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二部
7話
 ジリジリと、ベルディアと名乗ったデュラハンを冒険者達が距離を置いて取り囲んでいく。
 冒険者達の目の前にいるのは、ひよっ子冒険者の貧弱な武器でもダメージを与えられる、魔王軍の大物モンスター。
 運が良ければ自分でも討ち取れると知った冒険者達が、緊張を滲ませながらも期待を込めた表情で……。

「おい、どんなに強くても後ろに目は付いちゃいねえ! 囲んで同時に襲い掛かるぞ!」
 周りの冒険者に叫んだ、何だか聞き覚えがある声のその男は、確か……。

「おいダスト! 相手は魔王軍の幹部だぞ、そんな手で簡単に倒せる訳ないだろ!」
 テイラーが、他の冒険者と一緒にベルディアを囲み始めたダストに叫ぶ。
 なるほど、あいつらも来てたのか。
 テイラーの忠告を無視して、ダストが他の数名の冒険者達と共にベルディアとの距離を詰め、そして一気に……!

 ダスト達が襲い掛かろうとするその直前に、ベルディアは持っていた剣を地に突き立て。
「やっちまえっ!」
 叫びと共に襲い掛かろうとするダスト達を前に、持っていた自分の首を、空高くへと放り投げた。
 ぶんと投げられたベルディアの首は、その顔を地の方に向けながら宙に舞う。
 それを見た瞬間に、ぞくりとする。
 それは、俺だけじゃなくダストの仲間のテイラーも同じだったらしい。
「止めろ! 行くなダ……」

 テイラーが叫び終わる前に、ベルディアは一斉に斬りかかる冒険者達の攻撃を、まるで背中に目が付いているかの様に。
「えっ?」
 それは斬りかかった誰かの声。一体どの冒険者が言ったのだろう。

 アッサリと全ての冒険者の攻撃をかわしてのけたベルディアは、地に刺していた剣を両手で握り……。
「……えっ?」
 それは、呆然と呟くテイラーの声。

 ベルディアは、ダストを含む、斬りかかってきた冒険者全員を、瞬く間に切り捨てた。
 知り合いが何の躊躇も無くアッサリと目の前で命を落とす。
 その理不尽な無常さに、俺はこの世界の現実を思い知った。

 ドシャリと音を立てて崩れ落ちるダスト達。
 それを聞き、ベルディアが手を上に向けると、その手の平の上にベルディアの首が落ちてくる。
 何でもない事の様に、ベルディアが言った。
「次は誰だ?」
 その言葉に居合わせた冒険者達が怯む中、テイラーが叫びを上げた。
「こ、こんのやらあああああああ!」
「ちょ、ダメだよテイラー! 行っちゃダメだよ!」
 ダストが殺された事で激怒し、斬りかかろうとするテイラーをリーンとキースが止めている。

 ヤバイ、魔王軍の幹部マジヤバイ。
 俺はアクアの方を見ると、既に先ほどまでそこに居たアクアの姿は無く。
 この中で唯一切り札となりそうな力を持つアクアは、冒険者達と対峙するベルディアに目もくれず、ちょろちょろと斬られた冒険者達の死体の傍へと近寄り、一体なんのつもりかぺたぺたと死体を触っていた。
 頑丈そうな鎧を着た冒険者達がアッサリと斬り殺されたのを見て、悠然と立つベルディアの前には、もはや誰も立ち向かおうとは…………。

 ……一人居た。
「……ん。私が相手しよう」
 硬さには定評のあるダクネスが、ズイとベルディアの前に出た。
 ダクネスの特注品の重厚な白い鎧が、ベルディアの黒い鎧と相反する様に輝いている。
 ダスト達も鎧は着ていた。
 だが、この魔王軍の幹部はその着ている鎧ごと切り裂いたのだ。
 希少金属をあしらったダクネスの特注鎧でも、ベルディアの攻撃に耐えられるのだろうか。
 いや、ダスト達だって一端の鎧を着ていたんだ、鎧の強度なんてそこまで劇的に変わる物でもないだろう。
 俺がダクネスを止めるべきか止めないべきかを悩んでいると、それを察したダクネスが自信有り気に言い放つ。

「安心しろカズマ。私は頑丈さには誰にも負けない。それに、スキルは所持している武器や鎧にも効果があるんだ。アイツの剣は良い物だろうが、普通の者に金属鎧が、あんな、紙を裂く様に切り裂ける訳が無いだろう? アイツは強力な攻撃スキル持ちだ。私の防御スキルとどちらが上か、確かめてやる」
 何やら譲れない所があるのか、今日のダクネスは珍しく攻撃的だ。
 だが、受けるのは出来ても、お前の場合攻撃が当たらないだろうに。
「止めとけよ。あいつ、攻撃だけじゃなく回避も凄かっただろ。あれだけの冒険者が斬りかかっても当たらなかったものを、不器用なお前が当てられる訳ないだろ」
 俺の言葉にダクネスは、ジッとベルディアと対峙したまま。

「……聖騎士として、どうしても譲れない物がある。やらせて欲しい」
 何の事だかは知らないが、本人にはきっとどうしても譲れない何かがあるのだろう。
 大剣を正眼に構え、ダクネスがベルディアに向けて駆け出した!
「ほう、お前が来るのか。俺も元は騎士だった者だ、クルセイダー相手なら是非も無し。よし、相手になろうかっ!」
 ベルディアがそれを迎え撃つ。
 ダクネスが両手で握る大剣を見て、受け止めるのを嫌がったのか、ベルディアは身を低く落とし、回避の構えを見せている。
 そのベルディアに、ダクネスは飛び込むようにその大剣を……!

 ベルディアとの距離の目測を見誤ったのか、ベルディアの足先数センチほど前の地面に叩きつけた。
「…………は?」
 ベルディアが、気の抜けた声を上げる。
 そのまま呆然とダクネスを見ているが、同じ様な視線で他の冒険者達もダクネスを眺めている。

 やだもう、動かない相手すら外すなんて恥ずかしいっ! 
 この子、俺の仲間なんですけど!

 いや、素人が刀を思い切り振ると自分の足を切りつける事があるとか、そんな話は聞いた事はあるが、これは……。
 的を外したダクネスは当たらないのはいつもの事だとばかりに、一歩前に踏み出し、今度は横に大剣を切り払う。
 これは流石に当たる角度だったのか、ベルディアが身を更に低くし、ひょいとかわした。
「なんたる期待外れだ。もういい。……さて……」
 ベルディアがつまらない者を相手にしたとでも言いたげな口調で、ダクネスに袈裟懸けに、無造作にその剣を片手で一閃させた。

「……さて……。次は、誰…………、…………は?」

 討ち取ったという自信があったのだろう。
 だが、金属を引っかく様な鈍い音を立て、ベルディアの剣はダクネスの鎧の表面を派手に引っ掻いた。
 ダクネスが、一旦ベルディアから距離を取り。
「ああっ!? わ、私の新調した鎧がっ!?」
 鎧に出来た大きな傷を悲しげに見つめた後、キッとベルディアを睨みつける。
 鎧の傷は大きい物の、ダクネスの身体に届くような傷では無い。
 つまり……

「な、何だ貴様は……? 俺の剣を受けて、なぜ斬れない……? その鎧が相当な業物なのか? ……いや、それにしても……。先ほどのアークプリーストといい、お前らは……」
 何かブツブツ言い出したベルディアに、俺は弓を降ろして矢をつがえる。
「ダクネス! お前ならソイツの攻撃に耐えられる! 攻撃は任せとけ、援護してやる!」
 俺の言葉にダクネスが、目はベルディアに向けたままこくりと頷く。
「ん、任せた。だが、私にもこいつに一太刀入れさせる機会を作ってくれ。頼む」
 ダクネスの頼みに分かったとだけ叫び、ベルディアから離れた距離から矢を射掛けた。
 俺の姿を見て、他にも弓を使える冒険者達が次々とベルディアに矢を射掛ける。
 その中には、ダストを殺された事で怒りに燃えるキースの姿もあった。

 ベルディアが、手に持っていた首を空に投げた。
 兜の顔の部分は、またもや下を向いた状態で投げられており、迫り来る矢の雨を両手に握った大剣で次々と斬り飛ばす。
 あの、宙に放り投げた首で空から全体を見渡しているのだろう。
 だが、仮にも魔王の幹部様を、矢を射掛けただけで倒せるとは思っていない。

「ダクネス、しばらく耐えることに専念しろよ! ……魔法使いのみなさーん!!」
 俺の呼びかけに、自分の仕事を思い出した魔法使い達が次々と魔法の詠唱を始め、他の冒険者達も自分に出来る事が無いかと動き出した。

 そう、これは魔王の幹部との戦争だ。
 冒険者の街にモンスターにノコノコと侵入されているのだ。
 無事に帰してやる理由が無い。
 だが、魔法の詠唱を始めた魔法使いにのみ、ベルディアが地に剣を突き立て、開いた手で次々と指で指す。
「お前らまとめて、二週間後にィィィ! 死にさらせェェ!!」
 ベルディアが、魔法を詠唱していた魔法使い達にまとめて死の呪いを掛けた。
 自分が死の宣告を受けたと言う衝撃に、魔法使い達がうろたえ、次々と詠唱を止めてしまう。
 参戦しようとしていた他の魔法使いは、死の宣告を受けた同業者の姿を見て、顔を引きつらせながら魔法を唱えるのを躊躇した。

 このクソデュラハン、嫌らしい手を使いやがって!
「よし、今度は本気で試してみようか!」
 ベルディアが、叫ぶと同時に再び自分の首を舞い上げた。
 そして俺達を庇う様にベルディアの前に立ち塞がるダクネスに、大剣を両手で構えて襲い掛かる。

「あああああっ!? ダ、ダクネスーっ!」

 後ろから、聞き覚えのある悲鳴が上がる。
 それはダクネスの相方だったクリスの声。

 この場には、この街の殆どの冒険者達が集まっている。
 見覚えのあるあの人も、あのモンスターの弱点を教えてくれたあいつも。
 剣を手に攻めあぐねている、俺にネロイドって飲み物があると教えてくれたあの子も。
 槍を手に、ベルディアの背後に回り込もうとしている、最初は俺をからかってばかりいたあのおっさんも。

 ダクネスが崩れれば、ベルディアは気まぐれに、本当にこの場の全員を皆殺しにするかもしれない。
 それが分かっているからなのか、襲い掛かるベルディアに、ダクネスが正眼に構えていた幅広の大剣をくるりと返し、剣の腹を前に出し、盾にでもするかの様に一歩も退かず、掲げ立つ。
 兜を着けていない頭以外は好きに攻撃しろとでも言わんばかりに。

「潔しっ! これで、どうだっ!?」
 ベルディアが両手でしっかりと構えた大剣から放つ、常人離れした無数の斬撃が、ダクネスの鎧に向けて放たれた。
 金属を引っかく不愉快な音と共に、ダクネスの鎧に無数の刃傷が刻まれる。
 常人なら細切れにされてもおかしくないその斬撃に、だがダクネスは微動だに一つせずに立ち塞がった。
 ベルディアは強烈な連続攻撃を一旦止めて、空から落ちてきた首を片手で受け止め、ほお……と、ダクネスのタフさに感心した様に、そのまま片手で剣を振るう。

 俺が魔法使いの連中を見るも、その殆どが呪いを受けたショックで青い顔で立ち尽くし、僅かな者が意を決した様に再び魔法を唱え出していた。
 と、俺の頬に温い何かがピッと振り掛かる。
 手の甲でそれを拭うと、それは……
「おいダクネス、お前手傷負わされてんのか! もういい下がれ! 冒険者全員で走って逃げて、あいつから距離を取って、もう街の一部ごとめぐみん使って吹き飛ばそう! おい、下がれっ!!」
 俺の傍で杖を握り、めぐみんはこの凄まじい攻防に目を奪われながらも、俺の言葉にこくこく頷く。

 頬や鎧の切れ目から、所々血を流し、だがダクネスは下がらない。
「クルセイダーは、背に誰かを庇っている状況では下がれない! こればっかりは絶対に! そ、それにだっ!」
 カッコイイ事言うダクネスが、頬を赤くし、必死の抵抗を続けながら。

「それにっ! こ、このデュラハンはやり手だぞっ! こやつ、先ほどから私の鎧を少しずつ削り取り……! 全裸に剥くのではなく中途半端に一部だけ鎧を残し、私をこの公衆の面前で、裸より扇情的な、あられもない姿にして辱めようと……っ!」
「えっ!?」
 ダクネスの言葉に一瞬手を止め、ちょっと引くベルディアに、俺は弓を引き絞りながらこんな時でもブレない本物を罵倒する。
「時と場合ぐらい考えろ、この筋金入りのど変態が!!」
 俺の罵声にダクネスがビクンと震え、
「くう……! カ、カズマこそ時と場合を考えろっ! 公衆の面前でデュラハンに痛めつけられているだけでも一杯一杯なのに、これでカズマまでもが罵倒したら……っ! お、お前とこのデュラハンは、一体二人がかりでこの私をどうするつもりだっ!」
「ええっ!?」
「どうもしねーよこのど変態が!」


「ちょっと横から邪魔するよ! ダクネスをイジメんな! こんな時こそ、『スティール』だっ!」


 馬鹿なやり取りをしていた俺達の、その隙を付いたように。
 潜伏スキルでも使っていたのか、横合いから突如飛び出したクリスが、ベルディアに向けスティールを叫んでいた。
 チャリンと音がして、クリスの手に小さな袋が握られる。
 それを見て、ベルディアが低く笑った。

「おっと、この俺相手に一発でスティールが成功したのか。おい盗賊、ついてるな! それはお前らみたいなコソドロ対策の残念賞だ、取っておけ!」
 ベルディアが、そのままクリスを指で指す。
 あかん、流石は戦い慣れした魔王の幹部、スティール対策もバッチリか!
 きっと小銭でも入れたあの小さな袋を、あちこちに隠してあるのだろう。

 ベルディアがクリスに死の宣告をしようとするのを見たダクネスが、剣を捨て、そのままベルディアに駆け出し。
「私の悪友に手を出すな!」
 こんなに怒ったダクネスなど見た事無い。
 ダクネスは叫ぶと同時、素手のまま、ベルディアに向かって肩口から体当たりした。

 だがベルディアはそれも易々と身をかわし、余裕たっぷりに大剣を握り締める。

 マズイ、ダクネスは急いで飛び出すために、重い剣を投げやがった。
 気が付くと、俺は周りに叫んでいた
「盗賊、頼むー! 万に一つ、こいつから剣を奪っちまえば俺達の勝ちだっ! スティール使える奴は協力してくれっ! 『スティール』っ!」
 叫ぶ俺の手元には、チャリンと音を立てる小さな袋。
 俺の呼びかけに、いつの間に近くまで潜伏し、寄って来ていたのか、そこかしこからワラワラと盗賊風の男女が姿を現す。
「「「『スティール』ッ!」」」
 次々と掛けられるスティールに、失敗する者、成功する者。
 だがその僅かに成功した者の手には、小さな子袋が握られている。
 ベルディアはもはや群がる俺達を気にする様子も見せず、素手で無防備になったダクネスの元へと剣を構えた。

 魔法やスキルは魔力を使う。
 スティールだって例外じゃ無い。
 なら、込める魔力を増やしたら?
 俺の持ち前の運の良さと重なって、都合よく剣を盗めたりはしないのか?

 俺は腹の底から全力で叫んでいた。
「『スティール』ッッッ!!」
「……ムッ!?」
 ベルディアのいぶかしげな声と共に、自分の手にズシリと重い存在を感じ取る。
 それは…………

「おい貴様、俺の弁当返せ」
「アンデッドが飯食ってんじゃねえ!」
 俺は奪った弁当をベルディアに投げつけた。
 ベルディアは、せっかく返してやった弁当を受け取ろうともせず、持っていた首を、再び高々と放り上げた。
「「ああっ!?」」
 それを見た冒険者達から悲鳴が上がる。
 そう、ベルディアが首を投げた後は、開いた両手によるあの凄まじい連激が始まるからだ。

「ダクネスをイジメんなっつってんだろ! 『スティール』ッッッッ!!」

 それは、ダクネスの一番の親友のスティールだった。
 強い想いと魔力の込められたスティールは……!

 俺がベルディアを見ると、そこには剣を両手で握り締めたままの姿があった。
 ベルディアは、そのままあの凄まじい斬激を。


 放つ事は無く、そのままぽつんと突っ立っている。
 ………………?
 何が起こったのかとシンと静まり返っているその場に。
 何だか困った様な、それでいて、自分でも何が起こったのかと半信半疑な声で。

「あ、あの…………」
 ベルディアが声を震わせながら。

 そう、声を出せる頭を宙に投げたはずのベルディアが、声を震わせながら。
「あ、あの……。首、返してもらえませんかね…………」

 首を両手でしっかり持ったクリスと至近距離で見つめ合いながら、ベルディアがぼそりと呟いた。



「クリス、パース!」

 俺の言葉に、首を持ったまま呆然と固まっていたクリスは、はっと我に返り、俺に向かって首を放った。
 俺はそのままその首を……
「おい、お前ら行くぞ! サッカーしよーぜ! サッカーってのはなあ! 手を使わず、足だけでボールを扱う遊びだよ!」
 冒険者達の集団の真っ只中に、思い切り蹴り込んだ!

「ああああああ! ちょ、おいっ、や、やめっ!?」

 冒険者達の只中に放り込まれたベルディアの頭は、今までジレて待っていた冒険者達の格好のオモチャにされた。
「ひゃはははは! これおもしれー!」
「おい、こっちこっち!」
「やめっ!? ちょ、いだだだ、ちょ、やめえっ!?」

 頭を蹴られるベルディアの、その体の方は片手に剣を握り締め、前が見えずにワタワタとうろたえている。

「おいダクネス。一太刀食らわせたいんだろ?」
 ダクネスの大剣を渡してやると、荒い息を吐きながらあちこちから血を垂らしていたダクネスが、大剣を構えてベルディアの体の前にゆらりと立つ。
 その間に、俺は……
 おっと、居た居た!
 何してやがんだあいつは。

 俺はベルディアに斬られた死体の傍で、屈み込んで何かをやっていたアクアにちょいちょいと手招きする。
 それに気付き、ばたばたとこちらに駆けて来るアクアを尻目に、ダクネスが大剣を大きく振り上げた。
「これはっ! お前に殺された、私が世話になったあいつらの分だ! チマチマと何度も斬りつけるつもりはない! まとめて、受け取れえっ!!」
 ダクネスが叫び、そのまま大剣を振り下ろした。
「ぐはあっ!?」
 遠くで頭を蹴り転がされているベルディアが、人だかりの中からくぐもった声を上げる。
 ダクネスの剣は吸光鉄の鎧を打ち砕き、胸元にザックリと大きな傷跡を残していた。
「おし。アクア、後は頼む」
「任されたわ!」
 アクアが片手をベルディアの身体に突き出し。
「『ターンアンデッド』!」
「ちょ、待っ……! ぎゃああああああー!」
 アクアの浄化魔法に、遠くからベルディアの声が聞こえる。
 鎧が大きく砕け、流石に今度は効いた様だ。
 ベルディアの身体が淡い光に包まれて、その存在が薄くなり、消えていく。

 ベルディアの首の方も消えていったのか、人混みでは冒険者達がどよめいていた。

 こうして、何が目的で城にやってきたのかも良く分からずに、魔王軍の幹部はこんな所で討ち取られた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 勝利に沸く冒険者達の声を聞きながら、傷だらけのダクネスは、片膝を付いてデュラハンの体のあった場所の前で、祈る様なポーズで目を閉じていた。
 そのダクネスに、クリスが恐る恐る声を掛けた。
「……ダクネス、何してるの?」
 それにダクネスは、目を閉じたまま、まるで独白の様に答える。
「……祈りを、捧げている。デュラハンは不条理な処刑で首を落とされた騎士が、恨みでアンデッド化するモンスターだ。元々、こいつとてモンスターになりたくてなった訳ではないだろう。自分で斬りつけておいて何だが、祈りぐらいはな……」
 そっか、と呟くクリスに、尚もダクネスは独白を続けていった。

「……腕相撲勝負をして私に負けた腹いせに、私の事を鎧の中はガチムチの筋肉なんだぜとロクでもない大嘘を流してくれたセドル。おいダクネス、団扇代わりにその大剣で扇いでくれ! なんなら当ててもいいけど、当たるんならな! と、バカ笑いして私をからかって来たヘインズ。そして……。一日だけとはいえ、パーティを組み……。何で初心者殺しに突っ込んでくんだと泣き叫びながら私を罵ったダスト。……みんな、あのデュラハンに斬られた連中だ。今思えば、ロクでもない連中ながらも、私は連中をそれほど嫌ってはいなかったらしい…………」
 そのダクネスの言葉に、なぜか戸惑った様にクリスが。
「え、えっと……、う、うん。そっか。それじゃ、続きは後で聞いてあげるからね。とりあえず、ギルドに戻ろっか」
 慌てたように言うクリスに、ダクネスは目を閉じたまま。
 そっと優しげな声で囁いた。
「……あいつらに、もう一度会えるなら……。一度くらい、一緒に酒でも飲みたかったな…………」
 その、ダクネスに。

「「「お……おう……」」」
 後ろから、戸惑った様な声が掛けられた。

 ビクリと震えるダクネスの後ろで、恥ずかしそうに照れている三人の男達。
 それは確かにベルディアに斬られた冒険者。
 それを代表するかの様に、ダストがオズオズと、申し訳無さそうに。
「そ、その……。わ、悪かったな色々と。お前さんが俺達に、そんな風に……」
「あ……、ああ。その、悪かったよ、腕相撲に負けたぐらいで変な噂立てちまって……。こ、今度奢るからよ……」
「剣が当たらない事、実は結構気にしてたのか? その、わ、悪かったな……」

 三人の言葉に、ダクネスが祈りを捧げるポーズで目を閉じたまま震え出し、頬がみるみる赤くなる。
 そこに嬉々とした声で、空気を読まずにアクアが言った。
「任せてよダクネス! 私に掛かれば、あんな死にたてホヤホヤの死体なんてちょちょいと蘇生よ! 良かったねダクネス! これで一緒にお酒飲めるじゃない!」

 多分そのアクアの発言には、悪気は無かったのだろう。
 だが当のダクネスは、アクアの言葉に、背後にダスト達が居るとも知らずに続けた自分の独白を思い出し、涙目で震えながら、その赤い顔を両手で覆って座り込んだ。

「良かったじゃないか、みんなとまた会えて。ほら、飲みに行って来いよ」
 俺がほがらかにダクネスに声を掛けると、ダクネスが両手で顔を覆ったまま呟いた。

「……死にたい……」

 俺はそんなダクネスに。
「お前、常日頃から攻められたがってただろ。遠慮すんなよ、これから三日間ぐらいこの事話し続けてやるから」
「こ、こ、この羞恥責めは、私の望む羞恥責めと違うから……っ!」


 ダクネスが、部屋に三日ほど引き込もった。


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