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二部
10話
「泊ーめーてー」

 クリスが大きなリュックを背負い、屋敷に来た。

 結構な雪が降った。
 雪が降ると、もう冬の冒険者はやる事がない。
 正確には、駆け出し冒険者にとって冬の討伐は危険すぎるから誰もやらないのだ。

 雪が積もるこの季節、馬小屋は堪えたのだろう。
 俺もスキルを教えて貰ったし、それにダクネスの友人だ。
 寒くなったらクリスを泊めてやってもいいかと、以前からダクネスに頼まれていたのだ。
「部屋は使ってないのが大量にあるから、適当な部屋を使うといいさ」
 俺は屋敷の広間にて、ガチャガチャと胸当て等の装備を身につけながら言った。
 俺の言葉に、クリスが大喜びで背負っていた荷物を降ろす。
 友人がしばらく泊まる事になり、なんとなくダクネスが嬉しそうだ。

 荷物を降ろしたクリスが、クエストの支度をしている俺の姿を見て言った。
「いやー、悪いね! 冬の間、家事とか手伝うよ! ……あれ? キミ、この寒いのにクエストなんかに行くの?」

 俺は腰に愛剣を差しながら、ギリッと歯を食いしばり。
「莫大な借金背負ったからな! 背負ったからなっ!!」
 思わずいつもより大声で返していた。

 俺の隣では、すでに準備を終えためぐみんが、自分の杖を乾いた布で磨きながら、深々とため息を吐く。
「……まあ、ダクネスのお父さんの尽力で、支払いは、ある時払いでいいって事になりましたし。……それにしても、理不尽な話です……」

 それにダクネスが、重い鎧をガチャリと鳴らし。
「手柄を横取りされた事がよほど腹に据えかねたのだろうな。器の小さいあの豚領主は、ベルディア討伐の為に、大金使って腕利きの冒険者や傭兵を雇い集めていたらしいし。手柄をさらっていったカズマへの逆恨みと嫌がらせ……。後は人を集めるのに金を使ったから、褒賞を出し渋ったのだろうな」

 俺は篭手を付ける手を思わず止めて、
「何ソレひでえ。……って言うか、領主を知ってる口ぶりだな。まあ、ララティーナだしな、そりゃ領主ぐらい面識あるのか」
「ら、ララティーナと呼ぶな! ……私の父は、今は半分隠居の身だが国でも名の知れた重臣だからな。今もこの街でのんびりしてはいるが、領主の相談役と言う肩書きになっている。だもので、今でもたまに困った事があると、その領主が家に来るのだ」
 ほお。
 あの親父さん、娘の教育には大失敗した様だが、仕事の面ではあんな感じでも出来る男なのか。
 そういや国の懐刀がどうとか、めぐみんが言ってたな。

「……お嬢様、お父様のお力添えで借金の方もなんとかなりませんかね?」
「お嬢様と呼ぶな。……ならんな。父は極力あの豚領主には借りを作りたがらない。今回色々と尽力してくれたのも、父なりのカズマに対する礼らしい。これ以上の借りを作ると、また……」

 ……?

「また? なんだ?」
「……また私を嫁にくれと頼みに来るだろうな。私は、領主に何度も何度も求婚されていてな……。ううむ、家に相談に来る度に、イヤらしい目で私を見てくる。あの下卑た目つきとでっぷり太った身体、それでいて性欲も強く金に汚いと言う、貴族のお手本の様な奴だ。なんせ、父が相談役としてここに留まっているのも、王に頼まれ、その領主が不正をしないかの監視も兼ねているぐらいだからな。……とんでもない下衆で、ちょっとだけ私の好みに合わない事もないのだが、父が頑なに見合いを拒んでなぁ……」

 つまりダクネスが見合いしてもいいと思えるぐらいにロクでもなく、典型的な駄目な貴族か。
 まあ、ダクネスの親父さんのおかげで、支払うのは金が出来たらで良いって事になった訳だし。
 そもそも、要らなくなって廃棄したから廃城って言うんだし、それを魔王幹部に乗っ取られた時点で、俺達が城を攻撃したってしょうがない話だろう。
 こんなもの言い掛かりに近いんだから、屋敷は勿体無いがイザとなったら他の国に逃げちまうか。
 つか、借金六千万ってアホか。
 ロクな領主じゃなさそうだが、バックレたって借金ぐらいで、まさか命まで取りには来ないだろう。

 …………来ないよな?

「なあ、その領主ってねちっこい? 執念深かったりする?」
 それにダクネスがふふっと笑った。
「執念深いな。私がまだ子供の頃から、ずっと事ある毎に近づいて来ては口説いてきた。カズマもロリコンだそうだが、こいつは凄いぞ。子供はもとより、子を何人も生んだ人妻まで、欲しい女は全部手に入れるという悪評がある。私との結婚も諦めてはいまい。私と結婚すれば、我が家の家格が付いてくるのだ。父に何度も断わられて、私に対する愛憎が凄いらしいぞ。……そんなのにもし捕まったらどうなってしまうのか、考えただけでゾクゾクするな!」

「ロ、ロリコンじゃないから……っ! 俺は子供が好きなだけだから! ……って、おい変態、もしかしてウチのパーティにお前がいるのもあるから、こんな理不尽な要求突きつけられてるとかは無いよな? そこまでは恨まれてはいないんだろ?」
「……………………」
「おい黙るなよ。なんとか言えよ。おい」

 それには答えず、ダクネスが、誤魔化すように言ってきた。
「……今回の件で、お前がいつもより一割り増しぐらいで男前に見える」
「お前の好みを知ってるから、ちっとも褒め言葉に聞こえねえよ!」

 俺とダクネスのそんなやり取りを見ていたクリスが言った。
「……なんかキミ、知らない間に随分とダクネスと仲良くなったんだね?」
 頬の傷をポリポリと掻いて、面白くなさそうに言うクリス。
 そこに、なんだか楽しそうに自慢の杖をきゅっきゅと磨き続けるめぐみんが、余計な一言を。
「まあ、なんせ先日、ダクネスのお父さんに、娘をよろしく頼むと言われたぐらいの仲ですし」
「なななな、なにおーっ!?」

 よし、落ち着け。
 クリスが目を白黒させて俺を凄い勢いで見る。
 そのクリスに向けて、おれはどうどうと手で抑えた。
「落ち着こう、落ち着いて話をしよう。実は……」

 と俺が説明する前に、ダクネスが勝手に喋り出す。

「実は昨日の事なんだが……。カズマに、無理やり好きでもない男と結婚させられそうになってな。私はそいつと戦いなんとか男に負けを認めさせたのだが……。その後カズマが、痣だらけで下着もあらわな私にこの寒空の下、水をぶっ掛けた後昏倒させ……。目が覚めたら、なぜか父がカズマを認めていた」
「よし、表に出ろ、決闘だ!」
「ちちちち、ちがー! 大体合ってるけど、大分違う!」

 怒り狂うクリスの誤解を解くのに、えらく時間が掛かった事は省略する。





 きっちりと装備を整え、準備を怠っていないかを確認。
 なんせ、今日受けるクエストはいつもとは訳が違う。

「おい、そろそろそいつを起こしてくれ」

 準備を整えた俺は、めぐみんとダクネスに言った。
 二人の視線は、広間に備え付けられていた明々と燃える暖炉の前。
 そこに広間の真ん中に置いてあったソファーを勝手に移動させ、気持ち良さそうに眠りこけるアクアの姿。
 こいつは、寒くなってきてから部屋に戻らず、酒をここに持って来て、一日中暖炉の前を占領している。
 それにクリスが近寄り、起こそうとする。

「アクアさんアクアさん? みんなクエストに出掛けるみたいですよ? 起きてくださ……、あーあー……」
 クリスがアクアをユサユサと動かすと、それにともないアクアが口の端からよだれを垂らした。
 それをかいがいしくハンカチで拭いてやるクリス。
 なんだろう、バカな子供の世話をしている母親を見ている気分だ。
 口元を拭いてもらい、その感触でアクアが目を覚まし起き上がる。

「……はれ? あんた誰? ……っていうか、何か見た事ある……。なんだか懐かしい様な……」

 寝ぼけた事を言うアクアに、
「おい忘れるな、クリスだクリス。会った事あるだろ、ダクネスの親友の」
「は……はは……。どうも……」
 俺がアクアに説明すると、クリスが困った様にぽりぽりと頬の傷跡を掻いた。
 俺はよし、と気合を入れると立ち上がる。

「それじゃあ、クリス、まあ暖かくなるまで好きに屋敷は使ってくれ。じゃあ、働いてくるから留守番頼む」
「はいよー。では気をつけて。行ってらっしゃい!」





 ギルドに着いた俺達は、真っ直ぐにクエストが張り出されている掲示板に向かう。
 ギルドの中は飲んだくれ冒険者で賑わいを見せるにも関わらず、掲示板の前は閑散としていた。
 寒い上に危険なクエストしか無いとなれば、皆仕事などしたがらないのだろう。
「どれどれ……っと。……おお……。報酬は良いのばかりだが、本気でロクなクエストが残って無いな……」

 縄張りを広げてきた白狼の群れの討伐200万エリス。冬眠から覚めてしまった一撃熊が牧場に出没、討伐なら300万、追い払うなら50万。
 狼の群れなんて無理だな。
 大型犬より大きくて速いのが大量に襲ってきたら、まずやられる。
 狼なんて群れで狩りをする生き物だし、柔らかそうなめぐみん辺りを狙われたら防ぎきれない。

 熊は論外。
 俺とめぐみんが攻撃喰らったら、首を撫でられただけで即死だろう。
 しかも一撃熊とか物騒な名前なヤツに関わりたくない。
 後は…………。 

 ……おお?

「なあ、この雪精討伐って何だ? 名前からしてそんな強そうにも思えないんだけど」

 雪精討伐。
 一匹10万エリス。
 今まで倒してきたモンスターの中でも随分高い報酬だが、名前的には狼やら熊ほど強くは感じられない。

「雪精は基本的にとても弱いです。雪深い雪原に多く居ると言われ、剣で斬れば簡単に四散させる事が出来ます。ですが……」

 めぐみんの言葉に、俺はその張り紙を剥がし取る。

「雪精討伐? 雪精は、特に危害を与えてくる訳じゃ無いけども、一匹倒す毎に春が半日早く来るって言われるモンスターよ。それを受けるなら私も準備してくるわね」

 張り紙を剥がした俺に、アクアがちょっと待っててと言い残して何処かに向かう。
 めぐみんは雪精クエストを受ける事に文句は無さそうだ。
 と、ダクネスがぽつりと呟く。
「雪精か……」
 昨日あれから、強いモンスターと戦いたがっているダクネスは、雪精クエストは嫌がるかと思っていたが、なぜかちょっと嬉しそうだ。

 ……?
 ちょっと疑問に思いながらも、俺達はアクアを待って、雪精討伐に出発した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 街から離れた所にある平原地帯。
 そこが、今は一面真っ白に輝いていた。

 そして、きっとこれが雪精なのだろう。
 そこかしこに、白く淡い、手の平ぐらいの大きさの丸い塊が漂っていた。
 見るからに危険は無さそうだ。
 しかし、こんな特に害も無さそうな物の討伐で、なぜ十万エリスもの褒賞がもらえるのだろう。

 こいつを一匹倒す毎に春が半日早く来るだとか言っていたから、春に来て欲しい人達が高額の報酬を掛けているのかも知れない。

 クエストは、報酬が高額でも、必ずしも対象のモンスターが強いとは限らない。

 強さは普通で、人自体には危害は与えないが、畑の農作物を食い荒らすモンスター。
 弱いが、積極的に人を襲う、好戦的なモンスター。

 こう言った二つの場合、弱くても積極的に人を襲うモンスターの方が、大概報酬が大きくなる。

 雪精の報酬の高さも気になるが、俺はそれよりももっと疑問に思う事がもう一つ。

「……お前、その格好どうにかならんのか」

 俺は、虫網と小さな小瓶を幾つか抱えた、冬場に蝉取りにでも出かけていくバカな子供の様な格好のアクアに、呆れて言った。
 そんな俺に、アクアが、はあー? と言った、バカを見る様な目で俺を見た。
 この野郎。

「全く。いい? これで雪精を捕まえて、この小瓶の中に入れて置くの! で、そのままお酒と一緒に箱にでも入れて置けば、いつでもキンキンのクリムゾンビアーが飲めるって考えよ! つまり、冷蔵庫作ろうって訳! 何か作ろうってのはカズマだけじゃないのよ? どう? 頭いいでしょう?」
 ……何かオチが読めそうだが、本人が勝手にやる事なので好きにやらせておこう。

 



「めぐみん、ダクネス! そっちに逃げたの頼む! くそっ、チョロチョロと!」
 普段はゆっくり漂っているクセに、攻撃すると突然素早い動きで逃げる雪精。
 こいつに当てるのはなかなか困難だ。
 まあ、一匹十万なんて高額な褒賞が付いているのだから、これぐらいは当たり前なのか?
 俺は三匹目の雪精を仕留め、ほっと息を吐いた。
「四匹目の雪精取ったー! カズマ、見て見て! 大漁よ!」
 嬉々としたアクアの声にそちらを見ると、アクアは虫網で捕まえた雪精を、小瓶にきゅっと詰めていた。
 ……俺も剣より虫網の方が良かったかな。
 …………もしあんまり討伐出来なかったら、あいつの持ってる雪精も討伐してしまおう。

「カズマ、私とダクネスで追い回しても、すばしこくて当てられません……。爆裂魔法で辺り一面ぶっ飛ばしていいですか?」
 ダクネスと二人で追い回し、杖で叩き、ようやく一匹仕留めためぐみんが、荒い息を吐きながら言ってきた。
 白狼とか一撃熊とかが寄ってこないかとも考えたが、敵感知スキルで常時注意して、反応があれば逃げればいいか。
「おし、頼むよめぐみん。まとめて一掃してくれ」

 その言葉にめぐみんが嬉々として呪文を唱え……

「『エクスプロージョン』ッッッ!」

 何週間も時間は掛けたとはいえ、廃城すらも崩壊させた爆裂魔法が雪原の真ん中に放たれる。
 冷たく乾いた空気をビリビリと振動させて、轟音と共に白い雪原のど真ん中に、茶色い地面を剥き出させたクレーターを作り上げた。

 めぐみんが、すぐさま自分の冒険者カードを確認する。
「八匹! 八匹やりましたよ。レベルも一つ上がりました!」
 おお、やるなあ。
 と言う事は、俺が三匹、めぐみんが九匹。

 ……アクアの分も取り上げると、合計十六匹で、百六十万エリス。
 四人で割って、一人四十万か。
 まだ一時間も経っていないのにこの稼ぎ。
 なんだよ、冬の討伐は美味し過ぎるだろ。

 なんでこんな弱くて美味しい雪精討伐を誰もやらないんだ?

 ……そんな俺の疑問に答えるかの様に。
 俺達の前に、突然それが現れた。

「……ん、出たな!」
 ダクネスがそいつを見て、大剣を構えて嬉しそうにほくそ笑む。
 突如湧き上がる様に出現したそれは、敵感知スキルで逃げるどころの話では無かった。

「あ……ああ……、や、ヤバイ、ヤバイ……。カズマ、カ、カズマ……!」
 めぐみんが、杖を両手で握り、小さく震える声で呟く。

「……カズマ。なぜ冬になると、冒険者達がクエストを受けなくなるのか。その理由を教えてあげるわ」
 アクアが一歩後ずさり、そして、それから僅かにも目を逸らさずに。

 俺達の視線を集めるそれは、ズシャリと一歩、前に出る。

「カズマ。あなたも日本に居たんだし、昔から、この時期になると天気予報やニュースで名前ぐらいは聞いたでしょう?」

 それは全身を白く染め上げた重厚な鎧姿で、俺達に途方も無い殺気を浴びせつける。
 日本人である俺は、それを一目見て、もうアクアが言う前に何なのかを把握した。
 その馬鹿げた姿にもうアクアの言葉を待つまでも無いが、それでも俺はじっと待つ。

「そう、雪精達の主にして、冬の風物詩とも言われている……」

 日本式の白く重厚な鎧兜に、同じく真っ白で、素晴らしくキメ細やかな陣羽織。
 そして、白い総面を付けた鎧武者が、おぼろげな、白い冷気を漂わせる刀を握り立っていた。


 アクアが、真面目な顔で呟いた。
「………………そう、冬将軍の到来よ」
「バカッ! このクソッタレな世界の連中は、人も食い物もモンスターも、みんな揃って大バカだ!!」


 恐ろしく斬れそうな抜き身の刀を煌めかせ、冬将軍が襲い掛かってきた!


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