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二部
12話
 若干赤い顔をした、それでいて怒っている様な目つきのめぐみんの顔が、俺の目の前に飛び込んできた。
 めぐみんは横たわっていた俺の体の上にまたがり、ゴソゴソと俺の胸元の服の乱れを直している。

「…………おい、なにやってんの? お前は爆裂狂な所と名前を除けば、唯一常識的な奴だと思ってたのに、俺に一体何してくれたの?」

 めぐみんは俺の身体に何をしたかの質問には答えようとはせず、俺の上から立ち上がり。
「おい、私の名前に文句があるなら聞こうじゃないか。……帰らないとかバカな冗談言ってるからですよ。次にそんなバカな駄々こねたら、もっと凄い事しますからね」
 バカな冗談と言われてしまったが、半分以上本気だったと言ったら凄く怒りそうだ。
 俺は冬将軍に斬られた自分の体を、あちこち確かめながら起き上がる。

 ……と言うか、
「……なあ、俺ほんとに何されたの? とりあえず、汚されちゃったのか、まだ綺麗なままなのかを教えてくれよ。場合によっては明日から、めぐみんの顔見るのも恥ずかしくなるんだけど……」
 言いながらダクネスの方を見ると、顔を両手で覆い隠し、耳まで赤くしてしゃがんでいた。
 相変わらずこの変態の羞恥の基準は分からない。
 お前、俺を剥いて活け花がどうとか言ってなかったか。

 その場に屈み込んで俺の起きるのを待っていたアクアに、視線で訴えかけるてみると……、
「……あんた、神聖な女神様の口から何言わせる気? 本人に教えてもらいなさい」
 そのままフイッと横を向かれた。
「な、なあめぐみん、教えてくれよ。でないと、俺お前の事、明日から凄く意識する様になるんだけれど…………」
「……家に帰って、お風呂に入る時にでも分かります。……それより、具合は大丈夫なんですか? どこか調子が悪い所は?」

 その言葉に、俺は改めてぺたぺたと体のあちこちを手で触る。
 そういや、俺はどうやって殺された?
 そんな俺を見てアクアが言った。

「あんた、冬将軍に首ちょんぱされたのよ。それはそれは見事な切り口だったわ。おかげでピタリとくっついたし、修復も簡単だったわよ。今回は一週間も安静にしてれば、その後は激しい運動してもいいわ」
「首ちょ……!」
 俺は絶句し、思わず自分の首筋を手で撫でた。
 どれだけ手で触っても、傷跡が残っている様子は無い。

 俺の血で雪原の一部が赤く染まり、俺の隣にいたダクネスにも返り血が付いていた。
 ……アクアにちゃんと治療してもらったにしても、やっぱり死んだというのはゾッとしない。

 この世界の冬は、食料に乏しい過酷な環境の中、それでもなお生存競争を生き抜けるモンスター達にのみ、活動が許される季節。

 俺達の様な駆け出しに、お手軽にこなせるクエストなど無いと言う事だ。
 ……うん。今日はこのまま、街に帰ろう。





 街へと帰って来た俺達は、そのまま報酬を貰う為ギルドへ向かう。
「しかし、小一時間で十二匹。百二十万か……。稼ぎはデカイが、死んだのが割に合わないなぁ……。あの冬将軍ってのはどれだけの賞金掛かってるんだ。ダクネスの剣が一撃で折られたり、ハッキリ言って、三億の賞金掛けられてたベルディアよりも強かったぞ」
 冬のクエストは諦めた方が良さそうだ。

「冬将軍は、雪精にさえ手を出さなければ何もして来ないですからね。一応はあまり害の無いモンスターと言う事になってますが……。それでも、賞金は二億エリスは掛かっていたはずですよ。魔王軍の幹部で、明確な人類の敵のベルディアは、その分賞金は跳ね上がっていますが……。冬将軍の場合、本来はあまり攻撃的でないモンスターなのに二億もの賞金が掛かっています。この破格の賞金は、それだけ冬将軍が強いって事ですよ」

 めぐみんの説明に、俺は思わず黙り込む。
 ……二億。
 それだけあれば借金返してもしばらく遊んで暮らせるな。

「……めぐみん、あいつを爆裂、」
「爆裂魔法では冬将軍は倒せませんよ。見た目は人型ですが、あれは精霊ですから。精霊は本来、魔法的要素が強い存在です。その精霊達の王みたいな存在ともなれば、そりゃあもう魔法抵抗力も凄い物です。爆裂魔法ならどんな存在にもダメージは与える事はできますが、一撃で仕留めるのは難しいでしょうね。……と言うか、あんな怖いの相手に爆裂魔法撃ちたくないです」

 ……ダメか。
 ガクリと落ち込む俺を見て、アクアが得意気に、にんまりと笑みを浮かべた。

「ふふん、カズマ。なんか落ち込んでるみたいだけど、この私様はただ土下座してた訳じゃあないわよ。さあ、見なさいこれを!」

 言いながら、アクアが服の中から出したのは小さな瓶。
 中には、雪精が入っている。
 どうやらあの時全て開放したのではなく、一匹だけ残しておいたらしい。

「おっ! でかしたアクア、よし、そいつ貸せ! 討伐してやる」
 珍しく機転の利いたアクアを褒めながら、俺は瓶を取り上げようとした。
「なっ!? だ、ダメよっ! この子は持って帰って家の冷蔵庫にするの! 夏場でもキンキンに冷えたクリムゾンビアが飲める様に……、イヤー! この子はイヤー! もう名前だって付けてるのに、殺させるもんですか! やめてー、やめてー!!」

 雪精の入った小瓶をお腹に抱き抱え、うずくまって予想外に激しい抵抗を見せるアクア。
 くそ、一匹十万と言う高額なモンスターだが……。
 今日はアクアに生き返らせてもらった事だし、勿体無いが見逃してやるか……。





 無事ギルドで清算し、一人頭30万の報酬を受け取った。
 一日にしてはいい稼ぎなのだろうが、借金の額を考えると焼け石に水だ。
 先の見通しが暗い現実に、俺は思わず現実から逃げる様にエリス様の事を考える。
 見た目は清楚な感じで、それでいて何より中身だ。

 冬場は冒険者達が死ななくて、仕事が無くて暇な事はとても喜ばしい。

 そんな事を言いながら微笑む、優しい心を持った女神様。
 ……ああ、エリス様マジ女神……。
 エリス様の姿を思い出しているだけで、あっという間に屋敷の前に到着する。

「ふふっ、この子は大事に育てて、夏になったら氷を一杯作って貰って、この子と一緒にかき氷の屋台を出すの! そして、夏場の寝苦しい季節は一緒に寝るのよ。……ねえめぐみん、この子何食べるのか知らない?」
「雪精の食べ物なんてちょっと分からないですね? そもそも精霊って何かを食べるんでしょうか」
「……ふわふわしてて、柔らかそうで、砂糖かけて口に入れたら美味そうだな……」
 俺の後ろでは、そんな取り留めの無い会話をしている三人。

 俺は屋敷のドアに手を掛けながら、そんな三人に振り返った。
 もう一度エリス様の姿を思い出し。
 そして、三人の顔をじっと見る。

「「「……?」」」
 そんな俺の行動に、キョトンとした表情を浮かべ、三人は俺を見返し黙り込む。

「……ハァ……」
「「「あっ!!」」」
 俺の吐いた深い溜息を見て、ぎゃあぎゃあと騒ぎ出した三人の声を聞きながら、俺は屋敷のドアを開けた。





「ただいま……、あれ? クリスは居ないのか」
 帰宅したが、そこにクリスは居なかった。
 代わりに、屋敷の中がピカピカになっている。

「ちょっとカズマ、さっきの溜息はどう言う事よ! 最近私達の扱いが雑になってきてない? 今日だって頑張って生き返らせたじゃない、カズマは生き返るの嫌がったけど! ねえ、いらない子扱いしないでよ!」

 後ろからぎゃあぎゃあ喚くアクアに、俺は振り返り、言ってやる。

「バカ、いつお前をいらない子扱いしたんだよ。お前がいなくなったら誰がトイレ掃除すると思ってるんだ。自称水の神様に、これ以上ない適材適所な掃除場所だろ。分かったら、今日来たばかりなのに綺麗に掃除してったクリスを見習って、お前もトイレ掃除でもして来い。俺は自分の血で血塗れになった事だし、ちょっと風呂に入ってくる」
「それよ! 私水の神様よ、トイレの神様じゃ無いの!! そういう扱いが酷過ぎるって言ってるのよ、もっと私を敬いなさいよ! もっと私を甘やかしてよ!」
 涙目で面倒臭い事言ってくるアクアを適当にあしらい、俺はそのまま玄関で、自分の血が付いた胸当て等を外していく。

 見ればダクネスも、モソモソと俺の返り血の付いた鎧を外し、そしてめぐみんがそんな俺を見て、急に忙しなくキョドり始めた。

 ……?
 めぐみんの態度が気になったが、固まった血が気持ち悪いので、ダクネスに頼み、先に風呂に入らせて貰う。

 クリエイトウォーターで風呂に水を張り、そのまま備え付けの薪を風呂焚き用のかまどに放り、ティンダーで火を付けた。
 普段はジッポを使う所だが、急いで薪に火を付ける場合は、やはりティンダーのほうが早い。
 後は薪に風を送り続ければいいだけなのだが、これが大変面倒くさい。
 幸いここの屋敷の風呂のかまどは、煙を外に排出してくれる便利なタイプだ。
 血の付いた服を着ているのも気分が悪いので、もう先に服を脱いで、全裸でかまどに風を送ろう。
 季節は冬だが火を焚いたかまどの前なら寒くない。

 俺はそう思いながら、服を脱ぎ、下着を脱いで…………。


 大変下品な話だが。
 下半身の違和感に気が付いた。
 いや、元々、ここに来る間に軽い違和感はあったのだ。
 下着に先っちょが張り付く様な。

 違和感の元を見ると、仮免とはいえ大人になっていたはずの俺の分身が、生まれたての子供の時の状態になっていた。
 それは何か接着剤的な物で強制的に。

 下腹部に、下向きの矢印が俺の分身を示しながら。矢印の上には、ある一文が書かれている。

『包○野朗、ここに眠る』

 そのまま風呂から飛び出した。

「めぐみん!! めぐみんはどこ行った! あのアマ、スティールでひん剥いて同じ目に合わせてやる!」
「……ん? めぐみんなら、何日か他所に泊まって来ると言って出てったあああああああ!?」
 真っ裸の俺を見て、雑誌を読みながらソファーでくつろいでいたダクネスが、そのまま雑誌に顔を伏せるが、今はそんな事に構っている余裕は無い。

 アクアが俺に、優しげな表情でぽそりと言った。
「……カズマ、安心して? そんなに恥ずかしがる事ないわ。だって、日本人男性の七割は…………」
「ちちちち、違うよバカっ! おおおお、俺はもうちゃんと大人になってるよっ!」

 俺は泣きながら風呂場に逃げた。


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 朝起きて広間に行くと、そこには暖炉の前のソファーの上で、三角座りしながら泣いているアクアの姿。
 そして、それをかいがいしく慰めているクリスがいる。

 昨日、風呂から出た俺が、ずっと部屋に引き込もっていた間に帰って来ていたらしい。

「……朝からどうしたんだよ? アクアが泣いてるのはもう見慣れたけど、これはこれで珍しい絵だな」
 メソメソ泣いているアクアを慰めていた、クリスが言った。
「え、えっと……。アクアさんが朝起きたら、瓶に閉じ込めてた雪精が居なくなってたんだってさ……」

 ……なるほど。暖炉の前の、アクアの座るソファーの隣にあるテーブルには、空の酒瓶と共に、同じく見覚えのある小さな空の瓶が置いてあった。
 いつまでもぐずっているアクアに、クリスが優しく、慰めるように。

「アクアさん、アクアさん、こう考えよう? 雪精は、アクアさんに飼われるよりも、自然に帰りたかったんだよ。だから、そっとアクアさんの前から姿を消したんだと思う。狭いお屋敷で飼うよりも、広い雪原でのびのび暮らさせてあげようよ?」
 そんなクリスの言葉に、一瞬アクアのぐすぐす言う声が止む。

「いや、溶けたんだろ」

「わああああーっ!!」
「キミって奴は! キミって奴は!!」
 俺の言葉に再び泣き出すアクアと、俺をバシバシ叩いてくるクリス。

 そんな二人に、俺は深々とため息をついた。
「悪いが、今の俺にアクアを構ってやれる余裕はないぞ。唯でさえ稼がないといけないのに、俺達の実力じゃ冬に無難にこなせるクエストは無い。つまり、金を稼ぐにはひたすらジッポ作り続けなきゃいけない訳だ。毎日毎日ジッポ作り。今日もジッポ。明日もジッポ! 違う商品考えてもいいが、それを商品化させるまでは相も変わらずジッポ作りだ!」

 別にジッポ作るのが嫌って訳じゃない。
 それに作業に慣れてきた今では、頑張れば日に五個ぐらいは作れるだろう。
 だが、元々これは安全にのんびり生きてく為に始めた、お手軽に稼げる割の良いバイトみたいなもんだ。
 合間に冒険行ったり遊んだり、そしてお茶でも飲みつつお気軽に、日に二つ三つほどジッポ作って小銭を稼ぐ。
 そして面白おかしく温い人生を生きていく。
 そんなハズだったのに、莫大な借金返す為に家に閉じこもってひたすら毎日同じ作業に従事する。
 一体どんな拷問だ。
 のんびり食い扶持を稼ぐ、趣味的な感じで物を作るのと、借金返済の為にひたすら物を作らされるのとでは、仕事の辛さが違うのだ。

 ため息をつきながら肩を落としている俺に、クリスが言った。

「そんなにお金が要るのなら、冬の間はクエストじゃなく、ダンジョンに潜ればいいんじゃないかな?」
今回書いてて、稲中思い出しました


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