突然脚を失った機動要塞が、とんでもない地響き、轟音と共に、平原の只中に墜落し、そのまま慣性の法則に従って街の方へと地を滑る。
その滑る巨体は街の前のバリケードに届く事はなく、最前線で立ち塞がるダクネスの、ほんの目と鼻の先で動きを止めた。
轟音と共に爆砕した巨大な脚が、破片となって冒険者達の頭上に降り注ぐ。
めぐみんが脚を吹き飛ばしたこちら側は、殆ど欠片は降ってこない。
だが、ウィズの側からは、なんだか聞き慣れた悲鳴が聞こえていた。
「あんた、もうちょっとちゃんと破壊しなさいよ痛っ!? 破片が、破片が降ってきていだいっ!?」
……まあ、向こう側は大丈夫そうだ。
しかし、こちら側は殆ど破片が降ってこないと言う事は……。
「フフフ……。今日の魔法は会心の出来です。脚が、欠片も残さず粉々ですよ……」
満足気に言っためぐみんが、ガクリと膝を落としてふらついた。
思わずその小さな体を支えると、俺に支えられながら、めぐみんは真っ青なドヤ顔でニヤリと笑う。
「フ……フフ……これが、持てる魔力を全て注いだ、我が渾身の爆裂魔法……。カズマ。これを見てもへなちょこ魔法と言えますか? さあ、謝ってもらいましょう!」
「よしよし、良くやった。悪かった悪かった。ご苦労さん、後は離れた所で休んでいてくれ」
俺のそんな適当なあしらいを見て、めぐみんが青い顔でしがみついてくる。
「あ、謝って! もっとちゃんと謝り、私の爆裂魔法こそが最強だと……!」
「こ、こらっ、止めろ! ズボンを掴むな! 分かった、爆裂魔法に関しちゃお前が一番だ、ほら、魔力が回復した状態ならいくらでも謝ってやるよ、とっとと安全な所で休んでろ!」
めぐみんを木陰にずるずると引っ張ってそのまま横たわらせると、他の冒険者達が未だ降り注ぐ破片から頭を守る中、アクアとウィズが俺の元へとやって来た。
ダクネスはと言えば、降り注ぐ破片を気にもせず、目を閉じる事すらなく、一歩もその場から動かずにいる。
俺は改めてデストロイヤーの巨体を見上げると、脚を失った巨大要塞は沈黙を保っていた。
降り注ぐ破片の雨があらかた収まり、落ち着いて状況を把握出来る様になってきた冒険者達から、おお……、と感嘆の声が上がり出す。
だが、こんな簡単に終わってくれるなら苦労はしない。
フラグになる様な迂闊な発言は慎み、このまま油断せずに、みんなでじっくりと包囲を固め、決して奢らず……!
「やったわ! 何よ、機動要塞デストロイヤーなんて大げさな名前しといて、期待外れもいい所だわ。さあ、帰ってお酒でも飲みましょうか! なんたって一国を亡ぼす原因になった賞金首よ、一体報酬はお幾らかしらね!!」
「このバカッ、なんでお前はそうお約束が好きなんだよ! そんな事口走ったら……!」
迂闊な事を口にしたアクアを俺は必死で止めに入る。
……が。
それは既に遅かったらしい。
「……? な、なんでしょうか、この地響きは……」
ウィズが不安そうに機動要塞の巨体を見上げた。
大地が震えるようなこの振動は、明らかにデストロイヤーを震源としている。
冒険者達が不安げにその巨体を見上げる中。
それは唐突に。
『この機体は、機動を停止致しました。この機体は、機動を停止致しました。排熱、及び機動エネルギーの消費が出来なくなっています。搭乗員は速やかに、この機体から離れ、避難して下さい。この機体は……』
機動要塞の内部から、その機械的な音声は唐突に、繰り返し何度も流された。
「ほらみた事か! お前って奴は、一つ役に立つと、二つ足を引っ張らないと気が済まないのか!」
「待って! ねえ待って! これ、私の所為じゃ無いからっ! 私、今回はまだ何もしてない!!」
デストロイヤーの中から何度も避難命令が出される中、俺は近くにいた冒険者達を集めていた。
「おい、この警告はなんだ? このまま此処にいたら不味いんじゃないのか?」
一人の冒険者が口にする。
俺もそう思う。
と言うか、ここにいる誰もが気付いていた。
「多分だが。このままだとボンッてなるんじゃないかなと思うんだ、こういった場合だと」
俺の言葉に、居並ぶ冒険者達の顔が引きつる。
この巨大な要塞が爆発でもしたら、一体どれほどの被害が出るのか。
そもそも、この要塞の動力源すら知らない俺達に、これ以上どうこうする事など出来そうにない。
出来る事と言ったら、もうとっとと逃げるぐらいで……。
しかし、ウチの頑固なクルセイダーが、街を捨てて逃げてくれるだろうか。
いや、まだ街に被害が出る規模の爆発が起きると決まった訳じゃ無い。
そこら辺を理由に、あの頑固な女を説得出来れば……!
「み、店が……。このまま街が被害にあったら、お、お店が、お店が無くなっちゃう……」
それは、泣きそうなウィズの声。
彼女にすれば、それはきっと、自分の魔法店の事を言ったのだろう。
だが……。
『この機体は、機動を停止致しました。この機体は、機動を停止致しました。排熱、及び機動エネルギーの消費が出来なくなっています。搭乗員は速やかに、この機体から離れ、避難して下さい。この機体は……』
アナウンスが何度も何度も響く中、誰かがぽつりと呟いた。
「……やるぞ。俺は」
それは、誰の呟きだったのだろう。
「……俺も。レベル30越えてるのに、未だにこの駆け出しの街にいる理由を思い出した」
……そんな奴がいたのか。
だが気持ちは分からんでもない。
「むしろ、今まで安くお世話になって来た分、ここで恩返し出来なきゃ終わってるだろ……」
………………。
シンと静まり返る中。
聞こえてくるのは……。
『この機体は、機動を停止致しました。この機体は…………』
俺は弓にロープ付きの、先がフック状になった矢をつがえ。
「機動要塞デストロイヤーに、乗り込む人は手を上げろー!!」
迷うことなく一斉に冒険者達が手を上げる中、俺はデストロイヤーに向け高々と矢を放った!
俺を含めた、狙撃スキル持ちのアーチャー達が、次々とデストロイヤーに向けて矢を放つ。
スキルによって飛距離を強化された矢は、重い矢じりとロープを物ともせず、巨大なデストロイヤーの甲板にも楽に届いた。
フック状の矢の部分がデストロイヤーの甲板部分の障害物に引っ掛かる。
矢の後ろに付いたロープを引くと、それがピンと張られた。
張られたロープに冒険者達が次々取り付き、それらを伝い、上って行く。
鎧を着たままでロープを上るだとか、人間離れし過ぎだろとか、どこからそんな体力がとか、きっと今の彼らには言うだけ無粋な事だろう。
俺は他のアーチャーと共にせっせと矢を放ちロープを張る。
やがて、最初にロープに取り付いた冒険者が、いち早く甲板へとよじ登る。
その後にも続々と、まるでこの日の為に鍛えてきたとでも言わんばかりに、彼らは異様な士気の高さで……、
「機動要塞デストロイヤーに! 乗り込めー!」
冒険者達は次々と、まるで無力な小村を襲う野盗か何かの様な奇声を上げて、巨大要塞へと乗り込んだ!
「う、うわあ……。ねえカズマ、私、何かあそこに混ざるの怖いんですけど……。あの分だと、もう任せといても大丈夫よ。帰ろう? 帰って、また明日頑張ろう?」
異様な熱気に包まれる冒険者達を見て、むしろ冒険者達に怖気付いたアクアが袖を引っ張る。
だが、そんな訳にもいかない。
あそこでは俺の同志、仲間達が戦っている。
「ここで帰れる訳がないだろ、バカかお前は。お前には、果敢に乗り込むあの勇者達の姿が見えないのかよ。お前の仕事はこれからだろうが。なんちゃって女神じゃないなら、あの勇者達を癒してやれ」
俺はアクアにそう告げると、既に要塞に乗り込んで行った連中の後を追う。
周りでロープ付きの矢を放っていたアーチャー連中も、今では既に要塞だ。
俺は大声で。
「ダクネス、お前は鎧が重過ぎて、流石に上れないだろ! めぐみんはそのまま休んでろ! ウィズは好きに任せる! アクア、お前はやらかした張本人なんだからついて来い!」
「ねえ待って! だから、私今回はまだ何もしてない!」
俺がロープに取り付くと、アクアも泣きそうな顔をしながらも後を付いてくる。
そして、ウィズもロープを伝い、そのまま後を付いてきた。
そして俺達が甲板へと上がると、そこは……!
「ゴーレムを囲め囲め! 大勢でロープ使って引きずり倒せ! 倒れた所をハンマーで叩けっ!」
それはもう、どちらが侵略者か分からない状態だった。
既に多くの小型ゴーレムや戦闘用のゴーレムが、駆け出しの多いはずのこの街の冒険者達に破壊されていた。
と言うか、流石と言うか何と言うか、ミツルギが次々と硬いゴーレム達を一刀の元に斬り捨てている。
その離れた所には、これまたいつの間にか乗り込んでいたゆんゆんが、特大の閃光を放ってゴーレム数体を粉砕していた。
……いいなぁ。何かあいつら、俺達のパーティと違って、普通に冒険者っぽく戦ってて。
「おらっ! この中にいるんだろ! 開けろ! このドア、ハンマーで叩っ壊すぞ!」
「出て来い! 街を襲った責任者出て来い! とっちめてやるっ!」
その罵声にそちらを見ると、数名の冒険者が、この要塞を乗っ取ったと言われている、研究者が立て篭もっているとされる建物のドアをこじ開けようとしていた。
本当に、どう見てもこちらが侵略者です。
と……、
「デカイのがそっち行ったぞーっ!」
その声に振り向くと、そこには一体の戦闘用のゴーレム。
まるで一昔前のロボットを思わせる、無骨で大きい、四角く角ばった人型のゴーレムだ。
それがこちらに向かって来る中、他の冒険者達が俺達の手助けをしようと寄ってくる。
だが、俺には対ゴーレム用の秘策があった。
「おいアクア。いい物見せてやる。スキルの有用な使い方って奴だ」
俺は手をわきわきさせて、ゴーレムに向かって手を上にして突き出した。
相手はゴーレム。
部品奪っちまえば動けまい。
日本にいた時、何かのRPGゲームで機械系の敵に使った技だ。
そう、盗む系のスキルを機械に使うと、即死攻撃になる!
俺だって、ただ毎日ジッポ作っていた訳では無い。
日々確実に進歩しているのだ。
「『スティール』!」
「ちょっ! カズマ、待っ……」
俺が何をする気か察したのか、アクアが鋭く叫びを上げ……。
俺の突き出した手の上には、巨大なゴーレムの頭が乗っていた。
勿論頭を盗られたゴーレムは、途端に動かなくなる。
計画通り……!
スティールによってしっかりと俺の右手の上に乗っかった、かなりの重さを誇るゴーレムの大きな頭は、掴んでいた右腕ごと俺を引っくり返らせ、右手を下敷きに地面に落ちた。
「っっっぎゃー! 腕が! 腕がああああああっ!」
ドヤ顔だった俺の表情が泣き顔に変わり、慌てて付近の冒険者達が、右手を挟んでるゴーレムの頭をどけてくれる。
「ああっ! 大丈夫ですかカズマさん!? 重い物持っているモンスター相手には、スティール使っちゃいけませんよ!」
ウィズが俺を心配する中、俺の右手の具合をアクアが見る。
「アクア……、これ、折れてる。絶対折れてるよ」
「……ヒビも入ってないわよ。一応ヒールぐらい掛けるけど、あんまり調子に乗ってバカな事しないでね?」
くっ、屈辱だ!
「開いたぞーっ!」
砦の様な建物のドアを、冒険者達がハンマーで叩き壊した。
そのままぞろぞろと建物の中に突入していく。
今の彼らには、怖い物は無いのだろうか。
未だ鳴り響く警報を気にも留めず、パーティ編成もクソも無く、次々と中に突入していた。
俺達も彼らの後を付いていく。
中には何体ものゴーレムが居た様だが、それらが実に効率的に破壊されていた。
……普段はまとまりが無いくせに、団結した冒険者ほど恐ろしい物はないな。
やがて建物の奥に入る。
すると、ある部屋の前で人だかりが出来ていた。
その人だかりは、皆一様に沈んだ表情を見せ、今までのテンションはどこへ消えたのかと言う感じだ。
「……おっ、カズマ。良い所に来たな。……見ろよ、これを」
そう言ってきたのは、部屋の中央にいたテイラー。
そのテイラーも、なんだか寂しげな浮かない顔だ。
見れば、何かを指差している。
……それは、白骨化した人の骨。
この機動要塞を乗っ取った研究者は、ゴーレムに囲まれたこの要塞内で、寂しげに部屋の中央の椅子に腰かけていた。
俺はアクアを呼び、部屋に招く。
そして無言で骨を指差すと、アクアは静かに首を振った。
「すでに成仏してるわね。アンデッド化どころか、未練の欠片もないぐらいにスッキリと」
…………。
スッキリと?
「いや未練ぐらいあるだろ。これ、どう考えても一人寂しく死んでった、みたいな……」
その俺の言葉に、アクアが何かを見つけた様だ。
それは、机の上に乱雑に積まれた書類に埋もれた、一冊の手記。
アクアがそれを手に取ると、皆、空気を察して押し黙った。
冒険者達が見守る中、鳴り響くのは機械的な警告の声。
そんな中、アクアが手記を読み上げる……。
「……。○月×日。国のお偉いさんが無茶言い出した。こんな予算で機動兵器を作れと言う。無茶だ。それを抗議しても聞く耳持たない。泣いて謝ったり拝み倒してみたが、ダメだった。辞めさせて下さいと言っても辞職願いを受理されない。バカになったフリをしてパンツ一枚で走り回ってみたが、女性研究者に早くそれも脱げよと言われた。この国はもうダメかも知れない」
…………思わず、皆の視線が白骨化した骨に集まった。
「○月×日。設計図の期限が今日までだ。どうしよう、まだ白紙ですとか今更言えない。だってヤケクソになって、貰った報酬の前金、もう全部飲んじゃった。どうしようと白紙の設計図を前に悩んでいると、突然紙の上に俺の嫌いなクモが出た。悲鳴を上げながら、手近にあった物で叩き潰した。叩き潰してしまった。用紙の上に。……このご時勢、こんなに上質な紙は大変高価なのに、弁償しろとか言われても金が無い。……知るか。もうこのまま出しちまえ」
…………えっと。
微妙な空気になってきた中、アクアが尚も手記を読む。
「○月×日。あの設計図が予想外の好評だ。それクモ叩いた汁ですけど、そんな物よく触れますねなんて絶対言えない。て言うか、ドンドン計画が進んでる。どうしよう、俺のやった事って、クモを一匹退治しただけ。……でも、こんな俺が所長です。ひゃっほう!」
…………アクアが、適当に作ってるんじゃないだろうなと疑いたくなったが、読み上げるアクアはいたって真剣な表情だ。
「○月×日。俺何もしてないのにどんどん勝手に出来ていく。これ、俺いらなかったじゃん。何なの? もういいや、勝手にしてくれ。俺は俺らしく好きに生きる。……なんか動力源をどうこう言われたけど知るか。俺最初から無理って言ったじゃん。そんなの、永遠に燃え続けるって言われている、超レア鉱石、コロナタイトでも持って来いと言ってやった。言ってやった言ってやった! 持って来れるもんなら持って来い」
…………。
「○月×日。持って来ちゃった。どうしよう、本当に持って来た。なんか動力炉に設置を始めた。どうしよう、マジでどうしよう、持って来れる訳無いと思って適当に言ったのに、本当に持って来た。これで動かなかったらどうすんだ。俺どうなるんだ。えっ、死刑? これで動かなかったら死刑じゃないの? 動いてください、お願いします!」
俺達の視線が気になるのか……。
「○月×日。明日が機動実験と言われたが、正直俺何にもしてねえ。やったのはクモ叩いただけ。この椅子にふんぞり返っていられるのも今日までか……。そう思うと、無性に腹が立ってきた。もういい、飲もう。今日は最後の晩餐だ。思いっきり飲もう! 機動兵器の中には、今日は誰も残っていない。どんだけ飲んでバカ騒ぎしても、咎められる事は無いだろう。とりあえず、一番高い酒から飲んでいこう!」
アクアが手記を読み上げながら、俺達の視線に軽く怯えている。
「○月×日。目が覚めたら、なんか酷い揺れだった。何だろう。何だろうこれ。俺どれだけ飲んだっけ。覚えてない。いや、昨日の記憶が無い。あるのは、動力源のある中枢部分に行って、コロナタイトに向かって説教してた所までしか覚えてない。いや待てよ。その後、お前に根性焼きしてやるとか言って、コロナタイトに煙草の火を…………」
読み上げながら、アクアはこちらには目を向けなくなり、
「○月×日。現状を把握。そして、終わった。現在只今暴走中。どうしよう、これ間違いなく俺がやったと思われてる。俺、絶対指名手配されてるよ。今更泣いて謝ったって許してもらえないだろうな……。やだな……。このまま機動兵器ぶっ壊されて、引きずりおろされて死刑だろうか。畜生、国のお偉いさんも国王も、俺のパンツ脱がして鼻で笑った女研究者も、みんなみんなクソッタレだ! こんな国滅んじゃえばいいのに。もういい、酒飲んで寝よう。幸い食料と酒には困らない。寝て起きてから考えよう」
…………やがて、誰ともなく拳を握り。
「○月×日。国滅んだ。やべえ、滅んだよ、滅んじゃったよ! 国民とかお偉いさんとか、人はみんな逃げたみたいだけど。でも俺、国滅ぼしちゃった。ヤバイ、何かスカッとした! 満足だ。俺、もう満足。よし、決めた。もうこの機動兵器から降りずに、ここで余生を暮らすとしよう。だって降りれないしな。止められないしな。これ作った奴、絶対バカだろ。おっと、これ作った責任者、俺でした!」
…………。
最後まで読み上げたのだろう。
困った顔で、アクアが言った。
「……終わり」
「「「なめんな!!」」」
アクアとウィズ以外が見事にハモった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……これがコロナタイトか。ってか、これどうやって取るんだよ」
そこは要塞の中枢部。
大人数で行ってもしょうがないと、皆に任され、俺とアクアとウィズの三人で入った部屋の中。
その部屋の中央には、鉄格子に囲まれた小さな石、コロナタイトの姿がある。
今は、それが赤く輝いていた。
だが、鉄格子に囲まれたそれは、どう考えても取り出せない。
なるほど、攻め込まれた時用の最後の砦か。
格子の隙間から火を付ける事は容易いが、これを持ち去ったりする事は出来ない、と。
「どうしようかしらね。……あっ、そうだわ、確か、魔剣持ちのなんとかさんが……」
アクアが何か言い掛けたが、俺は閃いてしまった。
「おい、こうすりゃいいんじゃないのか? 格子なんて関係ない。この距離なら……『スティール』ッ!」
「ああっ! カ、カズマさんっ!?」
ウィズが何かを叫ぶ中、俺の予想通り、コロナタイトは格子をすり抜け、俺の手の中におさまった。
赤々と燃えながら。
「あああああああづああああ!!」
「『フリーズ』! 『フリーズ』!」
「『ヒール』! 『ヒール』! ……ねえ、バカなの? カズマって、普段は結構知恵が働くって思ってたんだけれど、さっきのゴーレムの件といい、実はバカなの?」
くっ、悔しい! アクアに言われて何も言い返せない!
俺の右手に焼き付き、危うく腕を燃き上げそうになったコロナタイトを、大慌てで冷やして剥がしてくれたウィズの足元に、燃え盛るコロナタイトが転がった。
それは一瞬は冷まされたものの、また再び赤々と……。
「……マズイですね、時間がないですよ。そろそろボンッていきそうです。……これ、どうしましょうか……」
悩むウィズの足元では、コロナタイトがどんどんその輝きを増していた。
いつの間にか、機械的なあの警告の声も止んでいる。
きっと、この石が要塞内の全ての動力源だったからだろう。
しかし、こんな物の処理は俺にはどうにもならない。
いや、これはハッキリ言って、ここの冒険者にはどうにもならないレベルの話だ。
これほどの要塞を動かす、燃え盛る石をどうにかできるのは……!
そう、困った時の神頼み!
「おいアクア、お前これを封印とかって出来ないか? 良くあるだろ女神が封印するとか何とか!」
「良くあるけど! それはゲームの話でしょ!? ちょっとウィズ、あんた何とか出来ないの!?」
無理難題を、日頃付け狙っていたリッチーにあっさり押し付けた自称何とか。
だが、無理ですと言うかと思ったウィズは……。
「……出来ない事はないですが……。それには魔力が足りません……。あの、カズマさん、お願いが!」
そう言って、真剣な表情で俺の前に顔を寄せた。
「な、何でしょう?」
ウィズは、切羽詰まった様に、俺の頬を両手の平で挟みながら。
「吸わせてもらえませんか!?」
「喜んで」
何を、なんて野暮は言わない。
こんな時に!? なんて言わない。
俺は、ここで動揺したりすっとぼけたりする様な鈍感系じゃない。
「ありがとうございます! では、参ります!」
否が応でもウィズの艶やかな唇が目に入る。
お父さん、お母さん、大人になり……ま……?
……あれ……目の前が……どんどん暗……く……
「ちょ、ちょっと! それ以上は干物になっちゃう! カズマ! 大丈夫? しっかりして!」
気が付くと、俺は外にいた。
どうやら皆が下まで降ろしてくれたらしい。
「おっと、目が覚めましたか。カズマ、ご苦労様でした」
俺にそう言ってきたのは、俺の隣で座っているめぐみんだった。
俺が寝かされていたのは、めぐみんを休ませていた所の様だ。
俺はどれだけ意識を失っていたのか、周囲には、既に冒険者の姿は無く。
そこには、アクアとウィズ、ダクネスとめぐみんと言うメンツのみ。
俺が目を覚ました事に気が付いたウィズが、大慌てで俺に頭を下げた。
「すっ、すいませんカズマさん! 緊急だったので加減が出来ませんでした!」
その言葉を聞きながら、俺はむくりと上体を起こし。
「……えっと、一体どうなったんだ?」
周囲の皆に尋ねていた。
「カズマはこの悪女に、ドレインタッチを食らったのよ。魔力と生命力を吸い取る、リッチーが使うおぞましいスキルよ。それでカズマの魔力を貪り尽くしたこの女は、テレポートの魔法で、コロナタイトを火口に捨ててきたわ」
「そそそ、そんな! うう……すいません、カズマさん……。すいません……」
アクアのロクでもない説明に、謝りながら小さくなるウィズ。
「いや、謝らなくていいよ。ウィズがああしなかったら、今頃みんなどうなってたか。あれだけの騒ぎを起こしておいて、最後にはウィズに丸投げした奴もいるんだしな」
「ねえ待って! だから、今回私何も悪い事してない! してないから!」
騒ぐアクアを尻目に、よろめきながらも立ち上がる。
と、ふらつく俺に、ダクネスがそっと手を貸してくれた。
そのまま皆で、街に向けて歩き出す。
俺は隣を歩くダクネスを、ぼんやり見ながら。
恐らくはずっと、街を守る為にダクネスは、この巨大な要塞の前に立ち塞がっていたのだろう。
そう言えば、この巨大要塞が脚を失って目の前に滑ってきた時も、微動だにすらしなかったな。
一体どうなってるんだこいつの頑固さは。
そんな、結局最後まで折れなかったワガママな貴族の娘は……、
「カズマ……。私が言う筋合いじゃ無いかも知らないが。改めて礼を言う。元はこの地を任されていた、貴族の娘として。……良く、この街を守ってくれたな。……どうも、ありがとう……!」
……そう言って、はにかんだように笑みを浮かべた。
……………………。
「そういやお前、今回やたらと格好良かったな」
突然の俺の言葉に、ダクネスは今日の自分を思い出したのか、
「……そ、そうか……」
ちょっと頬を赤らめながら、照れ臭そうに顔を背ける。
……………………。
「一番何もしなかったけどな」
「!?」
俺の言葉に、ダクネスは顔を背けた状態でビクリと震えた。
「そういや、ダクネスは今日はずっと街の前で立ってただけねー。ねえ、私は頑張ったわよ! 結界破ったし、カズマの傷も治したり!」
特に悪気は無いアクアの言葉。
それに、ダクネスは更に身を震わせた。
「私はもちろん、爆裂魔法で大活躍でしたから」
同じく、特に悪気も無いめぐみんが言った一言に、ダクネスは更に身を震わせ。
「そう言えば、カズマさんこそ大活躍だったじゃないですか! 見事な指揮を取って、それでいて、ちょっと失敗はしましたが、結果としては大物のゴーレムを倒し、コロナタイトを鉄格子から取り出し、そして私に魔力を供給してくれて……」
全く悪気など無いウィズの言葉に、ダクネスは耐えられなくなったのか、肩を震わせ、顔を伏せた。
……………………。
「ウィズなんて、爆裂魔法を始め、俺の手を冷やしたり、挙句の果てには爆発しそうなコロナタイトをテレポート。MVPはウィズだろ」
その言葉に、とうとう小さく震えるだけになったダクネスに。
「……で、街を守るって駄々こねてた、今日のお前の活躍は?」
「こっ、こんなっ! こんな新感覚はっ! ……わあああああーっ!!」
頬を真っ赤に染めながらもそのまま泣いて逃げたダクネスは、苛め過ぎたのか一日部屋から出て来てくれなかった。
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