「ただいま! いやー、色々と疲れちゃったよ! まったくもう、次々と無理難題押し付けられちゃって……。どうだった、ダンジョンは? 儲かったかい?」
騒がしくも楽しげに、用事が出来たと言って出掛けていたクリスが、久しぶりに帰って来た。
それは俺が昼飯を食べ終えて、そろそろ一仕事しようかと思っていた時だった。
「お帰り。いやあ、そこそこは儲かったけどな。でも、しばらくダンジョンはいいや。冒険に出る楽しさを味わうってより、どっちかって言うと怖かった。まあ、怖い目にあったのは、大体は一緒に付いて来たコイツの所為なんだけどな。コラッ、結局帰りもお前の所為でアンデッドに集られたんだからな。悪いと思ったらそこを退け。今から仕事するんだよ。これ以上邪魔するなら痛い目に合わすぞ」
鍛冶スキルの使用には火を使う。
なので、ジッポ作りの為に手軽に火を使える暖炉前を使いたいのだが、暖炉の前は自分の特等席だと勝手に決めているアクアが、ソファーにがっしりとしがみつき、現在激しい抵抗を見せていた。
「なによ、やる気? お互い素手の状態なら、超高いステータスに近接格闘スキルまで持ってる私に分があるわよ。暖炉の前は私の聖域。これを侵す者には天罰があああああああああーっ!!」
言う事聞かないアクアの首筋と背中にフリーズと言う名の天罰をくれてやると、アクアは悲鳴を上げて、しがみついていたソファーから転がり落ちる。
そのまま、俺は材料を抱えて、空いた暖炉の前に陣取った。
「あーあー……。キミも相変わらず無茶するなぁ。アクアさん大丈夫?」
首筋押さえてプルプルしているアクアにクリスが近寄り、首筋以外にも付着した霜を払っている。
広間の中央では、ダクネスとめぐみんがこの世界のチェスにも将棋にも似たボードゲームに興じている。
「フフ、我が軍勢の力を見よ。このマスにオーク兵をテレポート」
「めぐみん、ウィザードの使い方がイヤらしいぞ。……このマスにクルセイダーを移動し、王手だ」
「テレポート」
日本とは違い、魔法の概念があるこの世界ではチェスみたいな遊びのルールも若干違う。
めぐみんと一度やってみたが、敵の王様に盤外へテレポートされた時点で、もう二度とやらないと心に決めた。
と、首を押さえて震えていたアクアが、何を思ったかバッと立ち上がり、懐から自分の冒険者カードを取り出して俺に向けて突きつける。
「ちょっとカズマ、これを見なさいな、レベルの欄を! 今私は、この中で一番の高レベルなのよ? もうベテランと呼ばれてもおかしくないレベルなのよ? レベル三十未満のひよっ子の分際でおこがましいわよ! ほら、分かったら格上の私に暖炉の前を譲りなさい!」
突き出してきたカードを見ると、確かにレベルが跳ね上がっていた。
表示レベルは三十六。
考えてみれば、魔王の幹部ベルディアに、先日のダンジョンでの大量のアンデッド。
更には、最後にリッチーまで浄化したのだ。
アクアの成長を喜ぶと同時に、レベルを追い抜かれた事で、ちょっと悔しさも……。
……あれ?
「……なあアクア。お前、レベルは上がってるんだけども。ステータスが、最初見た時から一切伸びてないのはなぜ?」
「バカねカズマ。私を誰だと思っているの? ステータスなんて最初からカンストしてるに決まってるじゃない。最初から、ステータスはカンスト。初期スキルポイントも、宴会芸スキルとアークプリーストの全魔法を習得出来る程の量を最初から保持。そこらの一般冒険者と私を、一緒にする事が間違ってるわ」
俺は思わずアクアのカードを取り落とした。
そのままガクリと絨毯に膝をつく。
そんな俺を見てアクアが勝ち誇った様に笑みを浮かべているが、それどころではない。
……つまりこいつはどれだけレベルを上げても、これ以上知力が上がらない訳だ。
俺はカードを拾い上げ、アクアに返すと暖炉の前を譲ってやった。
「あら? なによ、随分素直じゃないの。……ねえ、なんで泣いてるの? そんなにレベル抜かれたのがショックだったの? ……ね、ねえ、なんでそんな肩ぽんぽんして私に優しくするの? なんでそんな可哀想な人を見る目で私を見るの?」
俺は暖炉の前にアクアを座らせると、今日はもう、とても仕事をする気分では無くなってしまった為、気分転換に街にでも繰り出す事にした。
街の中は雪が積もり、寒さの為か人もあまり出歩いてはいない。
この世界の住人達の常識では、冬は引き篭もるもの。
凶暴なモンスターしか活動しないこんな時期に、鎧を着こんでクエストに出掛けていけるのは日本から来たチート持ち連中ぐらいのものだ。
そしてこんな寒い中、街中をふらついているのは俺の様な暇人か……。
もしくは俺の前方で不審な動きを見せている、俺の知り合いぐらいのものだろう。
俺は道の往来でコソコソしながら、路地裏に佇む一軒の店をうかがっている、二人の知人に声を掛けた。
「キース、ダスト。お前らこんな所で何やってんの?」
「「うおっ!?」」
背後から声を掛けられ、キースとダストが飛び跳ねた。
今日の二人は、冒険者には似つかわしくないラフな格好をしている。
「な、なんだよカズマか、驚かすなよ。全く、潜伏スキル持ちはこれだから、全く……」
キースが俺を見て安心した様に言ってくる。
が、勿論俺は潜伏スキルなんて使っていないのだが。
「よう。あれか? 今日はあの三人は一緒じゃないのか?」
ダストが気にした様に俺の回りをチラチラ見ていた。
まあ連中にエライ目に合わされてるしな。警戒するのは分かる。
「いや、今日は俺一人だから安心してくれ。そんなにあいつらが苦手になったのか? 俺は家に居るのも飽きたから、散歩してるんだ。お前らはこんな所で何してんの?」
俺の言葉に安心したのか、ダストがホッと息を吐きながら。
「いや、まあ……俺達はその、なあ? まああの姉ちゃん達が居ないなら別にいいんだ。と言うか、女連れじゃないなら別に気にする事はねえよ」
……?
なんだそりゃ、女が居るとマズイ事でもしてるのか?
俺のそんな感情が表に出ていたのだろう。
キースがにやけた表情で言ってきた。
「へへ、日頃綺麗どころに囲まれてるカズマには縁の無い事だよ。俺とダストは寂しく……「おい待て」
キースが何かを言いかけ、それをダストが遮った。
そして、ダストは俺に同情の視線を向けながら。
「キース……。こいつはそんなんじゃない。一見ハーレムに見えるが、そんなんじゃあ無いんだ。……こいつは、俺達の仲間だ。苦労してるんだよ色々と」
よし。
暇だし、今日はダストに酒でも奢ってやろう。
ダストの言葉を聞いた俺がそんな事を考えていると、ダストの目が途端に険しくなる。
その鋭い視線は、ある方向を向いていた。
俺もキースも、釣られてそちらを見ると、そこにいたのは和気あいあいと歩いてくる三人組の男女の姿。
それは……、
「……ん? 佐藤和真! 君はまだこの街に居たのか。優秀な仲間達やアクア様までもが一緒にいながら、まだこんな駆け出しの街でくすぶっているのか?」
二人の美少女を引き連れたミツルギが、俺を見るなり言って来た。
いきなりな挨拶に、俺ではなく、キースとダストがミツルギに食って掛かった。
「おいおいおーい? 俺の連れに、いきなり随分なご挨拶だな? 聞いたかダスト、自分もこの街に居るくせに何か言ったよこの兄ちゃんは」
「おいおいキース、よせよ。見ろよこの兄ちゃんを。この格好は上級職のソードマスター様だぜ? しかも可愛いのを二人もはべらせて、見るからに勝ち組じゃねーか。そんな態度じゃソードマスター様に斬り捨てられちまうぜ?」
二人は俺の援護をしてくれているのか庇ってくれているのかは知らないが、今の状況は傍から見れば、美少女を連れたミツルギに絡んでいる、タチの悪いチンピラだ。
少なくとも通り掛かった人達は、俺達三人を間違いなくそんな目で見ていた。
ええ、勿論俺も仲間として見られています。
本当にありがとうございました。
そんな二人を見て、ミツルギの顔がちょっと引きつり。
「……君は、アクア様を連れ回しておいて、日頃こんな連中と関係を持っているのか? アクア様はどこだ? ハッキリ言って、君の傍はアクア様を置く環境として良くない。やはり、君ではダメだ。僕がアクア様をはぶっ!?」
ミツルギがそんな事を言い終わるより早く、キースが投げた雪玉が、ミツルギの顔面に命中した。
「テメーおいこら、人の連れの悪口言ってんじゃねーぞハーレム野郎が!」
続いてダストも、足元の雪を集め、投げつける。
「おら、女連れなら俺達みたいなのに絡んでないで、とっととそこの宿にでもしけ込んで来い! おら、帰れ帰れ!」
二人に雪玉を投げつけられ、ミツルギが顔を引きつらせながら後ずさる。
そして、傍らにいた二人の少女がミツルギの腕を引っ張った。
「キョウヤ、行こう! あんな連中相手しちゃダメよ!」
「そうよ、勇者としての格が落ちるわ! 見なよ、あの男三人で仲良くつるんでる哀しげな姿を! あの連中、なんかパッとしないし、きっとキョウヤを僻んでるのよ。もう行こう!」
そのまま引っ張られるミツルギは、
「ちょ、待ってくれ! まだ佐藤和真に、本題が……! 佐藤和真、君にちょっと頼みが……!」
何かを言いかけたまま、そのまま二人に引きずられて行った。
ミツルギを追い払った二人は、ミツルギ達が立ち去った後、目に見えてテンションが下がっていた。
……と言うか、落ち込んでいた。
あの二人の少女に言われた事が何気に効いていたのだろう。
「……えっと。その、ありがとうな二人とも。一応俺を庇ってくれたんだろ? あれだ。その、奢るから酒でも飲みに行こうぜ?」
俺がオズオズと声を掛けると、二人は少しずつ元気を取り戻していく。
「あ、ああ。そうだな。飲みにでも行くか! 男同士で居て何が悪いってんだよ、なあ!」
「おう、そうだそうだ! カズマ、お前さんとは前から一度、一緒に飲んでみたかったんだ。あの三人に苦労してんだろ? 酒でも飲んで語り合おうぜ!」
俺達三人は、まだ早い時間ながらも酒を飲みに繰り出した。
ギルドの酒場へと場所を変え、昼間から早々と三人で酒盛りをしていると、キースが愚痴っぽく言った。
「はーあ、全く。この時期はやる事無くって腐っちまうよな。おっと、カズマもいける口じゃないか。ほら、ドンドンいこう!」
俺にグイグイと酒を注ぎ、キースはうひゃひゃひゃと笑い出す。
キースは笑い上戸な所がある様だ。
「はあー……。冬になると、人肌恋しくなるよなあ……。正直、あのミツルギとか言ったハーレム野郎が妬ましいぜ……」
ダストが、そんな事を言いながら深々とため息を。
冬でやる事が無いからか、ギルド内の酒場の中には俺達以外にも結構な人数が昼間から酒を飲んでだべっている。
冒険者なんて連中は、元ニートな俺に劣らず、結講ダメ人間が多いのかも知れない。
俺はそんな事を考えながら、ちょっと気になっていた事を二人に聞いた。
「なあ。そういや二人は、俺やミツルギに会ったあそこで、一体何やってたんだ?」
そう、あの時二人は、あの路地裏にある一軒の店に、入るかどうしようかと悩んでいた様に見えた。
あそこの店は何だったのかが少し気になる。
俺の言葉に、二人は顔を見合わせた。
そして二人は頷くと。
キースが握っていたジョッキを置き、真剣な顔をした。
「カズマ。俺は、お前なら信用できる。今から言う事は、この街の男性冒険者達にとっては共通の秘密であり、絶対に漏らしちゃいけない話だ。カズマの仲間の女達に、絶対に漏らさないって約束出来るか?」
その重々しい雰囲気に、俺は若干押されながらも頷いた。
それを見たキースもこくりと頷き。
そして、喧騒の中、周りには聞こえない様なとても静かな声で、ダストが言った。
「……カズマ。この街には、サキュバス達がこっそり経営してる、良い夢を見させてくれる店があるって知ってるか?」
「詳しく」
俺はダストに即答していた。
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