「おいっ、どう言う事だよ、説明……って、早っ!!」
飛び出して行った二人を追って店を出ると、すでにアクアとウィズの後ろ姿は小さくなっていた。
俺はウィズの店に掛かっている営業中の札を裏返し、準備中にする。
そしてそのまま俺も、ギルドに向かって駆け出した。
ギルドへと向かう途中、大急ぎで走っている冒険者達とすれ違う。
彼らの殆どは、頭にヘルメットをかぶり、背中に大きなリュックを担いで、手にはツルハシを持っている。
ギルドに向かっていると、俺より先に飛び出して行ったアクアとウィズに出くわした。
二人もすでに、リュックとツルハシを持っている。
どうやら、このリュックとツルハシはギルドで支給して貰える様だ。
「カズマ! あんたの分も借りてきたわよ! すでにギルドに居たダクネスとめぐみんの姿は無かったから、きっともう先に行ってるわ! ほら、私達も街の外に行くわよ、急いで急いで!」
言いながら、アクアが俺にリュックとツルハシ、ヘルメットを渡してきた。
どうやら街の外に何かがあるらしい。
「おい、どう言う事か説明してくれよ! 宝島って何だよ? 名前の感じとお前等の反応から、随分と割の良いクエストなんだろうけども」
俺はアクアに渡されたリュックとツルハシを受け取ると、アクアに尋ねながら二人の後を付いて行く。
「宝島は、玄武の俗称です! 街の外に、玄武と呼ばれる、巨大なモンスターが現れたのですよ! 玄武は、十年に一度甲羅を干す為に地上に出て来ると言われています。これは、普段は地中で生息している玄武が、甲羅に繁殖したカビやキノコや様々な害虫を日干しにする為だと言われていますが、定かではありません。言えるのは、玄武は暗くなるまで甲羅を干す事。そして玄武は鉱脈の地下に住み、希少な鉱石類をエサにする為、その甲羅には希少な鉱石が地層の様にくっ付いている事です!」
ウィズが走りながら教えてくれた。
なるほど、それで皆がツルハシ持って走ってるのか。
その玄武とやらが甲羅を干している間に背中の希少な鉱石を掘るわけだ。
「しかし、その巨大な亀とやらは背中を掘られて攻撃してきたりはしないのか? つーか、すでに凄い人数の冒険者とすれ違ってるぞ? 俺達が付く頃には掘り尽くされてるんじゃないのか?」
俺の言葉に、アクアが。
「宝島は温厚で、余程の事をしない限りは攻撃なんてしてこないわ! そして……、掘り尽くされる心配なんてないわよ? まあ、なぜ宝『島』なんて呼ばれているのか、見れば分かるわ! ……それよりアンデッド! 何で人類の敵のあんたまで来てるのよ!」
「い、いいじゃないですかリッチーが宝島に登ったって! それに、私も一応元人類なんですから、人類の敵扱いは止めてください! 今月も赤字で厳しいんですよ、み、店の借金が……っ!」
店の経営上手くいっていないのか。
リッチーが借金返済の為にツルハシ持って肉体労働しに行くとか、この世界は世知辛いなぁ……。
「……………………ありえねえ」
小山が居た。
うん、これは山だろ。
街の入り口を出てすぐの所に、小さな山か何かと間違えそうな、巨大な生き物がそこに居た。
その大きさは、俺が子供の頃に見た東京ドームと遜色ない。
近くの地面には、その巨大な亀がそこから出てきたのだろう、巨大な穴がぽっかりと口を開けており、その巨大な亀は大地に悠然とその身を横たえていた。
きっと、こういう存在を神獣とか呼ぶのだろう。
宝島は、巨大なヒレを地面に投げ出し、首を地に伸ばして寝そべっている。
すでに多くの冒険者達がその背に登り、岩石の塊みたいなその背中にツルハシを打ちつけていた。
背中を掘られているというのに、宝島は怒るでもなく、やけに気持ち良さそうにしている。
巨大な岩山みたいなその背中には、すでにあちこちにロープが張られ、ロッククライミングのごとく冒険者達が次々によじ登っている。
なるほど、アクアの言っていた事が理解できた。
これを半日で掘り尽くすってのは、まず無理だ。
「いくわよカズマ! タイムリミットは日が沈むまで! リュックがパンパンになるまで掘りまくるのよ!」
アクアがすでに張られているロープを使い、宝島の背によじ登っていく。
どれぐらい儲かるのかは知らないが、ここは行っとくべきだろう。
「おし、せっかくだし行くとするか。ダクネスとめぐみんはどこだよ? ……おっ、テイラー達がいるじゃないか。あいつらも先に来てたのか」
ロープを使って宝島へとよじ登りながら、俺は数少ない見知った顔の存在に安心する。
俺達三人は難なく宝島の背によじ登ると、俺はヘルメットをかぶり、手近な所にツルハシを振るい始めた。
アクアとウィズの二人は髪が崩れるのが嫌なのか、ヘルメットは付けていない。
ツルハシが鉱石の塊を打ち砕き、キラキラと輝く石が散乱する。
この石一つに一体どれほどの価値があるのか。
「……なあ、これ一つがどの位の価値があるのか知らないけどさ。こんな簡単に儲かっちゃっていいものなのか? ていうか、よく見れば同業者ばかりだな。こんなお祭り騒ぎなら、街の人達も掘りにくればいいのに」
辺りを見渡しても、ツルハシを振るのは同業者しか居なかった。
鉱石堀りなんて、俺がこの世界に来た当初にお世話になった、土木工事の親方達の方が上手そうなもんだが。
そんな疑問にアクアが答えた。
「そりゃもちろん、危ないからよ」
…………は?
誰かの声が轟いた。
「だあああああーっ! やっちまった! 鉱石モドキを掘り当てちまったっ!」
突然の悲鳴にそちらを見れば、一人の冒険者がツルハシを手に、タコの様なグニャグニャした生き物と対峙していた。
「うおっ!? な、なんだありゃ!? おいヤバイぞ、助けに行かないと!」
そのタコの様な生き物は、身体の表面を周囲の鉱石に溶け込む様に擬態化させている。
なるほど、だから鉱石モドキ。
だが、一心不乱にツルハシを振るうアクアとウィズはそちらを見向きもしなかった。
「ほっときなさい! ここに居るのはみんな仮にも冒険者! 彼らは何時だって死ぬ覚悟はできているわ! そんな彼らを勝手に助けるなんて、彼らの覚悟を踏みにじる行為だわ!」
「全くです! たとえ力及ばず果てるとしても、冒険の最中に亡くなるのは冒険者として誉れです! それに……、それに借金が……っ!!」
お、お前らそれでいいのか人として……っ!
いや、そういやこいつらは人じゃなかった!
鉱石モドキとやらに襲われていた男が叫ぶ。
「た、助けてくれえええっ!!」
「……助けてくれって言ってるぞ。助けなくていいのかよ自称女神様」
「あははははははっ!! 高純度のマナタイトよっ! こっちはフレアタイトっ! ここの所の失敗なんてこれで全部帳消しよっ!」
自称なんとか様は、すでに聞いちゃいなかった。
だがそのなんとか様に人類の敵呼ばわりされた人間辞めたリッチーは、ここで見捨てるほどには人の心を捨ててはいなかったらしい。
「く……っ! お店なら、私が一月も食事を我慢すれば今月はまだ何とかなる……っ! 大丈夫、食べなくても私は死なない、私は死なない……っ!!」
涙ぐましい事を口走るウィズがツルハシを置いて、男を襲う鉱石モドキに向き直る。
「ちょ、お前は掘ってろ! あいつの所には俺が助けに行くからっ!」
俺の呼びかけに、ウィズは儚げに微笑むと、
「大丈夫ですカズマさん。リッチーの爪は魔力の塊。これを冒険者ギルドに持って行けば結構なお金に……」
「や、止めろよ、マジで止めろよ! 要はとっとと助けて採掘作業に戻れればいいんだろ? おい、行くぞアクア! 三人で掛かれば速攻で終わるだろ!」
俺の呼びかけに、流石のなんとか様も放ってはおけなくなったらしい。
「くうっ、この一分一秒を争う時に、しょうがないわねっ! 鉱石モドキの分際で、私の邪魔するなんておこがましいわ! 神罰をくれてやる! くそったりゃああああ!」
叫んで、そのまま握っていたツルハシで鉱石モドキに殴りかかるなんとか様。
物欲にかられた女神が、生物にツルハシで殴りかかる。
どちらかというとコイツの方に神罰が下りそうな絵顔だ。
「いい機会です! この際ですから、ここで私のスキルをカズマさんにお教えします!」
ウィズはそう言うと、魔法を使うのではなく、鉱石モドキの元へと駆けて行く。
鉱石モドキにツルハシで襲い掛かるアクアの隣で、ウィズが右手を突き出した。
ウィズの手が触れた瞬間、鉱石モドキの身体がビクリと震え、そのまま動かなくなる。
そこにアクアのツルハシが、鉱石モドキの頭部に振るわれた。
「ふう。さあ、掘るわよー!」
あっさりと鉱石モドキを仕留めたアクアは、助けた冒険者に何度もお礼を言われながら、いい汗かいたとばかりに鉱石掘りの作業に戻る。
め、女神がそんな武器であっさり殺生しちゃっていいのだろうか。
俺が悩んでいると、ウィズが俺の元へとやってくる。
「えっと……。あっさりアクア様が仕留めてしまいましたが、分かりました? 今、鉱石モドキに状態異常を引き起こしました。触れた相手に様々な状態異常を付与する、リッチーの固有スキルです。毒、麻痺、昏睡。魔法封じに弱体化。多分、武器を使っても効果はあると思いますよ?」
「カズマ、アクア、ここに居たのか。どうだ、掘れているか?」
「ククク……、マナタイトがこれだけあれば、我が爆裂魔法に更なる磨きがかけられる……。おっと、二人もいい感じにリュックが膨れてますね」
リュックをぱんぱんに膨らませたダクネスとめぐみんが、街の入り口に居た俺達の元へとやって来た。
俺とアクアとウィズのリュックも、これ以上ないぐらいに鉱石が詰められている。
日が暮れてきた夕暮れ時。
宝島の背中は、すでに巨大な岩盤の塊ではなく、所々に本来の甲羅がむき出しになった状態になっていた。
宝島の元来の甲羅は黒く美しい光沢を放ち、ツルハシで叩いてみても傷一つ付く事は無かった。
流石に他の冒険者達も満足行くまで掘ったのだろう。
今は甲羅干しをする宝島を、全員で遠まきに見守っていた。
見守られている宝島は、チラリと街の入り口、俺達冒険者の方を見る。
まるで、もう満足したのかと言いたげに。
その視線に、俺は一つだけ心残りな事があった。
宝島の背中には、一際大きな鉱石の塊がいまだこびりついている。
アレさえ剥がせれば、きっと宝島の甲羅は実に綺麗に黒く光り輝くだろう。
「……なあめぐみん、ちょっといいか?」
俺は、掃除を途中で終えてしまった、どうにも中途半端なもどかしい気分が落ち着かず、隣のめぐみんに耳打ちする。
「……ええっ!? ほほほ、本気ですかっ!? そりゃ、今日はまだ爆裂魔法を使ってませんし、一日一爆裂を日課にしている私としてもこのまま宿に帰れはしませんが……」
な、なんだよ一日一爆裂って……
「いいんですか? 宝島は温厚ですが、流石に襲ってくるかもしれませんよ? それに、一応暗黙の了解で宝島への攻撃は止めておこうって事になっているんですが……」
渋るめぐみんに、俺は大丈夫だと促した。
「いや、俺の勘だけど、多分宝島は怒らないよ。それどころか喜ぶかもしれん。大丈夫だ、めぐみん、頼む」
俺に促され、めぐみんは渋々と魔法の準備を始めた。
「知りませんよ、どうなっても。それに爆裂魔法のプロフェッショナルな私ですが、手元が狂う事だってありますからね?」
冒険者達が、突然の恵みをもたらしてくれた宝島に感謝を込めて、地中に帰るまで見守る中、めぐみんの詠唱が響き渡った。
「え、ちょっと、何してんの!?」
アクアを筆頭に冒険者達がざわつく中、めぐみんの爆裂魔法が完成する。
「参ります! 『エクスプロージョン』ッ!!」
エクスプロージョンの大爆発が、宝島の背中に最後まで張り付いていた岩盤を粉砕する。
それ以外にも所々にこびりついていた鉱石類が、衝撃でひび割れたり、砕けて落ちた。
めぐみんの狙いが良かったのか宝島が硬いのか、宝島の甲羅には傷一つ付いていない。
どよめく冒険者達を尻目に、宝島は魔法を放っためぐみんとその隣の俺をチラと見た。
「ひいっ!?」
めぐみんが怯えるが、俺は大丈夫だと自分に言い聞かせ、その場で宝島を見守った。
……でも、ちょ、ちょっと怖いです!
今日一日ずっと動かなかった宝島はむくりと立ち上がると、まるで昼寝を終えた後のように気持ち良さそうに伸びをした。
そしてそのまま、ぽっかりと開いた穴に戻っていく。
宝島は、十年に一度地上に出て甲羅を干す。
きっと、それは間違ってはいないのだろう。
だが、それなら街の近くに現れなくてもいいのではないだろうか。
聞いた話では、宝島は必ず街の近くで甲羅を干す。
そう、まるで背中の鉱石類を人間に掘らせる様に。
宝島の最大の目的は、背中にこびり付いた老廃物、あの鉱石類を掃除してもらう事ではないのだろうか。
背中の鉱石類をあらかた取り払われた宝島は、まだ日が沈みきっていないにも関わらず、穴の中へと向かっていく。
と、宝島はもう一度俺とめぐみんの方をチラと見て、その巨大な身体をブルリと大きく震わせた。
その振動で、まだ僅かに残っていた鉱石類が宙に舞う。
宝島はさっぱりした様に、満足気に再び穴へと潜っていった。
どうやら、この神にも等しい巨大なモンスターは、最後にお土産をくれたらしい。
俺とめぐみんは顔を見合わせ、微かに笑い合う。
「お土産よ! 私の日頃の行いに、宝島がお土産くれたわっ!!」
「借金がっ! これで借金が綺麗に返せる!」
恐らくこの街で、唯一宝島にも匹敵するであろう二人が、他の冒険者が見守る中、真っ先に駆け出した。
「はぐっ!?」
「あぶっ!?」
降り注いだ鉱石に頭を直撃され、その場に倒れるノーヘルの二人。
倒れ伏す二人のがっかりな存在も、悠然と地中へと帰っていく神獣の美しさを曇らせる事はけっして無かった。
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