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一部
6話
 俺がギルド内の酒場に戻ると、大変な騒ぎになっていた。

「アクア様、もう一度! 金なら払うので、どうかもう一度花鳥風月を!」
「ばっか野郎、アクアさんには金より酒だぁ! ですよねアクアさん! クリムゾンビア奢りますから、ぜひ花鳥風月をもう一度!」
 めんどくさそうな様子のアクアの周りに、何故か人だかりが出来ていた。
「ああもう、芸って物はね? 請われたからって何度もやる物ではないのよ! 良いジョークは一度きりに限るって、偉い人が言ってたわ! 受けたからって同じ芸を何度もやるのは三流の芸人よ! そして私は芸人じゃないから、芸でお金を受け取る訳にはいかないの! これは芸をたしなむ者の最低限の覚悟にして、それに花鳥風月は元々あなた達に披露するつもりだった芸でもなく……。あっ! ちょっとカズマ、やっと戻ってきたわね、あんたのおかげでえらい事に……。って、どうしたの? その子は」
 人だかりを面倒そうに押しのけて、俺の隣で涙目で落ち込んでいるクリスにアクアが興味を抱く。
 俺が説明するより早く、ダクネスが口を開き、ボソボソと呟いた。

「……ん。クリスは、カズマにぱんつ剥がれた上に有り金毟られて落ち込んでいるだけだ」
「おい何口走ってんだおい、待てよおい待て。間違ってないけど、ほんと待て」

 俺は、クリスが幾らでも払うからぱんつ返してと泣いて頼んできたので、自分のぱんつの値段は自分で決めろと言っただけだ。
 そして、提示する値段に満足しなかったら、もれなくクリスのぱんつは我が家の家宝として奉られる事になる、と。
 泣きながら自分のサイフと俺のサイフを差し出したから交換に応じたまでで、ダクネスの言い方だとなんだか語弊がある。
 ダクネスの言葉に軽く引いてるアクアとめぐみんの視線が気になるが、やがてクリスが落ち込んでいたその顔を上げた。
「公の場でいきなりぱんつ脱がされたからっていつまでもメソメソしててもしょうがないね! よし。ダクネス、あたし、悪いけど、臨時で稼ぎのいいダンジョン探索に参加してくるよ! 下着を人質にされて有り金失っちゃったしね!」
「おい、待てよ。なんかすでに、アクアとめぐみん以外の他所の女性冒険者達の目まで冷たい物になってるからほんとに待って」
 周囲の女性達の視線に怯える俺に、クリスがクスクス笑い、
「このくらいの逆襲はさせてね? それじゃあ、ちょっと稼いでくるから適当に遊んでいてねダクネス! じゃあ、いってみようかな!」
 言いながら、クリスは冒険仲間臨時募集の掲示板に行ってしまった。

「えっと、ダクネスさんは行かないの?」
 自然と俺達のテーブルに座ったままのダクネスに、俺は疑問に思って尋ねる。
「……ん。私は前衛職だからな。前衛職なんて、どこにでも有り余っている。でも、盗賊はダンジョン探索に必須なクラスの割に、地味だから成り手のあまり多くないクラスだ。クリスの募集は幾らでもある」
 なるほど、そういやアクアもアークプリーストは人気クラスで引っ張りだこだって言ってたし、クラスによって優遇されたりとか色々あるのだろう。
 やがて、ほどなくしてすぐに臨時パーティが見つかったのか、数名の冒険者達と連れ立って入り口から出て行くクリス。
 クリスは、出掛けにこちらに向かってひらひらと手を振って行った。
「もうすぐ夕方になりそうな時間帯なのに、クリス達はこれからダンジョン探索に向かうのか?」
「ダンジョン探索は、出来ることなら朝一で突入するのが望ましいです。なので、ああやって前の日にダンジョンに出発して、朝までダンジョン前でキャンプするのさ。ダンジョン前には、そういった冒険者を相手にしている商売すら成り立っているしね。それで? カズマは、無事にスキルを覚えられたのかい?」
 めぐみんのその言葉に、俺はにやりと不敵に笑った。
「ふふ、まあ見てろよ? 行くぜ、『スティール』っ!」
 俺は叫び、めぐみんに右手を突き出すと、その手にはしっかりと白い物が握られていた。

 そう、ぱんつである。

「……なんです? レベル上がってステータス上がったから、冒険者から変態にクラスチェンジしたんですか? ……あの、スースーするのでぱんつ返してください……」
「あ、あれっ!? お、おかしーな、こんなはずじゃ……。ランダムで何かを奪い取るってスキルのはずなのにっ!」
 慌ててめぐみんにぱんつを返し、いよいよ俺への女性陣の視線が冷たい物になっていく中、それは突然起こった。

『緊急クエスト! 緊急クエスト! 街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください! 繰り返します。街の中にいる冒険者の各員は、至急冒険者ギルドに集まってください!』

 それは、街中に響く大音量のアナウンス。
 魔法的な何かで音を拡大しているのだろう。
「おい、緊急クエストってなんぞ? モンスターが街に襲撃に来たのか?」
 ちょっと不安気な俺とは対称的に、ダクネスとめぐみんはどことなく嬉しそうな表情だ。
 ダクネスが、ぼそぼそと小さな声で言ってきた。
「……ん、多分キャベツの収穫だろう。もうそろそろ収穫の時期だしな」
 …………。
「は? キャベツ? その、キャベツって名前のモンスターかなんか?」
 俺が呆然とそんな感想を告げると、何故かめぐみんとダクネスが俺を可哀想な人でも見るかのような目で見つめてきた。
「キャベツとは、緑色の丸いやつです。食べられる物です」
「噛むとシャキシャキする歯ごたえの、おいしい野菜の事だ」
「そんな事は知ってるわ! じゃあ何か? 緊急クエストだの騒いで、冒険者に農家の手伝いさせようってのか、このギルドの連中は」
 最近まで土木工事やってた俺が言うのもなんだが、俺はここに農業しに来た訳じゃない。
 冒険をしに来たのだ。
「あー……。カズマは知らないんでしょうけどね? ええっと、この世界のキャベツは…………」
 アクアが、何だか申し訳無さそうに俺に言いかけ、それを遮る様に、ギルドの職員が施設内に居る冒険者に向かって大声で。

「皆さん、突然のお呼び出しすいません! もうすでに気付いている方もいるとは思いますが、キャベツです! 今年もキャベツの収穫時期がやってまいりました! キャベツ一玉の収穫につき千エリスです! すでに街中の住民は家に避難して頂いております。では皆さん、できるだけ多くのキャベツを捕まえ、ここに収めてください! くれぐれもキャベツに逆襲されて怪我をしない様お願い致します!」

 …………今、この職員はなんつった。

 その時、冒険者ギルドの外で歓声が巻き起こった。
 何事かと、人混みに混ざり様子を見に行く俺の目に、街中を悠々と飛び回る緑色の物体の姿が飛び込んでくる。

 呆然とその訳の分からない光景に立ち尽くしていると、いつの間にか隣に来ていたアクアが呟く。
「この世界のキャベツ達は飛ぶわ。味が濃縮してきて収穫の時期が近づくと、簡単に食われてたまるかとばかりに。街や草原を疾走する彼らは大陸を渡り海を越え、最後には人知れぬ秘境の奥で誰にも食べられず、ひっそりと息を引き取ると言われているわ。それならば、私達は彼らを一玉でも多く捕まえておいしく食べてあげようって事よ」
「……俺、もう馬小屋に帰って寝ててもいいかな」
 呆然と呟く俺の隣を、勇敢な冒険者達が気勢を上げて駆け抜けてゆく。
 彼らもまた、今、この瞬間を必死に生きるキャベツ達に感化された熱き漢達なのだろう。


 うん、俺が思っていた異世界じゃない。
 凄く、日本に帰りたい。


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 俺はギルドの中で出されたキャベツ炒めをかじりながら、呟いた。
「何故たかがキャベツの野菜炒めがこんなにクソ美味いんだ。納得いかねえ、ホントに納得いかねえ」

 無事キャベツ狩りが終わった街中では、あちこちで収穫されたキャベツを使った料理が振舞われていた。
 物凄くやり切れなかったが、一応金にはなるのでキャベツ狩りに参加した俺だったが、何だか軽く後悔している。
 俺はキャベツと戦う為に異世界に来た訳じゃない。

「しかし、やるわねダクネス! あなた、さすがクルセイダーね! あの鉄壁の守りはさすがのキャベツ達も攻めあぐねていたわ」
「ん……、そ、その、アクアの回復魔法も凄かった……。アクアは最初こそ、からかう様に空中を漂うキャベツを追いかけ、足元が疎かになって転んで泣いていたが……。その後、多くの冒険者グループに強力な回復魔法を飛ばして大活躍だったではないか。私など、ただ固いだけの女だ。私は器用度も低く、素早さも無い。だから、剣を振るってもロクに当たらず、誰かの壁になって守る事しか取り柄が無い。……その点、めぐみんも凄まじかった。キャベツの群れを追って街に近づいてきたモンスターの群れを、爆裂魔法の一撃で吹き飛ばしていたではないか。他の冒険者達のあの驚いた顔といったら無かったな」
「ふふ、我が必殺の爆裂魔法の前において、何者も抗う事など叶わず。……それよりも、カズマの活躍こそ目覚しかったね。魔力を使い果たした私を素早く回収して背負って帰ってくれたし」
「……ん、突出した私がキャベツやモンスターに囲まれ、袋叩きにされている時も、カズマは颯爽と現れ、襲い来るキャベツ達を収穫していってくれた。助かった、礼を言う」
「確かに、潜伏スキルで気配を消して、敵感知で素早くキャベツの動きを捕捉して、背後から強襲するその姿はまるで鮮やかな暗殺者のごとしでした」

「やるわねカズマ! 私から、『華麗なるキャベツ泥棒』の称号を授けてあげるわ」
「やかましいわ! そんな称号で俺を呼んだら引っぱたくぞ! ……ああもう! どうしてこうなった!」

 俺は頭を抱えたままテーブルに突っ伏した。
 緊急事態である。

「……ん。では、みんな、これからよろしくな。名はダクネス。クラスはクルセイダー。一応両手剣を使ってはいるが、火力は期待しないでくれ。なにせ、器用度が低過ぎて攻撃がほとんど当たらん。だが、壁になるのは大得意だ。相方のクリスが帰ってくるまでの間になるとは思うが、よろしく頼む」

 そう。仲間が一人、増えました。

 アクアがキャベツ狩りで得た報酬で早速クリムゾンビアをあおりながら。
「ふふん、ウチのパーティもなかなか豪華な顔触れになってきたじゃない? アークプリーストの私に、アークウィザードのめぐみん。そして、防御特化の上級前衛職、クルセイダーのダクネス。四人中三人が上級職なんてパーティ、そうそう無いわよカズマ! あなた、凄くついてるわよ? 感謝しなさいよ?」
 一発しか魔法が使えない魔法使いに攻撃が当たらない前衛職、極上のバカで運が悪くて間の悪いプリーストだがな!

 キャベツ狩りの最中、なぜかダクネスと意気投合したアクアとめぐみんが、ダクネスをパーティに誘おうと言い出したのだ。
 俺だって、普通の仲間だったなら特に断わる理由も無い。
 だって美人だし。
 だがこのダクネス。全くと言っていいほどに攻撃が当たらない。
 相当な美人なのだが。
 何でも、スキルポイントを防御系のスキルに全振りしている為、両手剣修練などの攻撃スキルを一切取っていないらしい。
 見てくれはクール系の美女なのに、本当に勿体無い。
 しかもこのクルセイダー、なぜかやたらとモンスターの群れのど真ん中に突っ込みたがるのだ。

 弱者を守るクルセイダーとして、他の者を守りたい気持ちが人一倍強いのは良い事なのかもしれないが…………。
「んっ……。ああ、先ほどの、キャベツやモンスターの群れにボコボコに蹂躙された瞬間は堪らなかったな……。このパーティでは本格的な前衛職は私だけの様だから、遠慮なく私を囮や壁代わりに使いまわしてくれ。何なら、危険と判断したら捨て駒として見捨てて貰ってもいい。……んんっ! そ、想像しただけで、む、武者震いが……っ!」

 ダメだ。

 こいつもダメだった。
 そう、アクアやめぐみんと同調していた時点で警戒するべきだった。
 頬をほんのり赤く染めて、ふるふる震えているダクネスを、俺は泣きたい気持ちで眺めていた。
 こんなクール系の美人なのに、俺の目にはもうタダのドMにしか映らない。

「それではカズマ。多分……。いや、間違いなく足を引っ張る事になるとは思うが、その時は遠慮なく強めで罵ってくれ。これから、よろしく頼む」

 俺は最弱な初期クラスの冒険者。

 そんな貧弱クラスにして元ニートなダメな俺が、なぜかこのパーティでリーダーやってます。


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