「おいおい、本気で異世界だ。え、本当に? 本当に、俺ってこれから冒険者とか?」
俺は、目の前に広がる光景に、興奮で震えながらも呟いた。
それは、これはテンプレートですからと言わんばかりの中世風の街並み。
異世界とは中世ヨーロッパ風であるべきだって、宇宙の法則かマニュアル本かなんかがあるのかも知れない。
「あ……ああ……ああああ…………」
俺はキョロキョロと街中を見渡して、行き交う人々を観察した。
「獣耳だ! 獣耳がいる! エルフ耳! あれエルフか!? 美形だし、エルフだよな! さようならニート生活! この世界なら、俺働くよ!」
「ああああ…………ああああああ…………あああああああああああ!」
俺は隣で頭を抱えて叫び声を上げている、女神の方を振り返った。
「おいうるさいぞ。俺まで頭のおかしい女の仲間だって思われたらどうするんだよ」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
叫ぶと同時、女神は泣きながら俺に掴みかかってきた。
「や、やめろお! ぼ、暴力はやめたまえ! というか、何だよ、悪かったよ! もういいよ、帰ってもらっても。後は自分で何とかしてみるから」
俺の首を絞めようとする女神の手を振り払うと、面倒臭そうにシッシと手をやる。
すると、女神はわなわなと手をわななかせた。
「バカ! 帰れないから困ってるんでしょ!? あんた、どうすんの!? ねえ、どうしよう! 私これからどうしたらいい!?」
女神は泣きながら取り乱し、頭を抱えてバタバタしていた。
腰まで届く長い髪を振り乱し、なんというかもう、黙っていれば凄い美人なのにこれでは唯の痛い女だ。
「おい女神、落ち着け。まずはこういう時の定番としては、冒険者ギルドだ。冒険者ギルドに行って登録とかすれば、身分証とか作って貰ったり金貸して貰ったりして、その日の宿代稼げるような簡単な採取任務とか紹介して貰えるもんだ。いいから、ついて来い」
「なっ……! ロリコンのクソニートだったハズなのに、な、なぜこんなに頼もしいの? あ、カズマ、私の名前はアクアよ。女神じゃなく、アクアって呼んで。私が女神だってバレちゃ、私を崇拝する信者達でこの街が大変な騒ぎになるから。住む世界は違っても、一応私、この世界で崇められてる神様の一人なのよ」
余裕のある俺の後ろをバタバタとついて来ながら、その女神はアクアと名乗った。
さて、こういった時にはまず冒険者ギルドを探すものだが……。
よく考えたら、こいつは女神なんだし、こいつに色々聞けばいいんじゃないか。
「アクア、とりあえずギルドの場所だ。どこに行けばいいんだ?」
俺がアクアに尋ねると、アクアはだが、キョトンとした表情で。
「……え? 私にそんな事聞かれても知らないわよ。私はこの世界に送る事は出来ても、たまに人々の暮らしを覗いてたくらいで特に詳しい訳じゃないし。というか、大量にある異世界の内の一つよ? そんなもの一々知るわけないでしょ?」
こいつ使えねえ……。
しかたないので、その辺の通りすがりのおばさんに尋ねる。
男の人に聞くのは怖いし、若い女性に話しかけるのは俺のチキンハートから言って難易度が高い。
「すいませーん、ちょっといいですか? 冒険者ギルド的なもの探してるんですが……」
「ギルドを? あら、この街のギルドを知らないなんて、他所から来た人かしら? ここの通りをまっすぐ行って右に曲がれば、看板が見えてくるわ」
おばさんの言葉に、やはりギルド的な物があったかと安心する。
「いやあ、ちょっと遠くから旅してきたもので、まだこの街に慣れてなくて。どうも、ありがとうございました! ……ほら、行くぞ」
おばさんに礼を言い、教えてもらった道を歩いていくと、後ろをちょろちょろ付いて来るアクアが、ちょっと尊敬の眼差しを交えながら感嘆の声を上げた。
「ねえ、あんなとっさの言い訳とか、なんでそんなに手際がいいの? こんなにできる男な感じなのに、なんであなた童貞だったの? なんでロリコンのクソニートなんかやってたの?」
「童貞なのは別に悪い事じゃない、一生に一度の機会を大切にする事の何が悪い。あとクソニートは止めろクソビッチ。ニートは、働かなくても生きていける、勝ち組にだけ許される上級職だ。後俺はロリコンじゃない、子供が好きなだけだ。……あそこか」
クソビッチ呼ばわりされたアクアが首を絞めてくるが、それを無視して、見つけた冒険者ギルドっぽい施設に入っていく。
冒険者ギルド。
つまり異世界のハロワ的なアレだ。
日本じゃハローワークに近付くだけでアレルギー反応が出たものだが、ここの施設はなぜか平気だった。
元の世界じゃニートだったりいじめられっ子だったりコミュ障で行動的でもなかったヤツが、異世界に来た途端活発になるこの現象は、俺にもちゃんと適用されたらしい。
「いいかアクア、登録すれば駆け出し冒険者が生活出来る様に色々チュートリアルしてくれるのが冒険者ギルドだ。金を貸してくれるか、駆け出しでも食っていける簡単な仕事を紹介してくれて、オススメの宿も教えてくれるはず。今日の所は登録と金の確保、そして泊まる所の確保だ」
「分かったわ。その辺は、最近トラックに飛び込み自殺して私の所に来てた多くの人達が、似たような事言っていたから把握してるわ。私も冒険者として登録すればいいのね?」
「そういう事だ。よし、行こう」
俺はアクアを引き連れて、真っ直ぐカウンターへと向かう。
受付は四人。
その内三人は手が空いている状態だった。
そして、ギルドの受付は美人の女性である事が基本な筈なのに、四人の受付の内二人は男性職員だった。
女性職員の内、より美人な方の受付嬢の所に行く。
「……ねえ、他の三つの受付が空いてるのに、何でわざわざここに来たの? 他なら待たなくてもいいのに。……あ、受付が一番美人だからね? 全く、ちょっと頼りがいがあると感心した矢先にこれ?」
俺の後ろに付いて来た何も分かっていないアクアに、俺は小さな声で教えてやった。
「ギルドの受付の人と仲良くなっておくのは基本だ。そして、一番美人な受付のお姉さんってのは、なぜかギルドの冒険者達に恐れられてたりだとか、実は凄い実力者だとかで、一目置かれている可能性が高い。これはこういった世界での基礎知識だぞ。そういった有力者とコツコツとコネを作っとくと後々助かるんだよ」
「……私がバカだったわ。そういえば、そう言った話を聞いた事がある。ごめんね、素直にここに並んでおくわね」
他が空いてるのに、わざわざここに並んでいる俺達を、他の受付の人がチラチラ見ているがここはガン無視だ。
やがて俺達の番が来る。
「はい、どうぞー。今日はどうされましたか?」
受付の女の人はおっとりした感じの美人だ。
ウェーブのかかった髪と巨乳が大人の女性の雰囲気をかもし出していた。
「えっと、冒険者になりたいんですが、田舎から来たばかりで何も分からなくて……」
田舎から来たとか遠い外国から来たとか言っておけば、受付が勝手に色々教えてくれる。
「そうですか。えっと、では登録手数料が掛かりますが大丈夫ですか?」
後は受付の人の言う事に従っていけば……。
登録手数料?
「……おいアクア、金って持ってる?」
「あんな状況でいきなり連れてこられて、持ってる訳無いでしょ?」
……なんてこった、こういう時って、最初のお金は貸してくれるだの後払いだのになんないのか?
捨てられた子犬のような目で訴えてみるが、お姉さんは困った顔を浮かべるだけだ。
一旦受付から離れ、アクアと作戦会議をする。
「……アクア、作戦変更だ。まず最低限の金を手に入れよう。お前の美貌でそこらの頭悪そうな冒険者をたぶらかしてくるんだ。アクアは黙っていれば美女だ。手数料なんてそう高いもんでもないだろ。手数料に困ってますアピールすれば、一人二人余裕のハズだ」
「いきなり頼りがいが無くなったけど、まあしょうがないわねニートなんだし。いいわ、黙っていればって所が気になるけど、私の美貌で迫ればイチコロよ。まあ見てなさいな」
アクアは、自信たっぷりに近くのテーブルで雑談していた二人組の冒険者に目を向けると、不自然に体をくねらせて近付いていった。
あの女神にとっては、どうやら色気を振りまいているつもりの様だ。
だがあれではどう見ても頭のおかしい不審者だ。
俺は一時の激情で、有能な能力や装備ではなく、あんなのを連れてきてしまった事を激しく後悔していた。
「相席してもよろしいかしらー?」
「ん? ああ、どう……。…………ど、どうぞ……」
話しかけられた冒険者は、身をくねらせるアクアを見て、明らかに引いていた。
その冒険者と話していた相席の男にいたっては、明らかに目を逸らして関わらない様にしている。
「ねえ、あなた達、こういうお店で遊ぶのって始めて?」
「へっ? いや、俺達は結構ここの常連だと思うんですが……」
「あらあら、お盛んな事ねー? ふふふ、若いわね?」
ダメだ。
よく分からないが、あの女神は何か変な店の接客嬢と間違っている。
というか、明らかに男の方は引き気味だし、もう一人にいたってはあさっての方を向いて、完全に関わらないようにしている。
「ふふっ、そんなに緊張しなくてもいいのよ? 何か、私に聞きたい事とかあるんでしょう? どこに住んでるとか、普段何してるのとか?」
「い……、いえ、特に興味は……」
これはあかん。
「ふふふっ、照れちゃってかわいいわね? いいのよそんなに遠慮しなくても……、ちょ、ちょっと何よ!? 今いい所なのになんで邪魔するの!? 後少しで落ちそうなのに!」
俺はアクアを無理やり引っ張っていき、施設の隅に連れて行った。
「あれでいい所だって本気で思っていたのならお前はバカだ。というか、ビッチ臭いくせに男性経験がないなら最初から言え。人を童貞童貞言いやがって、お前も未経験なんだろ」
「べべべ、べ、別に未経験じゃないし!? そ、それにたとえ未経験だったとしても、女神が処女で何が悪いの!? そうよ、神聖な存在の女神が処女で、何が悪いのさこの童貞!」
「こ、こらっ! お前自分で、女神だって事は内緒だとか言っておきながら、声がでかいんだよ! それよりほら、アレを見ろよ」
俺は、いまだアホな事を大声で口走っているアクアに、テーブルの一角を指差した。
そこには、いかにもな風体の二人組のいかつい男。
一人はスキンヘッドの大男で、もう一人はモヒカンという、もうホントにいかにもな連中だ。
「ちょっとアレは私の好みじゃないわね。向こうの、サイズの合わない大きめの、ブカブカな鎧着たクルセイダーの少年がいいんだけど」
「誰がお前の好みを聞いたショタ女神。お前、女神だけあって強いんだろ? あそこに、ガラの悪そうなのがいるだろ。あいつらとちょっと、ほら、あれだ…………」
俺は、最低な事を言っているのに気がつき、言葉が尻すぼみになっていった。
幾ら一文無しの非常事態でも、それでは唯のカツアゲみたいなもんだ。
しかも、こいつは仮にも女神。
こんな低俗な事は
「あんた頭いいわね、そういう事は最初から言いなさいよ。こっちの方が手っ取り早いじゃないの」
こいつは多分、女神じゃないと思う。
アクアはそのまま、俺が何か言う間も無く、男達の方に歩いていった。
そして、イスに座り、大声で笑っているモヒカンの後ろから、ヨタヨタと近寄り、そのまま肩を……!
肩をぶつけてインネンをつけようとしたが、それを避けられ、バランスを崩したアクアは転んだ。
「お、おい姉ちゃん、大丈夫か?」
転んだアクアに、モヒカンが声をかける。
「おい。そいつ、さっき向こうのテーブルでクネクネと不思議な踊り踊ってたおかしい奴じゃ……。あまり関わり合いにならない方が……」
心配するモヒカンに、スキンヘッドがそんな事を。
あいつはもうダメだ。
こんな人種にまで避けられている。
いや、こんな人種は言い過ぎかもしれない。
あんな変な女が転んで心配してくれるのだ、案外いい奴なのかもしれない。
アクアはそんなモヒカンの心配を他所に、地面に打ちつけた鼻を押さえ、半泣きで立ち上がった。
「ふぐぐぐ……。ちょっとあんた! あんたが避けるから、鼻打ったじゃないの、どうしてくれんのよ! 慰謝料払いなさいよ! 訴えられたいのあんた!」
違うそうじゃない、軽くぶつかって向こうから絡まれるのならまあいい、だが自分からインネンつけて絡んでどうする!
俺の作戦では、ガラの悪い連中の傍をちょろちょろするアクア、絡まれるアクア、返り討ちにして幾ばくかの金を迷惑料として巻き上げるアクア。
こんな感じで考えていたのだが、これではこっちが通報される。
「いやあんた、俺達は座って酒飲んでただけで……」
「そ、そうだぜ、俺達が何したってんだ、しかもこいつが避けたから転んだって言われても言いがかりもいいとこじゃねえかよ」
正論を言う男達。
「うっさいわねあんた達! ……はっはーん、慰謝料の支払いを渋って引き伸ばして、この私と長くいる為の口実作りって訳ね。いいわよ! ほらちょっと詰めなさいよ、一緒にお酒くらい付き合ってあげるわよ、その代わり支払いはあんた達持ちよ、それと慰謝料よこしなさいよね!」
「おいなんだこの図々しい女は!」
「おい、もう小遣いやって追い払おう! こいつ、絶対関わらない方がいいって!」
信じられます?
あれ、一応女神らしいんですよ?
うちの女神が、もう本当にすいません。
「登録料持って来ました」
「は……はあ……。登録料はお一人千エリスになります……」
アクアが男達にもらった金が三千エリス。
一エリス一円の換算みたいなので、三千円相当をもらってきたわけだこの女神は。
俺達の引き起こした騒動に全く干渉しないどころか、俺とアクアとあまり目を合わせたがらない受付のお姉さん。
どうやら、俺はスタートダッシュでこのお姉さんとの最初のフラグをへし折った様だ。
「えっと、ではお二人とも、こちらのカードに触れてください。それであなた方の潜在能力が分かりますので、潜在能力に応じてなりたいクラスを選んでくださいね。選んだクラスによって、経験を積む事により様々なクラス専用スキルを習得できる様になりますので、その辺りも踏まえてクラスを選んでください」
おっと、早速きたな。
ここで俺の凄まじい潜在能力が発揮されて、ギルド内が騒ぎになったりする訳だ。
俺は内心緊張しながら、淡い期待を込めてカードに触れた。
「……はい、けっこうです。サトウカズマさん、ですね。潜在能力は知力が高いだけで、後は普通……、あれ? 凄いですね、幸運が非常に高いですね。まあ、冒険者に幸運ってあんまり必要ない数値なんですが……。でもどうしましょう、これだと選択できる職業は基本職である冒険者しかないですよ? これだけの幸運があるなら、冒険者稼業はやめて、商売人だとかになる事もオススメしますが……。よろしいのですか?」
おい、いきなり冒険者人生否定されたぞ、どうなってんの。
隣でニマニマと笑みを浮かべているアクアを殴りたい。
「え、ええと、その、冒険者でお願いします……」
お姉さんが心配そうな顔で。
「ま、まあ、レベルを上げてステータスが上昇すれば転職が可能ですしね! それに、初期クラスだからって悪い事は無いですよ? なにせ、全てのクラスのスキルを習得し、使う事ができますから!」
「その代わり、スキル習得には大量のスキルポイントが必要になるし、クラス補正も無いから同じスキル使っても本職には及ばず器用貧乏なんだけどね。でも何やらせても中途半端なニートには調度いいのかもね? プークスクス!」
フォローを入れるお姉さんの言葉を、二秒で打ち崩すアクア。
こいつ、本当にどっかに捨ててこようか。
どうやら、俺は基本職というか、初期クラスというか。
ともかく、最弱なクラスに就いたらしい。
それでも、これで俺は何度も妄想の中で夢見ていた冒険者だ。
ちょっと感慨深く、俺の名前とともに、冒険者レベル1と記されたカードを手に取ると……。
「はっ!? はああああっ!? 何です、この潜在能力!? 知力が平均より低いのと、幸運が最低レベルな事以外は、全ステータスがぶっ飛んでますよ!? 特に魔力と、魔力容量が尋常じゃないんですが、あなた何者なんですか……っ!?」
アクアの触ったカードを見たお姉さんが、そんな大声を上げていた。
その声に、施設内がざわめきだす。
……あれ、そういうのって普通は俺のイベントじゃね?
「え、そ、そう? なになに、私が凄いって事? いやー、まあ私くらいになればそりゃあね?」
さすが腐っても一応は女神。
だが、調子に乗って照れているアクアが憎たらしい。
「す、凄いなんてものじゃないですよ!? 高い知力を必要とされる魔法使い職は無理ですが、それ以外ならなんだってなれますよ? クルセイダーにルーンナイト、アークプリーストにエレメンタルマスター……。えっと、クラスは何になさいますか?」
お姉さんの質問にアクアはちょっと悩み。
「そうねえ、女神ってクラスがないのは仕方ないから、私の場合アークプリーストかしら」
「アークプリーストですね! 回復魔法はおろか、蘇生魔法まで使え、前衛に出ても問題ない強さを誇る万能職ですよ! では、アークプリースト……っと。冒険者ギルドへようこそアクア様。今後の活躍を期待しています!」
お姉さんはそう言って、にこやかな笑顔を浮かべた。
……あれ、何だコレ。
こういったイベントは俺の方に起こるんじゃ……。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。