織田信成、笑顔が引き寄せた大きな幸運
雪辱の五輪へ 静かに燃やす闘志
家族に支えられ、勇気ある男を演じる
「母がコーチをやっていたこともそうだし、スケートを続けられる環境にも恵まれていました。試合に関してもつねにラッキーだったと感じています。日ごろの練習はきつかったですけど、試合で良い演技ができたときは『スケートをしていて良かったな』と常に思います。歓声とかを浴びたときは『生きていて良かった』と感じるんです」
バンクーバー五輪後に結婚し、現在は2児の父親。GPファイナルも家族が応援に来てくれたそうで、「力をもらった」と顔をほころばせていた。今季、織田がFSで滑っている『ウィリアム・テル』は、オーストリアの圧政から国を変えようとしたスイスの英雄。息子の頭の上に置かれたりんごを矢で打ち抜くか、それとも死を選ぶかという話は有名だが、そんな父の葛藤を表わしつつ、勇気ある男を演じている。「だから、たとえミスがあっても最後まであきらめないことを意識しています」と、プログラムに込めた思いを織田はそう語る。
大会直前にはスケート靴が壊れるというハプニングがあった。本番までは「恐怖で眠れなかった」そうだが、それでも家族と一緒に過ごしながら、気持ちを切り替えることに集中したという。そのかいもあって、GPファイナルでは見事な滑りを披露し、繰り上がり出場から表彰台にたどり着いた。
幸運をつかむため、笑顔で滑りきる
「みんな全力で臨んでくると思いますし、自分もそのなかで負けないようにしたいなと思っています。課題は今回の演技で言うと、エッジをうまく使えておらず、足に来てしまったので、そこを練習でももっとしっかりやっていきたいですね。ただ新品の靴で自分の本来の感覚と違うなか、それなりの結果を残せたのは自信になりました」
今季の織田は、スケートカナダで3位、NHK杯で2位、GPファイナルで3位とGPシリーズでは安定した成績を残した。爆発力にこそ欠けるが、継続性という意味では全日本選手権で表彰台に立てば、出場権を獲得できる可能性は高まる。とにもかくにもキーとなるのは織田がどこまで自身の演技を楽しめるかだろう。『笑う門には福来たる』ではないが、笑顔で滑りきることができれば、GPファイナルのときのように幸運は舞い降りてくる。
4年前のバンクーバー五輪は不運に泣いた。「ふがいない演技だったので、その選手がこんな演技をしているんだと日本だけでなく世界にアピールしたい」。雪辱の舞台へ、織田は静かに燃えている。
<了>
(文・大橋護良/スポーツナビ)