滋賀県日野町。
のどかな田園風景が広がるここで今月6日、事件は起きた。
農業を営むAさん(59)。
朝起きると、前の日ガレージに止めたはずのトラクターが無くなっていた。
<被害にあったAさん>
「ここに、ここにね。ちょっと不用心だから、入り口を対策しないといけないと思っていた矢先ですねんわ」
専業農家のAさんは今年4月、20年ほど使ったトラクターを新車に買い換えたばかりだった。
58馬力の最新式で、価格は500万円。
Aさんにとっては、念願の買い物だった。
Aさんは来年の作付けに向け、翌日からトラクターで堆肥をまく予定で、カギは作業後、付けっぱなしにしていたという。
<Aさん>
「(カギを)たまたま、その日だけは抜き忘れたと言いますか、次の日使いますのでね。農業でたくさん収益があがるものとは違いますのでね、こういう機械も高いし」
Aさんが被害にあった3日後、近くの近江八幡市でも別の農家が所有する2台のトラクター、1,100万円相当が盗まれた。
トラクターの後ろに付ける田んぼを耕すための作業機だけが、切り離されて残っていた。
<被害にあったBさん(44)>
「見事に前の本体だけなくなっている。本当に悔しいです。犯人を見つけてもらえればと良いと思います」
盗難防止用に付けたハンドルを固定するワイヤーは切られ、ドアに掛けていた南京錠もまた無惨に切断されていた。
全国で相次ぐトラクターの盗難被害。
今年に入り三重・岐阜で被害が集中していたが、先月から滋賀での被害が急増。
3県で少なくとも90台、被害総額は3億円に上る。
盗まれたトラクターのほとんどは、住宅地から離れた農地の近くに止めていた。
人気が無くなった深夜に狙われたと見られている。
そんな中、三重・岐阜・滋賀の合同捜査本部は、今月15日から18日までの間に三重県菰野町で、トラクター1台などを盗んだ疑いでベトナム国籍のフィン・タン・ハイ容疑者(30)を逮捕した。
警察によると、フィン容疑者が出入りしていた鈴鹿市内の自動車解体場には、他にも複数のベトナム人窃盗団が、盗んだトラクターを運び込んでいたと見られている。
フィン容疑者は、容疑を否認。
警察は滋賀県内の事件にも関与しているとみているが、窃盗団の全容はまだ分かっていない。
1台で何百万円もするトラクター。
では、盗まれたトラクターは、一体どこに行ったのだろうか。
去年、別の事件で鳥取県警が押収したトラクター。
これらは姫路市の金属回収業、山本正幸受刑者が盗んだものだ。
山本受刑者は兵庫や鳥取などでおよそ530台を盗み、中古農機販売店に持ち込んだとされる。
関西にある、この中古農機具業者のところにも山本受刑者が訪れていた。
突然現れ、中古トラクターを買わないかと持ちかけたという。
<業者>
「(山本受刑者が)2〜3年前、『トラクターを買ってくれないか』と言ってきていました」
<マル調>
「新規で来たんですか?」
<業者>
「そうやね、通りがかりで来たような感じですわね」
この業者では、古いトラクターを数十万円台で販売していて、安く購入したい人から人気が高いという。
しかし、仕入れの際は車体番号をチェックし、警察から配布された被害リストと照合するなど、盗品を掴まされないよう注意を払っているという。
結局、業者は突然訪れた山本受刑者を不審に思い、買い取りはしなかった。
<業者>
「一見というか、どこの誰だか知らない人と取引することは危険だから、そういうことはやめていますから」
海外に持ち出されるものもある。
捜査関係者によると、滋賀県内に盗まれたトラクターの中にGPSが付いていたたものがあり、警察が所在を調べたところ海の上だったという。
実際、盗まれたトラクターが東南アジアやアフリカに流通しているケースも少なくない。
兵庫県三木市で、海外輸出向けに中古トラクターを扱っている業者に事情を聞いた。
<須磨産業 菊谷勇社長>
「日本製は優秀ですもんね。古くなりながらでも故障もしませんしね、私のところは商売して30年経ちますが、30年変らず需要がありますからね」
海外に輸出する際はコンテナに効率よく積み込むため、トラクターを一旦、分解するという。
構造は車に比べ単純なため、分解は比較的簡単だ。
この業者では、タイヤやマフラーを外す程度だが、さらに細かく分解した上、ボディに刻印された車体番号を削るなどすれば、もはや盗品かどうかの判別は不可能になるという。
<マル調>
「解体すると、足が付きにくいということがあるんでしょうか?」
<須磨産業 菊谷勇社長>
「そうですね、はずした方がわかりづらいでしょうね。はずせばはずすほど、証拠がなくなっていきますからね」
では、トラクターの盗難を防ぐための「セキュリティー」は、どうなっているのだろうか。
調べてみると、「セキュリティー」には大きな問題があった。
<農家>
「どっちも、このカギで動きますよ」
滋賀で被害が集中する、トラクター盗難。
実は、トラクターを守る「セキュリティー」には、重大な問題があった。
京都府久御山町で農業を営む川崎さん。
川崎さんが指摘するのが、トラクターのカギの問題だ。
<川崎大平さん>
「どっち(のトラクター)も同じカギで動きますよ。試しましょか。では、古いほうから回しましょうか」
こちらは30年前に買った古いトラクター。
「ブルルルン」(古いトラクターのエンジン音)
一方、同じメーカーの2年前に買った、新しいトラクター。
そこに、先ほどの古いトラクターのカギを差し込むと・・・
「ブルルルン」(新しいトラクターのエンジン音)
なんと、エンジンがかかってしまった。
<川崎大平さん>
「僕ら、いつ盗られるか分からないから、冷や冷やもんですよ」
「マル調」が、トラクターの大手メーカー3社を取材したところ、一部の車種を除いて、シリーズごとなどで同じカギが採用されていた。
メーカーによるとトラクターは、もともと盗難を想定しておらず、カギは防犯用ではなかった。
あくまで、子どもの誤作動防止など安全対策でつけられていたというのだ。
<マル調>
「メーカーに対してはどういうふうに思います?」
<川崎大平さん>
「怠慢ですね。スクーターでも同じカギなんてまず無いでしょ。スクーターも盗難できないのに、なんで何百万円もする農機が簡単に盗れるの」
しかし、中古トラクターを解体をしている三木市の業者は、「カギが無くても少し知識があれば、工具1本でエンジンがかけられてしまう」と話す。
<カギなしでトラクターのエンジンをかける 須磨産業 菊谷勇社長>
「別にカギがなくてもしようと思えば、新しいモデルでも古いモデルでも(エンジンがかかる)」
相次ぐ被害に、農家自身もやむなく自衛に乗り出した。
深夜の滋賀県近江八幡市。
3台のトラクターが被害にあった大中町では、事件以降、犯行があったとみられる時間帯に自警団がパトロールを続けている。
この日も農家を1件1件回り、不審者はいないか、トラクターは無事かを確認した。
<自警団>
「これ(カギが)開いてるわ」
<大中町自警団 茶谷博正団長>
「次の日はつらいですね。つらいけども、なんとかしてくい止めたい」
農家の「命」ともいえるトラクター。
防犯対策の強化が求められている。
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