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三部
2話
「……? どちら様でしょう?」
「ええっ!?」
 粘液塗れのめぐみんが何気なく言った言葉に、めぐみんを知っているらしいその女性は驚きの声を上げた。
 その女冒険者は、見ればめぐみんと似たような格好をしている。
 めぐみんが着ている物と、同じデザインの黒のローブに黒のマント。
 銀色のワンドを持ち、腰には短剣を差していた。

 めぐみんより少し背が高く、全体的にスラリと整った体型。
 そして気の強そうなキツめの顔立ちの、かなりの美少女。
 もし日本に居たなら生徒会長でもやっていそうな、優秀そうな印象を受ける。
 その美少女は、黒く長い髪をリボンで後ろに束ね、そしてなにより、特徴的な赤い瞳をしていた。

 そう、めぐみんと同じ瞳の色だ。

「わ、私よ私! ほら、紅魔の魔術士学園であなたと同期だった! あなたが一番で、私が二番で!」
 自分の顔を指差して、必死に言い募る紅魔族の女の子。

 いや、と言うか今さらっと大変な事言ったぞ。
「……おい、今学園でお前が一番だとか、何か聞き捨てならない事が聞こえたんだが」

 俺の言葉に、めぐみんがフッと笑った。

「今更何を。初めて出会った時に、紅魔族随一の魔法の使い手とちゃんと名乗ったはず。それを信じなかった、カズマが愚かなのです。ですが、長い付き合いの今なら信じられるでしょう?」
「今の粘液塗れのお前を見て、信じられるって言う奴の顔が見たい」
「な、なにおう!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
 めぐみんと言い合う俺に、紅魔の少女が慌てて言った。
「ねえ、めぐみん、私よ私! 本当に忘れちゃったの!? ほら、学園のテストでも何でも、あなたに勝負を挑んで、その度にあなたは、勝負を挑むなら等価が必要。弁当を賭けるなら受けて立つとか言って! よく私のお弁当取り上げていたじゃない!」
 こいつはそんな事してたのか。
 俺がめぐみんをじっと見ると、そのままふいっと目を逸らした。

「ねえねえ、長引きそうなら、私とダクネスは先にギルドに行って清算してきてもいい? カエル肉が痛んじゃう。納品しちゃってもいい?」
 カエル肉を引きずっていたアクアが言った。
 正直言うと、こんな状況で俺だけ取り残されるのは困るのだが。
 だが、カエル肉が痛むのも困るので、二人にギルドへ行って清算してもらう事にした。
 そうすれば、俺とめぐみんもこのまま屋敷に帰ればいいし、カエル臭いめぐみんを手早く風呂に放り込める。

 カエルを引きずっていくアクアとダクネスを見送って、俺は改めてめぐみんに。
「で、この子はお前の知り合いだって言ってるが、どうなんだ? 結構詳しく知ってるみたいだし思い出してやれよ」
「知りませんよ、大体名前も名乗らないなんておかしいじゃないですか。これはきっと、今日カズマがカエル狩りに行く道中、アクアに、やるなよ、絶対やるなよと言っていた、オレオレなんとか言うヤツの類似品です。関わっちゃいけません」
 めぐみんがそんな事を言って、俺の手を引き立ち去ろうとした。

 そんな俺達を見て、少女が慌て。
「ちょ、ちょっと待ってよー! わ、分かったわよ、知らない人の前で恥ずかしいけど、名乗るわよ! ……我が名はゆんゆん。アークウィザードにして、上級属性魔法を操る者。紅魔族でも五指に入る魔法の使い手。やがては紅魔族の長となる者……!」
 ゆんゆんは若干頬を赤くしながら、名乗りを上げると着ていたマントの端をバサッと翻した。

 紅魔族ってのは、名乗る時にはオーバーアクションをしなければいけない決まりでもあるのだろうか。
 そんなゆんゆんを見ながら、めぐみんは俺に言ってくる。

「とまあ、彼女はゆんゆん。紅魔族の族長の娘で、いずれは紅魔の長になる、学園時代の、私の自称ライバルです」
「なるほど。俺は、こいつの冒険仲間のカズマです。よろしくゆんゆん」
「ちょっと、ちゃんと覚えてるじゃない! ……あ、あれ? あの、カズマ……さん? その、私の名前を聞いても笑わないの?」
 ゆんゆんが不思議そうに、おずおずと俺に言った。
 めぐみんの名前で慣れてるから、今更紅魔族の変わった名前を聞いた所で、別になぁ?

「名前がちょっと変わってるぐらいで、本人の人格やらには関係ないだろ? 世の中にはな、とても目立つ変わった名前をしてるにも関わらず、頭がおかしい爆裂娘なんて、不名誉な通り名の方で呼ばれてる奴もいるんだよ」
「私ですか? それって私の事ですか? 私が知らない間に、そんな通り名で呼ばれてたんですか!?」

 俺の言葉に、ゆんゆんが不思議そうな、それでいて驚いた表情を浮かべ。
「……なるほど、流石ねめぐみん。良い仲間を見つけたわね。それでこそ、私のライバルよ」
 彼女の中で、なぜか俺の評価が上がったらしい。

「ところで、話をするなら場所を変えないか? こんな街の入り口で立ち話もなんだろう」

 その言葉に、ゆんゆんがハッとした様に顔を上げ、俺とめぐみんから距離を取った。

「そうよ、めぐみんが私を知らないなんてすっとぼけたから、こんな話になったけど……! めぐみん、私はあなたと勝負しに来たのよ! 私はいずれ紅魔の長になる者。それが、あなたに一度も勝てないままとあっては、おめおめと族長の椅子に座る事など出来はしないわ!」
 ゆんゆんはそのままビシッとめぐみんを指差すと。
「私はあなたに勝って、紅魔一の座を手に入れる。そして、私が長となる時には、もう誰にも文句は言わせないわ。そう、親の七光りで長になっただなんて、誰にも言わせない! 学生時代は筆記試験の勝負だったけれど、今ではあなたもクラスを得て、もう魔法が使える一人前の魔法使いでしょう? 魔法での勝負ならば負けないわ! さあ、めぐみん。この私と勝負なさい!!」
 その眼の奥に固い決意を秘め、そうめぐみんに宣言した。

「嫌ですよ。もう体も冷えてきて寒いですし」

 当たり前の様に言っためぐみんの言葉に、ゆんゆんが、えっと言って固まった。
「そっか。じゃあ、帰るか。風呂沸かしてやるから、先に入れよ。風呂が終わってから皆で飯食いに行こうぜ」
 俺はそう言って、めぐみんと共に立ち去ろうと……、
「ちょちょちょ、ちょっと待って! ねえ、なんで? 久しぶりに会ったのに、なぜそんな冷たくするの!? めぐみん、お願いよ、勝負してよ!」
 そんな俺達に、ゆんゆんが慌ててすがりついてきた。
 それを見て、めぐみんがはあとため息を吐く。

「……だって、私は今日は魔法は使えませんよ? 仕事してきた帰りですから。それに、筆記で勝てなかったあなたが、この私に魔法で? ……フフフ、我が力も随分と侮られたもの。今も、カズマと共に我が力で、愚かなカエル達を、たったの一撃で八匹も蒸発させてきた所。ゆんゆんよ、汝にそんな事が出来るとでも?」

 中二病じみたノリで、くぐもった声でそんな事を言い出すめぐみんに、ゆんゆんが、えっと驚きの表情を浮かべて俺を見た。
 多分、それは本当なのかと聞きたいのだろう。

「まあ、魔法一発でカエルを八匹蒸発させたってのは本当だよ」
 俺はコクリと頷きながら、ゆんゆんに。
 それを聞き、ゆんゆんが若干青ざめながら俯き、ごくりと喉を鳴らした。

「そして、あなたは最近この街に来たのかも知りませんが……。聞いた事は無いですか? 連日居城に撃ち込まれるこの私の魔法に脅威を感じ、まんまと魔王軍の幹部がこの街へと誘き出されたと言う事を。その幹部を討ち取ったのは我が仲間達。そして、我が魔法で魔王幹部に支配されていた城を崩壊させ、今後、この地に魔王の幹部が住み着くのを、困難なものへと変えた事を!」

 それを聞き、オドオドと、俺とめぐみんの顔を交互に見る、不安気な表情のゆんゆん。

 ……嘘ではないなあ。
「まあ、連日のめぐみんの魔法の所為でこの街に魔王の幹部が来たのは本当だし、めぐみんが幹部が住んでた城を破壊したのも本当だよ」
 物は言いようとはこの事だよなぁ……。

 その言葉に、いよいよゆんゆんが青い顔で。
「そ、そそそそ、それでも、しょ、勝負を! 勝負をしないと、あなたに勝たないと私は帰れないのよ! 例え勝ち目が無くたって、何度でも勝負を挑ませてもらうわよ!」
 目に涙を浮かべカタカタと震えながらも、きっと譲れない物があるのだろう。
 ゆんゆんは、震えながらもキッパリとめぐみんに告げた。

 めぐみんは、それを見て深いため息をつく。
「……しょうがないですね……。あなたは、私に勝てれば帰れるのでしょう? では、こうしましょう。私は今日はもう魔法が使えません。なので、勝負方法はあなたが得意だった、体術でどうですか? あなたも今や、ちゃんとクラスを得た冒険者の様ですし。今更筆記試験で対決なんてのも、納得いかないでしょう。武器は無し。勝敗は、どちらかが降参するまで。……どうです?」

 ゆんゆんが、驚きの表情を浮かべた。
「……いいの? その、学園では一度も体術の訓練に来なかったあなたは、体術が苦手でずっと避けていたと思っていたのだけれど……。……まさか、私に花を持たせて帰らそうなんて考えているの? 昼休みの時間になるとこれ見よがしに私の前をちょろちょろして、勝負を誘って毎日私から弁当巻き上げていた、あなたが?」
「……お前、ロクでもないな」
「……私だって、死活問題だったんです。家庭の事情で、彼女の弁当が生命線だったんですよ。自分から勝負を持ちかけたらカツアゲみたいなものでしょう?」

 ゆんゆんが、目を閉じて。
 そして、深く息を吸った後、良い笑顔を見せた。
「いいわ! その提案受けて立つわ。……そして、こう言うんでしょう? 勝負には、対価が必要だって! 対価はこのマナタイト結晶。かなりの純度の一級品よ! 魔法使いなら、喉から手が出るほど欲しいアイテムよ!」
 ゆんゆんが出してきたのは小さな宝石。
 なんか、マナタイトって聞いた事があるな。
 めぐみんの杖も、そのマナタイトとやらの鉱石で出来てたんじゃなかったか。

 めぐみんがそれを見て、満足そうに頷いた。
「よろしい、受けて立ちます! では、どこからでも掛かって来なさい!」
 めぐみんは、威嚇するように両手を広げて宣言した。
 それに対してゆんゆんが、腰を落として拳を構える。

 見た感じ、体格的にはゆんゆんに軍配が上がりそうだ。
 身長や筋肉の付き方など、ゆんゆんがスラッとした手足にバランス良く筋肉が付いているのに比べ、めぐみんはお世辞にも素手による戦闘が得意とは思えない。
 ハッキリ言ってしまえば、どこにでもいる女の子、貧弱そうな魔法使いと言った印象だった。

 ゆんゆんがジリジリと距離を詰め。
 めぐみんも両手を上げた状態で、いつでもゆんゆんを抱きしめられる様な体勢を……。


「……ねえめぐみん。ちょっとさっきから気になってたんだけれど。……その、あなたの体がテラテラしてるんだけれど。その、粘液みたいなのは何?」

 不安そうな表情になったゆんゆんが、めぐみんに対して尋ねていた。
 それに対してめぐみんが。
「カエルの粘液です」
 何でもなさ気にそのまま答えた。

 ゆんゆんの顔が引きつるが、めぐみんが構わず続けた。

「先ほどまで、ジャイアントトードのお腹に居たんですよ。この全身ねっちょりは、全てカエルの分泌物です。……さあ、そんな事より掛かって来なさい! 近付いた瞬間に、思い切り抱きついてそのまま寝技に持ち込んであげます」
 そう宣言してめぐみんが両手を広げてジリジリと前に出るが、それに合わせてゆんゆんが引きつった顔で後ずさる。

「め、めぐみん? 笑えない冗談は止めてね? 嘘でしょ? わ、私の戦意を挫いて、降参させようって作戦なのよね? でしょう? わ、私は騙されないからね?」
 そのままゆんゆんは、俺に不安気な表情で視線を送る。
 その顔には、アリアリとこう書かれていた。
 頼むから、嘘だと言ってと。

「…………本当だよ。そいつの体の粘液は、全部カエルの分泌物だ」

 その言葉にゆんゆんが背を向けて走り出した。
 それをめぐみんが追いかける。

「降参! 降参するから! マナタイトならあげるから、こっち来ないで!」


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 めぐみんが、ゆんゆんを泣かせた後。
 俺とめぐみんは屋敷へと帰っていた。
「あ、カズマ。これをどうぞ。良い値になりますから、借金の足しにでもしてください」
 その道すがら、めぐみんが渡してきたのは先ほど巻き上げたマナタイト結晶。
 確か、魔法使いにとって喉から手が出るほど欲しい物だとか言ってなかったか。

「いいのか? お前、これ使わないの? どうやって使うのかは知らないけれど」

 俺の疑問にめぐみんは、小さくフフッと不敵に笑い。
「マナタイト結晶は、魔法を使う際の魔力消費を肩代わりして貰う物。しかも、使い捨てのアイテムです。その純度と大きさでは、我が爆裂魔法の膨大な魔力消費を肩代わりなんて出来ませんよ。それは、そこらの普通の魔法使いなら重宝するでしょうが、私ぐらいの規格外な大魔道士ですと、無用な物です」
 そんな事を自慢気に……。

「……それってダメな事なんじゃないのか? なあ、何度も言うが、爆裂魔法以外のスキルを取る気は……」
「無いです」
「ですよね」
 即答するめぐみんに、俺は深く、ため息を吐く。
 ……まあしょうがない。
 こいつはこれで、何だかんだと頼りがいがある時も……。

 ……あるかなあ?

 あのゆんゆんとか言った子は、確か、上級属性魔法が使えるって言っていたか。
 ……見てくれも綺麗な顔してたし、スタイルもスラッとしてたし。
 それに比べて……。

「……なんです? 変な顔して。……紅魔族は、魔力だけじゃなく、知力も非常に高いんです。今、何考えているのか当ててあげましょうか」
 歩きながら、めぐみんをじっと見る俺に。
 めぐみんが、不審な表情で聞いてくる。

 ……………………。

「……さっきの子より、めぐみんの方が美人だな……って、考えてました」
「それはどうもありがとう! じゃあその言葉のお礼に、ギュッとハグしてあげましょう!」
「や、止めろ! こっち来んな、カエル臭い!」
 俺はめぐみんに追い回され、屋敷へと逃げ帰った。


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