「とりあえず、どうしようか。あいつは逃げちゃったし、俺の敵感知スキルで他の冬牛夏草を探してみるか？」
　ようやく色々なショックから立ち直った俺は皆に提案してみる。
　本音を言うと、もう半分ぐらい帰りたい気持ちだが。

　すると、アクアが分かりやすく顔をしかめた。
「ええー……。自分で持ってきたクエストで何だけど、あの怖いのをもう一度相手するの？　ていうか、あんな凶暴で凶悪な姿形してるだなんて聞いてないわよ。まともな攻撃手段がカズマだけってのも問題よね。めぐみんの魔法は一発こっきりだし、ダクネスは極端に命中率が悪いんでしょう？　私、近接格闘スキル持ってるけどあんなグロいの殴るのは嫌よ？　何か弱点とかないの？　寄生体から切り離す以外で」
　それにめぐみんが答えてくれる。
「ありますよ。弱点。寄生系のモンスターは水を嫌うと聞いてます。キラーマンティスのお腹に寄生する、なんとか言う寄生モンスターも、キラーマンティスを水に付けると宿主のキラーマンティスから脱出するとか。でも、街の近くの牧場での討伐って事で、私水なんてあまり持って来ませんでした。皆さんは？」
　カマキリに寄生するハリガネムシみたいだな。

　いや、ハリガネムシはカマキリを水に付けると卵を産む為に出て来るんだったか？
　だが、水を嫌うなら俺に手がある。

「おい、水なら俺に任せてくれ。実はキャベツ狩りで仲良くなった他パーティの人に初級属性魔法を教えて貰ったんだよ。今の俺はこんな事ができる！　『クリエイト・ウォーター』！」
　右手を前に突き出して叫ぶと、何も無い空中に大量の水が現れた。
　ちょっとテンション上がって魔力を多めに込め過ぎたらしい。

　スキル毎に最低必要魔力が決まっているが、魔力を多く消費すると、魔法やスキルの効果を高める事ができる。
　魔力を多く込めるのは簡単だ。
　気合を込めて、普段より大声で叫べばいい。
　うん、中二病歴の長い俺にとっては大声で技名を叫ぶなど造作も無い事だ。
　水を召還した俺がちょっと得意になっていると……

「おいクソニート。私に何か言う事はあるかしら？」

　少なくない殺意が込もったアクアの声に振り返ると、そこにはクリエイトウォーターでずぶ濡れになったアクアの姿。
「…………み、水もしたたるアクアさん、今日はとびきりいい女ですね…………」
「ううっ……。普段の私への扱いの酷さの所為で、そんなあからさまな懐柔のお世辞でもちょっと嬉しい自分が悔しいっ！」
　半泣きで羽衣の裾を絞るアクアに、流石に俺も、すまなかったとぺこぺこ謝り、この状況で使えそうな初級魔法があったのを思い出す。
「アクア、俺がその服乾かしてやるよ。いくぞ、『ウインドブレスト』ッ！」
　俺の声で巻き起こる突風が、濡れそぼったアクアを直撃し、羽衣の裾を思い切り捲り上げた。

　皆の前で丸出しにされた下着をもはや隠そうともせずに、立ち尽くしたアクアが呟く。

「必殺のゴッドブローを食らわせてやるから、あんたちょっとそこになおりなさい」
「悪かった！　悪気は無かったんだよほんとに！　いやマジで悪かった！　……って、あれちょっと待て。おい、近くに敵がいるぞ」
　俺の敵感知スキルに反応があった。
　目の前のアクアからもビリビリと強い敵意を感じているがそっちではない。
「え、ちょ、ちょっと、またあのキモいの!?　ちょっと、どこよ!?」
　俺達がいるこの牧場は、そこかしこに木も生えている、どちらかと言うとかなり自然に近い感じの牧場だ。
　ゆえに、家畜が隠れられる茂みもそこかしこにある。
　その茂みの一部が、がさがさと動きを見せた。
「あそこに居るな！　家畜じゃない、間違いなく寄生済みの冬牛夏草だ！　めぐみんとアクアは後ろに下がれ、ダクネス、今度は血迷うなよ！　あそこに居るのはお前のご主人様じゃなくてモンスターだからな！」

「私はモンスターをご主人様と呼んだりはしない。大丈夫だ」
「お前さっきモンスターをジェスター様とか呼んでたろ」
「……言ってない」
「言ったろ」
「…………言ってない。……ん、来るぞ！」

　めぐみんとアクアが慌ててダクネスと俺の後ろに下がる中、茂みが大きく動いた。
　敵感知で相手がモンスターだと分かっている以上、姿を見せるまでモタモタと待っているつもりもない！
「先手必勝『クリエイト・ウォーター』ッッッ!!」
　気合をたっぷりと込めて、俺は大声でスキルを叫んだ！

「ヒギイイイイイイイイイイイイイイ！　ギイイイイイイイイイッ！」
　茂みに大量の水が降りかかると、茂みから、冬牛夏草のあの気持ちの悪い甲高い声が聞こえてきた。
　どうやら大当たりだったらしい。
　そして、水を浴びて悲鳴を上げている事から、弱点が水である事も間違いない様だ。

「おお、最弱クラスのクセに生意気だ！　カズマが意外な活躍を見せているわ！」
「うっせえ！　お前こそ優秀なアークプリースト様なら、支援魔法とかの一つでも……！　ん？　めぐみん、プルプル震えてどうした？」
　舐めた事言ってくるアクアに怒鳴り返しながら、俺はめぐみんの様子がおかしい事に気がついた。
　拳を握り、涙目で肩を震わせ俺を上目遣いで睨みつけている。
「べ、別にカズマが初級属性魔法使える様になって、私の魔法使いの存在意義が一段と薄れたとか全然思ってないからですから？　私……、我が爆裂魔法は最強ですから……っ!?」
　震え声で涙目で言ってくるめぐみんに、なら次のレベルアップでスキルポイント得たら、爆裂魔法関係以外のスキルを取れと言ってやりたい。
　手の掛かるめんどくさい仲間は置いといて目の前に注意を払うと、ひとしきりもがいた後、茂みから飛び出してきたのは牛に寄生している冬牛夏草。
　それが、こちらを睨みつける様にジッと見つめると、突如大声で泣き叫んだ。

「キイイイイイイイイイイイイイイイイイイ！　キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ！」
　攻撃してくるでもなく叫ぶだけの冬牛夏草。
　だが、何か嫌な予感がする。

「……ん、チャンスだ。なぜ襲って来ないのかはしらないが、身動き一つしない冬牛夏草なら流石の私でも当てられる。カズマ、水を浴びて弱っているウチに袋叩きにしてしまおう」
　ダクネスの勝ち誇った様なその言葉に、俺はますます嫌な予感を膨らませた。
「いやまて、こういった簡単に事が運びそうな時ってのは、必ず何かあるもんで…………。おい、何か聞こえないか？」
　目の前では、なおも叫び続ける冬牛夏草。
　その叫びに混じり、遠くから似たような叫び声が……。
「「「キイイイイイイイイイ……、キイイイイイイイイイイイイイ…………、キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ！」」」

　それは、こちらに向かってくる大量の家畜の群れだった。
　もちろん、頭に冬牛夏草を乗せたヤツらだ。
「「いっぱい来たああああ！」」
　それらは間違いなく俺達を標的にしているのが分かる。
　これはあかん、あの牛や馬の大群に突っ込まれたら多分死ねる。

　めぐみんとアクアが背後で悲鳴を重ねる中、いまだに仲間を呼び続ける水を浴びた冬牛夏草から視線を外し、ダクネスがゆらりと家畜の大群の進行方向に立つ。

　ダクネスは大剣を地面にザクリと突き立てて、まるで杖にでも寄りかかる様に剣の柄の上に両手を置くと、仁王立ちのまま声の限りに叫びを上げた。
「かかってこおおおおおい!!　『デコイ』ッッッッッ！」
　それは、敵の注目を自分に集める囮となるクルセイダースキル。
　敵感知スキルで感じていた自分への敵意が減り、家畜の大群の注意が、明らかにダクネス一人に向けられたのが分かる。
　剣を杖代わりにしてその場から微動だに一つしないダクネスは、たなびく金色の髪とその美しい横顔が相まって、まるで大軍をたった一人で迎え撃つ戦乙女を思わせた。

　俺がダクネスの中身を知らずにいたら、この行動とその姿を見てすっかり惚れてしまっていただろう。
　あの娘の頭の中身はそんなカッコイイ物ではなく、自分の欲望のままに立ち塞がっている事を、凄く残念な事に俺はもう知っている。

　家畜の群れを前に一歩も引く気を見せないダクネスに、俺は覚悟を決めた。
「めぐみん！　めぐみーん！　とうとうお前の出番が来た！　爆裂魔法の用意！　アクア、ダクネスに何か支援魔法とか掛けてやれないか!?　防御が上がる系とか、魔法防御が上がる系とか！」
　俺の後ろでバタバタと慌てふためいていた二人が、その言葉に少しだけ冷静になる。
「わわ、分かりました！　どうしよう、こんな非常事態ですがこんな風にアークウィザードとして頼りにされるのは生まれて初めてで、凄い嬉しいですどうしよう！　…………ふふふ、群れるしか能の無い家畜どもよ！　我が絶大なる破壊の力！　その目に焼き付けるがいい！」
　口上いらんからとっとと唱えろ！
「支援魔法ね、分かったわ！　防御と魔法防御ね……！　……ねえカズマ、他にも一時的に芸達者になる支援魔法とかもあるけど、それは……」
「んなもんいいから早くしろやあああー！」

　慌てて魔法の準備を始める二人。
　初級魔法ぐらいなら魔法名を叫ぶだけで問題ないが、中級、上級と上がっていくにつれて魔法は使用するまでに時間が掛かる。
　二人が魔法を使う準備を整えている中、さて俺は何をするべきか。
　ダクネスの隣で壁なんかしても、俺の防御じゃ牛に跳ねられてヘタすれば即死だろう。
　何をするか。
　何ができるか。
　いや、初期クラスの俺にこんな時に戦力として求められても……。
　そうだ、未だに仲間を呼び続けている冬牛夏草を仕留めに行くか？

　……と、そんな俺の頭にひとつ閃いた物があった。
　上手くいく保障はないが、せめてものダクネスの援護にはなるかも知れない。

「ダクネス！　ちょっと我慢しろよ！　『クリエイト・ウォーター』アアアアア！」
　全力でスキルを叫び、大量の魔力を使って、ダクネスの頭上を中心に大量の水をぶちまけた。
　ダクネスを真ん中にして、半径十メートル近くにも渡って大量の水が地面に滴る。
「……不意打ちで、いきなりこんな仕打ちとは……。んんっ!!　カ、カズマ、この火照った体をどうしてくれる！」
「お前はちょっと黙ってろ、台無しだよこんちくしょう!!　いいかダクネス、その場から動くなよっ！　『フリーズ』ッッッ!!」

　初級属性魔法スキルを教えてくれた人は言っていた。
　しょせん初級だから、殺傷能力は期待できないと。
　この魔法は夏場暑い時に自分に掛けたり、飲み物を軽く凍らせる時とかに便利だよ、と。

　ヤケクソ気味に叫んだ俺の残りの全魔力を込めた魔法が、ダクネスの周囲の水を凍らせた。

　それと同時にダクネスの体が淡く光る。
　アクアの支援魔法を受けたのだろう。

　それとほぼ同時に、ダクネスに向かって家畜の群れが突っ込んだ。
　だが地を踏みしめて力強く駆けていた家畜達は、水の上に張った氷に蹄をとられ、転びこそはしないもののその勢いを大きく弱める。
　次々とダクネスに家畜が突っ込んで来るものの、ダクネスは地に刺したままの剣を掴んで一歩も引かない。

　めぐみんが叫んだ。

「爆裂魔法完成しました！　いけます！　でも、ダクネスが効果範囲に入ってますが……」

　その声に、ダクネスが前を向いたまま、こちらに視線を向けずに堂々と言い放った。
「高レベルの魔法耐性スキルを取ってある！　支援魔法も受けた！　かまわん、ドンと来い！」

　ちくしょう、あの変態娘がちょっとカッコイイ！
「ダクネス、気合を入れて魔力を活性化させなさい！　万が一には、体さえ残ってれば私が蘇生させてあげるわ！」
　アクアが凄い事を叫んでいる。
　自己犠牲なんかやめろと、止めないのか女神的に。

　ならここは、めぐみんの意思で魔法を撃たせるのではなく、俺が言ってやるべきだろう。

「めぐみん、やれ！」


「わ、わ、分かりましたっ！　『エクスプロージョン』ッッ!!」