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二部
2話
「そういや、前もそんな事言ってたわね。でもお店を出すって言ったって、何のお店を出すつもり? 商売の経験なんてないでしょ? ここに来る前は、近所の小学生にゲームの腕を自慢して喜んでる様なロリニートだったんだし」
「おっと、こいつは一本取られたな! おい、お前の着てる羽衣だか神器だかをよこせ。売っ払って店の開業資金の足しにするから。自分で脱がないなら、スティールでひん剥いてやる」
 アクアの挑発に、俺は慌てて逃げようとするアクアに、スティールを唱える構えを見せる。

「まあまあ。えっと、カズマは何か商売の当てでもあるんですか? まあ、カズマの幸運が高いのは知ってますし。商売人に必要なのは機転でも知恵でもなく、騙されて仕入れてしまったガラクタを、流行の品に変えてしまえるほどの強運だ、ってのは、一文無しの状態から世界に名だたる大富豪になった大商人の格言ですが……。アクアも言いましたが、お店って、何の店を出すつもりで?」
 めぐみんの言葉に、ダクネスの後ろに隠れて俺のスティールに怯えるアクアは、とりあえず置いておく。

「お前らには言っておくけどさ。俺、この国の人間じゃないんだよ。細かい事は省くけど、えらい遠くの国って言うか。で、だ。俺の国にあった便利な物ってのは、この国って言うか、少なくともこの街には無い。なので、それら便利グッズをお手軽に作って売りさばこうって思ってな」
 俺の言葉に、ダクネスが首を傾げた。

「便利グッズ? ……例えばどんな物だ?」
「うーん。沢山あるが……。例えば、この街にはライターなんて物は無いだろ? ガスライターは無理だとしても、この街にはオイルとかはちゃんとあるのに、ジッポとか使ってる人は見た事無い。ティンダーなんて着火魔法があるから誰も発明しないのかも知れないが、お手軽に火を起こす道具って見かけないよな」
「おおっ。言われてみれば」
 俺の言葉に、アクアがぽんと手を打った。

「「ジッポ? ライター?」」
 何かに納得した様なアクアとは対称的に、ダクネスとめぐみんが首を傾げた。
 そして、ダクネスが懐から何かを取り出し。
「こういった、火打石ではいかんのか? 火なんて誰でも起こせるだろうに」
 言って、カンカンと火打石を叩いて火花を散らす。

「そんな、藁とかに一生懸命火花を散らして、時間かけてフーフーするやり方じゃなくてさ。言ってみれば、子供だろうが誰だろうが簡単に使えるティンダーの魔法みたいな物だ。ティンダーって、誰でも使える訳じゃないだろ? しかも、攻撃力が無い初級属性魔法は習得する人が少ないって聞くし。おいアクア、お前ならライターの便利さが分かるだろ」
 俺の言葉にアクアがこくこく頷く。
「分かるわよ。火打石って時間掛かるのよね。野外でキャンプする事が多い冒険者は勿論、一般家庭の奥様まで、ライターは幅広く売れると思うわ」
 俺とアクアの言葉に、めぐみんが考え込む。
「まあ、本当にティンダーの魔法みたいに一瞬で火が点けられるのなら、それは誰でも欲しがるとは思いますが。でも、そんな便利な魔道具を買う人なんて、一部の上流階級の人しかいませんよ? 一つ何十万エリスで売る気かは知りませんが……」
「いや、俺の国じゃ一つ百エリスぐらいで売ってるんだよ、そんな便利グッズが」
「えっ!?」
 めぐみんが驚くのも無理は無い。
 この世界では魔道具の類は非常に高い。
 部屋を涼しくするクーラーみたいな魔道具があるのだが、これが一つ数百万からするとか。
 当然そんな物は貴族だのと言った、上流階級の連中しか持ってない。

「ジッポぐらいなら、火打石とオイルはすでにある訳だし、あの火花を散らすシュッてする部分を作れればなんとかなると思わないか?」
「あの、シュッてする部分ね。あれぐらいなら、カズマが鍛冶スキルでも取ってくれば何とかなるんじゃないかしら」
 シュッとする部分と言っても、ライターやジッポの現物を知っているアクアと俺だけにしか通じない話だが、鍛冶スキルとやらを取ればなんとかいける様だ。

 現在の俺のレベルが22。
 千里眼と狙撃スキルの習得にそれぞれ15ポイントずつ使ったが、今の俺のスキルポイントの残量はまだ70ポイントもある。
鍛冶スキルがどれだけポイント喰うのか分からないが、スキルポイントは充分足りるだろう。
 となると、鍛冶スキルを教えてくれる奴を探さなければいけないのだが……。

 その事を三人に相談すると、
「……ん、心当たりがある。私の鎧をオーダーメイドした所の主人なら、頼めば教えてくれると思う。ちょっと行って頼んでみようか」
「私の杖をマナタイト製に改造して貰ったあそこですね? 私も顔馴染みですから一緒に行きますよ。そして、私からもお願いしてみます」
 ダクネスとめぐみんが鍛冶スキル習得の交渉を買って出てくれた。
 俺も一緒に行って頼むべきなのかもしれないが、スキルを覚える前に、俺もちょっと寄りたい所がある。
「それじゃ、二人に頼んでもいいか? 俺はちょっとアクアと一緒に行く所があるんだよ」
 俺のその言葉に、アクアがきょとんとしながら自分の顔を指差した。

「……私?」


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「ねえねえどこ行くの? って言うかカズマ、店を出すって前から言ってたけど、冒険者辞めちゃうの?」
 俺の後ろを付いてきながらアクアが言う。

「ちがわい。せっかく異世界に来たんだし、冒険者稼業は勿論続ける。そもそもそれがしたくてこの世界に来た訳だしな。でも、できれば安全で怖くないクエストな。つまり、俺にとって冒険稼業は趣味だ。ぶっちゃけ、こんな割に合わない仕事を本業にはしたくない。モンスターの返り血と泥に塗れて命がけの仕事をして、その日の稼ぎが数万円ってどれだけブラックなんだよ。俺は魔王だとか言った物騒なのを何とかしたいとは思わないし、冒険者として大成功したいとも思わないし、そもそも、出来るとも思えないしな。日本で得た知識と技術で濡れ手に粟で楽して稼いで、たまにちょろっと冒険して、そんな感じのぬるま湯人生を送りたい。ただ、それだけだ」
 俺のしみじみと実感の込もった本音に、なぜかアクアが関心した様な顔をした。

「はー……。さすが長年ニートやってた訳じゃないわね、何ていうか凄く後ろ向きでいて、でも悪くない考えよ。特に、濡れ手に泡で楽して儲けるって所には共感が持てるわ。……それはいいんだけど、一体どこに向かってるの?」

 褒めているのか分からないアクアの言葉を聞きながら、俺は目の前の目的地であるマジックショップを指差した。






「おらー! 出て来いアンデッド! あんたに引導渡しに来てやったわよっ!」
 叫びながら、アクアがウィズの店のドアを蹴り開けた。
「な、何!? 強盗!? ヤクザ!? ……ひいっ! ア、アクア様っ!!」

 なんだか強盗やヤクザよりも恐れられている感じのアクア。
 突然のアクアの襲撃に怯えるウィズに、遅れて店に入った俺は敵意が無い事を示す様に笑いかけた。

「ようウィズ、久しぶり。今日はちょっと相談したい事があって来たんだ」
「あんたの墓石にはなんて彫るのかって相談よ!」

 訳の分からない事を口走るアクアは無視して俺はウィズに相談を持ちかける。
 と言うのも、俺が鍛冶スキルを取ったとしても、いきなり店を出す金も無く、商品を作っても置いて貰える場所が無い。
 そこで、ちょっとの間ウィズの店の空いている所で置かせて貰えないかと思った訳だ。

「ウィズにちょっと、頼みたい事があるんだよ」
「頼みってのは他でもないわ、今からサクッと成仏して頂戴って事よ!」

 俺は喧しいアクアを押しのけ、ウィズに事の次第を説明する。
 ある便利な道具を作るから、良ければ置かせてもらえないかと。
 売れた場合は、勿論ウィズの店にも利益は払う。
 置いてもらえるかどうかは物を見てからでいい、と。

「どうだろう、こんな事頼めるのはウィズぐらいしか居なくてさ」
「つまりカズマが言っているのはこういう事よ、これからこの店は私達が経営するからとっとと店の権利書をいだいっ!!」

 いつまでも喧しいアクアの後頭部をダガーの柄で殴って黙らせ、俺はウィズに頭を下げて頼み込んだ。
 店の床を頭を押さえて転がり回るアクアに怯えながらも、ウィズが優しげな微笑を浮かべ。
「そんな事ならちっとも構いませんとも。寧ろ商品が増えるのは願ったりです。宝島の時の利益で借金の大部分は何とかなったんですが、元々あまり繁盛しているお店では無かったもので……。何を売る気かは知りませんが、期待してますよカズマさん」
 にこりと笑いながらあっさりと承諾してくれたウィズに、俺も思わず笑みが零れる。
 店の床を転がり回るのがいなければ、もう少し良い雰囲気になったものを。

 ……と、ウィズが少し表情を曇らせた。
 それは、何かを言うべきか言わないべきかと迷っている様な顔だ。

「……? どうした? 気になる事があるなら言ってくれよ? 無理に頼んでる訳じゃないから、もし何か、思う所があるんなら……」
 俺の言葉に、ウィズが慌てて手を振った。

「い、いえ違うんです! その、カズマさんが作った物を置いてくれってお話は、私としても有り難いんです! そうではなくて、その……。アクア様の事なんですが……」
 言って、ウィズが困った様に口ごもる。
「……? こいつがどうかしたか? ああ、これから商品を置いて貰う事になったらアクアがちょこちょこ顔出しに来ると困るとか? こいつが怖いなら、なるべく此処には来させない様にするが」
 こんなんでも一応女神だ。
 アンデッドとしてはやはり、気が気ではないのかも知れない。

「……い、いえ、そうではなく……。来て頂いてもいいんですが、いつもここに来る度に、アクア様が店のお客さんに、ここの商品はこの女店主がとても人に言えない様な製法で作った物ばかりだから、買わない方がいいと吹き込んで……」
「おい、どう言う事だ」

 詰問する俺の低い声に、アクアが床で頭を抱えながらビクリとする。
「い、いえ! それはもういいんです! なぜか不思議な事に、それからウチの店の聖水とかが男の冒険者の方々に凄く売れ出したので、その事は別に……」
 ……それは、売れて良かったですねと言うべき所なのだろうか。
 それより、リッチーが聖水とか売ってて大丈夫なんだろうか。
 と言うか、そもそもこの街の冒険者達は色々と大丈夫なんだろうか。

「それよりも、その……。アクア様がウチの店の商品をあちこち触るもので、呪術用の薬やネクロマンシーに使う秘薬等が片っ端から浄化されていってしまいまして、かなりの商品がダメに……」
「どういう事だクソ女神いいいいっ!」
 このバカはちょっと目を放した隙に、ちょこちょこウィズの店に嫌がらせに来ていたらしい。
 俺はアクアを引き起こすと、その頭を掴んでウィズに向かって下げさせようとした。

「ウィズ、悪い! 商品の分は俺が責任持ってこいつから金を巻き上げて弁償させる! おら、お前もちゃんとごめんなさいしろ!」
「待ってよカズマ! 嫌よ! 何で女神がリッチーに頭下げなきゃいけないのよっ! 大体、触った穢れた水を浄化しちゃうのは私の体質なんだからしょうがないじゃないの! 植物が日の光を浴びたら光合成するみたく、私が水に触れたら浄化しちゃうのよ! こればっかりはしょうがないわよ!」
 いや、そもそも商品に勝手に触るなよ。
 俺は、首に力を込めて頑なに頭を下げようとしないアクアの代わりに、深々と頭を下げる。
 なんか不動産屋といい、最近色んな所にコイツの所為で謝らされてばかりいるな。
 まるでアクアの保護者みたいな気分だ。

「あ、頭を上げてください! いいんです、過ぎた事は! ただ、これからは、出来れば商品を浄化しないで欲しいってだけで……! アクア様には、墓地の迷える霊達を空に還して頂いたりと、随分とお手を煩わせてしまっておりますから……!」

 そう言って、慌てて頭を下げてくるウィズ。
 その真っ直ぐなウィズの言葉を聞いて、最近まで墓場の霊の浄化を手抜きし、街に悪霊騒動を引き起こしたアクアが目を逸らした。



 …………もうお前、ウィズと職業交換してもらえ。
お店経営はあくまで副業で、一応物語上必要なわき道です。
本編はもちろん冒険が舞台ですので、タイトルやあらすじが突然商売風に変わって、そのまま経営者物として進行したりはしませんのでご安心ください。


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