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二部
13話
 と、言う訳で。

「明日はダンジョンに行きます」
「嫌です」
「行きます」
 即答で拒否するめぐみんに俺が更に即答すると、めぐみんが走って逃げようとしたので捕まえた。

 俺が首ちょんぱされてから一週間。
 激しい運動が許される程度に回復したので、屋敷の広間でくつろぐ皆に、早速提案してみたのだが。
 ダンジョン行きを、めぐみんが激しく嫌がっていた。

「嫌です嫌です、だってダンジョンなんて私の存在価値皆無じゃないですか、崩れるから爆裂魔法なんて使えないし、私もう本当に唯の一般人!」
「そんな事はお前を仲間にする時に俺が言った事だろうが。そん時お前、荷物持ちでも何でもするから捨てないでって言ったんだぞ」

 その言葉に、俺に襟首を掴まれためぐみんは、観念したかの様にうな垂れた。
「……はぁ……。分かりました。でも、本当に何も役に立てませんよ? 本当に荷物持ちぐらいしか出来ません。……もしかして、まだこないだ、カズマのアレにアレした事を根に持ってます?」
 諦めの表情に不安を滲ませ、めぐみんが言ってくる。

 それを安心させるかの様に俺は言った。
「一週間も前の事を根に持つほどねちっこくないぞ。確かに今回の提案は最初はめぐみんへの嫌がらせ目的だったが、良く考えてみたら悪くない話だと気が付いたんだ。めぐみんへの逆襲はまた今度だ。それに安心しろよ、付いて来るのはダンジョンの入り口までで良い。ダンジョンへの道中、危険なモンスターと遭遇したらお前の魔法で蹴散らしてくれ」
「へっ? 入り口まででいいんですか? ……いやその前に、カズマ、そのセリフの前になんて言いました?」

 めぐみんが、もう一度今の言葉をリピートしろと言ってくるが、それをスルーしている俺に、
「でも、何でいきなりダンジョン行くなんて言い出したの? ダンジョン行くなら、盗賊は必須よ? 最近見かけないんだけど、クリスは?」
 アクアがソファーに埋もれる様に深く腰かけ、だらりと脱力しながら言ってくる。
 この冬の間、こいつは暖炉の前の一番暖かい場所を占拠しながら、酒でも飲むか、もしくはこんな感じで何をするでも無くだらだらしていた。

「クリスは、急に忙しくなったって言ってたな。しばらくの間留守にするそうだ。だが、ダンジョン探索に必要な、罠発見や罠解除スキルはすでにクリスに教えてもらって習得済みだ。……クリスに教えて貰ったんだが、ダンジョンの中ってのは季節により生息モンスターが変わるって事が無いらしい。と言う訳で、あまり強いモンスターが居ないダンジョンに潜り、あわよくば一獲千金を狙ってみようかなと思う」

 この一週間、俺もただ寝てたりジッポ作り続けていた訳じゃ無い。
 残り40ポイントほど残っていたスキルポイントを、それぞれ15ポイントずつ消費し、罠発見と罠解除を覚えておいた。
 この二つのスキルの罠の発見率や解除成功率は、スキルレベルと器用度、そして幸運の強さも左右される。
 器用度は人並みな俺だが、そこは持ち前の運の強さでなんとかなると信じたい。

 変な連中とばかり関わったり莫大な借金背負ったりと、俺が幸運が高いってのは、一体何の冗談かと思えてくるのだが。

 ソファーに腰掛け、足を組んで両腕をソファーの背に回し、やたらとけしからん胸を強調させているダクネスが、
「む、待って欲しい。私の大剣が冬将軍に折られてしまったからな。今新しいのを発注しているが、完成までにまだ時間が掛かる。これでは私も戦力になれないのだが……」
「お前は最初から戦力に入れてないから大丈夫だよ」
「!?」
 ダクネスが目を潤ませながらも頬を染めるが、きっと興奮半分、傷付き半分なのだろう。
 半分は喜んでいるみたいだし、構ってやるのが面倒だ。
 話を進める事にする。

「二人に誤解が無いよう言っとくが、ダンジョンに潜るのは俺一人だ。皆は、ダンジョンに行くまでの道中の警護をして欲しいんだよ」
「「「?」」」


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 街から半日ほど掛けて山へと歩き、その山の麓にある獣道を進んで行く。
 雪が積もり、枝が邪魔する険しい道を、一体どれだけ歩いただろう。

 唐突に現れた、かなり頑丈な作りの一軒のログハウス。
 そのログハウスの表には、避難所と書かれた看板がぶら下げられている。
 そしてそのログハウスの近くの、山の岩肌に、奥を窺い知れない様な真っ暗なダンジョンの入り口が、ぽっかりと口を開けていた。
 入り口は天然の洞窟の様なダンジョンだが、その内部をそっと覗くと、綺麗に整備された階段がダンジョンの奥へと続いていた。



 このダンジョンの名は、キールのダンジョン。

 その昔、キールと言う名の稀代の天才と呼ばれたアークウィザードが、一人の貴族の令嬢に恋をした。
 たまたま街の視察をしていた令嬢に、それまではただ魔法にのみ打ち込み、色恋になど全く興味を示さなかったその男は、令嬢を一目見ただけで恋に落ちた。

 だが、勿論そんな恋は実るはずがない。
 身分の差とはそれほど大きいものだ。
 それをよく理解していた男は、その芽生えた恋心を忘れるかの様に、ひたすら魔法の修行と研究に没頭する。
 月日は流れ、男はいつしかこの国最高のアークウィザードと呼ばれていた。
 男は持てる魔術を惜しみなく使い、国の為に貢献した。
 男は多くの人々に称えられ。
 そして、男は王城に呼ばれ、男の為に宴が催された。
 そんな男に、王が言う。
 その功績に報いたい。
 どんなものでも望みを一つ、叶えよう。

 男は言った。
 この世にたった一つ。どうしても叶わなかった、望みがあります。



 その時、キールと言うアークウィザードが何を望んだのかは知られていない。
 その後の話では、キールと言うそのアークウィザードが、貴族の令嬢をさらってこのダンジョンを作り、立てこもったらしい。
 その後、一体どうなったかは伝えられてはいないらしいが。
 まあ普通に考えて、一介の魔法使いがダンジョンにたてこもり、幾ら頑張ってみた所で勝ち目なんて無かった事だろう。
 今となっては、そんなダンジョンの出来た経緯も半ば忘れられ、現在はこうして、駆け出し冒険者達の初めてのダンジョン探索の為の、良い練習場所になっている。


 俺はキールのダンジョンの入り口で立ち止まると、後ろに付いてきている三人を振り返った。
「よし。それじゃあ、ここから先は俺一人で行って来るから、お前等はそこの避難所で待っててくれよ。一日経っても帰って来ない様なら、街に戻ってキースやテイラーに助けを求めてくれ。……って言っても、今日は偵察と実験を兼ねてお試しで潜るだけだから、すぐ帰ってくるよ」
 俺の言葉に、三人が不安そうな表情を浮かべた。

 ダクネスが腕を組み。
「……本当に行くのか? 一人でダンジョンに潜るなんてちょっと聞いた事がないぞ。カズマの考えを聞く限り、喧しい全身鎧の私が付いて行っても、邪魔になるだけだろうが……」
 まあ、確かにこんな例はないのだろう。
「……私も、付いて行ってもかえって邪魔になるだけですが。……やっぱり考え直しません?」
 めぐみんが、不安そうに。

「大丈夫よ、私が付いてってあげるから」
 そして、そんな頼もしい事をアクアが言っ……

「……いや、来なくていい。というか、一人の方が都合がいいんだって」
 俺はアクアに、ここに来るまでに説明した事をもう一度言う事にした。

「アーチャーの持つスキル、千里眼があれば暗視が可能になる。これは以前試したんだけども、光が全く無い完全な真っ暗闇でも、空間の把握、あと、置いてある物の形が分かる様になる。つまり俺一人なら灯りが要らない。冒険者の持つ灯りを目印にするタイプのモンスターには、見つからなくなる訳だ」
 勿論それぐらいで一人でダンジョンに潜れるなら、世のアーチャー達がみんなやっているだろう。
 だが。
「ついでに言うなら、俺は盗賊スキルの敵感知と潜伏があるだろ。闇に紛れて、暗視で地形を確認し、敵を察知したら迂回する。潜伏スキルがあるから、もし迂回が出来ない状況でも、暗闇の中壁にでも張り付いてればやり過ごす事が出来る。……と、思う」
 こればかりは、試してみない事には断言はできない。

 ダンジョンに潜るとは言っても、別に討伐クエストを受けてる訳でもないのだ。
 モンスターを倒しても金にもならないなら、モンスターと戦闘しないで済むならそれに越した事はない。

 モンスターをやり過ごし、お宝だけを掻っ攫う。
 やっている事はなんだかコソ泥みたいだが、これは色んなクラスのスキルを同時に習得出来る、冒険者だけの数少ない特権だ。
 こんな時にこそ少ない長所を生かすべきだろう。

 俺は荷物の中から、狩り人が使う消臭の為のポーションの小瓶を取り出した。
 ダンジョンのモンスターは暗闇に慣れている事だろう。
 つまり、視力以外で敵を感知する能力にも長けていると予想出来る。
 例えば獲物の匂いだとか。
 もしくは音だが、これは音で勘付かれる前に、俺の敵感知の方が早く察知出来る事を祈っておこう。
 蛇の持つ、熱を感知する様なピット器官だとか、コウモリの超音波によるソナーだとかはどうにもならないが、ここのダンジョンにはそういったモンスターは生息しないらしい。
 このダンジョンに棲むモンスターの情報は、ギルドに通って事前に調査済みだ。
 なんせ、先週死んだばかり。
 エリス様にはちょっと会いたいが、俺だって流石に何度も死にたくない。

 俺は自分の身体に消臭のポーションを振り掛けた。
 これがどれ程の効果があるのかは知らないが、まあ使わないよりはマシだろう。
 それに、以前初心者殺し相手に潜伏スキルを使った時も、匂いを気にしてはいたが結局立ち去って行った。
 つまり、潜伏スキルは匂い等も多少は誤魔化してくれるのだろうと思う。
 今はあの時よりも潜伏スキルのレベルも上がっているのだ。
 うん、行ける。
 行けるハズだ。

 そもそも今回はあくまで実験。
 上手くいけば儲けもの程度に考えておけばいい。
 今回挑戦予定のこのダンジョンは、俺のレベル的に考えてかなり格下のダンジョンだ。
 この探索方法が確立されれば、ここの様な格下のダンジョンではなく、今後は、他の旨みのあるダンジョンで稼いでいけばいい。

 そもそも、ここは街から半日程度で着くような距離にあるダンジョン。
 すでにこのダンジョン内部は冒険者達に荒らされ尽くしている事だろう。

 大丈夫。
 たとえ敵に遭っても、このダンジョンで遭遇する相手なら、遅れを取る事は無い筈だ。
「じゃあ行ってくるよ。寒いし、モンスターに遭遇するかもしれないから、そこの避難所でのんびり待っていてくれ」

 俺は皆に手を振り、ダンジョンの入口から中へと降りていく。

 と、後ろから誰かが付いて来る音がした。

 そこには、付いてくるのが当然とばかりに、平然とした顔のアクアの姿。
「……お前、俺の話聞いてたか? 一人で行動した方が良いんだって。お前、一緒に付いて来ても真っ暗で何も出来ないだろ」

 その俺の言葉に、アクアが余裕そうな表情でふふんと笑う。
 叩いてやりたい。

「ちょっとカズマ。この私が誰だか忘れてない? アークプリーストとは仮の姿。ほら、言って。めぐみんとダクネスは頑なに信じようとしないけど、ほら私の職業言ってみて」

「……トイレの神様だろ?」
「違うわよ、水の神様でしょ! せめて宴会の神様で止めておいてよ!」
 正直なんの神様でもいいんだが、一体こいつは何が言いたいのだろう。

「私は仮にも女神様よ。本来神の目には、全てを見通す力があるわ。カズマがこの世界に来る前の事。私、カズマの事を知ってたでしょ? 地上に降りて力が弱まってはいても、神様らしい力の一つや二つ、まだちゃんと残ってるのよ? 全てを見通すなんて事は出来なくなっても、闇を見通すぐらいはちょろいわよ!」
 胸を張るアクアに、俺はどんどん不安になる。
 潜伏スキルは触った相手にも発動するが、正直どんなポカやらかされるのかが不安でならない。
 どうしよう、どう断わろう。

 だが、そんな俺にアクアが言った。
「ダンジョンの中にはね。大抵アンデッドがいるものなのよ。そして彼らは、生者の生命力を目印にやって来る。つまり、アンデッドモンスターには潜伏スキルなんて通用しないわ。なら、この私が付いてってあげるしかないじゃないの!」

 もう、本当に嫌な予感しかしなかった。


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