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一部
12話
「カズマ、俺もコーヒー頼むよ」
 申し訳無さそうにおずおずと自分のマグカップを差し出してくるキース。
「任せれ」
 俺は自分の分のコーヒーを作り終えると、コーヒーの粉末が入ったキースのマグカップを受け取り、クリエイトウォーターで水を入れ、マグカップの底をティンダーで炙る。
 焚き火で盛大に火を焚くと、せっかく撒いた初心者殺しが追ってくるかもしれない。
 なので、マグカップの下に右手を筒状にしてくっつけて、手の中で小さなティンダーを灯し、弱火でマグカップをじっくりと。
「あっ、いいな! ねえカズマ、私もお願いしてもいい? ……はあ、ていうかカズマ、本当に次から次へと上手い事スキルを使いこなすねえ……」
「それほどでもない。リーンの分は、キースのコーヒー作り終わってからな」
「わーい、ありがとう!」
 本当に嬉しそうに、俺ににこやかに礼を言ってくるリーン。
「おいおい二人とも。カズマは、今日魔法を使いまくってるんだぞ。唯でさえ今日のMVPのカズマにどこまで甘える気だよ」
 そんな和やかなムードの中、テイラーが苦笑しながら言ってきた。
「悪い、いやだって、カズマは何でも出来るからさ、ついつい甘えちまって」
「ごめんね、そうだよね。カズマ、きっと疲れてるのに。うーん、私も初級属性魔法スキル、取ろうかなあ……」
 真剣な表情で初級属性魔法スキルを取ろうか悩むリーンに、テイラーが笑いながら冷やかした。
「おいおい、リーンがカズマと同じスキル取ったって、カズマほど上手く使いこなせるのか? カズマはスキルが凄いんじゃない、その使い方と立ち回りが凄いんだ」
「あーっ! 何よもう! 私だって、今日一日カズマの戦い方見て色々覚えたんだからね?」
 俺は作り終えたコーヒーをキースに渡し、頬を膨らますリーンのマグカップを受け取りながら。
「おい、なんか俺の評価が不当に高いんだが。三人とも分かってるか? 俺、最弱なクラスの冒険者なんだぞ?」
 おどけた様に言う俺の言葉に、皆が吹き出し、夜の草原の真ん中で笑い合った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「おい、もう一度言ってみろ」
 俺は怒りを何とか抑えながら、静かな声でぽつりと言った。

 先日ゾンビメーカー討伐のクエストを失敗した為、金が無い俺達は少しでも金になるクエストを受けようと、割のいいクエストが無いか探していた所。

「何度だって言ってやるよ。上級職が揃ったパーティで、何でゾンビメーカー討伐なんて簡単なクエスト失敗するんだよ。大方お前が足引っ張ってるんだろ? なあ、最弱職さんよ?」

 言って、同じテーブルにいた他の仲間と笑い合う戦士風の男。
 我慢だ。
 俺は大人な対応ができる男だ、普段のアクアの冷やかしに比べれば、こんなどこにでもいる酔っ払いの挑発は取るに足りないものだ。
 そう、相手の言う事も一理ある。
 ゾンビメーカー討伐クエストで、ウィズを見逃そうと言い出したのは俺だ。
 ウィズを討伐とまではいかなくても、ゾンビメーカーではなくてリッチーだったと報告していれば、ここまでバカにされる事も無かっただろう。
 だが、ウィズの事は秘密にしといてやろうと言い出したのも俺だ。
 だから、この位は我慢しようと自分に何度も言い聞かせる。

 だが、無言で耐えている俺を、その男は俺がビビッて何も言えないでいると受け取ったらしい。
「おいおい、何とか言い返せよ最弱職さん。ったく、いい女ばっか引き連れてハーレム気取りか? どいつもこいつもいい女で、しかも全員上級職ときてやがる。さぞかし毎日、このお姉ちゃん達相手に良い思いしてんだろうなぁ?」
 そしてギルド内に巻き起こる爆笑。

 俺は思わず拳を握る。

 そんな俺に、めぐみんやダクネス、アクアが止めに入った。
「カズマ、相手してはいけません。私なら何言われても気にしませんし」
「そうだカズマ。酔っ払いの言う事など捨て置けばいい」
「そうよカズマ。あの男、私達を引き連れてるカズマに妬いてんのよ。私は全く気にしないからほっときなさいな」
 典型的な三下だ。
 普通なら、相手する程の事じゃない。

 何とか耐えようとした俺だったが、男の最後の一言には耐えられなかった。

「上級職におんぶに抱っこで楽しやがって。苦労知らずでよろしいこって! おい、俺と代わってくれよ兄ちゃんよ?」

「大喜びで代わってやるよおおおおおおおおおおおおっ!!」




 冒険者ギルドの中が静まり返る。
「……えっ?」
 俺に絡んでいた戦士風の男が、思わずマヌケな声を出した。

「代わってやるよって言ったんだ! おいお前、さっきから黙って聞いてりゃ舐めた事ばっか抜かしやがって! ああそうだ、ゾンビメーカーの討伐は、事情があって俺の判断でクエストキャンセルしたんだよ! それは認める! だがなあ、お前! お前その後なんつった!」
「カ……、カズマ?」
 おろおろするアクアが、怒り狂う俺におずおずと声を掛ける。
 そして、いきなり激怒した俺に若干引きながらも男が口早に言ってきた。
「そ、その後? その、いい女三人も連れてハーレム気取りかって……」
 俺は思い切りテーブルに拳を叩きつけた。
 その音にギルド内の皆がビクリとする。
「いい女! ハーレム!! ハーレムってか!? おいお前、顔にくっついてるのは目玉じゃなくてビー玉かなんかなの? どこにいい女が居るんだよ、教えてくれよ! いいビー玉付けてんな、俺の濁った目玉と取り替えてくれ!」
「「「あ、あれっ?」」」

 なぜか俺の後ろで俺のパーティメンバーの三人が、それぞれ自分を指差しながら小さな声で呟いた。

「なあオイ! 教えてくれよ! いい女? どこだよ、どこに居るってんだよオウコラッ! テメーこの俺が羨ましいって言ったな! ああ? 言ったなオイ!」
 いきり立つ俺に、背後からおずおずと声が掛けられた。
「あ……あのう……」
 恐る恐る右手を上げて、三人を代表するかの様なアクアの声。
 俺はそれを無視してなおも続ける。

「上級職におんぶに抱っこで楽しやがって!? 苦労知らずだああああああああっ!?」
「……そ、その……。ご、ごめん……俺も酔ってた勢いで言い過ぎた……。で、でもあれだ! 隣の芝生は青く見えるって言うがなあ! お前さんは確かに恵まれている境遇なんだよ! 代わってくれるって言ったな? なら、一日。一日だけ代わってくれよ冒険者さんよ? おい、お前らもいいか!?」
 言って、その男は自分のテーブルの仲間にも確認を取る。
「ま、まあ俺は構わないが……。今日のクエストはゴブリン狩りだしな」
「私もいいよ? でもダスト。あんた、居心地が良いからもうこっちのパーティに帰ってこないとか言い出さないでよ?」
「俺も構わんぞ。ひよっ子一人増えたってゴブリンぐらいどうにでもなる。その代わり、良い土産話を期待してるぞ?」
 絡んできた男と同じテーブルに居た仲間達は口々に言った。

「ねえカズマ。その、勝手に話が進んでるけど私達の意見は通らないの?」
「通らない。おい、俺の名はカズマ。今日一日って話だが、どうぞよろしく!」

「「「は、はあ……」」」
 絡んできた男の三人の仲間は、若干戸惑い気味の返事を返した。






 大剣を背負った鎖帷子を着込んだ男が、俺を値踏みする様に眺め回しながら言ってくる。 
「俺はテイラー。大剣が得物のソードマンだ。このパーティのリーダーみたいなもんだ。成り行きとはいえ、今日一日は俺達のパーティメンバーになったんだ。俺の言う事はちゃんと聞いてもらうぞ」
「勿論だ。と言うか、色々と指示してもらえるってのは楽だし、新鮮でいい。よろしく頼むよ」
 その俺の言葉にテイラーが驚いた表情を浮かべた。
「何だと? あの上級職ばかりのパーティで冒険者がリーダーやってたってのか?」
「そーだよ」
 当たり前の様に頷く俺に、三人が絶句する。
 青いマントに皮の胸当てを付けた、まだどこか幼さを残した女性がにこりと笑った。
「え、えっと。私はリーン。見ての通りのウィザードよ。魔法は中級属性魔法までは使えるわ。まあよろしくね、ゴブリンぐらい楽勝よ。私が守ってあげるわ、駆け出しクン」
 多分俺の方が年上だと思うんだけども、本職の魔法使いなら心強い。
 ぜひとも頼りにさせてもらおう。
「俺はキースだ。クラスはアーチャー。狙撃が得意だ。よろしく頼むぜ?」
 言いながら笑いかける弓を背負った皮鎧の男。
「じゃあ、改めてよろしく。名はカズマ。クラスは冒険者。……えっと、俺も得意な事とか言った方がいい?」
 俺の言葉に三人が吹き出した。
「いや、別にいい。そうだな、カズマは荷物持ちでもやってくれ。ゴブリン討伐くらい三人でもどうとでもなる。心配するな、ちゃんとクエスト報酬は四等分してやるよ」
 テイラーがちょっと小バカにした様に言ってくるが、そんな事はどうでもいい。
 荷物持ちで報酬貰えるとかなにそれ、そんなもんでいいのか? 楽過ぎるだろ。
 まあこいつらが言い出した事なので遠慮なく甘えさせてもらおう。

 その時、クエストが張り出してある掲示板の方から聞き慣れた声がした。

「ええー。ゴブリン退治ー? 何で街の近くにそんなのが湧いてるの? もうちょっとこう、ドカンと稼げる大物にしない? 一日とはいえ他所にレンタルされるカズマに、私達が日頃どれだけ有り難い存在かを見せ付けないといけないのよ」

 俺に絡んだ男にアクアが難癖付けているらしい。
「い、いや、あんたらが実力があるのは分かるが俺の実力が追いつかねえよ。アークプリーストにアークウィザードにクルセイダー。これだけ揃ってればどんな所でも行けるだろうけどよ、まあ今回は無難な所で頼むよ」
 今回はって、次も組むつもりなのかあの男は。
 俺はちっとも構わないけど。
 そんな向こうの様子をちょっと気にしながら、テイラーが立ち上がった。

「今日のクエストは山道に住み着いたゴブリンの討伐だ。今から出れば深夜には帰れるだろう。それじゃ新入り、早速行こうか」





 ゴブリン。
 それはこの世界でも知らない者はいないメジャーモンスターで、ゲームに出てくる様な雑魚モンスターではなく、実は民間人には意外と危険視されている相手らしい。
 個体の力はそれほどでは無いが、基本的に群れで行動し、武器を使い、しかも衛生観念が無い為に扱う武器が非常に汚い。
 小剣で獲物をさばき、その血が付いた武器をそのまま手入れもしない。
 当然、サビや雑菌だらけのその武器は、傷を負わされると簡単に破傷風になるそうな。
 普通は森などに住むらしいが、今回、隣街へと続く山道になぜかゴブリンが住み着いたらしい。
 俺達は山へ向かう途中の草原を、のんびりと歩いていた。

「しっかし、なんでこんな所に住み着くかなゴブリンは。まあ、おかげでゴブリン討伐なんて滅多に無い美味しい仕事が出てきた訳だけど」
 ゴブリン一匹で二万エリス。
 ゴブリンがどの程度の強さなのかは知らないが、リーンが美味しい仕事と言うからにはそうなのだろう。
 俺は三人の後を荷物を背負ってくっついているだけで分け前が貰える。
 こんなに緊張感も無い楽な仕事は始めてかも知れない。

 やがて、そのまま何の問題も無く目的地の山に着いた。
 山と言っても日本の緑豊かな山ではなく、山の殆どを茶色い岩肌が占めていた。
 所々に茂みがある程度で、こんな自然の恵みが少ない所にどうしてゴブリンが引っ越してきたのか不思議に思う。
 しかし、今までのメンバーだと問題も無くクエストがすんなり進む事に不安を覚える所だが、何だろうこの安心感は。

 それはきっと、マトモなパーティの連中と一緒だからだろう。
 テイラーが足を止め、地図を広げる。
「ゴブリンが目撃されたのはこの山道を登り、ちょっと下った所らしい。山道の脇にでもゴブリンが住み易そうな洞窟でもあるのかも知れない。ここからはちょっと気を引き締めてくれ」
 そんなテイラーの指示に、俺は軽い感動を覚えていた。
 これだよ、こんなやり取りが冒険者ってものだよ。
 敵のど真ん中に突っ込みたいとか何となく爆裂魔法唱えたいとか早く帰ってお酒飲みたいとか、そんな会話がおかしいって物だ。

 全員が視線を合わせ、無言でコクリと頷く。
 山道は完全な一本道で、険しい岩肌の山を、這う様に細い道が伸びていた。
 五、六人ほどが並んで歩ける程度の広さの道だが、道の片方には壁の様な岩肌が、反対側は崖になっている。
 そのまま無言で山道を登っていると、ふと気付いた。

「……何か山道をこっちに向かって来てる。敵感知に引っかかった。でも、一体だけだな」

 敵感知スキルに反応があった。
 しかし反応は一体だけっぽい。
 ゴブリンは群れで行動するんじゃなかったか?
 俺の言葉に三人が驚いた様に振り向いた。
「……カズマ、お前敵感知なんてスキル持ってるのか? というか、一体だと? それはゴブリンじゃないな。こんな所に一体で行動する強いモンスターなどいないはずだが……。山道は一本道だ。そこの茂みに隠れた所で、すぐ見つかっちまうだろう。迎え撃つか?」
 テイラーが言ってくるが、
「いや、茂みに隠れても多分見つからない。俺が潜伏スキル持ってるから。確か、このスキルはスキル使用者に触れてるパーティーメンバーにも効果があったはずだけども。せっかく都合よく茂みがあるんだし、とりあえず隠れとく?」
 俺の言葉に、三人が驚きながらも茂みに隠れた。
 そこは流石に場数を踏んだ冒険者パーティだ。
 相手が何者か分からない。
 そんな場合は戦いを避けるのは冒険者の基本だ。
 用心深いのは恥ずべき事じゃない、用心を怠って死ぬ奴が恥ずかしいのだ。

 これがいつもの連中なら、こんな素直に隠れてくれただろうかと茂みに隠れながら悩んでいると、ソレは来た。

 一言で言えば、猫科の猛獣。
 虎やライオンをも越える大きさのソレは、全身を黒い体毛で覆われ、サーベルタイガーみたいな大きな二本の牙を生やしていた。
 ソレは俺達がさっきまで居た山道の地面をクンクンと嗅いでいる。
 リーンがその姿を見て、慌てて自分の口元を押さえた。
 悲鳴でも上げそうになったのかも知れない。
 潜伏スキルを発動中の俺に触れる三人の手に、緊張の為か力が入る。
 この三人がこれだけ緊張するという事は、かなり危険なモンスターなのかも知れない。

 ソレは神経質に辺りを嗅ぐと、やがて俺達が登ってきた、街へと向かう道へ消えていった。

「……ぶはーっ! ここここ、怖かったあああっ! 初心者殺し! 初心者殺しだよっ!」
 リーンが涙目で言ってくる所を見ると、やはりヤバイ相手だったらしい。
「し、心臓止まるかと思った……。た、助かった……。あれだ、ゴブリンが、こんなに街に近い山道に引っ越してきたのは、初心者殺しに追われたからだ」
「あ、ああ……。しかし、厄介だな。よりによって帰り道の方に向かって行ったぞ。これじゃ街に逃げ帰る事もできないぜ」
 テイラーやキースが口々に言ってくる。
「えっと、さっきのヤツってそんなにヤバいのか?」
 俺の言葉に三人が、なぜ知らないんだと、信じられない物を見るかの様な目で見つめてくる。

「初心者殺し。あいつは、ゴブリンやコボルトと言った、駆け出し冒険者にとって美味しい部類の弱いモンスターの傍をウロウロして、弱い冒険者を狩るんだよ。つまり、ゴブリンをエサに冒険者を釣るんだ。しかも、ゴブリンが定住しない様にゴブリンの群れを定期的に追いやり、狩場を変える。狡猾で危険度の高いモンスターだ」
「なにそれ怖い」
 モンスターですらそんな知恵を持つご時勢とか。
 あの初心者殺しのツメを持ち帰って、アクアに飲ませてやりたいとこだ。

「とりあえず、ゴブリン討伐を済ませるか? 初心者殺しは、普段は冒険者をおびき寄せるエサとなる、ゴブリンやらを外敵から守るモンスターだ。ゴブリンを討伐して山道の茂みに隠れていれば、俺達が倒したゴブリンの血の臭いを嗅ぎつけて、さっきみたいに俺達を通り過ぎてそっちに向かってくれるかもしれない。近づいてくればカズマの敵感知で分かるだろうし、帰ってくるかどうかも分からない初心者殺しを待って、何時までもここで隠れてる訳にもいかない。まずは目的地へと向かうとしよう」
 テイラーの提案に俺達は茂みから出る。
 と、リーンが俺の背負っていた荷物の一部を手に取ると、
「もし初心者殺しに会ったら、皆で逃げる時、カズマも身軽な方がいいからね。私も持つよ。そ、その代わり、潜伏と敵感知、頼りにしてるよ?」
 自分の分の荷物を持ちながら、おどおどと言ってきた。
 そのリーンの言葉にテイラーとキースも俺の背中から荷物を取る。
「「べ、別に、俺達はカズマを頼りきってる訳じゃないからな?」」

 おっと、ツンデレ頂きました。





 初心者殺しが引き返してくる気配も無く、俺達がてくてくと山道を登っていると、テイラーの持つ地図の通り、山道が下り坂になる地点に出た。
 ゴブリンが目撃されたのはこの辺りらしい。
 テイラーが俺を見る。

「……カズマ、どうだ? 敵感知には反応あるか?」

 ありますとも。それもたくさん。
「なんか……。この山道を下っていった先の角を曲がると、一杯いる。初心者殺しの気配は今の所無いな」
 しかし多いな。
 十やそこらじゃない数が居る。
 うん、多すぎてちょっと数えられない。
「一杯いるってならゴブリンだな。ゴブリンは群れるもんだ」
 気軽に言ってくるキースに、
「いや、俺ゴブリンと戦った事無いから知らないけど、こんなに多いものなのか? 普通はどんくらいで群れるんだ? ちょっと数え切れないぞこれ」
 若干不安に思いながらも俺は尋ねた。
 そんな俺の様子に、リーンも不安になったのか、
「ね、ねえ。そんなに居るの? カズマがこう言ってるんだし、ちょっと何匹いるのかこっそり様子をうかがって、数えてから…………」
 リーンがそこまで言いかけた時だった。
「大丈夫大丈夫! カズマばっかに活躍されてちゃたまんねえ! おっし、行くぜ!」
 叫ぶと同時、ゴブリンが居るであろう下り坂の角から飛び出すキース。
 それに続いてテイラーも飛び出して、二人同時に叫んでいた。
「「ちょっ! 多っ!!」」
 叫ぶ二人に続き、俺とリーンも角を曲がる。

 そこには、三十やそこらはくだらないゴブリンの群れが居た。
 子鬼だ! 子鬼がおる!
 身長は子供程度しかないゴブリンだが、その殆どが武器を持ち、それらの多くのゴブリン達がまっすぐこちらを向いている。
 これはちょっとした脅威だ。
 リーンが叫ぶ。
「言ったじゃん! 私、カズマがこう言ってるんだし、こっそり数を数えた方がいいって言ったじゃん!!」
 泣き声を上げるリーンと、アーチャーのキースを後ろに庇う形で山道の角の部分に俺とテイラーが展開する。
「ゴブリンなんて普通は多くても十匹ぐらいだろ! ちくしょう、このまま逃げたって初心者殺しと出くわす可能性が高い! やるぞ!」
 テイラーが叫び、リーンとキースが悲壮感を漂わせた顔で攻撃の準備を始めた。
 ゴブリン達が奇声を上げて、こちらに向かって山道を駆け上がってきた!

 ここは山道で、道の片方は崖となっていた。
「ギギャッ! キー、キーッ!」
 そして、俺達は今坂の上に陣取っている。

 つまり……

「おいっ! 弓構えてるゴブリンがいるぞ! リーン、風の防御魔法!」
「リーンが詠唱してるが間に合わねえっ! テイラー、カズマ、何とかかわせえっ!」

「『ウインドブレスト』ッ!」
 俺が咄嗟に叫んだ初級の風魔法が、俺とテイラーに飛び来る矢を吹き散らした。
「カ、カズマっ! でかしたっ!」
 テイラーが大剣を構えて俺の隣で叫ぶ中、リーンの魔法が完成したらしい。
「『ウインドカーテン』!」
 俺とテイラーの周りを緩やかな風が吹き出した。
 魔法だ!
 これがちゃんとした魔法使いの支援魔法ってヤツだ!
 きっと、矢を逸らすとかなんかしてくれる魔法なんだろう。
 こういうのが本物の魔法使いって奴だと感動しながら、俺は大声で叫んでいた。

「つまり、こんな場所こそこんな手が効くのではなかろうか! 『クリエイト・ウォーター』ッッ!」

 大声で大量の魔力を注いで広範囲に盛大に水を降らせる。
 俺とテイラーが立ち塞がる前にぶちまける様に。
「カズマ!? 一体何やって……」
 後ろからのリーンの声を聞きながら、
「『フリーズ』ッ!」
 凍結魔法を全力で!
「「「おおっ!!」」」
 俺以外の三人が叫ぶ中、ゴブリンの足元が一面の氷で覆われた。
 冬牛夏草に使った手だが、二足歩行のゴブリン達は簡単に氷に足を取られ、あちこちで盛大にすっ転んでいる。
 モタモタと何とか俺の前まで上って来た、氷の上でプルプルと踏ん張っている不安定なゴブリンを、俺はしっかりと乾いた地面を踏みしめながら、危なげなく切り捨てた。
「テイラー! この足場の悪い中でも上って来るゴブリンは、二人でしばこうぜ! 上って来ないゴブリンは、後ろの二人に任せた!」
「でっ、でかしたカズマー! おい、やっちまえ! この状況ならどれだけ居たって関係ねえ、ゴブリンなんてやっちまえ!」
「うひゃひゃひゃ、なんだこれ、楽勝じゃねーか! 蜂の巣にしてやるよおおお!」
「いくよ! 強力な魔法、ど真ん中に撃ち込むよおおお!」
 なぜかやたらと高いテンションで、俺達はゴブリンの群れを迎え撃った!





 ゴブリンの群れを討伐した帰り道。
「……くっくっ、あ、あんな魔法の使い方、聞いた事もねえよ! 何で初級属性魔法が一番活躍してるんだよ!」
「ほんとだよー! 私、魔法学院で初級属性魔法なんて、取るだけスキルポイントの無駄だって教わったのに! ふふっ、ふふふっ、そ、それが何あれ!」
「うひゃひゃひゃ、や、ヤバい、こんな楽なゴブリン退治初めてだぜ! いや、俺はあのゴブリンの群れを見た時終わったと思ったね!」
 俺達は山道を街へ向かって帰りながら、先ほどの戦闘を振り返っていた。

 口々に先ほどの戦闘の話題で盛り上がる、いまだにテンションの下がらない三人に、
「おい、戦闘終わったんだから荷物よこせよ。最弱クラスの冒険者は荷物持ちが基本だろ?」
 口元をにやけさせた俺の軽い皮肉に。
「ちょっ、悪かった、いやほんとに悪かったよカズマ、謝るよ! これからは冒険者だからってバカにしねえ!」
「ご、ごめんねカズマ! てか、何で冒険者が一番活躍してるのさ! おかしいよ!」
「おいカズマ、荷物よこせ! MVPなんだから、お前の荷物も持ってやるよ!」
 途端に慌てた三人に、俺は思わず吹き出した。
 吹き出した俺を見て、冗談だと気付いた三人も笑い出す。
 ああ、いいなあ。
 これこそ冒険者パーティって感じだ、ほんとに。

「つっ……。いてて……」
 テイラーが、先ほどの戦闘で受けた小さな傷を押さえて顔をしかめた。

「おい、大丈夫か? ……さっきの戦闘でレベル上がったから、ウチのプリーストに無理やり教えさせた回復魔法スキル、今すぐ取ってもいいんだけど。確かゴブリンの武器で攻撃受けると破傷風になりやすいんだよな? 消毒薬もないし、街に帰るまで傷口は塞がない方がいいよな。街に帰ったら急いで消毒しようぜ」
 何気なく言った俺の言葉に、リーンとキースが、なぜか喉をゴクリと鳴らした。
「カズマ、か、回復魔法まで使える様になるつもりなの……?」
「回復魔法……。つ、ついに俺達のパーティにも回復魔法が使えるメンバーが……」
 何か言いかけた二人の言葉を、テイラーが遮った。
「おい止めろ。カズマには、ちゃんと帰る場所があるんだぞ。上級職ばかりのパーティが。……ったく、なぜ冒険者のカズマが上級職ばかりのパーティでリーダーなんてやってるのかが、良く分かったよ」
 そして、俺に笑いかけた。
 俺は自分がなぜあのパーティで問題児達の子守をしなければいけないのかが分からないが、テイラーには良く分かったらしい。
 ぜひ今度教えてもらおう。

 俺達は山から降り、街へと広がる草原地帯に足を踏み入れる。
 そして、思い出した。
 俺達はあまりにゴブリン狩りが上手くいきすぎていて、もっと注意を払わなければいけない存在がいた事を。

「あれ? 何か、凄い勢いでこっちに何か向かってきてないか?」
 流石はアーチャー、視力が飛び抜けていいのだろう。
 ソレに最初に気付いたのはキースだった。
 続いて俺も、敵感知によりソレに気付く。
 夕暮れの、草原地帯のど真ん中。
 そこから、俺達に向かって駆けて来る黒い獣に。
「初心者殺し!」
 俺の叫びを合図に、四人で一斉に街に向かって駆け出した。





「はあっ……、はあっ……! くそっ、最後の最後でこれか!」
 キースが、荒い息で毒づいた。
「はあっ、はあっ……。やばいよー、追いつかれちゃうよー!」
 涙目のリーンが泣き言を呟く。
 初心者殺しは、俺達のすぐ後ろにまで迫っていた。
 街まではまだ距離がある。
 とても逃げ切れるものではないだろう。
 と、先頭を走っていたテイラーがクルリと振り向き、剣を構えて言い放つ。
「リーン! このままじゃ追いつかれる! お前はカズマを連れて街に逃げろ! 俺が足止め、キースは援護! 街に帰ったらギルドに駆け込んで、応援を呼んでくれ!」
「ま、ま、ま、任せろ! そ、そうだよな、カズマは他所のパーティの人間なのに、今日は一番頑張ってくれた! 今度は俺達が頑張る番だよな!」

 何それカッコイイ!
 何を、ここは任せて先に行けみたいな事言ってんだ!

「わ、分かった! 行くよ、カズマ!」
 リーンが俺に声を掛ける。
 が、今日一日とは言ってもこいつらは俺のパーティメンバー。
 置いて行くって選択肢は無い。
 目と鼻の先まで迫っている初心者殺し。
 その標的は立ち塞がるテイラーに向いている。

「ちょ、ちょっとカズマ!? 逃げないの!?」

 リーンの声を聞きながら、俺は初心者殺しに目を付けられない様、小さな声で呟いた。
「『クリエイト・アース』」
 手の平に生成される、少量のサラサラの土。
「おっ、おいカズマ! 危ないぞ、早く逃げろ!」
慌てたキースの声を聞きながら、それを握り締め、そっとテイラーの右後ろに立つと。
「うらあああああっ! かかって来いよ、この毛玉があっ!」
 叫ぶテイラー。
 その、テイラーに飛び掛かる初心者殺し。

「『ウインドブレスト』オッ!」
俺は、手の平の土を初心者殺しに向けながら、大声で唱えていた。
「ギャンッ!」
 テイラーに飛びかかろうとしていた所を、突然横合いから顔面に砂粒の直撃を受け、目に多量の砂が入った初心者殺しはそのまま地面にうずくまる。
 そして、目が見えないながらもこちらに向かって威嚇した。
「フシャーッッ!」
「ちょっ!? えっ? ええっ!?」
 いきなり何が起こったのかが分かっていないテイラーに。
「おい、今の内だ! ずらかれえええっ!!」





 街まではまだ少しある。
 だが、もう初心者殺しの気配は感じられない。
 狡猾なモンスターだとか言っていたから、街にあまり近い所までは追ってこないのだろう。
「ま、撒いたか?」
 テイラーが、荒い息をつきながら呟いた。
「はあっ……。はあっ……。ま、撒いたみたい?」
 リーンが足を止め、何度も後ろを振り返りながら言う。
「……ふっ……。ふふっ……。ふへへへっ……」
 キースが……。

 お、おい、恐怖でおかしくなったのか?

 だが、キースの笑いにつられた様に。
「くっ……くっ、くっくっくっ……!」
「あはっ……。あはははっ……。あははははははっ!」
 逃げ切れた事に、いつの間にか俺を含めて皆が笑っていた。

「ちょ、何だよさっきのアレ! カズマ、何しやがったんだよっ! ぶははははっ!」
 テイラーが背中をバシバシ叩いてくるが、その痛みが心地いい。
「初級魔法だ初級魔法! 俺は冒険者だぞ、スキルポイント高くて初級魔法ぐらいしか取れねえ! わははははっ!!」
「こ、こんな冒険者が居てたまるかよっ! うひゃひゃひゃっ! は、腹いてえっ! 生きてるよ、俺達初心者殺しに出会って生きてるよ、おいっ!」
「有り得ないよー! この人有り得ないよ、色々とー! 一体どんな知力してんのさ! ねえカズマ、冒険者カードちょっと見せてよ!」
 俺は言われるままにリーンにカードを差し出した。
「あ……、あれっ? 知力は普通だね。他のステータスも……、って、高っ!? この人幸運、超高いっ!!」
 リーンの言葉に、二人もどれどれとカードを覗く。
「うおっ、なんじゃこりゃ!」
「お、おい、今回こんなに都合良くクエストが上手くいったのは、カズマの幸運のおかげじゃねえか? おい、お前ら拝んどけ拝んどけ! ご利益があるかもしれねーぞ?」
 いや、絶対幸運は関係ないと思う。
 受付のお姉さんも、冒険者稼業には幸運なんてあまり必要無いって言ってたし。
 それに俺が本当に運がいいなら、そもそもパーティメンバーにあの連中が集まってこないはずだ、うん。
 だがテイラーの言葉に、三人が俺に手を合わせて拝み出した。

「や、やめろよ。……おいお前ら。そんな事より、コーヒーでもどうだ?」
 俺は三人に苦笑しながら、マグカップを取り出した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 冒険者ギルドのドアの前。
 今の時刻はすでに夜半を回っている。
 すっかり遅くなった俺達は、クエストの達成をするべくギルド前にやって来ていた。
 初心者殺しが出た事も報告しないといけない。
 だがテイラー曰く、ゴブリンの群れを全滅させたので、初心者殺しは新しいゴブリンの群れを探して人里からは離れるだろうとの事だ。
「つ、着いたあああああっ! 今日は、なんか大冒険した気分だよ!」
 リーンの声を聞きながら、俺達は笑いながらギルドのドアを開け…………

「うっ……ぐずっ……。ふぐっ……、ひっ、ひぐう……っ……。あっ……、ガ、ガズマあああっ……」

 泣きじゃくっているアクアを見て、俺はそっとドアを閉めた。
「おいっ! 気持ちは心底よーっく分かるが、ドアを閉めないでくれよっ!」
 ドアを開け、半泣きで食って掛かってきたのは今朝俺に絡んできたあの男。
 名をダストとか言った、アクア達のパーティの新しいリーダーさんだ。

 酷い惨状だった。

 ダストは背中にめぐみんを背負い、アクアは、白目をむいて気絶したダクネスを背負って泣いていた。
 よく見ればアクアは頭に大きな歯型を残し、涎か何かは知らないが、何となく湿っぽい。

「……えっと、なにこれ。いや、大体分かる。何があったかは大体分かるから聞きたくない」
「聞いてくれよ! 聞いてくれよっ!! 俺が悪かったから! 俺が悪かったから聞いてくれ! いや、街を出て、まず各自どんなスキルが使えるのかを聞いたんだ。で、爆裂魔法が使えるって言うもんだから、そりゃすげーって褒めたんだよ。そしたら、我が力を見せてやろうとか言い出してよ、普段使う以上の全魔力を込めた爆裂魔法とやらを、いきなり何も無い草原で意味も無くぶっ放して……」

 泣きながら俺に訴えてくるダストの言葉を、俺は耳を塞いで聞こえないフリをした。

「おい、聞いてくれって! そしたら、初心者殺しだよっ! 爆発の轟音を聞きつけたのか初心者殺しが来たんだが、肝心の魔法使いはぶっ倒れてるわ、逃げようって言ってんのにクルセイダーは鎧も着けてないくせに突っ込んでいくわ、それで、挙句の果てに……」

「おい皆、初心者殺しの報告はこいつ等がしてくれたみたいだし、まずはのんびり飯でも食おうぜ。新しいパーティ結成に乾杯しよう!」
「「「おおおおおっ!!」」」
 俺の言葉に、テイラーとキース、リーンの三人が喜びの声を上げてくれた。
「待ってくれ! 謝るから! 土下座でも何でもするから、俺を元のパーティに帰してくれぇっ!」
 本気で泣くダストに、俺は心底同情すると。
「これから、新しいパーティで頑張ってくれ」



「俺が悪かったからっ!! 今朝の事は謝るから許してくださいっ!!」


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