浄化装置改めアクアを湖の際に設置して、二時間が経った。
だが、未だにモンスターが襲ってくる気配は無い。
俺とダクネスとめぐみんの三人は、アクアから二十メートルほど離れた陸地でアクアの様子を見守っていた。
水に浸かりっぱなしのアクアに離れた所から声を掛ける。
「おーいアクア! 浄化の方はどんなもんだ? ていうか、湖に浸かりっぱなしだと冷えるだろ。トイレ行きたくなったら言えよ? オリから出してやるからー!」
遠くから叫ぶ俺に、アクアが叫び返した。
「浄化の方は順調よ! 後、トイレはいいわよ! めが……、アークプリーストはトイレなんて行かないし!!」
昔のアイドルみたいな事を叫んでいるアクア。
水に浸けっぱなしで大丈夫かと心配したが、まだまだ余裕はありそうだ。
「何だか大丈夫そうですね。ちなみに、紅魔族もトイレなんて行きませんから」
めぐみんが聞いてもいないのにそんな事を言ってくる。
お前もアクアも普段モリモリ食ったり飲んだりしてるが、それは一体どこに消えてるんだとツッコミたい。
「私もクルセイダーだから、トイレは……トイレは……。……うう……」
「ダクネス、この二人に対抗すんな。トイレに行かないって言い張るめぐみんとアクアの二人には、今度、日帰りじゃ終わらないクエスト受けてほんとにトイレ行かないか確認してやる」
「や、止めてください。紅魔族はトイレなんて行きませんよ? でも謝るので止めてください。……しかし、ブルータルアリゲーター、来ませんね。このまま何事もなく終わってくれればいいんですが」
めぐみんが、そんな前フリとしか思えない様な事を言った。
そして、まるでそれをきっかけにするかの様に、湖の一部に小波が走る。
大きさ的には地球の平均的なワニと比較して、あまり変わらないだろう。
だが、そこはやはりモンスター。地球のワニとは一味違った。
「カ、カズマー! なんか来た! ねえ、なんかいっぱい来たわ!」
そう、この世界のワニ達は群れで行動する様だ。
アクアが浄化を始めてから四時間が経過。
最初はただ水に浸かって女神の身体に自然に備わった浄化能力だけを使っていたアクアだったが、早く浄化を終わらせて帰りたいのか、今は水に浸かったまま、一心不乱に浄化魔法も唱えまくっている。
「『ピュリフィケーション』! 『ピュリフィケーション』! 『ピュリフィケーション』ッッッッ!」
そのアクアが入っている鋼鉄製のオリを、大量のワニ達が囲み、そのオリに噛り付いていた。
「『ピュリフィケーション』! 『ピュリフィケーション』ッッ! ギシギシいってる! ミシミシいってる! オリが、オリが変な音立ててるんだけど!」
オリの中で喚くアクアだが、この状況ではオリごと爆裂魔法でぶっ飛ばす訳にもいかず、俺達にはちょっとどうしようもない。
「アクアー! ギブアップなら、そう言えよー! そしたら鎖引っ張ってオリごと引きずって逃げてやるからー!」
先ほどからオリに向かって叫ぶのだが、アクアは怯えながらも頑なにクエストのキャンセルは拒んでいた。
「イ、イヤよ! ここで諦めちゃ今までの時間が無駄になるし、何よりせっかくのお祭り騒ぎなのに楽しめないじゃないのよ! 『ピュリフィケーション』! 『ピュリフィケーション』ッッ!! ……わ、わああああーっ! メキッっていった! 今オリから、鳴っちゃいけない音が鳴った!!」
わあわあと泣き叫んでいるアクアを囲み、ブルータルアリゲーター達は俺達三人の方には見向きもしない。
それを見て、ダクネスがぽつりと言った。
「……あのオリの中、ちょっとだけ楽しそうだな……」
「……行くなよ?」
……浄化を始めてから七時間。
湖の際には、ボロボロになったオリがぽつんと取り残されていた。
ブルータルアリゲーターに齧られたオリは、所々にワニの歯型が残されている。
浄化が終わったから退散するのか、ブルータルアリゲーター達はオリから離れ、湖の中を山の方へと泳いで行ってしまった。
もう、アクアの浄化魔法の声は聞こえてこない。
というか、一時間ほど前からアリゲーターにたかられながら、アクアの声は聞こえなくなっていた。
「……おいアクア、無事か? ブルータルアリゲーター達はもう全部どっか行ったぞ」
俺達はオリへ近づき、オリの中のアクアをうかがう。
「……ぐす……ひっく……ひっく……」
膝を抱えて泣くぐらいなら、とっととクエストキャンセルすればいいのに……。
まあこの状況では無理もないか。
「ほら、浄化が終わったんなら帰るぞ。ダクネスとめぐみんで話し合ったんだが、俺達は今回、報酬はいらないから。報酬の30万、お前が全部持っていけ」
体育座り状態で膝に顔を埋めたアクアの肩がぴくりと動く。
だが、オリから出てくる気配はない。
「……おい、いい加減オリから出ろよ。もうアリゲーターは居ないから」
俺のその言葉に、アクアが小さな声で呟くのが聞こえた。
「……まま連れてって……」
…………? なんて?
「……オリの外の世界は怖いから、このまま街まで連れてって」
……どうやら、今回のクエストはアクアにトラウマを植えつけた様だ。
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「ドナドナドーナードーナー……」
「……お、おいアクア、もう街中なんだからその歌は止めてくれ。ボロボロのオリに入った膝抱えた女を運んでる時点で、唯でさえ街の住人の注目集めてるんだからな?」
無事にクエストを終えて街に帰って来た俺達は、街の人達の生温かい注目を集めながらギルドへと向かっていた。
頑なにオリから出ようとしないアクアが自分の足で歩いてくれないせいで、馬にオリを引かせているにも関わらず俺達の歩みは遅い。
しかし、今回は約一名にトラウマは出来たが、それ以外は被害らしい被害は無い。
ウィズから教わったスキルの一つを習得してみたので、実はちょっとだけ新スキルを試してみたかったが、戦闘しないで済んだのだからそちらの方がいいに決まっている。
まあ俺達にしては珍しく、大した事も無くクエストが無事済んだと言える。
きっと、俺がそんなフラグになる様な余計な事を考えてしまったからだろう。
「め、女神様っ!? 女神様じゃないですかっ! 何してるんですかそんなとこで!」
突然そんな事を叫び、オリに引きこもっているアクアに駆け寄り、その鉄格子を掴む男。
そしてそいつはあろう事か、ブルータルアリゲーターがかじりついても破壊できなかったオリの鉄格子を、いとも容易くグニャリと捻じ曲げ、中のアクアに手を差し伸べた。
唖然としている俺とめぐみんを尻目に、その見知らぬ男は、同じく唖然としているアクアの手を……、
「……ん、私の仲間に馴れ馴れしく触るな。貴様何者だ? アクアの知り合いにしては、アクアがお前に反応していないのだが」
アクアの手を取ろうとしたその男に、ダクネスがズイと詰め寄った。
それは、大切な仲間を守るクルセイダーとしてどこに出しても恥ずかしくない姿だった。
ああ……いつもこんな感じでいてくれたなら……。
男はそんなダクネスを一瞥すると、ふうと一つ、ため息を吐きながら首を振る。
いかにも、自分は厄介ごとに巻き込まれたくは無いのだが仕方ないといった感じで。
その男のその態度に、普段はあまり表情をあらわにしないダクネスが、明らかにイラッとした。
何だかきな臭い雰囲気になってきたので、俺はこの期に及んでも膝を抱えてオリから出ようとしないアクアに、そっと耳打ち。
「……おい、あれお前の知り合いなんだろ? 女神様とか言ってたし。お前があの男を何とかしろよ」
そんな俺の囁き掛けに、アクアは一瞬だけなに言ってんの? という表情を浮かべ……、
「……ああっ! 女神! そう、そうよ、女神よ私は。それで? 女神の私にこの状況をどうにかして欲しい訳ね? しょうがないわね!」
アクアがようやくオリから出てきた。
と言うかこいつは今、自分が女神だと言う事を忘れていたんじゃないだろうな。
モゾモゾとオリから出てきたアクアは、その男に対して首を傾げた。
「……で、あんた誰?」
……知り合いじゃないのかよ。
いや、やはり知り合いの様だ。
男が、信じられないと言う表情で目を見開いているから。
多分アクアが忘れているのだろう。
「何言ってるんですか女神様! 俺です、御剣響夜ですよ! あなたにこの、魔剣グラムを頂いた!!」
「…………?」
アクアが尚も首を傾げているが、俺はピンと来た。
名前からして、このミツルギと言う奴も俺と同じ様に日本から連れて来られた口なのだろう。
名前がアニメや漫画の主要キャラみたいなヤツだが、多分、俺より先にアクアにチートアイテムを貰ってここに送られたのだ。
何だか正義感が強そうなその男は、良く見れば結構なイケメンだ。
その身にはきらびやかな高そうな鎧を着け、後ろには槍を持った戦士風の美少女と盗賊風の美少女を引き連れている。
一言で言ってしまえば……。
実に、主人公っぽい奴だった。
「居たわね、そういえばそんな人も! ごめんね、すっかり忘れてたわ。だって結構な数の人間送ったし、忘れてたってしょうがないわよね!」
俺やミツルギの説明で、ようやくミツルギの事を思い出したアクア。
若干表情を引きつらせながらも、ミツルギはアクアに笑いかけた。
「えっと、お久しぶりですアクア様。あなたに選ばれた勇者として、順調に頑張ってますよ。クラスはソードマスター。レベルは37にまで上がりました。……ところで、アクア様はなぜここに? というかなぜそこの人に、そんなオリの中になんて閉じ込められていたんですか?」
ミツルギは何だか俺をチラチラと警戒しながら言ってきた。
アクアはミツルギに、お前は選ばれた者にして勇者だとか、そんな適当な事言ってここに送り込んだのか。
今の今まで存在を忘れてたいい加減な所が、いかにミツルギにその場しのぎで適当な事を言っていたのかが良く分かる。
というか、ミツルギは俺がアクアをオリに閉じ込めてた様に映ったのか?
いや、普通はそう取るな。
まさか、本人がオリの中から出たがらないんですと言っても、きっとこの人は信じてくれないだろう。
俺だってそんな変わり者な女神がいる事が、この目で見てても信じられない。
俺とアクアは、俺と一緒にアクアまでもがこの世界に来る事になった経緯や、今までの出来事などを説明した。
「…………バカな。ありえないそんな事! あなたは一体何考えているんですか!? 女神様をこの世界に引き込んで!? しかも、今回のクエストではオリに閉じ込めて湖に浸けた!?」
俺はいきり立ったミツルギに、胸ぐらを掴まれていた。
それをアクアが慌てて止める。
「ちょちょ、ちょっと!? いや別に、私としては結構楽しい毎日送ってるしここに一緒に連れてこられた事は気にしてないんだけどもね? ていうか今日のクエストだって、怖かったけど結果的には誰も怪我せず無事完了した訳だし。しかも、クエスト報酬30万よ30万! それを全部くれるって言うのよ!」
そんなアクアの言葉に、ミツルギは憐憫の眼差しでアクアを見る。
「……アクア様、こんな男にどう丸め込まれたのかは知りませんが、今のあなたの扱いは不当ですよ。そんな目にあって、たった30万……? あなたは仮にも女神ですよ? それがこんな……。ちなみに、今はどこに寝泊りしているんです?」
こんな公衆の往来で女神女神言うなよと言いたかったが、何だかミツルギが今にもキレそうな感じなので黙っておく。
と言うか、初対面で随分なヤツだなこの男。
多分、ロクにアクアの事も知らない癖に。
ミツルギの言葉にアクアが若干押されながらもおずおず答えた。
「え、えっと、カズマやみんなと一緒に、馬小屋で寝泊りしてるけど……」
「は!?」
ミツルギが俺の胸ぐらを掴む手に力が入った。
ちょ、痛いんですけど!
その俺を掴むミツルギの腕を、ダクネスが横から掴んだ。
「おい、いい加減その手を放せ。お前はさっきから何なんだ。カズマとは初対面の様だが、礼儀知らずにも程があるだろう」
普段は唯の大変な変態のダクネスが、今は静かに怒っていた。
見れば、めぐみんまでもが新調した杖を構え、今にも爆裂魔法の詠唱を……って、それは止めろ!
ミツルギは手を放すと、興味深そうにダクネスとめぐみんを観察する。
「……クルセイダーにアークウィザード? ……それに、随分綺麗な人達だな。君はパーティメンバーには恵まれてるんだね。それなら、尚更だよ。君はアクア様やこんな人達を馬小屋なんかに寝泊りさせて、恥ずかしいとは思わないのか? さっきの話じゃ、クラスも初期クラスの冒険者らしいじゃないか」
俺に絡んできた、テイラーの仲間のダストとか言った男を思い出す。
何の関わり合いも無い他人から見れば、俺は余程恵まれた境遇に見えるのだろうか。
俺はアクアに耳打ちする様に囁いた。
「なあなあ、この世界の冒険者って馬小屋で寝泊りなんて基本だろ? この兄ちゃんなんでこんなに怒ってるん?」
「あれよ、彼には異世界への移住特典で魔剣を与えたから、そのおかげで楽勝で高難易度のクエストとかバンバンこなして、今までお金にも困らず、苦労知らずで来たんだと思うわ。まあ、能力か神器を与えられた人間なんて大体みんなそんな感じよ」
アクアの耳打ちを聞いて、俺は何だか無性に腹が立ってきた。
アクアからタダで貰った魔剣で今までこの世界でイージーモードで生きてきたヤツに、なぜ一から頑張ってきた俺が上から説教喰らわなきゃいけないのか。
そんな俺の怒りも知らず、ミツルギが同情でもするかの様に、アクアやダクネス、めぐみんに対して慈悲の込もった顔で笑いかける。
「君達、今まで苦労したみたいだね。これからは、僕と一緒に来るといい。勿論馬小屋なんかで寝かせないし、高級な装備品も買い揃えてあげよう。というか、パーティ編成的にもバランス取れてていいじゃないか。ソードマスターの僕に、ランサーとクルセイダー。そして、盗賊にアークウィザードにアクア様。まるであつらえたみたいにピッタリなパーティ編成じゃないか!」
おっと、俺が入っていませんが。
いや、勿論この男のパーティに入りたいとも思わないが。
そんないきなりの身勝手なミツルギの提案に、俺の連れの三人はヒソヒソと話し出した。
性格的にはなんかアレな感じのミツルギだが、待遇的には悪くは無い提案だ。
アクア達も心が動いたのかと、背後の会話に聞き耳を立てると……。
「ちょっと、ヤバいんですけど。あの人本気で引くぐらいヤバいんですけど。ていうか勝手に話進めててナルシストも入ってる系で、怖いんですけど」
「どうしよう、あの男は何だか生理的に受け付けない。攻めるより守るのが大好き派な私だが、アイツだけは何だか無性に殴りたい」
「唱えていいですか? あの苦労知らずの、スカしたエリート顔に爆裂魔法、唱えてもいいですか?」
おっと、大不評の様ですよミツルギさん。
アクアが俺の服の裾を引っ張った。
「ねえカズマ。もうギルドに行こう? 私が魔剣なんて力を与えといて何だけど、あの人には関わらない方がいい気がするわ」
正直腹の立つヤツではあるが、ここはアクアの言う通りに立ち去るべきか。
「えーと。俺の連れ達は満場一致であんたのパーティには行きたくないみたいです。俺達はクエストの完了報告があるから、これで……」
俺はそう言うと、馬を引いてオリを引きずり、立ち去ろうとした。
………………。
「すんません、どいてくれます?」
俺の前に立ち塞がるミツルギに、俺はイライラしながら言った。
どうしよう、コイツ人の話を聞かない系だ。
「悪いが、僕に魔剣という選ばれた力を与えてくれたアクア様を、こんな境遇の中放ってはおけない。アクア様は僕と一緒に来た方が絶対に良い。……君は、この世界に持ってこれる物として、アクア様を指定したんだよね?」
「……そーだよ」
あれだ。
この後の展開が目に見える。
こいつ、絶対…………、
「なら、僕と勝負をしないか? アクア様は持ってこれる『物』として指定したんだろう? 僕が勝ったらアクア様を譲ってくれ。君が勝ったら、何でも一つ、言う事を聞こうじゃないか」
「よし承った!! じゃあ行くぞ!」
何という予想通り。
イライラが既に限界に来ていた俺は、一も二も無く襲い掛かった。
俺は左手をワキワキさせて、右手で小剣を引き抜き斬りかかる。
先手必勝、卑怯もクソもあるか!
魔剣持ちの高レベルのソードマスター様が、駆け出しの貧弱装備の冒険者に勝負を挑む方が卑怯ってもんだ!
本気で斬るつもりはない、ちょっとかすらせるだけだ!
ミツルギも、まさか話を持ちかけ、いきなり斬りかかられるとは思ってもいなかったのだろう。
「えっ!? ちょっ! 待っ……!?」
慌てたミツルギだが、そこは流石に俺よりも遥かに高レベル。
咄嗟に腰の魔剣を引き抜くと、ソレを横にして俺の小剣を受け止めようとした。
俺の右手の小剣が魔剣に当たる寸前、俺は左手を突き出し叫ぶ。
「『スティール』ッッッッ!」
左手にずしりと掛かる剣の重み。
おっと、いきなり当たりを引いたみたいだ。
俺の小剣を受け止めようとしていたミツルギの手からは、その受け止めようとして掲げていた魔剣が消えうせる。
「「「はっ?」」」
その間の抜けた声は誰の物か。
いや、俺以外のみんなの声だったのかも知れない。
窃盗スキルを組み込んだ攻撃に、ミツルギは成すすべも無く、小剣により掠り傷を負わされた。
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