「おーし、ご苦労さーん! 今日はこれで上がっていいぞ! ほら、今日の日当だ」
「どうもです。お疲れっしたー!」
「どもです! したー!」
親方の仕事の終了の声で、俺とアクアは日当を受け取ると挨拶と共に頭を下げる。
「じゃあ、皆さんお先―っす!」
「お先ーっす!」
「おーう、お疲れ! また明日も頼むな!」
俺が先輩達に挨拶すると、アクアも俺に続いて挨拶する。
先輩の声を聞きながら、俺とアクアは現場を後にした。
ああ、今日も一日働いた。
俺がニートだったなんて、自分でも信じられない話だ。
俺とアクアは日当を握り締め、街の大衆浴場に向かう。
大衆浴場は日本の銭湯とほぼ変わりは無い。
日本に比べれば、一般の人の平均賃金に換算すると入浴料は割高だが、仕事終わりの風呂は、ちょっと高くともやめられない。
「オウフ……。生き返るわー…………」
熱い湯船に肩まで浸かり、仕事の疲れをゆっくり癒す。
異世界では風呂なんて贅沢品だと思っていたが、異世界イコール中世ヨーロッパと認識している、俺の勝手な思い込みだった様だ。
地球でヨーロッパ辺りでの風呂文化が無かったのは、水が貴重であるという事が理由の一つにある。
そして、湯を沸かす大変さだ。
ここでは、日本ほどではないが水はそれほどの貴重品では無いらしい。
湯を沸かすのも、風呂の様に大量のお湯を沸かすなら、ファイアーボールを水に放り込んで一発らしい。
むしろ、鍋に張った水の様に、少量のお湯を用意する方が大変なのだそうな。
この大衆浴場には、専用のお湯沸し魔法使いなんてのも居たりする。
水に放り込むファイアーボールの熱量の加減で、ぬるかったり沸騰したりするから意外と難しい。
風呂から上がると、アクアが浴場の入り口で待っていてくれた。
女よりも長風呂なのもどうかと思うが、風呂好き日本人のサガだ。
こればっかりはどうしようもない。
「今日は何食べる? 私、スモークリザードのハンバーグがいい。あとキンキンに冷えたクリムゾンビアー!」
「俺も肉系がいいな。それじゃ、宿屋のおっちゃんにスモークリザードのハンバーグ定食二人前頼むか」
「異議なし!」
アクアと二人、定食を平らげて満足すると、特にやる事もないし馬小屋に。
馬糞が付いていない藁を選んで寝床を作ると、早々と横になった。
隣には当たり前のようにアクアが寝転がる。
「じゃあ、お休みー」
「おう、お休み。……ふう。今日もよく働いたなあ……」
そして俺は、心地よい疲れと共に、深い眠りに…………
「いや、待ってくれ」
俺はムクリと身を起こした。
「……? どしたん? 寝る前のトイレ、行き忘れた? 暗いし付いてってあげようか?」
「いらんわ。いやそうじゃなくてな。俺達、何で当たり前の様に普通に労働者やってんだって思ってさ」
そう。
俺とアクアはここ2週間ほど、ずっと街の外壁の拡張工事の仕事をしていた。
つまりは土木工事の作業員。
俺がこの世界に求めていた、冒険者稼業なんて物とは程遠い。
いや、というかなんでアクアは何の疑問もなくこの生活に馴染んでんだ。
お前は一応女神だろ。
「そりゃ、仕事しなきゃご飯も食べられないじゃん。工事の仕事は嫌なの? 全く、これだからニートは。一応、ドブさらいとかの仕事もあるけど?」
「そうじゃねえ! そうじゃなく、俺が求めてるのはこう、モンスターとの戦闘! みたいなね?」
熱くなり、つい大声になる俺の声に、周りから罵声が飛んだ。
「おい、うるせーぞ! 静かに寝ろ!」
「あっ、すいません!」
駆け出しの冒険者は貧乏です。
宿に部屋をとって毎日寝泊りとか、普通はありえない。
一般的には、他の冒険者達と金を出し合って大部屋で雑魚寝とか。
今の俺達の様に、宿の馬小屋を借りて藁の上で寝るとかそんなんらしい。
うん、想像してた異世界暮らし、期待していた冒険者生活と全然違うな。
宿暮らしって事は、日本で言えば毎日ホテルで寝泊りする様なもの。
収入が不安定な冒険者には無理な話だ。
収入が不安定。
そう、予想していた簡単な採取クエストだの、街の近くでのモンスター討伐だのといったクエストなんて一つも無かった。
コボルト討伐とかしてその日の宿代稼ぐとか、そんなお約束はどこ行ったとばかりに、危険な仕事しか残っていなかった。
街の近くにある森に住んでいたモンスターは、とっくの昔に軒並み駆除されたそうだ。
モンスターもいない安全な森の中、採取クエストなんてものをわざわざ金出してまで人に頼む者はあまりいない。
そりゃそうだ。
街の外には子供だって出るだろう。
門番もいるが、蟻の子一匹出入りさせないなんて警備をずっと続けるよりも、それ程巨大な森でないならとっとと人に害をなすモンスターを駆除してしまえばいい話だ。
言われてみれば当たり前だが、そんな現実的な事はあまり知りたくなかった。
RPGによくある、素人に毛が生えた様な冒険者でも簡単に見分けが付く様な薬草だのを、森に入って半日ほど採取しただけで、その日のホテル代と三食分の金が稼げる。
そんなおいしい仕事がある訳もないってか。
日本で例えれば、半日ほど山で山菜取りでもしたって、そこまで稼げないだろう。
ましてや、アフリカだとかの発展途上国の一部とかだと、丸一日働いて、トウモロコシのスープとちょろっとした穀物が一日二回貰える程度とか聞いた。
ここより文明が発達した地球ですらそんなんなのに、ここでそんなにうまい話が転がっている訳が無い。
考えてみれば、地球でも裕福な国である日本ですら、ホテル暮らしの日雇い労働者なんていないだろう。
最低賃金? 労働基準法? なにそれおいしいの?
ここは、そんな世界だ。
「つまり、冒険者らしい事がしたいって訳? まだロクな装備が整ってもいないのに?」
アクアの真っ当な意見にぐうの音もでない。
そう、俺とアクアは、必要最低限の冒険用の道具や装備すら持っていない為、まずそれらを手に入れる為に、ここのところずっと、安全な土木作業のバイトに勤しんでいたのだ。
「そろそろ土木作業ばっかやってるのも飽きたんだよ……。俺、労働者やりに異世界に来たんじゃないぞ。パソコンもゲームもロクに娯楽の無い世界だが、俺は冒険する為にここに来たんだ。一応魔王やらに対抗する為にここに送られてきたんだろ、俺は? ならレベル上げくらいしとかないと、いざ街が攻められた時とか、逃げられもしないで殺されるかもしれないし。今のところ、簡単な討伐クエストとやらは無いらしいが、逆に言えば簡単じゃない討伐クエストならあるって事だろ?」
俺の言葉に、なんの話だ? といった顔でしばし考え込んでいたアクアは、
「おおっ! そういえばそんな話もあったわね。そうよ、労働の喜びに夢中になって忘れてたけど、そうじゃないわ。カズマの前にここに送り込んだ、あの頼りない連中が魔王討伐に失敗してこの世界が滅ぼされたら、この世界に降りて来た私も他人事じゃないじゃないの!」
そういや、こいつは受付のお姉さんに知力のステータスが人より低いって言われてたなと納得する。
「いいわ、討伐行きましょう討伐! 大丈夫、この私がいるからにはサクッと終わるわよ! 期待して頂戴!」
「な、なんかもの凄く不安だが……。おし、それじゃ、貯まった金で最低限の武具を揃えて、明日はレベル上げだ!」
「おうともさ!」
「うるせーってんだろこらっ! しばかれてーのか!」
「「すいません!」」
他の冒険者に謝りながらも、俺は心を躍らせて眠りに付いた。
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「ああああああああ! 助けてくれ! アクア、助けてくれえええええ!」
「プークスクス! やばい、超うけるんですけど! 顔真っ赤で涙目で、必死過ぎるでしょカズマ!」
よし、こいつは殺そう。
俺はそう決心しながら、巨大なカエル、ジャイアントトードに追いかけられながらアクアに助けを求めて逃げ回っていた。
必要最小限の武器、俺はショートソードとダガーを。
アクアは、プリーストって言ったら素手じゃね? メイスもいいけど、素手でモンスターを屠る武闘派美人僧侶ってよくね? とアホな事を口走って、無装備でのん気に、カエルに追われる俺を眺めていた。
たかがカエルと侮れない。
大きさは牛を越える巨大さで、こいつらは繁殖の時期になると、産卵の為の体力を付ける為か、エサの多い人里にまで現れて、農家の人の飼っている山羊を丸呑みにしてまわるらしい。
山羊を丸呑みってんだから、俺やアクアだってもちろん余裕だろう。
実際に、毎年このカエルの繁殖期には人里の子供やら農家の人やらが行方不明になるそうだ。
見た目はただの巨大なカエル。
だが、街の近隣で駆除された、弱っちいモンスターとは比較にならない程に危険視されているモンスター。
ちなみに、その肉は多少の硬さはあるが、淡白でサッパリしていて食材として大変喜ばれるらしい。
腕のいい冒険者は、こいつらを好んで狩るというのだが……。
「らめええええええええ! 食われちゃううううううううう! アクアー! アクアー!! お前いつまでも笑ってないで助けろよおおおおおおお!」
泣きながら、俺の後ろをビョンビョンと飛び跳ねて追いかけてくるカエルを見る。
だがカエルは、すでに逃げ回る俺とは違う方向を向いていた。
その視線の先には…………
「あっははははははははは! いいわよいいわよ、助けてあげるわよロリニート! その代わり、明日からはこの私をアクア様と呼び、崇めなさい! 街に帰ったらアクシズ教に入信し、一日三回祈りを捧げる事! 毎晩、私にクリムゾンビアを一杯奢ること! そしてひゅぐっ!?」
ふんぞり返りながら何かを言っていたアクアが突然姿を消した。
ふと見ると、俺を追いかけていたカエルの動きが止まっている。
そのカエルの口の端からは、白い物が生えていた。
その白いのは……
「アクアー! おま、食われてんじゃねえええええええええ!」
アクアの白い太ももだった。
カエルに食われたアクアの足が、カエルの口の端から覗き、ビクンビクンと震えている。
俺はショートソードを抜くと、カエルへ向かって駆け出した!
「ぐふっ……、うっ、うええええええええっ……、あぐうっ……!」
俺の前には、うずくまり、カエルの粘液でねちょねちょになって泣くアクアの姿。
その隣には、俺に頭を砕かれたカエルが横たわっていた。
「ううっ……ぐずっ……あ、ありがど……、がずま、あ、ありがどうねえ……っ! うわああああああああああんっ…………!」
カエルに食われたアクアを何とか救出し、カエルの口から引っ張り出されたアクアは泣きじゃくっている。
流石の女神も、捕食は堪えたらしい。
「だ、大丈夫かアクア、しっかりしろ……、その、今日はもう帰ろう。クエストは、三日の間にカエル五匹の駆除だけど、これは俺達の手に負える相手じゃない」
正直俺がカエルを仕留められたのも、アクアを捕食したカエルが獲物を飲み込もうと、その動きを止めていた事が大きかった。
元気に俺に向かって捕食に来るカエルに、正面から立ち向かっていく勇気は無い。
だがアクアは、粘液でヌラヌラと体中をテカらせながらも立ち上がる。
「ぐすっ……。女神が、たかがカエルにここまでの目に合わされて、黙って引き下がれるものですか……っ! 私はもう、汚されてしまったわ。今の汚れた私を信者が見たら、信仰心なんてダダ下がりよ! でも、カエル相手に引き下がったなんて信者が知ったら、美しくも麗しいアクア様の名が廃るってものだわ!」
心配するな。
日頃の、大喜びで他のおっさんの数倍の荷物を運んで汗を流し、ジョッキを豪快にあおり、馬小屋の藁の中でよだれを垂らして気持ちよく寝てるあの姿を見れば、今の粘液まみれの姿なんて今更だ。
だがアクアは、俺が止める間も無く、離れた場所にいたカエルに向かって駆け出した。
「あっ! おい、待てアクア!」
制止も聞かずにアクアはカエルに距離を詰め、そのまま駆けて来た勢いはそのままに、拳に白い不思議な光を宿らせてカエルの腹に殴りかかった。
「神の力、思い知れ! 私の前に立ち塞がった事、そして神に牙を剥いた事! 地獄で懺悔しながら眠るがいい! ゴッドブローおおおおっ!」
ぶよんとカエルの柔らかい腹に拳がめり込み、そのままカエルは何事もなかったかの様に……。
俺は、捕食したエサを飲み込もうとして動かないでいた、本日二匹目になるカエルを倒し、更に粘液まみれにされて泣きながら二匹のカエルの肉を引きずるアクアを連れて、今日の討伐は終了した。
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