リーンと別れた俺が急いで屋敷に戻ると、そこは阿鼻叫喚と化していた。
「逃げるのよ! 遠くへ逃げるの! ああっ、どうしよう! 部屋で飼ってる芸に使うあの子達は……。しょうがないわ、苦労して集めたけれど開放してあげましょう!」
色んな物をひっくり返し、ワタワタしながらアクアが言った。
その隣では、既に荷造りを終えためぐみんの姿。
背には大きなリュックを背負い、達観した様にお茶を飲んでいる。
「こんな時、元より失う物の無い私は強いですよ。この際ですから、皆で暖かい地方に引越しましょう。そして、そこで毎日皆で楽しく、爆裂魔法でも撃って暮らすんです」
装備を整えに慌てて帰宅した俺は、その二人を見て唖然としていた。
「……えっと。どうしたお前ら。何だこの状態は? 緊急の呼び出し受けてるんだぞ、装備整えてとっとと行こうぜ」
俺のその言葉に、ようやく二人は俺に気付いた様だ。
「カズマ、あんた何言ってるの? ひょっとして、機動要塞デストロイヤーと戦う気?」
アクアが呆れた様に言った。
一体何をしていたのか、アクアは両脇に、虫かごや、何か黒い生き物が入ったゲージを抱え込んでいる。
と言うか、まだ緊急の呼び出しを受けただけで、俺は状況が分かっていなかったりする。
呼び出しの声の慌て具合から、ヤバイ物が接近中と言う事は分かったのだが。
「カズマ。今この街には、通った後はアクシズ教徒以外は草も残らないとまで言われる、最悪の特別指定モンスター、機動要塞デストロイヤーが向かって来ています。これと戦うとか、無謀も良い所ですよ?」
「ねえ、私の可愛い信者達がなぜそんな風に言われてるの? さっきも、この街のどこかの信者から、感謝の祈りを捧げられたのよ? みんな普通のいい子達ばかりだから!」
めぐみんに言われてもピンと来ない。
機動要塞って何だ。
名前からしてデカそうだが。
「なあ、めぐみんの爆裂魔法でどうにかならないのかそれ? 名前からして大きそうだけど。遠くから丸分かりだろ? 魔法で一撃じゃダメなのか?」
それにめぐみんは、
「無理ですね。デストロイヤーには強力な魔力結界が張られています。爆裂魔法の一発や二発、防いでしまうでしょう」
何者なんだよデストロイヤー。
「ねえ、ウチの信者はいい子達よ! めぐみん聞いてよ、巷で悪い噂が流れてるのは、心無いエリス教徒の仕業なのよ! みんなエリスの事を美化してるけど、あの子、アレで結構やんちゃな所があるのよ!? 悪魔相手だと私以上に容赦がないし、自由奔放で、案外暇な時とか、地上に遊びに来てたりしてるかもしれないわよ!? アクシズ教を! アクシズ教をよろしくお願いします!」
「アクア、神の名を自称するだけじゃ飽き足らず、更には神様の悪口まで言うなんてバチが当たりますよ?」
「自称じゃないわよ! 信じてよー!!」
俺は辺りを見回し、そこにダクネスの姿がない事に気が付く。
「なあ、ダクネスは?」
それに、半泣きのアクアにガクガク揺さぶられながら、めぐみんが言った。
「実家に帰りました」
どいつもこいつも!
デストロイヤーが何だか知らないが、この街にはせっかく手に入れた屋敷があるのだ。
それに、行き付けの店だって増えており、それにそもそも、他の街に、あの悪魔の姿をした天使達が経営する店があるとも限らない。
むしろ、それらが無ければ俺だって、借金なんかに縛られず、とっくにとんずらかましていただろう。
そう、彼女達が他の街で、またあの商売を始めてくれるとも、そして今ほど上手くいくとも限らないのだ。
とりあえず武装を整え、俺もギルドへと……!
「遅くなった! ……ん、カズマも帰って来たのか。早く支度をして来い。お前なら、きっと行くんだろう?」
玄関のドアを開け、見た事も無い重武装に身を包んだダクネスが、俺を見るなり言ってきた。
ダクネスは、普段の全身鎧の上に鎖を編み込んだ重いマントを羽織り、左の篭手に、着脱式の盾まで着けていた。
そこまでしても兜を付けないのは、女としての譲れない何かがあるのだろう。
逃げる為に実家に帰ったのではなく、装備を取りに行っていたらしい。
流石、一応貴族なだけはある。
街の住人を放って、逃げると言う選択肢は無いらしい。
逃げ帰ったと疑って悪かった。ダスティネス卿、こんな時には頼りになる!
「おい、お前らコイツを見習え! 長く過ごしたこの屋敷とこの街に、愛着は無いのか! ほら、ギルドに行くぞ!」
「……ねえカズマ、今日はなぜそんなに燃えているの? なんか、目の奥が凄くキラキラしてて、カズマがたまに外泊しに行って、それから帰って来た時と同じ目をしてるんだけれど……」
「おっ! やっぱり、来たかカズマ! お前なら来るって信じてたぜ!」
完全武装でギルドへ入ると、そこには同じく重装備のキースの姿。
俺も、きっとお前がいると信じていたさ。
その隣には、テイラーとリーンの姿も。
「なあカズマ。ダストのヤツを見なかったか? こんな時に、あいつが来ない訳が無いんだが……」
そう言って、キースがギルド内をキョロキョロと見渡した。
………………。
「あいつはあいつで、今、大切な物を守る為の、決して譲れない戦いをしているはずだ。そっとしておいてやれ」
「…………私はもう、ダストは大人の階段登ったと思うな」
俺とリーンの言葉にキースが不思議そうな顔をする中、俺は改めてギルドの中を見渡した。
そこには様々な冒険者達が、それぞれが考えられる限りの重武装で馳せ参じていた。
きっと、彼らもこの街が好きなのだろう。
何だか、男性冒険者達の比率が多い気がするが、きっと気のせいだ。
と言うか、見知った顔が大体いる。
遠くには、ミツルギの姿もある。
まだこちらに気付いていない様子だが、絡まれるのも嫌だ。
気付かれない様にしておこう。
……と、ある程度の冒険者達が集まった所で。
「お集まりの皆さん! 本日は、緊急の呼び出しに応えて下さり大変ありがとうございます! 只今より、対機動要塞デストロイヤー討伐の、緊急クエストを行ないます。このクエストには、レベルもクラスも関係なく、全員参加でお願いします。無理と判断した場合には、街を捨て、全員で逃げる事になります。皆さんがこの街の最後の砦です。どうか、よろしくお願い致します!」
ギルド内が喧しくざわめく中、ギルド職員が声を張り上げた。
そして、職員達が酒場になっている部分のテーブルをギルドの中央に寄せ集め、即席の会議室みたいな空間を作り出す。
おおう、空気が尋常じゃ無いな。
何と言うか、張り詰めている。
それほどまでにデストロイヤーがヤバイって事か。
「それではお集まりの皆さん、只今より緊急の作戦会議を行ないます。どうか、各自席に着いてください!」
俺達は職員の指示に従い、他の冒険者に習って席に着いた。
しかし、どれだけの人数がいるのだろう。
広いギルド内とは言え、ここに居る人の数は百ぐらいではきかないだろう。
テーブルに着くと、他の冒険者達の顔が良く見える。
所々に見知った顔が……。
おっ、あんな所にゆんゆんが、一人でぽつんと座っている。
まだこの街に、パーティメンバーがいないのだろうか。
げ、ミツルギがこっちに気付いた。
暇そうに俺の隣でコップの水で遊んでいるアクアを、真っ直ぐ見ている。
「さて、それでは。まずは、現在の状況を説明させて頂きます! ……えっと、まず、機動要塞デストロイヤーの説明が必要な方はいますか?」
その職員の言葉に、俺を含む数名の冒険者が手を上げた。
それを見て、職員が一つ頷き。
「機動要塞デストロイヤーは、元々は対魔王軍制圧兵器として、魔道技術大国ノイズで造られた、巨大ゴーレムの事です。国家予算から巨額を投じて作られたこの巨大なゴーレムは、外見は蜘蛛の様な形状をしております。大きさは、以前皆さんが掘った、宝島にも劣りません。魔法金属をふんだんに使い、外見に似合わない軽めの重量で、八本の脚で馬にも匹敵する速度が出せます」
デストロイヤーはよほど有名なのか、ほとんどの冒険者達はそんな事は知っているとばかりに頷いている。
「特筆するのは、その巨体と侵攻速度です。凄まじい速度で動く、その八本の脚で踏まれれば、大型のモンスターとて挽肉にされます。そしてその体には、ノイズ国の魔道技術の粋により、強力な魔力結界が張られています。これにより、まず魔法攻撃は意味をなしません」
それを聞いている冒険者達の表情が、微妙に暗くなっていく。
段々、いかに自分たちが無謀な戦いをしようとしているのかが分かってきたからだろう。
「魔法が効かない為、物理攻撃しか無い訳ですが……。接近すると轢き潰されます。なので、弓や投石などの遠距離攻撃になりますが……。元が魔法金属製のゴーレムな為、弓はまず弾かれ、攻城用の投石器も、機動要塞の速度から運用が難しいと思われます。それに、このゴーレムの胴体部分には、空からのモンスターの攻撃に備える為、自立型の中型ゴーレムが、飛来する物体を備え付けの小型バリスタ等で撃ち落し、なおかつ、戦闘用のゴーレムが胴体部分の上に配備されております」
……ほほう。
「そして、その機動要塞デストロイヤーがなぜ暴れているのか、ですが……。研究開発者が、この機動要塞を乗っ取ったと言われています。そして、現在も機動要塞の中枢部内にその研究者がおり、ゴーレムに指示を出していると言われています。速度が速度ですので、すでに荒らされていない地は殆ど無く、その蜘蛛の様な脚で、どれほどの悪路でも踏破してしまいます。現在の所、人類、モンスター合わせ、平等に蹂躙していく機動要塞。それがデストロイヤーです。現在、これが接近してきた場合は、唯街を捨て、通り過ぎるのを待ち、そして再び立て直すしか方法が無いとされています。正に、天災として扱われております」
……あれほどざわついていた冒険者達は、今はシンと静まり返っていた。
「……現在、機動要塞デストロイヤーは、この街の北西方面からこちらに向けて真っ直ぐ侵攻中です。……では、ご意見をどうぞ!」
無理ゲー。
俺は脳内にそんな言葉が浮かんだ。
ある冒険者が手を上げる。
「……あの、そのノイズ国ってのはどうなったんです? 造った国なら、それに匹敵する何かを造るなりなんなり、出来ないんですか? あと、弱点ぐらい知ってたり……」
「滅びました。デストロイヤーの暴走で、真っ先に滅ぼされました」
「……他に、ありませんか?」
職員が促した。
それに、また別の冒険者が手を上げる。
「そんなの、街の周りに巨大な落とし穴でも掘るとか、」
「やりました。エレメンタルマスター等が寄り集まって、地の精霊に働きかけ、即席ながらも巨大な大穴を掘り、デストロイヤーを穴に落としたまでは良かったのですが……。機動性能が半端なく、なんと、八本の脚を使い、ジャンプしました。上から岩を落としてフタをする作戦だったそうですが、その暇も無かったそうです」
「…………」
思わず場が静まり返る。
「……他にありませんか?」
また一人の冒険者が手を上げた。
「魔王軍の連中はどう対処してるんだ。魔王の城は蹂躙されてはいないのか? 連中はどうやってデストロイヤーから身を守っているんだ。連中だって困ってるんじゃないのか?」
「あの城には強力な魔力結界がある様です。人類の力ではとても張れない様なヤツが。結果、自分達には被害は無いので、デストロイヤーを破壊しようとしてくれる気配はありませんね。彼らにとって、野良モンスターが蹂躙される事は、取るに足りない事でしょうから」
職員が、静かに言った。
「他に、ありませんか?」
ギルド内はあーでもないこーでもないと、会議は難航していた。
機動要塞にロープか何かで乗り込めないかと言う意見が出れば、速過ぎて無理だと反対意見が出る。
デストロイヤーを越える巨大なバリケードは造れないのかとの意見が出れば、職員が、壁を迂回して踏み潰して行った例があると告げ、静まり返った。
魔法は効かない、接近したら踏まれる、空からの攻撃も撃ち落とされる。
しかも、それらが迅速に行なわれる。
なるほど、アクアとめぐみんが逃げようとするのも仕方ない。
難航する会議に飽きたのか、俺達のテーブルの傍に座っていたテイラーが。
「おいカズマ。お前さんなら機転が効くだろう。何か良い案は無いか?」
突然、俺にそんな無茶振りをしてきた。
いやそんな事言われても。
離れた所から、めぐみんにぶっ飛ばしてもらうぐらいにしか考えていなかったのが、そもそも結界で魔法が効かないって時点で……。
…………。
…………結界で、魔法が効かない?
俺は、隣でコップの水を使い、テーブルに絵を描いて暇を潰しているアクアへと振り向きながら、
「なあアクア。ウィズの話じゃ、魔王の幹部、二、三人が張った結界ぐらいなら、お前なら破れるとかって言ってなかったか? なら、デストロイヤーの結界も…………おわっ!? なんだこりゃー!?」
俺はそこまで言って、アクアが水だけを使ってテーブルに描いた絵に、目が釘付けになっていた。
それは、間違いなく芸術作品。
それは、美しい天使が花を手に戯れている……、
「ああ、そういえばそんな事言ってたわね。でも、やってみないと分からないわよ? 結界破れる確約は出来ないわよ?」
アクアは、言いながらその水で描いた絵に、惜しげもなくコップの水を……、
「ああっ! もったいねえ、何で消すんだ!」
「な、何よ急に。描き終わったから消して、また新しいのを……」
そんな事を言い合っていた俺達に、職員が大声を上げた。
「破れるんですか!? デストロイヤーの結界を!?」
その言葉に、俺とアクアは冒険者達の注目に晒される。
俺は急いで手を振った。
「いや、もしかしたらって事で。確約は出来ないそうです」
俺の言葉にギルド内がざわつく。
そして……。
「一応、やるだけやっては貰えませんか? それが出来れば魔法による攻撃が……! ……あ、いやでも。巨大ゴーレム相手には、下手な魔法では効果が無い。……レベル三十以下が多い、この街の魔法使い達では、火力が足りないでしょうか……?」
職員が再び悩み出し、また静まり返る中。
ある冒険者がぽつりと言った。
「火力持ちならいるじゃないか、頭のおかしいのが」
その言葉に、再びざわつくギルド内。
「そうか、頭のおかしいのが……!」
「おかしい子がいたな……!」
「おい待て、それが私の事を言っているなら、せめてその言葉の後に爆裂娘を付けよう。さもなくば、いかに私の頭がおかしいかを今ここで証明する事になる」
めぐみんが言って立ち上がると、冒険者達が目を逸らした。
ベルディアの罪は重い。
あいつがめぐみんを、頭のおかしい紅魔の娘呼ばわりしてから、そのフレーズが定着したらしい。
勢いで立ったものの、人々の期待を込めた視線を受けためぐみんは、みるみる顔を赤くした。
「うう……わ、我が爆裂魔法でも、流石に一撃では仕留めきれない……と、思われ……」
そうぼそぼそと告げて、再び座った。
ギルドの人々から期待を込めた眼差しを集めていためぐみんを、遠くで、悔しそうに見ているゆんゆん。
彼女も上級属性魔法とやらが使えたはずだが、それがどれだけの威力を持つのかは俺は知らない。
手を上げない所を見ると、巨大なゴーレム相手には火力が足りないと分かっているのかも知れない。
ならせめて、あと一人。
あと一人、強力な魔法の使い手がいてくれれば……。
ギルド内の空気がそんな雰囲気になった時。
ギルドの入口のドアが開いた。
「すいません、遅くなりました……! ウィズ魔法店の店主です。一応冒険者の資格を持っているので、私もお手伝いに……」
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