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二部
16話
 街の大衆浴場にて。
 俺はキースとダストの二人と共に、例の店へ行く前の準備をしていた。
 夢を見るだけなので別にわざわざ風呂に入っていく必要は無いのだが、まあエチケットである。

 念入りに身体を洗った後、ゆったりと風呂に浸かっていた。
「ふう…………」
 酒を飲んだ後なので、ちょっとぼーっとしてくる。※お酒を飲んだ後の入浴は危険です。
 見れば、キースとダストも上機嫌で何度も体を洗っていた。


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「この街にはサキュバス達が住んでるんだ。って言うのも、連中は人間の持つムラムラする欲望の感情、つまり男の精気を吸って生きる悪魔だ。となると当然、彼女達には人間の男って存在が必要不可欠になってくる」
 ふむふむ。
 俺は酒場の中で熱心にダストの言葉に耳を傾けていた。
「で、だ。当然彼女達は俺達から精気を吸う訳だが……。ここの男性冒険者達とこの街に住むサキュバス達は、共存共栄の関係を築いている。……ほれ、俺達は基本馬小屋暮らしだろ? つーとだ。その、色々と溜まって来るじゃないか。でも、周りには他の冒険者が寝てる訳だ。ムラムラ来たってナニする事も出来ないだろ?」
「そ、そうですね」
 俺はコクリと頷いた。
 やましい事なんて何一つ無いが、俺の頬を一筋の汗が流れる。
 やましい事は何も無い。

「かと言って、その辺に寝てる女冒険者にイタズラでもしてみろ。そんなもん即座に他の女冒険者に気付かれて袋叩きにされるか、もしくはイタズラしようとした相手が隠し持っていたダガーで、逆にアレを切り落とされそうになったっておかしくねえ」
 言って、ダストが青い顔でブルリと身震いした。
 キースが、それを見て。
「お前、まだリーンにちょっかい掛けた時のトラウマ、治ってなかったのか」
「う、うるせえ! ……で、そこでこのサキュバス達だ。こいつらが、俺達が寝てる間に凄いのを見させてくれる訳だ。俺達はスッキリ出来て、彼女達は生きていける。彼女達も、俺達が干乾びたり冒険に支障をきたさない程度に手加減してくれる。精気を吸い過ぎて冒険者がヤバイ事になった例は無い。……どうだ、誰も困らない話だろ?」
 ダストのその言葉に、俺は何度もコクコク頷いた。

 素晴らしい。
 素晴らし過ぎる。
 サキュバス達もむやみに人を襲う理由が無くなり、馬小屋でモンモンとする冒険者達もいなくなる。
 きっと、性犯罪の抑制にだって繋がるだろう。

 そう言えば、この街は凄く治安が良い。

 俺の想像していた冒険者像ってのは、荒くれが多く、ガサツで喧嘩早くて酒が好き。
 ずっとそんなイメージだったのだが、この街では暴力事件も少なく、犯罪の話も特に聞かない。
 誰もが常に賢者タイムでいられれば、争いなんて起こらない。
 素晴らしい。
 世の中って物はちゃんと上手い事成り立っているものなのだ。

 そんな軽い感動を覚えていた俺の様子を見て、キースが言った。
「実はその店の事を教えて貰ったのって、俺達も最近なんだ。で、今日初めて、俺達もそこの店に行こうって事になってな。そこにカズマに出くわしたって訳だ」
 ダストがクイッと酒を煽った。
 そして、俺に言ってくる。
「と、言う訳だ。……どうだ? なんなら一緒に「ぜひ行きます」


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 大衆浴場から出た俺達は、若干の緊張を滲ませながら、先ほどの大通りに戻って来ていた。
 きっと俺一人では、こういった店には入れなかっただろう。
 だが、今の俺には頼もしい仲間がいる。
 一人で妖しげな店に入る度胸は無いが、大勢なら入れるというあの不思議な心理だ。
 大通りからちょっと外れ、路地裏に入った小さな店。
 一見すると、何の変哲も無い飲食店に見えるのだが……。


「いらっしゃいませー!」
 それは、多くの男の理想の体はこうあるべきとでも言う様な、そんな魅惑の体をした女性。
 そんな体の、とてつもなく綺麗なお姉さんの出迎えを受けながら、俺達が店に入ると、店内には男性客しかいなかった。
 店内には、同じく魅惑の肉体を誇るお姉さん達がウロウロしており、正直それだけで、何だか胸が切ない気持ちになってくる。

 飲食店だと言うのに、客達のテーブルには食べ物や飲み物は何一つ置かれていない。
 店内の客は皆それぞれテーブルで、アンケートの様な紙に一心不乱に何かをカリカリと書いていた。

 俺達を空いているテーブルに案内してくれたお姉さんは、メニューを手に笑顔を浮かべ。
「お客様は、こちらのお店は初めてですか?」
 その言葉に俺達三人はコクリと頷く。
 お姉さんは微笑を湛え、
「……では、ここがどういうお店で、私達が何者かもご存知でしょうか?」
 俺達は再び無言で頷いた。
 それに満足したかの様に、お姉さんがテーブルにメニューを置く。

「ご注文はお好きにどうぞ。勿論、何も注文なされなくても結構です。……そして、こちらのアンケート用紙に、必要事項を記入して、会計の際に渡してくださいね?」
 俺達はそのアンケートを受け取った。
 つまり、サキュバスのお姉さん達の中で、アンケートに合わせて、一番好みのタイプにそった人が相手をしてくれるって事だろうか?
 アンケート用紙に目を落とすと…………。

「あの、夢の中での自分の状態、性別と外見、ってのは……?」
 そんな、良く分からない事が書いてあった。
 状態は分かるが、自分の性別や外見って……?
「状態とは、夢の中では王様とか英雄とかになってみたい、等ですね。性別や外見は、たまに、自分が女性側になってみたい、と言うお客様もいらっしゃいますので。年端もいかない少年になって、強気の女冒険者に押し倒されたいと言う方もいらっしゃいました」
 大丈夫なのだろうか、ここの街の冒険者は。

 しかし、そんな事まで設定出来るのか。
 なるほど、夢だもんな。
 キースがおずおずと、お姉さんに質問する様に片手を上げた。
「……あの、この相手の設定ってのは、どんな所まで指定が出来るんですかね?」
「どんな所まででも、です。性格や口癖、外見やあなたへの好感度まで、何でも、誰でもです。実在しない相手だろうが、何でもです」
「マジですか」
「マジです」

 思わず素で聞いてしまったが、お姉さんは即答してきた。
 つまり、有名なあの子や、身近なあの子、そう、二次元嫁まで可能って事か?

「……あの、それって肖像権とか色んなものは大丈夫なんでしょうかね?」
「大丈夫です。だって夢ですから」
「ですよね」
 お姉さんの即答に俺は安心した。
 夢なら何も問題無い。
 ダストがおずおずと片手を上げる。

「……相手への年齢の制限なんかも、無いって事ですかね? いや、別にそういったのを指名する気はないんですがね、一応、なんて言うか……」
「ありません、お好みでどうぞ」
 お姉さんは一切の揺らぎもなく即答する。
 俺は思わず、
「だ、大丈夫なんですか? その、条例とか、色々……」
「大丈夫です。だって夢ですもの」
「ですよね」
 夢なら何も問題無い。
 なんて事だ、最強じゃないかサキュバスの淫夢サービス。

 俺達三人は、無言でアンケートに一心不乱に細かく細かく書き続けた。
 そう、店内の他の客と同じ様に。





「では、皆様三時間コースを御希望ですので、お会計、それぞれ五千エリスをお願い致します」

 安いな!
 俺は会計でサイフを出し、その値段に驚いた。
 俺は勿論そんな店には行った事が無いので細かい説明は省くが、日本での色んなお店の相場より破格に安い。

 そんな俺の表情から察したのか、お姉さんが。
「……私達にとって、お金は、この街で人として生活していけるだけの分があればそれで充分ですから。後は、ほんのちょっと、お客様の精気を頂くだけですから」
 そう言って、クスリと微笑んだ。

 なんてこった、コレほどに皆が幸せになれる商売があっただろうか。
 俺は彼女の献身的な慈愛に満ちた経営方針に、すっかり心を奪われた。
 これはぜひ常連になって、彼女達を手助けしてやらねばならない。

 俺達は思わず、サキュバスのお姉さんを拝み、呟いていた。
「か……神様……」
「や、止めて下さい縁起でもない!」





「では最後に、お泊りのご住所と本日の就寝予定時刻をお願いします。その時間帯に、当店のサキュバスが就寝中のお客様の傍へ行き、希望の夢を見せて差し上げます。出来ればお酒等は控えめにしておいて下さいね? 泥酔なされて、完全に熟睡されていると、流石に夢を見させる事が出来ませんから」
 お姉さんの忠告を受けて、俺達は店を出る。
 時刻はまだ夕方だが、店を出た俺達は、何となくそのまま解散する事になった。
「そ、それじゃ、またな」
「お、おう!」
「ま、またな!」
 二人は、何となくソワソワして早く帰りたそうにしている。
 と言うか、俺も同じ気持ちだ。
 指定した就寝時間まではまだ大分あるのだが、早く帰って準備して、今日は早めに寝ておきたい。
 俺は何処かへ寄り道する事も無く、そのまま急いで帰宅した。





「カズマ、お帰りなさい! 喜びなさいな、今日の晩御飯は凄いわよ! カニよ! さっきダクネスの実家のお父さんから、超上物の霜降り赤ガニが送られて来たのよ! しかも、すんごい高級酒まで付いて! パーティメンバーの皆様に、普段娘がお世話になってる御礼です、だってさ!」

 屋敷に帰ると、アクアが満面の笑みで出迎えてくれた。
 カニか。
 この世界でも、カニは高級品らしい。
 この世界のカニなんて、食べた事がない。
 と言うか、日本に住んでた頃でもロクに食えなかったと言っていい。

「あわわ……、貧乏な冒険者稼業を生業にしておきながら、まさか霜降り赤ガニをお目にかかれる日が来るとは……! 今日ほどこのパーティに加入して良かったと思った日はないです……」
「そんなに高級なカニなのか?」

 霜降り赤ガニとやらに手を合わせて拝み出しためぐみんに、俺は気になって尋ねてみる。
 するとめぐみんが、何バカ言ってんだとばかりにオーバーアクション気味に、拳を振り上げ力説した。
「当たり前です! 分かり易く例えるならば、このカニを食べる代わりに今日は爆裂魔法を我慢しろと言われれば、大喜びで我慢して、食べた後に爆裂魔法をぶっ放します。それぐらいに高級品ですよ!」
「おお、そりゃ凄……! ……あれ? お前今最後なんて言った?」

 クリスが目を輝かせながら、物欲しそうな顔で口を開け、下唇を指でなぞっていた。
 それを見てダクネスが、
「クリスにも昔から散々世話になったが、今までまともに礼も言えなかったな。カニを肴に、今日は一緒に遅くまで飲もう」
「いいのっ!? やったー!」
 喜ぶクリスを笑みを浮かべて眺めながら、ダクネスが広間の食卓テーブルに、調理済みのカニを並べていく。
 アクアが嬉々として人数分のグラスを持ってきた。

 全員で食卓に着き、早速霜降り赤ガニを……。

「!?」
 パキッと割ったカニの足から取り出した、白とピンクの身を酢に付けて、そのまま頬張る。
 そのあまりの美味さに驚いた。
 ふんわり甘く、濃縮されたカニ特有の旨みが口に広がる。
 見れば他の皆も黙々と無言でカニを食べていた。
 あかん、これは止まらん!
 俺はそのままカニの甲羅をパカッと開くと、そこに付いていたカニ味噌を……

「カズマ、ちょっとここにティンダーちょうだい。私が今から、この高級酒の美味しい飲み方を教えてあげるわ」
 言いながら、早々と甲羅に付いたカニ味噌を平らげていたアクアが、小さな手鍋の中に炭を入れ、その上に金網を置く。
 言ってみれば、簡単な七輪の様な物を作った。
 言われるままに炭に火を付けてやると、金網の上に、僅かにカニ味噌の残った甲羅を置いた。
 そのまま甲羅の中に、ダクネスの親父さんが送ってきた、日本酒の様な透明の酒を注いでいく。
 アクアは上機嫌で、軽く焦げ目が付く程度に甲羅を炙って、熱燗にしたそれを一口すすり……。

「ほぅ……っ」

 実に美味そうに息を吐いた。
 それを見ていた全員がごくりと喉を鳴らし、皆と共にそれを実行しようとした俺は、はたと気付いた。

 これは罠だ!

 いかん、カニの美味さにすっかり忘れていたが、これからサキュバスのお姉さんが来るのだ。
 お姉さんが言っていたじゃないか、酒飲んで泥酔してたら夢が見れないと。

 落ち着け、俺は我慢が出来る男だ。
 鋼の精神を持つ、耐えれる男だ。

「なっ!? なにこれ、信じられない! 超美味しいっ!」

 惑わされるな!
 クリスのあんな声に惑わされるんじゃない!
 そう、多分あれを口にしたらもう止まらない。
 そのまま酒の勢いもあり、いいや、もうどうにでもなれとばかりに酒を飲み続けるだろう。
 それぐらいにカニは美味いし、酒も美味そうだ。

「カズマカズマ、これは凄いですよ、飲んでみるといいです!」

 やめろめぐみん、誘惑するな!

 俺が変な顔で耐えているのを見たダクネスが、首を傾げて俺を見た。
「……どうしたカズマ。酒はいけた方だろう? ……もしかして、カニが口に合わなかったか?」
 そんな事を言って、ちょっと不安そうな表情を浮かべた。

 ちがう、そうじゃない、カニは美味い。
「いや、カニは凄く美味い、それは間違いない。ただ、今日は酒は控えたいなって思ってな? えっと、実はちょっと昼間にキース達と飲んできたんだ。だから、酒はそれほどいらないかな、と。明日。明日貰うよ」
 俺の言い訳に、そうか、と安心した様に笑うダクネス。

 止めろ、そんな純粋そうな顔で笑わないでくれ、普段はロクでもない事を口走って、下着同然のエロい格好でうろついてるクセに、何で今日に限ってそんな……!
 そんな……!!

「ほーん? あんた、明日までこのお酒残ってると思ってんの? 勿論私が全部飲んじゃうわよ? これをのまないとはとんでもない! わーい、カズマの分まで私が飲もう!」

 くそっ、安定のバカがこの上なく憎たらしい。
 そんな俺に、ダクネスが再び笑いかけ。
「……ん、そうか。なら、せめて沢山食べてくれ。日頃の礼だ」

 その言葉に、何だか後ろめたい事をしている気がして、胸が痛んだ。
 そうだ、一緒に酒飲んで、もう忘れちまえばいい。
 わざわざ来てくれるサキュバスのお姉さんには、明日謝りに行こう。
 こいつらと楽しく飲んで、また明日から頑張ろう。

 そうだ、たかがあのアンケートの内容が、そのままリアルな夢になって出てくるってだけの話だ。
 そして、見た夢は朝起きても忘れる事は無いらしい。
 たかが、それだけの事。

 目の前のダクネスの顔を見ろ。
 そして、皆の顔を見ろ。
 一体どっちが大事かを考えろ。
 そして、アンケートに自分が何を書いたかを思い出せ。
 そう、最初から何も悩む必要なんて無かったんだ。


 俺はカニをたらふく食うと、立ち上がり。

「それじゃ、ちょっと早いけど俺はもう寝るとするよ。ダクネス、ご馳走さん、お前ら、お休み!」

 俺はもう何も迷う事なく、自分の部屋へと早々と引き込もった。






 部屋に閉じこもって鍵を掛け、窓の鍵を外しておく。
 別に鍵を外せと言われた訳では無いが、念の為だ。
 わざわざ来て頂くのに、これ以上お手数かけては申し訳ない。
 指定した時刻は後数時間後。
 それまでに眠らなければいけないのだが、色んな興奮と緊張で眠れない。

 ヤバイ、ドキドキして来た。

 ああ、馬小屋に寝とけば良かったのかな、あそこなら、馬小屋の外から夢を見させるとか言っていた。
 あっ、そういえば、聞いてなかったが朝起きたら下着とかどうなってるんだろう!
 いや、そんな注意事項は聞いてないし大丈夫なのかもしれない。
 馬小屋に泊まっている時、朝パンツ洗ってる冒険者は見た事なかった。

 ああ、どうしようどうしよう、緊張と期待で興奮して眠れない!

 俺は一体どれぐらいそうしていたのだろうか。
 気付けば、サキュバスへの指定の時間はもう、後少しにまで迫っていた。

 俺はベッドの中での緊張がピークに達しかけ、これはいよいよ眠れないと思い、泥酔しない程度に少しだけ寝酒でも飲もうとベッドから……、


「この曲者ー! 出会え出会え! 皆、この屋敷に曲者よーっ!!」

 それは屋敷に響くアクアの声。
 俺は寝間着姿のまま、声の元へと飛び出した。

 屋敷の広間には、昼間見たお姉さん風のサキュバスよりも幼げな、小柄なサキュバスの女の子がアクアの手によって取り押さえられていた。
 それを、他の三人が取り囲んでいる。

「カズマ、見て見て! 実はこの屋敷には強力な結界を張ってあるんだけどね? 結界に反応があったから外に出て見れば、このサキュバスが屋敷に入ろうとしてたみたいで、結界に引っかかって庭で動けなくなってたの! きっと、カズマを狙ってやってきたのね! でも、もう大丈夫よカズマ。今こいつを、サクッと悪魔祓いしてやるから!」
 アクアの言葉に、サキュバスがヒッと小さく声を上げ、アクア以外の三人は、鎧こそ着ていないものの、全員武器を持っていた。

 俺の知らない間に結界だとか……。
 相変わらず余計な事をしてくれる事にかけては定評のあるアクアが、全員がサキュバスを取り囲んだ事を確認し、サキュバスから手を放し、そのままビシと人指し指を突きつけた。
「さあ、観念するのね! 今とびきり強力な対悪魔用の……。……? カズマ、男のあんたはこっち来ない方がいいわよ? でないとサキュバスに操られて……」

 俺は無言でサキュバスの前に立つと、その手を取り、そのまま玄関に向かって連れていく。
「ちょちょちょ! キ、キミ、そのサキュバスをどうするつもり!? ひょっとして操られちゃった? サキュバスは、人類の敵だよ! 彼女達がいる街では、極端に結婚率と出生率が落ち込むんだ!」
 クリスが俺に鋭く叫ぶ。
 クリス以外の三人も、最初はあっけに取られていた様だが、武器を構えてサキュバスに鋭い視線を送っていた。

 サキュバスが、俺にだけ聞こえる小さな声で。
「お、お客さんすいません! 私の事はいいです、どうせモンスターですから! 結界は予想外でしたが、コッソリ枕元に立つのは私達の一番得意とする所。これは、侵入できなかった未熟な私が悪いんです。お客さんに恥をかかせる訳にはいきません、私は街に迷い込んだ野良サキュバスって事で退治されますから、お客さんは、何も知らないフリをしてください!」

 俺はそんな事を言ってくるサキュバスを、背中に庇う様にして、アクア達に対して向き直った。
 そのままサキュバスを、玄関に向けて後ろ手にドンと押し。
 そして、アクア達に向かって拳を構え、そのままファィティングポーズを取る。
「お、お客さん!?」
 サキュバスが小さな悲鳴じみた声を上げる中。

「……ちょっと、一体何のつもり? 仮にも女神な私としては、そこの悪魔を見逃す訳には行かないわよ? カズマ、袋叩きにされたくなかったら、そこを退きなさいよ!」
 アクアが眉根を寄せて、チンピラみたいな事を言ってきた。
 更にはダクネスがズイと前に出て、威圧するような声で言ってくる。
「カズマ、一応神に仕えるクルセイダーな私としても、サキュバスを生かしては帰せないな。……さあ、そこをどけ」
 その言葉に、俺は思わず後ずさりそうになる。
「カズマ、一体何をトチ狂ったんですか? 可愛くても、それは悪魔、モンスターですよ? しっかりして下さい、それは倒すべき敵ですよ」
 めぐみんが呆れた様に。
 そして、冷たい目線で突き放す様な声で言った。

 その視線が心にくるが、それでも俺は引き下がらない。
 後ろ手に、サキュバスに早く行けとばかりに手を振った。

 それを見たクリスが一歩前に出て、腰を落として身構えた。
 そして……、
「キミは本気でその子を逃がすつもりの様だね。なら、先にキミを倒すまでだよ。……キミにはぱんつ剥がれた恨みがあるしねぇ……、では遠慮なく。さあ、いってみよう!」
 叫ぶと同時に、俺に向かって飛び掛ってきた。

 それを見たサキュバスが、小さな声ながらも悲痛に叫ぶ。
「お、お客さーん!!」

 絶対に裏切ってはいけない物がある。
 それは、自分を信じて秘密を話してくれた、友人達の信頼だ。
 絶対に守るべき物がある。
 それは、寂しい男達の哀しい欲望を満たしてあげようとする、俺の背中に隠れる優しい悪魔。

 俺は拳を握り締め。

「かかってこいやー!!」

 屋敷中に響く大声で、熱く、熱く、叫んでいた。










 無事サキュバスを逃がしたものの、サキュバスに逃げられた腹いせに袋叩きにされた俺は、探さないで下さいの紙と共に家出をし。
 後日、外泊から帰って来た時には、俺はこの世の全てを許せるような優しい心で、アクア達へのお土産を手に、袋叩きにされた事など最初から無かったかの様に忘れ去っていた。


 サキュバス達のお蔭で、この街は今日も、とても平和だ。


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