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二部
14話
 ダンジョン入口から続く階段を、どれだけ降りてきたのだろうか。

 暗い中を結構な時間降りたはずなのだが、未だに通路に出られない。
 駆け出し向けのダンジョンと聞いていたのでもっと小さな所かと想像していたが、これは思った以上に探索に時間が掛かりそうだ。

 とはいえ、今回のダンジョン探索はこのコソ泥みたいな手がダンジョンで通用するのかの実験だ。
 ハッキリ言って、コツコツマッピングをして真面目にダンジョンの探索を進めている人達にしたら、こんなやり方は邪道もいい所だろう。

 背後にアクアが危なげなく付いて来ているのを感じながら、俺は階段を降りて行った。
「ねえカズマ。暗視はちゃんと出来てる? 私の曇りなき眼は、この暗闇の中でもカズマがおどおどしながらおっかなびっくり階段降りてく姿がバッチリ見えてるけど。暗視がイマイチな様なら言いなさいよ?」
 アクアが、心配してくれてるのか喧嘩売っているのか判断が付き難い事を言って来た。

「見えてるよ。お前が、物音がする度に一々ビクついてる情けない姿がちゃんと見えてる。お前こそ、頼むからすっ転んで階段転がり落ちるなよ」
 俺が返すと、アクアは安心した様に微笑んだ。

「そう。私はこの中でも走って逃げられる程度には見えてるから、モンスターが接近して来たら言ってね。後、ちゃんと見えてるんだから暗闇に紛れてお尻触ったりしないでね」

「安心しろ、お前の尻を触るなんてバカな事は考えてないさ。俺が今何考えてるか教えてやろうか。ダンジョンの奥深くに、一体どうやったらお前一人だけ置いて帰れるかなって真剣に考えてる」
 俺とアクアはその場にピタリと止まり、お互いに顔を見合わせた。

「やだもー、カズマってば冗談ばっかりー! くすくす」
「バカだなアクア、俺が今結構本気で言ってるって事が、もう付き合い長いんだし分かるだろー? はははははっ!」

 そんな事を言っている間に、ようやく長い階段を下り終えた。
 そこは完全な闇の中だが、スキルのお蔭でダンジョンの石壁や通路の広さが正確に分かる。
 真っ暗な空間に、物体の輪郭が薄青く、まるで黒と青のみの配色の、サーモグラフィーでも見ているかのようにくっきりと把握できていた。

 階段を降りると、通路が左右に分かれている。
そして、階段を降りてすぐの所にあった、その物体に気が付いた。
「……? 何だこれ?」
 暗視と言っても、暗闇に青く輪郭が見えるだけで、きちんとその物の本来の色が見える訳じゃ無い。

 そう、目の前の、朽ち果てた人の体みたいなその輪郭が見えるだけで……

 …………。

「おわーっ!!」
 それは、朽ち果てた冒険者の死体だった。
 俺の様に一人でダンジョンに挑戦しようとしたのか。
 はたまた、死んで仲間に置いて行かれたのか。
 どういう経緯でここに放置されているのかは知らないが、そこには確かに人の亡骸が横たわっていた。

 その死体の傍にアクアが近づき、
「……ちょっとアンデッドに成りかけてるわね。カズマ、ちょっと待っててね」
 言いながら、アクアがなにやらぶつぶつと祈りの様なものを捧げると、亡骸を淡い光が包み込む。
 アンデッド化を防いだのだろう。
 日頃からちゃんとこんな感じでやっていれば、信者も少しは増えるだろうに。

 しかし、階段を降りていきなり死体に出くわすとか、早速心が折れそうになるな。
 アクアを連れていなかったら、間違いなくもう帰っている所だ。

「でも、おわーっ! はないわよ、一人でダンジョン潜るって強がってた人が。おわーっ! は。ぷーくすくす!」
 アクアの言葉に、ダンジョンの奥に行ったら、こいつちょっと一人きりにしてやろうと密かに決意する。

 俺はぴたりと動きを止めた。
 ……何か来るな。
 敵感知スキルで、こちらに向かって来る何かに気が付いた。
 俺達の話し声が原因か、もしくは、アクアが死体を浄化した際の淡い光に寄ってきたのかもしれない。

 俺はアクアに、敵が来ている方向を指で指し、向かって来ている方向とは反対側の通路に逃げるぞと、そちらに向けて親指を指してジェスチャーした。

「なになに? 変な動きして。この私に指芸披露? ちょっとジッポで灯り付けなさいよ。影で、キツネやウサギなんてヌルイのじゃなく、機動要塞デストロイヤーを見せてあげるわ」
「違うわ! 敵が来てるから向こうに逃げようってジェスチャーしたんだ! ああくそ、見つかった! おい手伝え、迎え撃つぞ!」

 思わず大声で突っ込んでしまった自分が情けない。
 俺は暗闇の中剣を引き抜くと、こちらに気付いて襲い掛かる、小さな人型のモンスターに向かって斬りかかった!






「……ふう、何だったんだこいつは。暗視じゃ形は分かっても、物の色が見えないから流石に正体までは分からないぞ。お前、これが何だったか分かるか?」
 足元に転がる数匹の小さな人型の何かの死体。
 それを見ながらアクアが言った。
「グレムリンって言う小型の悪魔ね。ダンジョンは地上よりも魔力や瘴気が濃いから、弱い悪魔がたまに湧くのよ」
 なるほど。
 ギルドの人達に教えて貰ったこのダンジョンのモンスター情報にも、確かそんなのがあった。

 ……ふと、俺は一つの事に気付く。

「……なあ、ちょっといいか? お前って、暗闇の中でもかなりしっかり見えちゃう?」
 俺の疑問にアクアが、
「昼間と変わらないぐらいには、はっきりくっきり見えるわよ? それがどうかした?」
 さも当然の様にそんな事を言った。

 ………………。
「……馬小屋で一緒に寝てる時、夜中、何か見た?」
「何も見てないわよ。ゴソゴソ音がし出したら、反対側向いて寝るようにしてたから」
「……ありがとうございますアクア様……」

 グレムリンの血の臭いに、モンスターが寄ってくるかも知れない。
 俺達はそっとその場を後にした。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 今日のアクアは一味違う。
 そう、今までの様ななんちゃってアークプリーストでは無い。
 トイレの神様でも宴会の神様でも無い。

「この暗く冷たいダンジョンで、さ迷い続ける魂達。さあ、安らかに眠りなさい。『サンクチュアリ』!」

 迷える沢山のゴースト達を、広範囲に渡って浄化する今の姿は、それは間違いなく女神様だ。

 と言うか、俺はダンジョンを舐めていた。

 確かに、暗視と潜伏のコンボは非常に使える。
 大概のモンスターはこれでどうにでもなりそうだ。
 だがアクアの言っていた通り、暗く、寒いダンジョンで長く苦しんだアンデッドには、生者がよほど眩しく映るのだろうか。
 先ほどから俺達は、かなりの数のアンデッド達を浄化していた。
 俺だけで来ていたなら、アンデッド達に成すすべもなく袋叩きにされていただろう。

 ダンジョンでは、これほどアンデッドモンスターと遭遇するものだとは知らなかった。
 自分の認識の甘さを深く反省する。

 浄化を終えたアクアが暗闇の中、良い仕事をしたとばかりに息を吐く。
「ご苦労さん。いや助かったよ、俺一人で来てたら危ない所だった」
 俺の労いを受けたアクアが、満更でも無さそうに。
「あれ、私の評価がようやく真っ当になってきた? ……それにしても、お宝はどこかしら。まあ荒らされ尽くしたダンジョンだし、あんまり期待はしてないけどね」

 俺達は今、ダンジョンのかなり奥まで潜っている。
 奥とは言っても、このダンジョンの造りは一階層構成だ。
 ただ、その広さが広範囲に渡っている。
 この暗闇の中でも昼間のように見えると言うアクアが、ダンジョンの壁に曲がり角の度にチョークで印を付けていた。

 本来ならダンジョン探索とは、罠を警戒しモンスターにも神経を尖らせて、松明に火を付け、マッピングでもしながら恐る恐る進むものなのだろう。
 しかし闇の中でも問題なく進める俺とアクアは、先頭に立つ俺が敵と罠を探知しながら、ドンドンと奥へと進んでいた。
 この探索方法の有用性は確認できた事だし、もう引き返しても良いのだが。
 ここまで来たら、何かお宝とまでは言わなくても、金目の物の一つも見つけたい所だ。
 俺は前方にある部屋に敵の気配や罠が無い事を確認すると、音を立てない様に部屋の中に入る。

 部屋を見回し……。
「……チッ、ロクな物が無いな」
「ねえカズマ、なにか今日は、この探索方法といいそのセリフといい、私コソ泥の気分なんだけど」
 言うなよ、俺もちょっとそんな気分だ。
 なんだか、真面目に頑張って少しづつ少しづつ探索している同業者の方達に、ちょっと後ろめたい。

「……ん? ねえカズマ、あそこ。あそこに何かあるわ」
 と、アクアが部屋の隅に、遠目に何かを見つけた様だった。
 アクアの闇を見通す力だかは、俺の千里眼スキルよりも優秀みたいだ。
 アクアと共に部屋の隅に行くと、そこには……
「ちょっと、宝よ宝! 宝箱よ! やったわカズマ、今回のダンジョン探索は大当たりね!」
 嬉々として、宝箱に近寄ろうとするアクア。
 それを俺は慌てて止めた。
「おいおい待て待て。お前、こんな何度も探索されたダンジョンに、唐突に宝箱が置いてあっておかしいとか思わないのか? ……うん、やっぱり敵感知スキルにビンビン来てる」
 それは、その宝箱の方から気配がしていた。
 なるほど、よく聞くミミックってヤツか?

「あー……。それじゃあれは、ダンジョンもどきね。残念だけどしょうがないわね」
 言って、アクアがぽんと何かを宝箱の近くに放った。
 それは、先ほど使い、空になった消臭のポーションの小瓶。
 ぽんと放られ、宝箱の傍に放物線を描いたそれは……

 バグンッ!

 床に触れた瞬間に、突然その小瓶と宝箱ごと、周囲の壁と床が蠢き丸呑みにする様に包み込んだ。
 今まで唯の床や壁だと思っていた部分が、取り込んだ小瓶を咀嚼する様に、まるで生き物の様に動いている。
「き、気持ち悪っ! 何だこれ!」
 ダンジョンもどきとか言ったか。
「名前の通りのモンスターよ。歩いたりする事は出来ないけれど、体の一部を宝箱やお金に擬態させて、その上に乗った生き物を捕食するのよ。場合によっては体の一部を人間に擬態させて、冒険者を襲う様なモンスターも捕食するわ」
 モンスターまで食うのか。
 タ、タチ悪いな。
 そういやギルドで、ダンジョンもどきには気をつけろって言われてたな。
 敵感知スキルがあれば簡単に分かるとは言われていたが。
 しかし、ダンジョンの中にもちゃんとこうして生存競争が成り立っているらしい。

 この世界は、相変わらず世知辛い。






「『ターンアンデッド』!」
 アクアの魔法で、ゾンビがその身体を消失させた。
 もうどれだけのアンデッドを退治したのか。
 サーモグラフィみたいに見える、千里眼スキルによる暗視で進んでいて良かった。
 普通に灯かりを点けて進み、これだけのゾンビ達に遭遇していたなら、俺はもうとっくに泣いて帰っていただろう。
 それぐらいに、トラウマになってもおかしくない数のアンデッドと遭遇していた。

「……なあ、幾らなんでもおかしくないか? ちょっとアンデッドの量が多過ぎだろ。こんなもん、アークプリーストが居るパーティじゃなかったらとても攻略なんて出来ないぞ? 結局お宝らしいお宝は見つからなかったが、そろそろ帰るか?」

 ここは駆け出し連中が練習代わりにしているダンジョン。
 だがこれだけの量のモンスターを、駆け出しが相手に出来るとは思えない。

 今の所魔法をガンガン撃っているにも関わらず、アクアは疲れる様子は見せていない。
 流石は一応女神様と言った所か。
 今日一日で、俺のアクアへの評価はかなり上昇していた。
 だが、いくらアクアが居るとは言え流石にそろそろ引き返すべきだろう。

 アクアが言った。
「そうねえ。お宝は無かったけど、アンデッドを沢山浄化できたし私的には満足したわ。……でも待って? なんか、まだその辺にアンデッド臭がするわね」
 俺の敵感知には反応しないが、今日のアクアは絶好調らしい。

 すでにダンジョンの奥深くまで来ていた俺達だが、アクアが行き止まりの壁に近づき、マタタビか何かに興奮した猫みたいに、辺りに向かって執拗にクンクンしだした。
 罠感知にも敵感知にも、以前反応は無い。
 だが、今日の絶好調なアクアが言うのだ。
 この先には何かがあるのかもしれない。

 
 俺とアクアが手探りで行き止まりの壁を調べ出して、十分以上が経過した。
 一行に何も見つかる様子も無く、諦めて帰ろうとしたその時だった。

 突き当たりの壁の一部が、クルリと横に回転し、突然開く。
 俺達が何かした訳じゃ無い。
 それは、向こうから開いたのだ。

 その奥からは、くぐもった低い声が聞こえてきた。
「……そこに、プリーストが居るのか?」





 部屋の中は、小さなベッドとタンス、そしてテーブルとイスがあるのみだった。
 そこのテーブルの隣のイスに、そいつが腰掛け、佇んでいる。

「やあ、初めましてこんにちは。いや、外の時間は分からないから、今はこんばんわかな?」

 暗視スキルでは、相手の輪郭しか見えない。
 俺はその挨拶をしてきた相手に一言断わり、ジッポを取り出し灯を点けた。

 そいつは、干乾びた皮が張り付いた骸骨だった。
 それが、目深にローブを被っている。
「私はキール。このダンジョンを造り、貴族の令嬢をさらって行った、悪い魔法使いだ」



 その昔、キールと言う名のアークウィザードが、一人の貴族の令嬢に恋をした。

 たまたま街の視察をしていたその令嬢に、男は一目で恋をした。
 だが、その恋が実らない事を知っていたその男は、ひたすら魔法の修行に没頭した。
 月日は流れ、男はいつしか、国一番の最高のアークウィザードと呼ばれていた。
 男は持てる魔術を惜しみなく使い、国の為に貢献する。
 男は多くの人々に称えられ。
 そして、男は王城に呼ばれ、男を称える宴が催された。
 そんな男に、王が言う。
 その功績に報いたい。
 どんなものでも望みを一つ、叶えよう。

 キールは言った。
 この世にたった一つ。どうしても叶わなかった望みがあります。

 それは、虐げられている愛する人が、幸せに成ってくれる事。



「そう言って、私は貴族の令嬢を攫って行ったのだよ」

 目の前の骸骨が、そんな事を自慢げに語った。
 ……なるほど。

「つまりなんだ。あんたは、悪い魔法使いじゃなくて良い魔法使いだったって事か? その貴族の令嬢は、親にご機嫌取りの為に王様の妾として差し出され、でも王様には可愛がられず、正室や他の妾とも折り合いが上手くいかず。で、虐げられてる所を、要らないんなら俺にくれと言って、あんたが攫ってったと」

 俺の言葉に骸骨が、カタカタと喉の部分の骨を鳴らした。

「そう言う事だな。で、その攫ったお嬢様にプロポーズしたら二つ返事でオッケー貰ってなぁ。お嬢様と愛の逃避行をしながら、王国軍とドンパチやった訳だ。……いやあ、あれは楽しかったな。おっと、ちなみにその攫ったお嬢様が、そこにいる方だよ。どうだ、鎖骨のラインが美しいだろう」
 骸骨が指す方を見ると、小さなベッドに白骨化した骨が、綺麗に整えられて横たわっている。

 ……どうしたもんだこれ。

 俺の隣では、アクアが目の前の骸骨に今にも掴みかからん勢いで、目を爛々と輝かせていた。
 きっと浄化させたくてさせたくて、しょうがないのだろう。

「で、だ。そこの女性に、ちょっと頼みがあってね」
 骸骨が、そんな事を言ってきた。
「頼み?」
 骸骨はコクリと頷く。

「私を成仏させてはくれないか。そこの彼女は、強い力を持ったプリーストなのだろう?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 アクアが、普段よりも朗々と魔法の詠唱を行なう中。
 元は偉大な魔法使いだったその男は、ベッドに横たわるお嬢様のその腕の骨に手を置いた。

 お嬢様の方はとっくに成仏しているらしく、本来はこの骸骨を浄化できるだけの大きさの魔法陣で良いのだが、アクアは気合を入れて浄化の魔法陣を拡大し、その魔法陣はお嬢様の骨はおろか、部屋中をも覆い尽くしていた。

 この男はお嬢様を守り戦っていた際、重傷を負い、そのままお嬢様を守り抜く為に、人をやめてリッチーに成ったらしい。

 不覚にもちょっとだけ格好良いと思ってしまった。
 普段、店の経営不振に嘆くリッチーを見ているせいで、相対的にこっちのリッチーが格好良く見えてしまうのだろうか。

 お嬢様は、このダンジョンで最期を迎えたらしい。
 彼女は、幸せだったのだろうか。

「いや、助かるよ。アンデッドが自殺するなんてシュールな事は流石に出来なかったしねえ。じっとここで朽ち果てるのを待ってたら、とんでもない神聖なる力を感じたもんだからね。思わず私も、長い眠りから覚めるってものさ」
 部屋を満たす柔らかな光に包まれ、骸骨がカタカタと笑う。

 アクアが、唱え続けていた詠唱を終えた。
 そして、俺が今までに見た事も無い優しげな表情で、骸骨に笑いかける。
 これは一体誰だろう。
 俺が自分の目を疑っていると、アクアが優しげな声で言った。
「神の理を捨て、自らリッチーと成ったアークウィザード、キール。水の女神アクアの名において、あなたの罪を許します。……目が覚めると、目の前にはエリスと言う不自然に胸のふくらんだ女神がいるでしょう。例え年が離れていても、それが男女の仲でなく、どんな形でも良いと言うのなら。彼女にこう頼みなさい。再びお嬢様と会いたいと。きっと、望みを叶えてくれるわ」

 真剣な話、これは一体誰だろう。
 俺があまりのアクアの変貌にオロオロしていると、キールと言った骸骨は、光の中、深々と頭を下げた。


「『ターンアンデッド』!」


 光が消え、再び暗闇に閉ざされる部屋の中。
 そこには、あのリッチーの姿も、そしてなぜかお嬢様の骨も、消えて無くなっていた。
 俺とアクアは、何とも言えない雰囲気の中静まり返る。

 俺はアクアに静かに言った。

「……帰るか」






 ダンジョン入口へと帰る中、俺は暗闇の中、モンスターに見つかるかもしれない事も気にせず、無言のアクアに語り続けていた。

「なあ、あのアンデッド、またお嬢様に会えるかな?」
「……分からない。まあ、エリスなら何とかしてくれるでしょ」
 そっ気ないアクアの返事に、俺はそうか、と一言呟いた。
 そして、そのまま話題を変える様に。
「そういや、あのリッチー良い人だったな。もう要らないからって、タンスにしまってた財産くれたぞ。どれぐらいの価値があるのか知らないけど、街に帰ったら山分けな」
 それに、ピクリとアクアの肩がわずかに揺れた。
「……そうね。彼らの分まで、大事に使ってあげましょう……」
 アクアのその声は、先程よりもちょっと大きく、そして元気になっていた。

 …………。
 俺は、地上に戻ってアクアが元気になってから聞こうと思っていた事を、今ここで聞く事にした。

「……なあアクア。キールって、あいつが言ってたけどさ」
 再び出たキールの名前に、
「……なに?」
 ちょっと沈んだ声でアクアが返した。

「あの人さ。とてつもない神聖な力を感じて目覚めたって言ってたけどさ。……このダンジョンで、今日やたらとアンデッドと出会うのって、別にお前と一緒に居るからじゃ無いよな?」

「ッ!?」
 アクアが俺の質問に、その場にビクッと立ち止まる。

 そして、搾り出す様な声で。
「そ、そそそ、そんなー、そんな事はない……と、思うわ……?」
 とてつもなく曖昧な返事を返してきた。
「…………」
 俺は無言で、そんなアクアとジワジワと距離を取る。
 そんな俺を見て、アクアが俺にジリジリと距離を縮めて来た。

「……ねえカズマ。なんでそんなに距離を取るの? 何時モンスターが襲って来ても良い様に、私達もうちょっと近くに居るべきじゃ無いかしら? そ、それに! 分かってる? 私がチョークで付けてきた印は、カズマの暗視で確認出来るのかしら?」
 そのアクアの言葉に、俺は、くっ! と一瞬悔しげな顔をしてしまった。

 それを好機と見て取ったのか、更にアクアが口早に。
「ふふっ、そうよ! 私だけこんな所に置いて行こうとしたって、そうは行かないわよ! そう、この状況ならお互いの立場は五分五分よ。……いいえ、帰り道を知り、アンデッドも倒せる私が居なかったらカズマは一人じゃ帰れない! むしろ私の方が有利な状況じゃないかしら!? そこら辺を良く理解したら、今日は私を、神様らしくアクア様と呼び、私の華麗な活躍を街の皆に……!」

 アクアが何かを喚く中。
 ダンジョンの闇の中から、何かの遠吠えが聞こえてきた。
 調子に乗って騒ぐアクアの声に反応したのだろう。
 敵感知で確認しても、間違いなくここに向かっている。

「…………」

 俺は無言で、そのままピタリと壁に張り付き、闇に溶け込む様に潜伏する。

「ちょっとカズマ! 待って!? ねえ、何一人で潜伏してるの? ごめん、ごめんなさい、私が悪かったわ! 悪かったから、私にも潜伏スキル使ってよ! ごめんなさい、カズマ! ねえ、お願いしますカズマ様ー!!」



 アクアが泣き出した頃に潜伏スキルに混ぜてやった。


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