白一色の鎧兜。
それは味気ない色ながらも、戦国鎧特有の華やかさは、僅かにも損なわれてはいなかった。
将軍の名に相応しく、決め細やかな意匠を凝らされた陣羽織。
白い冷気を発する刀は、わざわざ寄って見なくとも、恐るべき切れ味を秘めているであろう事は、一目で分かる。
冬将軍が八双の構えを取る。
そして日の下に白刃を煌めかせ、一番近くに居たダクネスに斬りかかった!
「くっ!?」
ダクネスが、それを大剣で受けようとするが……。
キンッと甲高い音を立て、ベルディアの猛攻にも耐えた大剣が、あっさりと真ん中で叩き斬られた。
「ああっ!? わ、私の剣がっ……!?」
冬将軍と、それと戦うダクネスから距離を取り、
「冬将軍。国から高額賞金を掛けられている特別指定モンスターの一体よ。精霊は元々決まった実体を持たないわ。そして精霊は、出会った人達の無意識に思い描く思念を受け、その姿へと実体化するの。火の精霊は、全てを飲み込み焼き尽くす炎の貪欲さから、凶暴そうな火トカゲに。水の精霊と言えば、清らかで格好良く知的で美しい水の女神を連想して、美しい乙女の姿に。でも、冬は街の人間どころか、冒険者達ですら出歩かない。……そう、日本から送られたチート持ち連中以外はね」
アクアが雪精を詰めた小瓶を握り、冬将軍について教えてくれる。
目の前の冬将軍は、息吹を行なう様に、総面の口からコオオオッと白い冷気を放っていた。
俺は剣を折られたダクネスの隣に立ち、目の前の冬将軍に油断なく剣を構え。
「……つまりこいつは、日本からこの世界に来たどっかのアホが、冬と言えば冬将軍みたいなノリで連想したから生まれたのか? なんて迷惑な話なんだよ、どうすんだこれ。冬の精霊なんてどう戦えばいいんだよ!?」
ハッキリ言って、目の前のモンスターにまるで勝てる気がしない。
一見人型の鎧武者だが、それが精霊が実体化した物だって言うのなら、状態異常に陥る事はないだろう。
頼みの綱のめぐみんも、今日はもう魔法が使えない。
アクアが、手の小瓶の蓋を開け、中に閉じ込めていた雪精を解放する。
「カズマ、聞きなさい! 冬将軍は寛大よ! きちんと礼を尽くして謝れば、見逃してくれるわ!」
アクアは言って、白い雪が積もる雪原に、そのまま素早くひれ伏した。
「DOGEZAよ! DOGEZAをするの! ほら、皆も武器を捨てて早くして! 謝って! カズマも早く、謝って!!」
ペタリと頭を雪に付け、プライドなどそこらに落としてきたらしい元なんとか様は、それは見事な土下座を行なった。
見ればめぐみんも綺麗な土下座を行なっている。
この何の迷いも無く土下座する二人を見ていると、いっそ清々しさすら感じられた。
冬将軍はと言えば、確かに土下座した二人には目もくれなくなった。
その分、俺とダクネスにその視線が向けられる。
俺も慌てて土下座を……。
と、俺の隣で未だ立ったままのダクネスを見る。
「……おい何やってんだ、早くお前も頭下げろ!」
隣では、悔しそうに冬将軍を睨み付け、斬り飛ばされた大剣の一部を捨て、立ち尽くすダクネスの姿がある。
「くっ……! 私にだって、貴族の娘であるというプライドがある! 誰も見ていないとは言え、父や私を慕ってくれる領民がいる以上、怖いからと、モンスターに簡単に頭を下げる訳には……」
面倒くさい事を言い出したダクネスの頭を、俺は両手で握っていた剣から左手だけを手放して引っ掴み、そのまま無理やり頭を下げさせた。
「いつもはモンスターにホイホイ着いて行こうとするお前が、何でこんな時だけしょうもないプライド発揮するんだ! 普段ドン引きの変態発言が多いクセにどうでもいい下ネタには恥ずかしがったり、お前の基準は色々おかしい!」
「や、やめろお! くっ、下げたくも無い頭を無理やり下げさせられ、地に顔を付けられるとかどんなご褒美だ!」
頬を赤くしながら形だけの抵抗を見せる変態の頭を、俺は左手で押さえつけ、そのまま自分も頭を下げた。
チラリと冬将軍の様子をうかがい見る。
すると、冬将軍はすでにその刀を鞘に収めていた。
俺はホッとしながらも、そのまま頭を下げ続け……
アクアが俺に、鋭く叫んだ。
「カズマ、武器武器! 早く手に持ってる剣を捨てて!!」
冷たい雪原の上に頭を付けながら、俺は右手に剣を握ったままだった事を思い出す。
俺は慌てていた為か、思わず腰を浮かせながら右手の剣を投げ捨てる。
当然頭が雪から離れ……。
頭を上げてしまった俺の目に飛び込んできたのは、鞘に収めた刀のツバの部分、そこに左手を添えた冬将軍の姿だった。
良く見れば左手の親指が、刀のツバをそっと押し、白刃を僅かに覗かせている。
それは、俗に言う居合いの構え。
それまで空いていた冬将軍の右手が、一瞬ブレた様に見えた。
そして聞こえる、チンと言う小さな音。
それは刀を鞘に収めた音だろう。
俺はそれを聞きながら、うっかり上げてしまった自分の目線が、なぜか冬将軍から雪の積もる地に向けられ、そのまま目の前に白い地面が迫って来るのを………………
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「……………………」
「……………………」
俺は呆然と突っ立った状態で、女神エリスと見詰め合っていた。
そこは、以前俺が初心者殺しにかじられ、殺された時に来た神殿みたいな部屋の中。
そこに相変わらず唐突に、俺は突っ立っている。
目の前には、長い白銀の髪に青い瞳。
相変わらずの、人間離れした美しさをしたエリス様。
その本物の女神様は、物凄く困り顔の表情で、ぽりぽりと指で頬を掻きながら話し掛けてきた。
「……あの、もうちょっと気を付けて生きてくださいね? 以前規約を曲げて生き返らせた時、凄く苦労したのに……。どうせ先輩が、また無茶言い出して生き返らせるんでしょうけれども、その度に苦労するのは私なので……」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。迷惑掛けてごめんなさい」
俺はペコペコとエリス様に謝った。
エリス様の言う通り、多分その内、アクアが生き返らせてくれるだろう。
「ええと……あの連中、大丈夫ですか?」
俺は自分が殺された事で、あいつらが、俺の敵討ちだ! と冬将軍に突っ掛かって行ったりしていないかを心配した。
だが杞憂だったらしい。
「ああ、大丈夫ですよ。皆さん大人しくしておられます。冬将軍は、あなたを斬った後は消えてしまった様ですね。今は先輩が、あなたの体の修復をしています」
それを聞いて安心したが、それはそれで少し寂しい。
まあ、そういう事なら待たせて貰うか。
死んでおいてなんだが、殺されたのが痛みも感じず一瞬だった所為か、それともいい加減慣れてきたのか。
俺は死んだと言うのに、なぜか平然と落ち着いていられた。
珍しい物を見るかの様に、俺は辺りをキョロキョロと見回していた。
「……死んだと言うのに、今回は随分と落ち着いていますね。ここに来る人達は、大概取り乱す方が殆どなのですが……」
「まあ、日本で一回、この世界で二回。計三回目ですし」
エリス様に答えながら、俺は改めて部屋を見回す。
……本当に、何も無い部屋だ。
そんなキョロキョロしている俺を、エリス様が無言で見ている。
俺も特にやる事も無く、結局俺とエリス様は無言で見つめ合う。
…………どうしよう、凄く気まずい。
何でこんな時に限ってアクアはちゃっちゃと生き返らせてくれないんだ。
しかし……。
「こんな何も無い部屋でずっと居て、退屈したりはしないんですか? この世界の人口がどれ程居るのかは知りませんけど、ホイホイ人がここに送られてくるものなんですかね?」
俺の疑問にエリス様が微笑みを湛えながら答えてくれた。
「そうですね。私が担当しているのは、モンスターによって命を落としてしまった人達のみですから……。普段はそこそこ忙しいですが、この冬の時期は皆さん外に出歩きませんから、とても喜ばしい事に、暇しておりますよ」
エリス様は、そう言って俺に、優しげにニコリと笑い掛けて。
あかん、ダメだ、なにこれヤバイ。
そうか、俺の異世界入りは何かが足りないとは思っていたんだ。
足りない物。そう、メインヒロインはここに居たんだ。
俺が顔を赤くしてうろたえていると、
「それに……。私もずっとここに居る訳ではありませんしね。他の者に代わってもらって、実はコッソリ色んな所に遊びに行ってるんです。……この事は、内緒ですよ?」
そう言って、イタズラっぽく片目を瞑り、笑いかけてきた。
お、おおう……。
俺が赤い顔でコクコク頷いていると。
《カズマー! カズマ聞こえるー? リザレクションは掛けたから、もうこっちに帰って来れるわよ。目の前の子に、門開けてもらいなさい》
いつもいつも、本当に間の悪い奴の声が聞こえてきた。
……もう少し時間掛けてくれれば良かったのに。
先程とはまるで正反対の事を考えながら、俺は思わず舌打ちしそうになる。
「もうちょっと後でいいよー。もっとエリス様と色々話とかしたいし。それまで俺の体大事に取っといてくれー」
俺は何も無い空間に向かって声を張り上げる。
エリス様が、えっ? と小さな声を上げ、ちょっと照れた様に恥ずかしそうに俯いた。
しばらく、シンと静まり返り。
《はあー!? あんた何言ってんの!? ちょっとバカ言ってないで早くこっち帰ってきなさいよ、早く帰って目一杯働いて、借金返さないといけないでしょ!?》
そのアクアの言葉に、俺は現実を思い出す。
莫大な借金。
そして、冬のクエストはやはり俺達には荷が重いという現実。
このまま生き返っても、大量の借金抱えたまま、この冬の間は屋敷に篭り、ちまちまジッポ作り続けるのだろうか。
そして、ようやく借金を返したとしても、あの三人と共にこれからずっと……!
……俺はアクアに答えず考えた。
しばらくそのまま考えて……。
生まれ変わって新しい人生をやり直す事にした。
「おいアクアー! 俺、もう人生疲れたしそっちに帰らない! 生まれ変わって、赤子から人生やり直す事にするわ! そっちの二人によろしく言っといてくれー!」
「ええっ!?」
エリス様が驚いた声を上げた。
そして……
《あんた何バカ言ってんの! ちょ、ちょっと待ってなさいよ!!》
慌てるアクアの声を聞きながら、俺はエリス様に向き直る。
「それじゃ、一つよろしくお願いしますエリス様。あまりわがままは言いませんが、もし叶うのなら、次も男の子として生まれたいです。後、可愛い義理の姉がいる家庭に生まれたいです」
「ちょ、その、待って! 待ってくださいね!?」
俺の言葉を聞いたエリス様が慌てふためく。
やがてアクアの声が再び響いた。
《カズマー! ダクネスが、早く戻って来ないとあんたを剥いて色々するって言ってるわよ。習い事は貴族の嗜み、活け花ぐらい出来るって言ってるんだけど》
おい。
おい止めろ、活け花するのに何で俺を剥く必要があるんだよ。
俺の体と活け花に、何の関係があるんだよ。
《あとめぐみんが、無言で何か始め……。えっ? めぐみん!? ちょ、ちょっとめぐみん!? ちょっ! カズマが! そんなにしたら、カズマがっ!!》
「おい止めろ! 俺の身体に何してんだ! 仏さんにイタズラすんな、バチ当たるぞお前ら!!」
一体俺の身体に何をされているんだろう。
俺が不安に思っていると、アクアが叫ぶ。
《めぐみん! めぐみーん!! ちょ、カズマ! 早くきてー、早く帰ってきてー!!》
「おい止めろ! アクア、二人を止めろ! 止め……! エ、エリス様、お願いします! 俺を帰してください! お願いします!!」
慌てる俺に、エリスがクスリと笑いながら、片手の指をぱちんと鳴らした。
そして目の前に現れたのは白い門。
俺は慌ててその門の前に立ち……。
「それでは、佐藤和真さん。今度は、あなたが天寿を全うした時に会えます様に。では、また! さあ、行ってらっしゃい!」
エリス様の送り出す声を受け、俺はそのまま門を開けた……!
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