リッチー。
それは、有名なアンデッドモンスター、ヴァンパイアと並ぶアンデッドモンスターの最高峰。
長い時を経た大魔法使いが、魔道の奥義により人の身体を捨て去った、ノーライフキングと呼ばれるアンデッドの王。
強い未練や恨みで自然にアンデッドになってしまったモンスターとは違い、自らの意思で自然の摂理に反し、神の敵対者になった存在。
その、ラスボスみたいな超大物のモンスターが。
「や、やめやめ、やめてええええええ! 誰なの!? いきなり現れて、なんで私の魔法陣を壊そうとするの!? やめて! やめてください!」
「うっさい、黙りなさいアンデッド! どうせこの妖しげな魔法陣でロクでもない事企んでるんでしょ、なによ、こんな物! こんな物!!」
ぐりぐりと魔法陣を踏みにじるアクアの腰に、泣いてしがみつき止めていた。
リッチー? の取り巻きのゾンビみたいなアンデッド達は、そんな揉み合う二人を止めるでもなくボーっと眺めている。
……えっと、どうしよう。
とりあえず、ゾンビメーカーではなさそうだが。
アクアは絡んでいる相手をリッチーだとか言い張っているが、何だかリッチーが、チンピラか何かに因縁付けられてるイジメられっ子にしか見えない。
「やめてー! やめてー!! この魔法陣は、未だ成仏できない迷える魂達を、天に還してあげる為の物です! ほら、たくさんの魂達が魔法陣から空に昇って行くでしょう!?」
リッチーの言う通り、どこから集まってきたのか、青白い人魂の様な物がふよふよと魔法陣に乗り、そのまま魔法陣の青い光と共に、空へと昇って行く。
「リッチーのクセに生意気よ! そんな善行はアークプリーストのこの私がやるから、あんたは引っ込んでなさい! 見てなさい、そんなちんたらやってないで、この共同墓地ごとまとめて浄化してあげるわ!」
「ええっ!? ちょ、やめっ!?」
アクアの宣言に、慌てるリッチー。
アクアが手を広げ、大声で叫んだ。
「『ターンアンデッド』!」
墓場全体が、アクアを中心に白い光に包まれた。
アクアから湧き出すように溢れるその光は、リッチーの取り巻きのゾンビ達に触れると、ゾンビ達が掻き消す様にその存在を消失させる。
リッチーの作った魔法陣の上に集まっていた人魂も、アクアの放った光を浴びていなくなった。
その光はもちろんリッチーにも及び……。
「ぎゃー! か、身体が消えるっ!? 止めて止めて、私の身体が無くなっちゃう!! 成仏しちゃうっ!」
「あはははははは、愚かなるリッチーよ! さあ、私の力で欠片も残さず消滅するがいいわっ!」
「おい、やめてやれ」
いつの間にかアクアの背後に立っていた俺は、アクアの後頭部をダガーの柄でごすっと殴った。
「っっぎゃー!? い、痛、痛いじゃないの! あんた何してくれてんのよいきなり!」
後頭部を強打されて集中を途切れさせたのか、アクアが白い光を放つのをやめ、頭を押さえながら涙目で俺に食って掛かる。
ダクネスとめぐみんの二人もやってきた所で、俺は掴みかかるアクアは無視して、頭を抱えて震えながらうずくまるリッチーに声を掛けた。
「お、おい大丈夫か? えっと、リッチー……でいいのか? あんた」
見ると、リッチーの足元が半透明になっており、軽く消えかかっている。
やがて徐々に半透明になっていた足がくっきりと見える様に戻り、涙目のリッチーがフラフラしながら立ち上がった。
「だ、だ、だ、大丈夫です……。あ、危ない所を助けて頂き、ありがとうございました……っ! えっと、おっしゃる通り、リッチーです。リッチーのウィズと申します」
言って目深に被っていたフードをはねのけると、現れたのは月明かりに照らされた二十歳位にしか見えない黒髪の美女だった。
リッチーってからには骸骨みたいなのを想像してたんだが。
ウィズは黒いローブとマントをはおり、さながら悪の魔法使いみたいな格好だ。
いや、リッチーなら悪の魔法使いでいいのか?
「えっと……。ウィズ? あんた、こんな墓場で何してるんだ? 魂を天に還すとか言ってたけど、アクアじゃないが、リッチーのあんたがやる事じゃないんじゃないのか?」
「ちょっとカズマ! こんな腐ったみかんみたいなのと喋ったら、あなたまでアンデッドが移るわよ! ちょっとそいつに、ターンアンデッド掛けさせなさい!」
俺の言葉にアクアがいきり立ち、ウィズに魔法を掛けようとする。
ウィズが俺の背後に隠れ、怯えた様な困った様な顔をしながら、
「そ、その……。私は見ての通りのリッチー、ノーライフキングなんてやってます。それで、アンデッドの王なんて呼ばれてる位ですから、私には迷える魂達の話が聞けるんです。そして、この共同墓地の魂の多くはお金が無いためロクに葬式すらしてもらえず、天に還る事なく毎晩墓場を彷徨っています。それで、一応はアンデッドの王な私としては、定期的にこの墓場を訪れ、天に還りたがっている子達を送ってあげているんです」
……ほろりときた。
いい子だ。
恐らく、店の店員とかを除き、俺がこの世界に来て初めて出会ったまともな人だ。
いや、人間ではないが。
「それは立派な事だし善い行いだとは思うんだが……。アクアじゃないが、そんな事はこの街のプリーストとかに任せておけばいいんじゃないか?」
俺の疑問に、ウィズが言いにくそうに憮然としたアクアをチラチラと気にしながら。
「そ、その……。この街のプリーストさん達は、拝金主義……いえその、お金が無い人達は後回し……と言いますか、その……、あの……」
アークプリーストのアクアがいるので言いにくいのだろう。
「つまりこの街のプリーストは金儲け優先の者がほとんどで、こんな金の無い連中が埋葬されてる共同墓地なんて、供養どころか寄り付きもしないって事か?」
「え……、えと、そ、そうです……」
その場の、全員の無言の視線を受けたアクアが目を逸らす。
「それはまあしょうがない。でも、ゾンビを呼び起こすのはどうにかならないのか? 俺達がここに来たのって、ゾンビメーカーを討伐してくれってクエストを受けたからなんだが」
俺の言葉に、ウィズは困った表情を浮かべ。
「あ……そうでしたか……。その、呼び起こしている訳じゃなく、私がここに来ると、まだ形が残っている死体は私の魔力で勝手に目覚めちゃうんです。……その、私としてはこの墓場に埋葬される人達が、迷わず天に還ってくれればここに来る理由も無くなるんですが……。…………えっと、どうしましょうか?」
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墓場からの帰り道。
「納得いかないわ!」
アクアは未だに怒っていた。
時刻は、すでに空が白みがかってくる時間帯だ。
「しょうがないだろ。つか、あんな娘退治する気にはなれないだろうに」
俺達は、あのリッチーを見逃す事に決めた。
これからは毎日暇を持て余しているアクアが、定期的にあの墓場に浄化に行くと言う事で折り合いがついた。
そこは腐っても女神、アンデッドや迷える魂の浄化はちゃんと自分の仕事だと理解はしているらしい。
酒飲む時間が減るとか駄々をこねていたが。
モンスターを見逃すという事に若干抵抗があっためぐみんとダクネスも、ウィズが今までに人を襲った事がないとの事で、ウィズを見逃す事に同意してくれた。
俺は、一枚の紙切れを眺めながら呟く。
「しかし、リッチーが街に普通に生活してるとか。街の警備はどうなってんだ」
一枚の紙切れ。
それは、ウィズの住んでいる住所が書かれた紙。
あのリッチーは俺達が住む街で普通に生活しているらしい。
というか、小さなマジックアイテムの店を営んで普通に人として生活しているそうな。
リッチーってダンジョンの奥深くに居るイメージがあったんだがと言ったら、生活や魔法の研究に不便なダンジョンに、わざわざ住む必要性がありませんよと言われた。
いや、リッチーだって元は人間なんだから言ってる意味は分かる。
分かるんだが、この世界に来てから俺の持っていた異世界観がどんどん破壊されていってる気がする。
と言うか、俺が期待してた異世界じゃない。
「しかし、穏便に済んで良かったです。いくらアクアがいると言っても、相手はリッチー。もし戦闘になってたら私やカズマは間違いなく死んでたでしょうし」
何気なく言うめぐみんの言葉にぎょっとする。
「げ、やっぱリッチーってそんなに危険なモンスターなのか? ひょっとしてヤバかった?」
「ヤバいなんてものじゃないです。リッチーは、魔法を極めた人が行なう禁断の儀式で成れる存在ですから。強力な魔法抵抗力に魔法の掛かった武器以外の物理攻撃の無効化能力。相手に触れるだけで様々な状態異常を引き起こし、その魔力や生命力を吸収する、絶大な魔力で敵をなぎ払うアンデッドモンスター。多分、爆裂魔法だって使えますよ。むしろ、なぜそんな大物にアクアのターンアンデッドが効いたのかが不思議でなりませんよ」
軽く失禁しそうになる。
そうだよな、アンデッドモンスターの元締めみたいなもんだ。
リッチーのスキルを教えてくれるって言われたから喜んで名刺貰ったが、スキルを習いに行く時は必ずアクアを連れて行こう。
「カズマ、その貰った名刺、渡しなさいよ。ちょっとあの女より先に家に行って、あの女の家の周りに神聖属性の結界張って涙目にしてやるから」
「や、やめてやれよ……」
やっぱりアクアは連れて行かない方がいいかもな……。
俺がそんな事を考えていると、ダクネスがぽつりと言った。
「そういえば、ゾンビメーカー討伐のクエストはどうなるんだ?」
「「「あっ」」」
俺達は駆け出しですら達成できるクエストに失敗した上級職の多いパーティとして、しばらく笑い話のネタにされる事になりました。
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