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三部
1話

「ほら、お迎えが来たぞ。……もうこんな所には来るんじゃないぞ?」

「はい……。ごめんなさい……。お世話になりました……」
 重々しい門から出てきたアクアが、看守の人に別れの挨拶をする。
 まだ冷たい雨が降る中、俺は出てきたアクアに近付き、一本の傘を差し出した。
 それにアクアが気付き、俺の方を振り返り……。

 アクアが俺の顔を見て、ジワッと目に涙を溜めた。

「……お帰り。大変だったな。もうこんな事はするなよ?」

 俺の言葉に、アクアが泣きながらしがみついてきた。






「「「お帰りなさい!」」」
 アクアを連れて屋敷に帰ると、めぐみんとダクネス、クリスの三人が、アクアに明るくお帰りを言った。

「うぐっ……、うえっ……! だ、だだいま……っ!!」

 泣きじゃくりながらただいまを言うアクア。
 そこにはもはや、いつぞやのダンジョン探索の時、女神っぽかった頃の面影など、もはや跡形も残っていない。
 泣くアクアを広間の真ん中のソファーに連れて行き、そこの中央に座らせた。
 ソファーの前のテーブルには、アクアの為に用意した食い物が並べられている。

「アクアさん、食べてください、お腹空いてるでしょ?」
 クリスが優しく促すと、牢の中で、きっとまずい安飯ばかりを食べさせられていたからだろう。
 アクアが、泣きながら食い物をがっつきだした。

 皆がそんなアクアを暖かく見守る中。
 申し訳ないが、俺は心を鬼にして、アクアにある事を伝えることにした。

「アクア。ちょっと話があるんだが。……まあ、まずは、出所おめでとう」

 俺の言葉を聞きながら、アクアが無言でラーメンみたいな感じの麺料理を貪っていた。
 そんなアクアに。

「今回、お前がやらかしてくれた所為でなぜか俺の抱えている借金が増えた訳だが。……今回は、俺は殆ど関与してないんだし。……増えた分はお前が払えよ」

 その言葉に、アクアが料理を口に運んでいた手を止め。
 にこにこしながら、アクアが食べ物を頬張る様子を微笑ましく見ていた三人も、動きが止まる。

「お前が作ってきた借金が千五百万。めぐみんが作ってきた借金が五百万。……俺は知らないからな?」
「わああああーっ!」
 俺の言葉に、アクアが途端に泣き出した。
 その場に顔を伏せ、両手で顔を覆い、
「酷い! 私だって、カズマの借金を返してあげようって思ってやった事なのに、それで拘留された挙句に、出て来たらこの仕打ち! 鬼っ! カズマ、あんたは鬼よおっ!! 私、今小銭しかないのにどう払えとっ!?」

 そのアクアの言葉に、女性陣が俺に非難を交えた視線を浴びせてきた。

「……キミってヤツは、自分の為に頑張ってくれたアクアさんの気持ちを踏みにじるつもりなのかい? キミって、そんな薄情なヤツだったのかい?」
 クリスの冷たい視線に俺は慌て、
「い、いや待てよ! 俺の為って言ったって、犯罪やらかされた日にはたまんねーぞ!」

 そう、どれだけ人の為だとか大義名分を並べても、犯罪は犯罪だ。

「だって! カズマから方法を教えて貰った時に、それが犯罪だなんて知らなかったんだもの! 知らなかったんだものっ!!」

 アクアがそんな事を言って……、

「おいコラッ、名前ぐらいは聞いた事はあるだろうが! ねずみ講を、聞いた事も無いだとか言わせねーぞ!」

 そう、こいつがやらかしたのはねずみ講。
 日本では違法なアレである。

 儲け話を考えていた時に、俺がボソッと、まさかねずみ講やる訳にもいかないしなぁと呟いたのを聞きとがめ。
 やけに細かく聞いてくるのでざっと教えてやったのだが、こいつの実行力を甘く見ていた俺もバカだった。

 こいつは、こんな余計な時にだけ異常な行動力を見せ、この世界にものの見事にねずみ講を流行らせたのだ。
 事態を重く見たこの国の偉い人が、迅速な法整備を行なって、ねずみ講は犯罪であると認定。
 そしてアクアは今まで拘留され、事情聴取と取調べを受けていたのだが。

「……まあ、被害者に金さえ返せば、今回は罪には問わず、と言う事になったのだ。それで良しとしようじゃないか」
 今回の事で、親父さんと共に尽力してくれたダクネスに言われると、俺としても何も言えなくなる。

 アクアがねずみ講で物を売りつけた内の何人かは、すでにそこそこ稼いだ後、国に売上金の請求をされる前に逃走している。
 おかげで、ねずみ講を最初に始めたアクアの所に、全ての被害の請求が回された。

 ダクネスの言葉に同意するようにめぐみんが。
「そ、そうですよ。それにカズマはパーティリーダーですし、こういった、困った時こそ私達を助けてくれてもいいと思いますし!」
「お前がわざわざ山まで出向いて爆裂魔法使わなきゃ、借金はもう少し安くて済んだんだけどな」
 俺の言葉にめぐみんがそっと目を逸らす。

 こいつはこいつで、ダクネスと共に一日一爆裂とやらでわざわざ雪山まで出向いて魔法を放ち、雪崩に巻き込まれて遭難し、俺が街の捜索隊に要請をして、凍死寸前だった所を救助された。
 結構な人数による捜索が行なわれ、雪山の捜索費用が500万。

「そもそも、なんでわざわざ山まで行ったんだよ。爆裂魔法なんて、その辺で撃てばいいじゃないか」
 俺の疑問にめぐみんが、
「私の無垢な体に、大きな建造物を崩壊させる喜びを教え込んだのはカズマじゃないですか。あれを知ったら、もうそこらの原っぱに爆裂魔法なんて撃てませんよ。せめて岩とか、そんなんじゃないと私の火照りは満たせません」
「おい、卑猥な言い方すんなよ、クリスが俺を見る目が冷えてるじゃないか」


 結果、アクアの損害賠償とめぐみんの捜索費用の請求が、なぜかパーティリーダーと言う事で俺に宛てて寄せられた。
 この連中と一緒に居るのだ。
 もう、このぐらいはしょうがないのかと、俺が半ば諦めかけていると。

「……ズルッ」

 今まで泣き崩れていたアクアの方から、麺をすする様な音が聞こえた。
 俺がそちらを見ると、再び顔を覆うアクアの姿。

 …………。

「おい。お前今、食ったろ。泣いてたと思ったら、今食ったろ」
「ふってない」
 アクアが、顔を覆ったままくぐもった声で言ってきた。
「リスみたいな頬しやがって、口開けてみろ! 反省してないだろお前!」


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 街の外の平原は、すっかり雪が融けて大地が見える。
 そう、もう季節は春である。

 春といえば、冬は活動を潜めていた者達が起き出してくる季節。
 冬眠中だった生き物が、その活動を再開する時期だ。

 そして、春と言えば、恋の季節。
 様々な生き物の繁殖期でもある。

 そう。

「いやー! もういやあああ! カエルに食べられるのは、もういやあああああっ!!」

 強い精力を持つ、ジャイアントトードの繁殖期だ。
 借金が増えた原因が原因なので、カエルにトラウマがある二人に有無を言わせず、このクエストを受けたのだが……。

「しかし、ここのカエルは繁殖期が春と秋の二回もあるんだな。なんつーか、ここは他の生き物といい野菜といい、どいつもこいつも逞し過ぎないか」
 俺は平原でカエルに追われるアクアを見ながら、しみじみと呟いた。
 その、アクアを追うカエルの後を、ダクネスが追い掛け回している。

「まあ、おかげで我々冒険者も、こうやってお仕事できる訳ですし。私の爆裂魔法で、すでに八匹を退治。カエル一匹の討伐で二万エリス。カエル肉の買い取りが五千エリス。私が魔法で退治した分はカエル肉も消し飛んでしまいましたが、アクアを追っているヤツとここに居るカエルで、討伐数は丁度十匹。二匹とも剣で仕留めれば、肉の買い取りも合わせて二十一万エリスです。借金返済には遠いですが、一日にしては悪くない稼ぎでしょう」
 俺の呟きに、めぐみんがそんな事を言ってきた。

 肩から下をカエルに呑まれた状態で。

 以前カエルに呑まれた経験からか、めぐみんはこの状況下で随分と落ち着き払っている。
 めぐみんは抵抗もせず、なすがままになっていた。
 と言うか、カエルの方もこれ以上呑み込もうとせず、ジッと動きを止めている。
 口の中でめぐみんの金属製の杖がつっかえているのかもしれない。

「待ってろ、今助けてやるからな」
 俺が剣を構え、めぐみんを捕食中のカエルに向き直ると。

「いえ、まだ肌寒い季節なので、アクアを追っているカエルを倒し終わってからでいいですよ。カエルの中はぬくいです」
 こいつは爆裂狂な所以外は普通の奴かと思っていたが、意外と大物なのかも知れない。


 金属鎧を身に着けていると、カエルは捕食を避ける様だ。
 これが、カエル討伐は腕のいい冒険者にとって、おいしいクエストと呼ばれる所以だろう。
 俺はめぐみんを助けるのは後にし、持っていた剣を地に刺して、肩から弓と矢を取り出した。
 アクアを追うカエルに狙撃スキルで狙いを定め……!
「カズマー! 早くしてー! 早くしてー!!」
 そんな、弓を構える俺を見て、アクアが半泣きで逃げまわりながら叫びを上げた。

 ……もうちょっと追い込んでみたい。

 弓を撃とうとしない俺を見て、アクアがこちらに向かって逃げて来たので、身の危険を感じた俺はアクアを追うカエルの頭に矢を放つ。
 矢は狙い違わずカエルの頭を貫き、カエルが動きを止めた所にダクネスがトドメを刺した。
 半泣きのアクアが、そのまま俺に向けて駆けて来る。
「よし、それじゃめぐみん、今助けてやるからな」

「ねえカズマ、今私が食われるのを待ってなかった? ねえ、待ってなかった!?」


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 力があるダクネスとアクアの二人が、それぞれ一匹ずつカエルを引きずり、俺達は街に向けて帰っていた。
 今日は珍しい事に、めぐみんが粘液塗れな事以外は特に被害らしい被害は無い。
 いつもこうだと助かるのだが。
 他の連中も、きっと同じ思いだと……

「ああ……。なぜ私はせっかくのカエル討伐だと言うのに、金属鎧で来てしまったのか……。めぐみん、どうだった? どんな感じだった? 粘液塗れで体から湯気が出てホコホコしてるが、あまり嫌そうな顔はしていないな。それほど気持ち良かったのか?」

 ダクネスさんは平常運転でした。

 俺達が街の入り口に着き、見慣れた守衛の人に頭を下げる。
 そしてそのまま街に入ろうとすると、同じくクエストから帰って来た様子の一人の女冒険者が、こちらにじっと視線を向けていた。

 その女冒険者の視線は、正確には、粘液塗れのめぐみんに向けられている。
 魔道士風の格好の冒険者は、目を見開き。

「めぐみん!? あなた、めぐみんじゃないの!?」

 言いながら、慌ててめぐみんへと駆け寄り……。
 そして、粘液塗れのめぐみんの姿を見て、嫌そうに顔をしかめて後ずさった。


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