機動要塞デストロイヤー。
それはどこかのチート持ちの日本人が、適当に付けた名前らしい。
適当に名付けるなと言いたい所だが、この姿を見た今なら、納得出来た。
「来たぞー! 全員、頭を低く! 踏み潰されないように、絶対にアレの前には出るんじゃないぞ!」
誰かの檄が飛ぶが、正直言って皆それを聞いている余裕など無い。
それほどに、目の前のソレは圧倒的な威圧感を誇っており……。
「ちょっとウィズ! 大丈夫なんでしょうね! 大丈夫なんでしょうね!?」
俺とめぐみんが待機している場所から、攻撃予定地点を間に挟み、大きく離れた場所に待機しているアクアが、隣に佇むウィズに何度も何度も確認していた。
「大丈夫です、任せてくださいアクア様。これでもリッチー、最上位のモンスターの一人ですから。アクア様がアレの魔力結界を打ち破ってくれれば、後はお任せを! ……もし失敗したら、皆で仲良く土に還りましょう」
「冗談じゃ無いわよ! 冗談じゃ無いわよ!!」
なにやら遠くで騒ぐ、そんな二人を見ながら、俺は隣でガチガチに緊張しているめぐみんに。
「おい、ちょっと落ち着け。失敗しても、誰も責めないさ。失敗した時は街を捨て、皆で逃げればいいだけだ。あんまり深く考えるな」
今回、ほとんどやる事のない俺は、気楽に言った。
「だだだだ、だい、大丈夫です! わわわ、我が爆裂魔法で、消し、消し飛ばしてくれるわっ!」
蜘蛛の様な八本の脚を、それぞれワシャワシャと忙しなく動かして、いつぞやの宝島にも匹敵する大きさのソレは、馬が駆けるに近い速度で、真っ直ぐにこちらに向かって突っ込んで来ていた。
馬の速度が、平均すれば大体の時速が60キロ。
その巨体ゆえに、遠目にはゆっくり近付いてくる様に見えるが、アレに接近されてしまったならば、もう人の足では逃げられない。
その進行方向には、木々の間に幾重にも張り巡らされた、本来なら湖での漁に使われるはずの網やロープ。
そして即席で作られた、石材や木々、台車等で組み上げられたバリケード。
それらの前に、どこかのクリエイターが作り出した、土で出来たゴーレムが何体も立ち塞がる。
そのゴーレム達の最前列、真ん中には……。
大剣を地に突き立てて、それの柄の部分に両手の平を置き、全身甲冑に合わせ、鎖を編み込んだ重いマントを羽織ったダクネスがただ一人、街を守護するかの様に、巨大な機動要塞を前にして、怯むことなく立っていた。
ダクネスの前に広がる平原を、左右から包囲する様に俺を含めた冒険者が待機している。
蜘蛛の様な巨大なソレは、周りに待機する俺達を一切気にする事なく、真っ直ぐに街の前を守護するダクネスへと突進し。
その道中に仕掛けられていた、落とし穴や爆発罠、鋼線罠をものともせずに……!
『アクア! 今だ、やれっ!』
拡声器で拡大された俺の合図に、全ての冒険者達が見守る中。
アクアが魔法を解き放った。
「『シールドブレイク』ッ!!」
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「ウィズ魔法店の店主です。一応冒険者の資格を持ってるので、やって来ました……」
言いながらギルドに入ってきたのは、店で何かの作業中に、慌てて飛び出して来たのだろうか、黒のローブの上に、店で使うエプロンを付けたウィズだった。
その格好は、まるで炊き出しの手伝いにでも来た娘さんの様な姿だ。
そのウィズを見た冒険者達は……。
「店主さんだ!」
「貧乏店主さんが来た!」
「店主さん、いつもあの店の夢でお世話になってます!」
「店主さんが来た! 勝てる! これで勝てる!」
と、途端に歓声を上げだした。
俺はウィズがリッチーだと知っている。
だが、冒険者達の、この勝てるといった騒ぎは何だ?
「なあ、なんでウィズってこんなに有名なんだ? 人気ありそうなんだが、その割には店には誰も客来ないし……。どうなってるんだ一体? ていうか、可哀想だから貧乏店主はやめてやれよ……」
俺が近くのテイラーに尋ねると、
「知らないのか? ウィズさんは、元は冒険者だったんだ。凄腕アークウィザードとして名を馳せたが、やがて引退し、しばらく姿を現さなかったかと思うと、突然この街に現れてお店を出した。ウィズさんのお店が流行らないのは、駆け出しが多いこの街には、高価なマジックアイテムを必要とする冒険者がいないのが原因だな。首都にでも店を出せば、もう少し需要はあると思うんだが。強敵と戦う訳でも無い俺達が、高価な薬や超高額なマナタイトなんて使う事は無いからな。皆、店をこっそり覗きには行ってるんだよ。買わないだけで」
いや、買ってやれよ、覗きに行くなら。
「ど、どうも、店主です、ウィズ魔法店をよろしく……。店主です、ありがとうございます、魔法店をよろしくお願いします、お店がまた赤字になりそうなんです……!」
そう言って、ウィズは歓声を上げる冒険者達にぺこぺこと頭を下げて……。
こ、今度何か買って行ってやろう。
「ウィズ魔法店の店主さん、これはどうもお久しぶりです! ギルド職員一同、歓迎致します! さあ、こちらにどうぞ!」
職員に促されるまま、ウィズは周りにぺこぺこと頭を下げながら、中央のテーブルの席に座らされた。
ウィズが席に着くと、冒険者達は期待を込めた目で、進行役の職員を見る。
職員はそれに応える様に。
「では、調度いい所に店主さんにお越し頂いた所で、改めて作戦を! ええと、店主さんが来たのでもう一度まとめます。……まず、アークプリーストのアクアさんが、デストロイヤーの結界を解除。そして、あた……、めぐみんさんが、結界の消えたデストロイヤーに爆裂魔法を撃ち込む、と言う話になっておりました」
それを聞いたウィズが、口に手を当て考え込む。
「……爆裂魔法で、脚を破壊した方が良さそうですね。デストロイヤーの脚は本体の左右に四本ずつ。これを、めぐみんさんと私で、左右に爆裂魔法を撃ち込むのは如何でしょう。機動要塞の脚さえ何とかしてしまえば、後は何とでもなると思いますが……」
ウィズの提案に、職員もコクコクと頷いた。
と言うか、流石はリッチー。やはりと言うか、爆裂魔法も使えるのか。
確かに、脚さえ何とかなれば、もう機動要塞では無くなるし、街が蹂躙される恐れも無くなる。
戦闘用のゴーレムが配備されているらしい危険な本体に、わざわざ乗り込むまでもない。
一応しっかり監視して、動かなくなったデストロイヤーは、一日一爆裂の的にでもするなりして、何日でもかけて、ゆっくり攻略すればいい。
要塞内部にいるらしい、要塞を乗っ取った開発研究者とやらも、毎日魔法を撃ち込まれていれば、要塞を動かす事が出来なければ投降してくるかも知れない。
その後、ウィズのその提案を元に作戦が組まれた。
万が一を考え、駄目元で、街の前に罠を張る、バリケードを造る等、色々な案が出され。
「では、結界解除後、爆裂魔法により脚を攻撃。万が一脚を破壊し尽くせなかった事を考え、前衛クラスの冒険者各員はハンマー等を装備し、デストロイヤー攻撃予定地点を囲むように待機。魔法で破壊し損なった脚を攻撃し、これを破壊。要塞内部には、デストロイヤーを開発した研究者がいると思われるが、この研究者が何かをするとも限らない。万が一を考え、本体内に突入も出来る様にロープ付きの矢を配備し、アーチャー等はこれを装備。身軽なクラスの人達は、突入準備を整えておいて下さい」
進行役のギルド職員が、作戦をまとめ、全員に指示を出した。
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街の前には、冒険者達だけではなく、街の住人達も集まって、突貫作業で即席のバリケードが組み上げられている。
作業に従事しているのは、俺とアクアがこの街に来た当初、お世話になった土木作業の
親方の姿もある。
デストロイヤーを迎え撃つ予定の場所は、街の正門の前に広がる平原だ。
そこには、罠を設置できるクラスの者が、無駄とは知りつつも即席の罠を仕掛けている。
街の前のバリケードの前には、クリエイターと呼ばれる連中が集まり、あーでもないこーでもないと言い争い、魔法陣を描いていた。
「おいダクネス、お前、悪い事言わないから下がってろよ。お前の固さは知ってるが、流石に無理があるし、そこにいても役に立てないって。ここはお前のどうしようもない趣味は置いといて、俺と一緒に道の端っこに引っ込んでおこう。な?」
俺は、街の正門の前のバリケード、その更に前にジッと立ちはだかるダクネスに、再三の説得を続けていた。
この変態クルセイダーが、ここから動かないと言って聞かないのだ。
ダクネスが大剣を地面に刺し、柄に両手を掛け、遠く、まだ姿も見えないデストロイヤーの方を見ながら動かない。
ダクネスは、じっと黙っていたが、やがて、口を開いた。
「……カズマ。私の普段の行いの所為でそう思うのも仕方が無い。……が、この非常時に、この私が自分の欲望にそこまで忠実だとでも思うか?」
「当たり前じゃん」
一瞬静かになったダクネスが、ちょっと頬を赤らめて、そのまま静かに続けた。
「…………この私は、貴族の娘。この街を守る義務がある。……本来ならば、その義務はこの地の領主なのだが、そいつがどんな奴かは既に説明しただろう?」
確か、俺に借金背負わせたどうしようもないクソ領主だったか。
俺が経済的な理由で、毎日ではなく、週一ぐらいでしかサキュバスサービスを受けられないのも、言ってみればそいつの所為。
俺がダクネスに頷くのを見て、ダクネスが話を続けた。
「元々この地はダスティネス領。父が、王の懐刀と呼ばれ、長く王都勤めを命じられた時にこの地を国に返還し……。今は、王都の近くに広大な所領を拝領してはいるが。それでも、私にはこの地の住人を守る義務がある。私はそう思っている。だから……。無茶だと言われても、ここからは何があっても一歩も引かん」
「お前って、たまにどうしようもなくワガママで、頑固な所があるよな。そう言う無茶な所は、ああ、貴族だなって思うわ」
俺が呆れた様に言うと、ダクネスが少しだけ困った様な、不安そうな顔で。
「……貴族は、嫌いか?」
一般庶民、特に冒険者は貴族が嫌いだ。
それは、よほど優秀な領地経営者でもなければ、殆どの貴族の人間に対して抱かれる感情だ。
日本じゃ、領地経営を行なう貴族って言うと、セレブってよりも政治家だとでも思えばいいのか?
ダクネスが、自分が貴族の娘だと黙っていたのは、冒険者達が貴族を嫌っているのを知っていると言うのもあるのだろう。
だが……。
「ここの領主みたいな典型的な奴は大嫌いだ。でもまあ……。お前の親父さんみたいな人や……。後、今のお前みたいなのも嫌いじゃないよ」
俺が適当に言ったその言葉に。
「…………………………そうか」
少しだけ、安心した様にダクネスが呟いた。
「説得は失敗した。あの頭の固い変態を守る為にも、成功させるぞ」
俺は、デストロイヤー迎撃地点の脇で待機しているめぐみんの隣に屈み込むと、緊張気味のめぐみんに告げた。
「そ、そそ、そうですか……! や、やらなきゃ……! 絶対やらなきゃ……!」
「お、おい落ち着け。いざとなったら、あいつの重い装備を無理やりスティールでひん剥いて、軽くして力づくでも引っ張ってくから。それよりも……」
「ねえちょっと、あんた頭とかから、軽く煙が上がってるけど大丈夫なの? なんなのそれ? この私相手に新芸でも披露する気なの?」
「ち、違いますアクア様……。これはその、この良く晴れた天気の中、長時間お日様の下にさらされているもので……」
迎撃地点を挟んだ向こうでは、アクアとウィズが屈み込み、何やら話しこんでいる。
俺達やアクア達の周りには、ゴーレムに効果が強そうな、打撃武器等を持った冒険者達が寄り集まり。
そして、俺を含め狙撃スキルを持つアーチャー職の連中は、先がフック状になった、尻の部分に細いながらも頑丈なロープの付いた矢を弓につがえ、もしもの時には、何時でも動きを止めた機動要塞に乗り込める様、ロープを張れる準備を終えていた。
やがて、魔法で拡大されたギルド職員の声が、その場に響き渡った。
『冒険者の皆さん、そろそろ機動要塞デストロイヤーが見えてきます! 街の住人の皆さんは、直ちに街の外に遠く離れていて下さい! それでは、冒険者の各員は、戦闘準備をお願いします!』
遠く離れた、坂になった丘の下から、最初にその頭が見えてきた。
感じるのは軽い振動。
まだほんの僅かな物だが、確かに大地が震えている。
「何あれでけえ……」
誰かがぽつりと呟いた。
確かにデカイ。
いや、爆裂魔法の威力は、めぐみんとの長い付き合いで知っている。
その知識を元に、言わせて貰う。
脚四本ですら、爆裂魔法で破壊できるのか?
「オイ、これ無理じゃねえか? いけるのか? 無理だろこれは!」
近くの誰かが慌てて言った。
「「『クリエイト・アースゴーレム』!」」
クリエイターの皆さんが、地面の土でゴーレムを作り出す。
生み出されたゴーレムは、街を守護するダクネスの背後へと、付き従う様に整列した。
この街のクリエイターも駆け出しだ。
より強いゴーレムを作ろうと思うと、強さや大きさの代わりに、ゴーレムの維持時間を削るしかないらしい。
なので、このギリギリのタイミングで生み出したのだろう。
「でけえ! それに速え! 予想外に怖え!!」
近付いてくるその巨大な姿に、冒険者達がパニックを起こしかけていた。
無理も無い、ここにいる多くの冒険者はまだ駆け出しなのだ。
と言うか俺だって、ダクネスがあそこに立ち塞がっていなかったなら、既に逃げようかと考えていただろう。
「来るぞー! 戦闘準備ー!!」
その声は、テイラーだろうか?
アクアが魔法を放つタイミングや現場の指揮は、なぜか俺に一任されている。
ギルドの職員の人に、指示を出す為の拡声器の様な魔道具まで預けられてしまった。
俺が、アクアやめぐみんのパーティーリーダーだからと言う事らしい。
そして、テイラーがギルド職員に色々と吹き込んでいたのもあると思う。
デストロイヤーがすぐそこまで接近している。
それは見上げんばかりの圧倒的な威圧感。
現場指揮なんて任されなければ、そしてダクネスが頑固に留まっていなければ、これは諦めて逃げてしまっていたかも知れない。
以前パーティ組んだ時に機転が利いたのは唯のマグレだ。
元ニートの最弱職のハードルを、あまり上げないで頂きたい。
背中の部分を空母の甲板の様に平らにし、そしてその上に、まるでヤドカリの様に砦みたいな建造物を乗せ、それ以外にも甲板の部分の所々にバリスタを搭載した、蜘蛛の様な外見の巨大ゴーレム。
機動要塞デストロイヤー。
ふざけた名前とは裏腹に、宝島にも匹敵するその巨大な移動要塞は、仕掛けられた数々の罠も物ともせずに、地面を踏みしだく轟音を響かせながら。
『アクア! 今だ、やれっ!』
俺達の住む街を蹂躙すべく、迎撃地点へと突っ込んできた!
「『シールドブレイク』ッ!」
アクアが、俺の合図で魔法を放つ。
一瞬、アクアの周囲の地面に複雑な魔法陣が浮かび上がったかと思うと、アクアの手には白い光の玉が浮かんでいる。
アクアはそれを前にかざすと、気合と共に息を吐き出し、デストロイヤーに向かって撃ち出した。
「ハアッ!」
撃ち出した光の玉がデストロイヤーに触れると同時に、一瞬デストロイヤーの巨体に薄い膜の様な物が張られたが、それがガラスでも砕く様に粉々に弾け飛んだ。
なんだろう。緊迫した場面なのに、アクアの掛け声やあの光の玉の撃ち出し方で、俺はドラ○ンボールみたいと思ってしまった。
俺がそんなバカな事考えているとも知らず、めぐみんが指示を仰ぐように、杖を握って微かに震え、不安そうな顔で俺の顔を見上げてくる。
おっといけない。
多分弾け飛んだあの膜が、魔力結界とか言う物なのだろう。
なら、これで魔法が届くはず!
俺は拡声器に向かって大声で。
『ウィズ、頼む! そちら側の脚を吹っ飛ばしてくれ!』
ウィズに指示を出し終わると、続いて、緊張で震えているめぐみんに。
「おい、お前の爆裂魔法への愛は本物なのか? いつも爆裂爆裂言ってる奴が、ウィズに負けたらみっともないぞ? お前の爆裂魔法はアレも壊せないへなちょこ魔法か?」
「な、なにおっ!? 我が名をコケにするよりも、一番私に言ってはいけない事を口にしましたね!!」
怒りで口元を引きつらせ、今までの緊張はどこへやら、バッと立ち上がっためぐみんが、朗々と、力強く詠唱を……。
俺達の待機する目の前を、デストロイヤーが轟音と共に通り抜けようとする中。
かつては、凄腕のアークウィザードの名を欲しいままにした、今は経営難に苦しむ小さな魔法店のリッチーと。
そして現在、頭のおかしい爆裂娘の名を欲しいままにしている、唯一つの魔法に全てを捧げた、紅魔族随一のアークウィザード。
その二人の最強の攻撃魔法が、難攻不落の賞金首へと放たれる。
「「『エクスプロージョン』ッッ!!」」
全く同じタイミングで放たれた二人の魔法は、機動要塞の脚を一つ残らず粉砕していた。
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