。
「特別指定賞金首、機動要塞デストロイヤー。討伐賞金は三十億エリスです。今回は全冒険者が大なり小なり活躍しましたので、報酬は全員均等にさせて頂きます。クエスト参加者は百三十四名。ギルドからも報酬を少し足させて貰い、キリのいい所で、参加者全員に、お一人二千三百万エリスの支給となります」
誰かがゴクリと唾を飲む。
そして…………。
「「「うおおおおおおおおお!」」」
ギルド内に歓声が上がる。
冒険者達が、嬉々として職員の所へ、報酬を受け取りに行列を作った。
「二千三百万……。二千三百万……!」
ヤバイ、テンション上がってきた。
一日で二千三百万。
これはジッポ作る気が失せてしまう。
と……。
「カズマ、これを。借金の足しにして下さい」
めぐみんが、職員から受け取ってきた大量の報酬を、そのまま俺に差し出してきた。
「め、めぐみん……。いいのか……?」
……ちょっと泣きそうになる。
俺はめぐみんの事を誤解していた。
爆裂が好きで好きで、脳の一部が爆裂していて、意外と現実主義で、ピンチになると真っ先に逃走しそうな奴だと思っていたのだが……。
と、更にはダクネスが、持っていた報酬を差し出して。
「カズマ。私の分も持っていけ。ここ最近の私への所業を見て、お前は借金が減った所でその下衆な魅力は減らないと分かった。借金返してスッキリしてこい」
「い、いいのかよダクネスさん……! 褒められているのかは分からんが、ダ、ダンケッ!」
「仲間だろう、気にするな。仲間なら、苦労も喜びも分かち合うものだろう。……所でなぜさん付け? ……ダンケとはなんだ?」
「お礼の言葉だ、気にしなくていい。さん付けなのは、これだけの事をしてくれるお前に夢とは言え、ついお世話になった自分が虫けらかゴミ屑に思えただけだ」
俺は、めぐみんとダクネスからの金をありがたく受け取ると、自分の報酬も受け取りに。
借金が八千万。
そしてここに、自分の分の報酬も合わせ、六千九百万エリスある。
俺は期待を込めて、アクアの方を……!
「二千三百万! 二千三百万! どうしよう、どうしようカズマ! 何買おうかしらね! ……って言っても、もうこの大金の使い道は決めてあるのでした!」
大量のエリス札の札束を抱え、空気を読まない安定のアクアが、嬉々として言ってくる。
アクアは抱えた札束をテーブルに置くと、そのままギルドに併設された酒場の店員に、飲み物を頼んでいた。
俺はそんなアクアに対し……。
「なあ、アクア」
「……? なーに?」
アクアの元に飲み物が運ばれ、それにはガラス製の小さなストローが付いていた。
ストローの先と口の部分には、埃が入らない様にと、小さな綺麗な布の切れ端が詰められている。
ストローを入れておく紙袋なんてないから、衛生上こうしているのだろう。
アクアは俺に首を傾げながら、運ばれてきた飲み物を飲もうと、ストローの片方から切れ端を取り、そちら側を口に咥えた。
俺はアクアに片手を差し出すと。
「悪いんだが、お前の報酬分けてくれ。借金全部返してくるから」
…………。
しばし無言になったアクアが、咥えたストローの反対側を俺に向け。
「……プッ」
そのまま吹き矢の要領で、俺の顔にストローの反対側に詰まっていた布の切れ端を、プッと吹き飛ばしてぶつけてきた。
飛ばした布の切れ端が、俺の頬にぺちんと当たり床に落ちる。
そのまま何も言わず、アクアは警戒する様に俺から視線を離さず、ストローで飲み物を吸いだした。
…………。
「こんのアマー! この二人は借金返して来いって言って、報酬全額渡してくれたんだぞ! せめて、お前の作った借金分だけでもよこせコラッ!」
「い、嫌よぉっ! このお金はね、ちゃんと使い道が決まっているの! この街の冒険者達が賞金首を退治した事は、既に近隣に知れ渡っているわ! それで、賞金で潤った冒険者目当てに、珍しい物持った商人達が一杯来てるの! その中でも、凄いの見付けたのよ! なんと、ドラゴンの卵売ってる店があったのよ!」
俺に報酬を取られまいと、テーブルに置いた札束の上に覆いかぶさる様にして防御しながら、アクアはドラゴンの卵とやらの説明をしてくる。
「いい? カズマはここの常識を知らないアンポンタンだから教えてあげるけども、ドラゴンの卵ってのはね、凄く高いの。普通なら億は下らない代物なのよ。それが売りに出されているのよ? ドラゴンよドラゴン。ワクワクしない?」
……正直、ワクワクしないかと言われれば嘘にはなるが。
俺は少しだけ興味を惹かれて聞いてみた。
「……その卵、幾らするんだ?」
その言葉にアクアは嬉々として、
「今回のクエストで冒険者達が受け取った報酬、全額と引き換えで良いって言ってるのよ! 何でそんな値段にするのかって聞いたら、前途ある冒険者達にドラゴンを育ててもらって、来るべき魔王との戦いに備えて欲しいから、そんな破格で売ってるんだって!」
その言葉に、俺はアクアに掴みかかった。
「典型的な詐欺じゃねーか! いいからよこせ! お前に持たせておくと、どうせロクな使い方しねーんだ! 俺が有意義に使ってやるから!」
「いやあーっ! もう買う予定の卵も決めてるし、名前だって付けてるの! お願いよぉっ!」
俺は泣き喚いて激しく抵抗するアクアから報酬を取り上げる。
「こ、こらっ、ベルトに手を……! どうしてお前らは、人を止める時にはズボン下ろそうとするんだっ! ドラゴンなら俺が捕まえてきてやるから、それで我慢しろ!」
「……本当? 水の女神的に、ブルードラゴンとかがいいんだけれど……」
アクアに、ブルーでも何でも捕って来てやると言うと、ようやく納得して放してくれた。
総額九千二百万。
借金を返した後は、残り千二百万は一人三百万ずつ分配すると言う事に。
……ドラゴンか。
確か、屋敷の窓に何匹かヤモリが張り付いていたのを見た事がある。
アレを何匹か捕まえてやろう。
「でけえな……。ダクネスの家より大きいんじゃないのか? ダクネスの家はこの国でも大きな貴族だって言ってなかったか?」
この地方を治める領主の館。
今俺達は借金を返す為、街の中央の領主邸へとやって来ていた。
そこは贅の限りを尽くした屋敷で、門の前にはキンピカな鎧を着た門番達が、屋敷前でウロウロする俺達を気にしていた。
「ダスティネス家は元々、贅沢は極力避け、慎ましい暮らしをしている。父も、今では、領地の殆どを国に返還し、領主の監視をしつつ、相談にも乗りながら、のんびり暮らしている。父がカズマの借金をどうにかしなかったのは、領主に借りを作りたくない事の他にも、単にそれほど財を成していないのもあったのだ」
ほほー。
「お前の家の父ちゃん良い貴族だな。娘をこんな風に育てておいて一体どういうつもりだって、いつか説教しようと思ってたが……。保留にしとこう」
「や、止めてくれ、ずっと保留にしておいてくれ……。いいか皆。くれぐれも、礼儀正しく頼む。……行くぞ」
ダクネスはそう言うと、そのまま門番のもとへと歩いて行った。
ダクネスは鎧は着ておらず、いつも好んで着ている、体の線の出やすい、黒のシャツにタイトスカートという普段着だ。
その後を俺達も付いて行くと、案の定門番に止められた。
「ここはこの地の領主、アルダープ様の屋敷だ。名前と用件を」
領主アルダープの屋敷内。
屋敷の中を、執事の爺さんが俺達の案内をしていた。
その執事の後を、ダクネスを先頭に付いて行くと、その道すがら、屋敷内には高級そうな調度品の数々が目に付いた。
高級そうな絵画や壷。
裸婦像に、装飾品など……。
それらの隣を通り過ぎる度に、理不尽な借金背負わされた腹いせにスティールでパクッてやろうかと考えてしまう。
「こちらです、領主様がお待ちです。……どうか、くれぐれもご無礼の無い様に」
執事の言葉に、俺達は案内された部屋に入る。
「おおっ! これはこれはダスティネス家の! 相変わらずお美しい! いや、実に……!」
隣に二人の護衛の男を連れ、出迎えてきたのは……。
ダクネスが豚領主呼ばわりするのも頷ける、でっぷりと太り腹の出た、腕や顔、服から出ている部分、全てが毛むくじゃらの精力絶倫そうな大柄の男だった。
領主は、ダクネスを見ると立ち上がり、挨拶もそこそこに、遠慮なく普段着のダクネスの身体に舐め回す様な熱い視線を送っていた。
エロネスの身体がエロいのは認めるし、先日色々とお世話になった俺がとても言える事では無いのだが、こうも不躾に人の身体をジロジロ見るのも如何なものか。
そんな領主の行動に、女三人がコソコソと話を始めた。
「ねえ、あの熊と豚を足した様なおじさん、ちょっと怖いんですけど。屋敷で薄着でウロウロするダクネスを見る、カズマの視線並にいやらしいんですけど」
「全くです、普段ダクネスを見る、カズマの絡みつく様な視線並ですよアレは」
「だろう? 以前言っただろう、カズマ並だと。……どうしたカズマ、領主の前でそっぽ向いて座り込むのは失礼だぞ」
俺だって傷付く時もある。
そんな俺達のコソコソしたやり取りを見て、領主は今更ながらに俺達に気付いた様だ。
その視線はまず俺に向けられ、一瞥すると、なぜかジッと冷たい目で見られた後。
そのまま興味も無さそうに、次はアクアへと。
そして、そのまま視線が動かなくなる。
アクアが、小さくひぃと悲鳴を上げ、俺の後ろに身を隠した。
「……ほう。……ほう! これはこれは、流石はダスティネス様のお仲間、これはお美しい! 例えるならば……、そう! まるで……女神の様な美しさだ!」
「まるでじゃなくて女神なんですけど! 女神なんですけど!」
アクアが、俺の背中から頭だけを覗かせて抗議する。
「ハッハッ、お美しいだけでなく、冗談までお上手とは!」
「あんた天罰食らわせるからね!」
領主に向かってアクアが叫ぶが、領主はそれすらも冗談だと受け取った様だ。
そして領主は、そのまま視線をめぐみんの方に向け……、
「ほう、これはこれは、」
何かを言おうとした時だった。
領主の隣にいた護衛の一人が、何事かを耳打ちする。
遠くてあまり正確には聞き取れないが……、
「……様……お言葉には……気を付けを……。あれが頭の……」
「……あれが……! 危険で……のおかしな……!」
ぼそぼそと話していた領主の顔色が、サッと変わる。
「……そ、その……。おお、そちらの男が例の小器用な冒険者か。聞けば色々と機転が利き、ベルディア討伐と今回のデストロイヤー討伐で、指揮を執ったそうだな」
「おい、私から目を逸らしたのはどう言う了見かを聞こうじゃないか。返答によっては、この私が、今そこの男が囁いた通りの人間かどうかを見せ付ける事になる」
「い、いやその! おお、その……。あなたもとても、清楚な感じで、お美しく……」
「ほう、それからそれから?」
しどろもどろになる領主とめぐみんがやり合っている中、俺はダクネスにこっそりと。
「おい、あれがお前を以前から狙ってて、俺に理不尽な借金背負わせた奴か。アイツに何か仕返ししたいんだが。……ダメか?」
「ダメだ。大人しくしておけ。あれで、アイツは頭は切れるし陰湿だ。余計な恨みは買う事はない」
クソ、ダクネスの手前もある事だ、今日は借金返して引き下がるか。
と、領主がめぐみんに絡まれながら、助けを求める様に俺を見てきた。
「おい、今回の功労者への褒め言葉が少ないのでは? 今から我が爆裂魔法の凄さを見せるので、ちょっとここの庭を貸して欲しい」
「いや、その! 素晴らしさは十分に分かったので!」
……このまましばらく放って置きたい。
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「……うむ、確かに。しっかりと八千万エリス頂戴した。……いや、悪く思わんでくれ、あの城はそろそろ補修が必要だなと考えていた所を、ベルディアに乗っ取られてな。それを取り返す手配も既に完了し、さて城を取り返すかとなった時にお主が、な……? 本当はベルディアを討ち取った功労者に借金など背負わせたくはなかったのだが……。当家は節制を心がけているもので、あまり余裕が無くてな?」
俺が渡した金を数え、表面上は申し訳なさそうな顔をするアルダープ。
余裕が無いなどよく言うものだ。
この屋敷の中を見れば、金が有り余っているのが見て取れる。
思わずイラッとするが、俺は執事が入れてくれたお茶を飲みながら、ついつい表情に出てしまいそうになるのを何とか押さえた。
領主アルダープは、そんな俺の感情など見透かしているかの様に薄く笑うと。
「どうか、心置きなく好きなだけゆっくりしていってくれ。そして、君達の活躍の話でも聞かせてくれないか。ああ、勿論無理にとは言わないが……」
俺達が、こんな屋敷になど長居したくないという事もお見通しなのだろう。
そう言って、アルダープは俺に勝ち誇った様な、見下した様な視線を送った。
五時間後。
「……と言う訳なのです。つまり、我が爆裂魔法の威力は……」
「ねー、もっとお茶菓子持ってきてー! あと、一番高い紅茶を出してー! 安物だって分かるんだからね? 水の女神舐めるんじゃないわよ?」
「執事さん執事さん、俺、晩御飯は高級な肉がいい。後、こいつらは帰らせるけど俺は何週間か泊まっていくから、ここで一番良い部屋を…………」
恥ずかしそうに、ソファーで膝の上に握った拳を置いて、肩を小さくさせ俯くダクネスに、アルダープが疲れた顔で。
「その……ダスティネス様、もう夜も遅い事ですし……」
「はい、すぐに全員連れて帰りますので……!」
アクアが駄々をこね、お土産もゲットして帰りました。
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