「どうもお世話になりました。じゃあ、ダクネス、めぐみん、元気でね! アクアさんも、お酒飲み過ぎない様に気をつけて! そしてキミは、セクハラに気をつけて!」
「お、おい滅多な事言うな! セクハラなんて……。……あんまり、してない……はず……」
俺は若干慌てながら、玄関で頭を下げるクリスに言った。
クリスが、雪が融け、春になったので屋敷を出ると言い出した。
ハッキリ言ってクリスが居てくれると、個人的には凄く助かるのだが、こればっかりは仕方が無い。
「まあ、自分の家だと思ってまたいつでも来なさいな。歓迎するわよ」
アクアがクリスにそんな事を……、
……いや、確かに自分の家と思ってもらっても、いつ来て貰っても別にいいんだが、冬の間ロクに家事もせず、借金だけ増やしてきたお前が言うな。
「クリス、またボードゲームの対戦をしましょう。いつでも受けてたちますよ」
屋敷の人間は、例のテレポートまで許容されているボードゲームにおいて、めぐみんの卑劣な作戦にことごとく惨敗しており、対等に遊べていたのはクリスぐらいだった。
クリスへの俺の評価は、俺にパンツ剥がれる可哀想な子から、何でも出来る優秀な子へと昇格している。
……ああ、なぜ俺のパーティにはこういったマトモな人材は参加してくれないんだろう。
頼んでみたが、盗賊スキル持ちが二人も居ると、お互いの存在感が薄れるからと、クリスにはパーティ参加をやんわりと断わられた。
「……クリス、一緒に住む訳にはいかないのか? クリスがしっかりしているのは知っているが……。もう、ここを拠点にすればいいんじゃないのか?」
ダクネスが、寂しそうな表情でクリスを引き止めている。
それにクリスは、困った様に頬の傷をポリポリ掻くと、
「いやあー、あたしも色々とやる事あるしね! 冬の間は冒険者達も大人しくしてて暇だったけど、これからはあたしも忙しくなるだろうし! 精一杯働かないとね!」
そう言って、荷物を背負い直した。
春はモンスターが目覚め、活発になる時期だ。
いわば冒険者達にとって、稼ぎ時の季節である。
クリスは玄関で再び頭を下げると、
「それじゃ改めて。皆、お世話になりました! じゃあ、あたしも早速クエストに。いってみよう!」
クリスはそのまま快活に笑い、元気に屋敷を出て行った。
ダクネスが外に出て、いつまでもクリスの背中を見送る中、アクアが自分の所定位置へと戻っていく。
春になり、流石に暖炉に火を入れるほどではなくなったのだが、朝の時間はまだ寒い。
窓から暖かな日が射す場所が、現在のアクアの所定位置となっていた。
現在では、暖炉の前に置いてあったソファーをそこに移動させ、ここは自分の聖域だと宣言している。
だが、そこが午前中は一番暖かく、色々な作業もしやすい事は俺も知っていた。
と言う訳で、勿論特等席の争奪戦だ。
「おいアクア、どうせゴロゴロしてるだけなら自分の部屋へ行け。そして昼まで布団にでもくるまってろ。クエストは昼から行くから。……俺は今から仕事をするから、そこをどいてくれ」
俺のその言葉に、ソファーの上で三角座りしながら、目を細めてうとうとしていたアクアが言った。
「先日、めぐみんが良い事言ったらしいじゃない。物事には、対価が必要。この暖かい場所が欲しいと言うなら、代わりに私が満足しそうな物をお供えしなさいな。そうねえ、具体的には……」
そう言って、アクアは一瞬悩み。
「……汝、神の住まう地を欲する者よ……。高級酒を我に捧げよ。さすれば、迷えるニートに暖かな光が射すであろう」
こいつ引っぱたいてくれようか。
めぐみんも、アホに余計な知恵を付けやがって。
「おい、良く聞けよ前科者。お前が事情聴取やら取り調べだけで済んで、懲役食らわずにいられたのも、被害者に返す金が、俺にツケとして回されたからなんだぞ。お前がのん気にくつろいでるその場所で、今からお前が増やしたそのツケを返す為、働くって言ってるんだよ。俺に少しでも悪いと思ったら、とっとと退け」
俺の前科者と言う言葉に、アクアが嫌そうに顔をしかめた。
「まだ前科は付いてないわよ。罰金が科せられたり、懲役くらったりしなければ、前科は付かないのでした! そんな事も知らないの? バカなの? 仮にも女神様に前科者呼ばわりなんかして、そろそろバチが当たるからね? 悪いと思ったら、麗しきアクア様ごめんなさいって言いながら、高いお酒を捧げなさい。ほら買ってきて。早く買って……」
「『スティール』」
ソファーの上で膝を抱えたまま、駄々をこねるアクアに向かって、俺は片手を突き出し唱えていた。
突き出した手の上に、チャリンと音がし、アクアのサイフが現れる。
「……ちょっと何すんのよ泥棒。現行犯よ。警察に突き出せば、これであんたの方が前科者ね。やーい前科者! お酒買ってくるお金が欲しかったの? そんな物、カズマのお金で買ってきてって意味に決まってるじゃ」
「『スティール』」
何かを言いかけるアクアに向かって、俺は尚もスティールを唱えていた。
俺の手には、アクアが履いていた靴下の、片方が乗っている。
アクアが膝を抱えたまま。
靴下を盗られ、裸足になった方の足の指を、俺に抗議でもする様に、これ見よがしにぴこぴこと動かした。
「……何すんのよ、寒いじゃない。靴下返してよ変態。とっとと返さないと、私の靴下盗んでハアハアしてる人が居ますって、人を呼ぶわよ。分かったら」
「『スティール』」
アクアは一体何に使う気でこんな物を持っていたのか。
何かの種が俺の手の平の上に乗っていた。
それを見て、アクアが不安そうな表情を浮かべ。
「ね、ねえカズマ。そういった冗談やイタズラは、シャレにならないし、良くないと思うの。私もちょっと調子に乗ってたわね。反省するわ。じゃあ、お互いごめんなさいして仲直りしましょう」
「『スティール』」
俺は手の上に乗った、アクアのもう片方の靴下をポイと絨毯の上に捨て。
そのままアクアにゆっくり告げた。
「……サクッと借金返してくる。神器だとか言うお前の羽衣、ちょっと貸せ。売り払って来てやる。剥かれたくなきゃ、別の部屋行ってちょっと自分で脱いで来い。……まあ、どうせそれも嫌だって言うんだろうから、今ここで剥いてやる」
俺がこれみよがしに片手をアクアにわきわきさせると、アクアが顔を引きつらせ、
「あんた何言ってんの、この羽衣は私の女神としてのアイデンティティーみたいな物だから売るなんて出来る訳無いじゃないバカなの何バカ言ってんの、冗談にしても笑えないから「『スティール』」ああああカズマ様ああーっ!! 調子に乗った私が悪かったから止めて、止めてー!」
数分後。
「うっ……、ぐすっ……、ひっく……ひうっ……」
ソファーの上で、膝を抱えてうずくまり、膝に顔を埋めて泣くアクア。
その姿は……
裸足になっている事以外は、いつも通りのアクアだった。
「……ハア……ハア……、く、くそ、何でこんな時だけ悪運が強いんだお前は……。ってか、何に使うんだこのガラクタの山は……」
俺の足元にはアクアからスティールした大量のガラクタ類。
宴会芸にでも使うのか、種やコップ、ガラス玉……。
絨毯の上は、子供のポケットの中身を引っくり返したみたいになっていた。
なんてこった、昼からクエストに行こうと思っていたのに、こいつの所為で魔力を全て使ってしまった。
泣くアクアの前に立ち尽くす俺を、めぐみんが、冷ややかな視線でじっと見ていた。
べ、別に苛めたりセクハラする気はあまり無かったのだから、そんな目は止めて頂きたい。
と、クリスを見送っていたダクネスが、俺の傍でモジモジしながら、頬を火照らせ。
「カ、カズマ。その、金を払ってもいいから……。今の、借金払ってくるから服を脱げプレイを、私にも……」
「お前は頼むから黙ってろ!」
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俺が魔力を使い果たした為、今日はクエストは取り止めになった。
魔力を使うスキルはそれほど無いのだが、油断してるとまた痛い目に遭う。
念には念を入れ、今日は別の金稼ぎをする事にした。
とはいえ、めぐみんは一日一爆裂したいと言うので、ダクネスに付き添ってもらい、街の外へ。
極力モンスターに遭わない様にすると言ってはいたが、もしカエルにでも出くわしたなら、魔法撃って逃げてくると意気込んで出かけて行った。
そして俺達は……、
「そろそろ借金の額がシャレにならない。勿論クエストでもコツコツ返してはいくが、元々冒険者稼業なんて大して儲かるもんじゃない。そこで、また何か儲かる話は無いかと、ウィズに相談に来た訳なんだが」
そこはウィズの店の中。
俺達は、ウィズに借金の相談にやって来ていた。
ウィズが困った様に、腕を組み、考え込む。
「うーん。カズマさんにはお世話になってますし、正直言うと、この店はカズマさんの卸してくれる商品のおかげでやっていけてる様なものなので、是非力になりたいのですが……。お店の経営をやっていて何ですが、私、商売が下手でして……」
それは経営者としてどうなんだろうと思うが、そう言えば、ここも元々は借金で首が回らなくなっていたんだったか。
と、ウィズが先ほどから何かを気にする様に、アクアの方をチラチラ見ていた。
そのアクアはと言えば。
「……ごめんなさい、ごめんなさい……。女神のクセに、大量の借金作ってごめんなさい……。女神の恥晒しでごめんなさい……。ごめんなさい……」
少々制裁がきつ過ぎたのか、ウィズに出された狭い丸イスの上で、器用に三角座りをし、膝に顔を埋めたまま、そんな事をぶつぶつと呟いていた。
それを気にしたウィズが言った。
「あ、あの……。アクア様、一体どうなさったのですか? 随分元気がないみたいですけど、一体、何が……」
アクアが顔を膝に埋めたまま。
「カズマが……。借金返す為に……。売り払ってやるって言われて……。無理やり私の服を脱がそうと……」
「ええっ!?」
「おい止めろ! その片言の断片的な言い方だと誤解を招く! いや、誤解じゃないかもしれないけれど! 悪かったよ、謝るからウィズもそんな目で見ないでくれ!」
「さてと。それじゃ、借金返す為にでっかく稼ぐにはどうしたらいいと思う?」
俺に謝らせたアクアが、先ほどとは打って変わって明るい声で言ってきた。
こいつとはいつか決着を付ける日が来ると思う。
「そうですね……。カズマさんの国には便利な物が多くあると言いますが。それの製法を売りに出すと言うのはいかがでしょうか?」
ウィズが指を頬にあてながら、そんな提案をしてくる。
「ほう。……そんなに儲かるもんか?」
この世界では、知的財産権の保護がかなり重要視されている。
意外な事に、俺が元いた世界よりも徹底しているかもしれないぐらいだ。
これは、この世界には魔法やスキルがあるせいだとアクアが言っていた。
魔法は開発に金と時間が掛かるらしいが、覚えるのは簡単だ。
その魔法を覚えられるクラスの者が、魔法をちょこちょこっと教えてもらい、後はスキルポイントを消費する。
ただ、それだけで良い。
簡単に魔法を覚えられてはたまったものではないのは、魔法を開発する研究者達だ。
知的財産権をきちんと保護しないと、研究者が居なくなると危惧した国々は、日本並にきっちりとした保護を行なう様になったらしい。
ちなみに、俺のジッポも登録済み。
作りは簡単なのに、誰も真似しようとしないのはその為だ。
「カズマさんのジッポの権利。それを売れば、借金の大半が返せてしまうかも知れません。それぐらい儲かりますよ、優良な商品の開発は」
「マジで!?」
売ってしまおうか……?
いやしかし、これは俺が安定した生活を送る為に、やっと手に入れた割の良いバイト。
できれば、他の商品開発を行なって借金の返済を……。
「と言っても何作ろう。家電なんて無理だし、身近で便利な生活用品って言ってもなあ。一応基本的な物はすでにそこそこあるし。……上質な紙とか重宝されてるみたいだけど、パルプ加工とかそんな技術、特に興味も無かったし詳しく知らん。紙すきのやり方すら知らん」
もっと色々勉強しとけば良かったと後悔しても、後の祭りだ。
……真剣に、パソコン欲しい。……ググれば一発なのになぁ……。
「後は……。高額な賞金が掛かっている、特別指定のモンスターを狩るとかですかね……? 危険度は高いですが、一獲千金を狙うなら………………。……あ、あの……。なぜ、二人とも私をジッと見るんですか?」
「「別に」」
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