俺がダクネスの暴走を止めた後。
お嬢様が虫に刺されていないか確認したい、と俺達は見合い相手からちょっと離れた場所に移動し、見合い相手の方は、現在親父さんが時間を稼いでいた。
「おいどう言うつもりだっ! カズマ、お前私の手助けをしてくれるのではなかったのかっ!?」
俺はダクネスに襟首を掴まれ、廊下へと連れて来られていた。
ダクネスの隣には、俺より背の低いめぐみんが上目使いで冷ややかな視線を送っている。
現在は俺への詰問タイムだ。
「まあ落ち着こうかお嬢様。お前、一つ大事な事忘れているだろ」
「三人の時はお嬢様と呼ぶな! ……なんだ大事な事とは?」
ダクネスが少しだけ落ち着きを取り戻し、話を聞く姿勢になった。
「お前、自分の家の名前に傷付けないって所をすっかり忘れてるだろ。お前、ここでとんでもない悪評が立ったら一番困るのはお前なんだからな?」
俺の言葉にダクネスは眉をしかめた。
「何が困る! 悪評が立って嫁の行き手が無くなれば、心置きなく冒険者稼業が続けられる。最悪、父に勘当されてしまったとしても、それは覚悟は出来ている。……家を勘当され、先行きが不安になった私は、必死に生活しようと無茶なクエストばかり受けるようになるかもしれない。そして、やがてそんな無茶が祟り、力及ばず凶悪なモンスターに捕えられ、組み伏せられて……っ! …………そんな人生を送りたい」
「お前とうとう言い切りやがったな」
とんでもない願望を口に出した貴族のお嬢様は、さらに続ける。
「大体、あんな男は私の好みのタイプでは無いんだ。父が持ってくる見合いには、大概ロクな男がいないんだ」
それに、俺は首を傾げた。
いや、相手は結構なイケメンだったんだが。
「あいつ、そんなにダメな感じなのか? 俺は外見しか知らないんだが」
その疑問に、
「あの男の名はアレクセイ・バーネス・バルター。アレクセイ家というかなり大きな貴族の次男坊だ」
それにめぐみんが反応した。
「アレクセイ家のバルターって言ったら、もの凄く評判良い方ですよ? 次男って事で煩わしい権力争いには巻き込まれない立場で、その分伸び伸びと領地経営をしてる方ですね。領民の評判は凄く良くて、善政を敷き、平民相手でも分け隔てなく相手をしてくれる、大変出来た方だとか……」
めぐみんが、ダクネスの不機嫌そうな反応に、自分の解説が間違っているのかと不安になり、段々尻すぼみになっていく。
それにダクネスが不機嫌そうに頷いた。
「そうだ。この、次男で伸び伸び領地経営ができると言う所はまあ悪くはないな。堅苦しい宮廷での政務などが無いのはポイント高い。だが、その他がまるでダメだ!」
「そ、そんなにダメなのか、それは、知らないとは言え俺が悪かった……」
早まった事をしたかとちょっと後悔する俺に、ダクネスが続けた。
「そうだ! まずこいつは、人柄が物凄く良いらしい。誰に対しても怒らず、家臣が失敗しても、決して怒らずなぜ失敗したのかを一緒に考えようと家臣に持ちかける様な、変わった奴で……」
……? 良さそうな奴じゃないか。
日本に住んでいた頃そんな上司が居たら、俺だって働いていたかも知れない。
「そして非常に努力家で、民の為により知識を付けようと、日々勉学に励んでいるらしい。頭が良く、それでいて最年少で騎士に叙勲された程の剣の腕も持つ。悪い噂など聞かない、正に完璧を絵に描いた様な男だな」
………………。
「……あの、話聞く限り凄く良い人っぽいんですが……。ダクネスはその人の何が不満なんですか?」
汗を垂らしながらのめぐみんの言葉に。
「どこが!? 全部だ全部! まず、貴族なら貴族らしく、常に下卑た笑みを浮かべていろ! 初対面の時の、私を見る時のあの爽やかそうな視線はなんだ! もっとこう……。私が屋敷で楽な格好でウロウロしている時に、カズマが向けてくる様なあんな感じの舐め回す様ないやらしい視線で見られないのか」
「べべべべ、別に!? おおお、俺そんな視線で見てないし!?」
挙動不審になる俺に、ダクネスは尚も続ける。
「部下が失敗しても怒らない? バカが! 失敗したメイドに、おしおきと称してアレコレやるのは貴族の嗜みだろうが! あの男は何も分かっちゃいない、あの男の家臣は叱って欲しくて失敗しているんだ! 貴族なら、メイドを片っ端から孕ませるぐらいの甲斐性を見せろ!」
そんな奴はお前だけだ。
ダクネスは、いよいよ我慢ならないと言った風に拳を握って力説した。
「そもそも、私の好みのタイプはあんなほっといても出来る様な男とは正反対なんだ! 外見はパッとせず、体はひょろくてもいいし太っていてもいい。私が一途に想っていても、他の女に言い寄られれば鼻の下伸ばす様な意志の弱いのがいい。年中発情してそうな、スケベそうなのは必須条件だ。出来るだけ楽に人生送りたいと、人生舐めてるダメな奴がいい。借金があれば申し分ないな! そして、働きもせずに酒ばかり飲んで、俺がダメなのは世間が悪いと文句を言い、空の瓶を投げて私に言うんだ。おいダクネス、お前のそのいやらしい身体を使ってちょっと金を稼いで来い! …………んくう……っ!!」
力説を終え、頬を火照らせてブルリと身体を震わせるダメネスさん。
畜生、この女はもうダメだ、手遅れだった。
どうしようもない空気の中、無言で立ち尽くす俺とめぐみん。
「……もういい! 私は自分で見合いをぶち壊す! カズマ、私の邪魔をする気なら、それなりの覚悟をしておけよ!?」
ダクネスはそう言うと、怒りをあらわに見合い相手の元へと向かって行った。
残された俺とめぐみんがしばし無言で立ち尽くす。
やがてめぐみんが、棘のある口調で言ってきた。
「……カズマ、何のつもりですか?」
そんなめぐみんに。
「あの親父さんの顔見たろ。あれは本気で娘の心配してた顔だ。それに、相手も見たろ。これって、政略結婚ってよりも、真剣に娘の幸せ願ってる親の、ちゃんと薦めるお見合いって感じだな」
「……それが、何だって言うんです? 幾ら親だって、娘の人生勝手に決めるなんて……」
めぐみんが強い口調で言いかける。
俺は、それを最後まで言わせなかった。
「いや、ダクネスは貴族だろ。親が結婚を決める。これって、当たり前の事なんじゃないか? 貴族ってのは、生まれた時から贅沢も出来るし英才教育だって受けられる。……ダクネスを見てると、あんまりそうは見えないが……。でも、一般庶民の税金で食ってきた分、一般庶民より自由が無いのは当たり前だ。どんな身分でも良い所があれば悪い所もある。一般庶民は金が無い分自由がある。貴族は金はあるが自由は無い。生まれた時から贅沢してきて、そして自分の人生も好きに決めたい。そんなものは唯のワガママだ。……むしろ、よく今までこれだけ自由にやらせてもらってるなって思うよ俺は。そして、結婚相手は全く欠点の無い男と来たもんだ。お前、これで贅沢言ったら庶民が怒るぞ?」
長々と言った俺の言葉に、めぐみんが更に噛み付いた。
「……でも! だからって言ったって……っ!」
「まあ、それが一応の表向きの理由な」
俺の言葉に、めぐみんの動きが止まった。
「……えっ?」
俺はめぐみんにその場にしゃがむ様に促し、問い掛けた。
それはもう、真顔で。
「めぐみん。お前は馬鹿じゃない。だから言う。言うが……。ダクネスの本当の望みとか、願いってなんだ?」
めぐみんは俺と同じ様にしゃがみ込み、真面目な顔でそんな事を聞かれるとは思わなかったのか、戸惑った。
「え、えっと……? このまま結婚せずに、私達と一緒に冒険者を……」
無難な返事を返そうとするめぐみんに、俺は思わず大声で言った。
「違う! そんな上辺だけの綺麗な事を聞いてるんじゃない! お前は馬鹿じゃないんだから分かるだろ! 言え! ほら、恥ずかしがらずに言ってみろ! その口で言ってみろ! どんな表情で言うのか見ててやるから!」
「つ、強いモンスターとかに力及ばず連れさらわれて、凄くエッチな目に合わされる事です! ……カ、カズマ、これってセクハラ? セクハラじゃないですか?」
恥ずかしそうに半泣きになるめぐみんに、俺は更に続けて言った。
「セクハラじゃない! いいか? お前が大馬鹿だとしたら、あいつはもう手遅れの極バカだ! 夢はモンスターに拉致られて色々されたい? バカッ! お前親御さんに、言って来い! 言えるもんなら言って来い!! お宅の娘さんはこういった立派な夢があるんで結婚は取りやめて夢を叶えさせてあげて下さいって、今すぐ親御さんに説明して来い!」
「ごめんなさい! 言えません! ごめんなさい!!」
涙目になるめぐみんに、俺は更に追撃する。
「俺の国にはAV女優って仕事があってな、それはとてもエッチな仕事だ。別にその仕事を馬鹿にする訳じゃ無い。事情があって、しょうがなくそれになるってのなら仕方が無い。だがもし俺に、実家が金持ちな女友達がいて、私特にお金に困ってないけど、夢はAV女優になる事ですとか言い出したら、引っぱたいてでも止めるわ。親も泣くわそんなもん!」
「正論です! ごめんなさい、ごめんなさい!」
俺の勢いに気圧されて、なぜか謝り続けるめぐみん。
そのめぐみんが、何だかおどおどしながら言ってきた。
「あ、あの……。でも、それじゃあの人と結婚させる事が正解だって言うんですか?」
俺はめぐみんを納得させるべく、声を落として説明を始めた。
「俺だってそうは言わん。別に冒険者以外に道を見つけるならそれでもいいさ。というかな、今後は俺がダクネスを止めてやる事が出来なくなるからだ。……いいか、めぐみん。お前にはまだ言ってなかったが、俺は冒険者稼業をずっとやってく気なんてさらさら無い。こんなブラックな仕事は趣味とかでやるもんだ。……で、こないだジッポ作ったろ?」
「え……、ええ、まあ」
「あのジッポがな、一つ一万エリスって値段設定なのに飛ぶ様に売れてんだわ」
その言葉に、めぐみんは特に意外でもなかった様に言ってきた。
「まあ……。平均的な魔道具の値段考えたらそんな値段じゃ破格でしょうね。しかも、火って言うのは一生生活に使う物です。大事に使えばずっと使える道具ですし、あんな便利な物が一万で手に入るなら、誰だって買いますよ。あれに慣れたら、もう火打石なんて使えませんから」
まあ、そんなもんなのか。
火打石は一度使ってみたが、あれは素人に簡単に火を起こせるような物じゃなかった。
この世界の人達は良くあんな器用に使いこなせるもんだと感心したもんだ。
「俺が作れるジッポの数は、冒険の無い日に鍛冶スキルを稼働させて、まあのんびり作って一日三個ほど作れるかどうかだ。冒険せずに作り続ければ月に九十個。これが全部売れたとして、ウィズへのマージンに材料費を差っ引いても、月の儲けが五十万ほどになるんだ」
めぐみんがごくりと喉を鳴らす。
「つまり、もう俺は危険な冒険稼業をする必要は無い。でもそうなったら、お前らはどうする? 屋敷には適当に住んで貰えばいいさ。暇な時なら俺も冒険に付き合ってもいい。でも俺には、命の危険を冒さなくても割のいい収入を得る方法が見つかった。なんなら、めぐみんも手伝ってくれるならバイト代だって払うさ。アクアは知らん。あいつはいざとなったら芸でも何でも食っていける。……でもダクネスは? あいつは金を稼ぐのが冒険の目的じゃなくて、本来のアレな目的があるだろう? 俺達が冒険に出なくなれば、ほっとけば一人でクエストに行っちまうぞ。それも、とびきり危険なヤツに大喜びで。……あれは、そういう奴だろ?」
めぐみんが、いつの間にか俺の話に引き込まれた様に、真剣に聞き入っていた。
めぐみんが頷くのを見て俺は続ける。
「放っとけばいい話かもしれないが、それが出来るほど薄い関係じゃ無くなっちまった。別にダクネスが嫌いな訳じゃ無い。寧ろ好きか嫌いかで言えば、そりゃ好きだ。だからこそ、あいつのあんなバカな願望は叶って欲しくない。勿論余計なお世話だってのは分かってるし、俺はダクネスの男でもないんだから、束縛する権利も無い。人の人生勝手に決める権利だって無い。……でも、ワガママだがダクネスがそんな事になるのは嫌なもんは嫌だ。それに何でもかんでも本人の望み通りにさせてやればいいってもんでもないだろう?」
めぐみんがコクコク頷き。
「でも、だからってバルターさんに嫁がせればそれが上手く行くんですか? それに、ダクネスの好みの……」
「好みのタイプじゃないから可哀想なんてバカ言うなよ? さっきの好みのタイプは聞いたろ? お前ダクネスが、理想の男性見つけてきたってモロさっきのタイプの男を連れてきたらどうすんだ? いいか? 押し付けるんだよ、バルターってあの男に……。良い奴そうだし、ここは泥を被って貰おうぜ。バカな事しでかそうとするダクネスを、首に縄付けてちゃんと監視しといて貰おう。話を聞いた感じだと、あいつは次男で伸び伸びやってるんだろ? なら、結婚してもダクネスだってたまになら冒険に出ても良いって許して貰えるかも知れない。そうなったら、その時ぐらいは俺達が冒険に付き合ってやればいい。これなら、親は安心、俺も安心、ダクネスが危険な冒険に出る事も無くなるし、何より、手の掛かる三人の内一人が掃ける」
「手の掛かる三人に私も入ってますよねそれ」
俺は拳を振り上げ、立ち上がった。
「では始めるぞ! そもそも、冒険者稼業なんて一生できる仕事じゃ無いんだ、こんなブラック稼業、本当は辞められるなら辞めた方がいいに決まってる! ハッキリ言おう。あいつはバカだ! 百歩譲って、本人がどうしても冒険者を続けたいとか、そんなだけなら別にいい! 俺だって応援する! だがもう一度言うが、あいつはバカだ! 本来他人が人様の家の事に首突っ込むのはアレだが、目標はダクネスを無事嫁にやる事! それが無理なら、今後もいつでも寿退社出来る様に、ダスティネスの名前に泥を付けさせない事だ!」
「おい、私の目を見て話をしようじゃないか」
「失礼、お待たせしました」
「しました」
親父さんとバルターが歓談している間、チラチラとこちらを気にしていたダクネスの隣に、俺とめぐみんはスッと立つ。
「カズマの考えには納得はしました。でも、卑怯かもしれませんが、私はやっぱりダクネスには嫌われたくありません。なので、邪魔はしませんがフォローもしません。今日は私は黙ってます」
めぐみんはそう言って、そっとダクネスの隣に佇んだ。
するとダクネスが、俺にヒソヒソと耳打ちしてきた。
「……おい、悪い事は言わない、止めておけ。さもなくば、今日の帰りにはお前が死ぬほど後悔する様な事態にしてやるぞ」
何ソレ怖い。
だが、今の俺に脅しは効かない。
なんせ今は、ダクネスよりも強い味方が俺の後ろ盾として付いている。
そう。
「旦那様、差し出がましい様ですが、そろそろお嬢様とバルター様のお見合いを始めましょうか。お嬢様が、先ほどから待ちきれない御様子ですので」
その言葉に、余計な事を言うなとばかりにダクネスがぎりぎりと歯を食いしばった。
ダクネスの様子には気付かない親父さんが、俺の進言を嬉々として承諾した。
親父さん的には、俺が先ほどダクネスを黙らせる為に頭をはたいた事は特に気にしてはいない様だ。
むしろ、良くやってくれたとばかりにホッとしていた。
「よし! ではバルター殿、こちらへ。ララティーナ、さあ付いて来なさい。客間に行こうか」
ダクネスが、それを聞いて屈み込んだ。
「わたくし、ヒールの踵が折れてしまった様で……。バルター殿、お手を借りてもよろしいですか?」
言ってバルターに手を伸ばす。
俺にまたはたかれるのを警戒してか、口調だけはまともなお嬢様風になっているダクネス。
だがこれはいけない、絶対何かやらかす気だ!
俺はすかさず片手を出し、
「お嬢様、どうかお手を。幾らバルター様がお気に召されたからと言って、婚約前から甘えてはなりませんよ? バルター様申し訳ございません、本日のお嬢様は少々浮かれてあだだだだだだ折れる折れますお嬢様お戯れを、ちょ、やめ、お止め下さ、止めろってんだろお嬢様!」
俺は涙目になりながら、ダクネスに両手で全力で握られた手を振り払った。
こ、こいつ今、俺が手を出さなかったら物理的にバルターを締め上げようとしやがったのか!
「ど、どうされました? 大丈夫ですか?」
涙目で片手を押さえてうずくまる俺に、バルターが心配そうに声を掛けてきた。
なんていい奴なんだ、あんた頼むからこの狂犬を貰ってやってくれないか。
「うふふ、何でもありませんわバルター様。では参りましょうか」
スタスタと歩いていくダクネスを見送りながら、親父さんが手を押さえてうずくまる俺に、申し訳無さそうに手を合わせて頭を下げた。
「では、改めて自己紹介をさせて頂きます。アレクセイ・バーネス・バルターです。アレクセイ家の次男で、カロン地方に僅かながら領地を拝領しております」
ダクネスとバルターが、客間の白いテーブルを挟み、向かい合って座っていた。
バルターは、見ればかなりのイケメンだ。
鍛えているのだろう、頑丈そうなシッカリした体躯は、俺よりも頭一つぐらい背が高い。
そんなバルターは、穏やかそうな笑みを湛え、ダクネスを見つめていた。
ダクネスの隣には俺とめぐみんが不自然なぐらいに近くに立つ。
バルターはそれをちょっと気にした様子だったが、親父さんが何も言わないので口に出す事はしなかった。
「わたくしはダスティネス・フォード・ララティーナ。細かい自己紹介は省きますわね。カロンの田舎領主でも知っていて当然んんんっ!?」
いきなり失礼な事を言いかけたダクネスが、途端にテーブルに顔を伏せ、フルフルと小さく震えた。
「ど、どうされました?」
心配するバルターに、
「い、いえ……。その、バルター様のお顔を見ていたら何だか気分が悪くんんーっ!」
顔を耳まで赤くして、何か言い掛けたダクネスが再び顔を伏せた。
「お嬢様は、今朝からバルター様とお会いになるのを楽しみにしておりまして、少々舞い上がっておられるのです。ご覧下さいお嬢様の顔を。真っ赤になって照れているでしょう?」
「そ、そういえば顔が赤いですね……。い、いやお恥ずかしい……」
言いながら、俺は足元に力を込め、ダクネスにだけ聞こえる小さな声で囁いた。
そう、テーブルの下で、ダクネスの足をグリグリ踏みながら。
「……おいお嬢様、これ以上いらん事言ったらもっと強めに踏むからな」
そんな俺の言葉を聞いていたのかいないのか。
赤い顔で何だか荒い息でハアハア言い出したダクネスが、小さな声で呟いた。
「……ご、ご褒美だ……」
当家のお嬢様は何時だってブレない。
娘の様子に、親父さんは今テーブルの下がどういう状況かが分かったらしい。
すぐさま状況が分かると言う事は、親父さんは娘の性癖を知っていると言う事だ。
なぜ娘がこんなになるまでほっといたんだと叱ってやりたかったが、今はそれ所じゃない。
親父さんは俺とダクネスをフォローするべく、慌てた様にバルターに話題を振った。
「バルター殿、カロン領の方はどうだね? あそこは今不作だと聞くが……。何なら、支援もやぶさかではないよ? 親子になるかも知れないんだからね」
「はははっ! その折は是非とも! しかしご安心ください、不作は以前から予想しておりました。すでに対策は打ってありますのでご安心を」
ダクネスが赤い顔でプルプルしている間、和やかに話は進んでいく……。
これ以上は父親がいては邪魔だろうと言って、親父さんが立ち去って行った。
立ち去り際、親父さんに、頼むとぼそりと言われて。
今、ダクネスとバルターの二人は俺とめぐみんを引き連れて、ダスティネス家の庭を散歩している。
流石は有名な貴族の庭。
大きな池があり、冬に入るというのに、品種改良でもされた高級種なのか、そこかしこに色とりどりの花が咲き乱れていた。
「ララティーナ様は、ご趣味は何を?」
バルターが、見合いの定番の当たり障りの無い質問をした。
「ゴブリン狩りを少々ぐっ!?」
迂闊な事を口走るダクネスに、横から肘でわき腹を突く。
と、先ほどから不自然にダクネスに近い俺に、バルターが苦笑しながら小首を傾げた。
「……随分と仲がよろしいんですね?」
これには、俺がしまったと顔をしかめた。
やばい、やり過ぎたか。
俺がダクネスの評判を下げる要素になってどうする。
見合いに来て、目の前で見合い相手と執事がくっついていれば、面白い訳が無い。
俺がどう誤魔化そうかと言葉を選んでいると、それを察したダクネスが、俺にニヤリと笑いかけた。
こいつ、また何を……!?
「このカズマと言う執事とは特別仲が良く、毎日一緒におりますわ。食事もお風呂も何でも一緒、勿論、夜寝る時も……時も…………うう……」
バカな事を口走ったダクネスが、途中から顔を赤らめ言いよどんだ。
だから、お前の羞恥心の基準はどこにあるんだ。
「お嬢様は冗談が大好きでして。こうして、自分で口にしておいて恥ずかしがる可愛らしいお方なのです。ですよね? ララティーナお嬢様。どうしましたララティーナお嬢様? 顔が赤いですよララティーナお嬢様」
「うう……。お、覚えてろよ……」
ララティーナと言う可愛らしい名前を連呼され、歯を食いしばって涙目になるダクネス。
よし、これでしばらくは大人しくなるだろう。
それを見て、バルターがちょっと寂しそうに苦笑しながら呟いた。
「……本当に、仲がよろしいですね……。妬いてしまいますよ」
「またまたご冗談を。執事と主のほんのお戯れで……」
俺のその言葉を聞き、ダクネスがバッと俺から距離を取る。
おお?
「もうまどろっこしいのは止めだ! こんな事いつまでもやっていられるか!」
何を思ったか、ダクネスが着ていたドレスの長いスカートの裾を、思い切り良く引き裂いた。
白い太ももが露になり、エロネスさんの身体の線が嫌でも目に飛び込んでくる。
長いスカートを動き易く短くし、横の部分もスリットみたいに裂いていく痴女ネスさん。
思わず目を逸らすバルターに、ダクネスが大声で。
「おい、バルターと言ったな! クラスは騎士なのだから剣は使えるのだろう! 私もクルセイダーだ。今から修練場に付き合って貰おう。そこでお前の素質を見定めてやる。さあ、付いて来いっ!」
いきなりとんでもない行動に出たダクネスを止める事など、俺にはとても出来なかった。
「……この男を見ろバルター。貴族たるもの、常日頃から、このカズマのいやらしい目つきを見習うがいい!」
みみみみ、見てないし!
ちょっと気になってチラッと視線がいっただけだし!
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