月刊『潮』11月号 日本を変える次世代の旗手たち 第六回

猪瀬直樹・工藤啓

景気の低迷で、若者の就職率低下に歯止めがかからない―
そんな中、六〇〇〇人の若者の就職を支援してきた秘訣とは。

 

 

就労支援のノウハウを被災地に

【猪瀬】東日本大震災から一年半を迎えた九月十一日、僕は宮城県気仙沼市を訪れました。翌十二日には、南三陸町と、岩手県陸前高田市にも足を延ばしています。被災地を見ながら、あらためて津波の恐ろしさを思い知りました。工藤さんは就職支援に取り組むNPO法人「育て上げ」ネット理事長として、東北の被災地支援を続けているそうです。

【工藤】「育て上げ」ネットは雇用の問題に取り組んできたため、少しでも被災者の雇用の可能性を高められるよう努力してきました。具体的には、岩手・宮城・福島の被災三県五カ所の被災者を支援しています。日本マイクロソフト社など、IT系企業と協働し、就業に役立つスキルアップ講習会を開いています。陸前高田の人たちに話を聞いたところ、東京に出て働いている人たちが地元に戻りたくても、陸前高田では雇用がないそうです。地元に根を張って雇用を得るためには、ITのスキルを身につけるなりして新たに起業するなど選択肢は限られます。

【猪瀬】陸前高田は平地の部分が広いため、見渡す限り廃墟の風景が広がっていました。工藤さんたちはどこで活動しているのですか。

【工藤】市内の事業者の空スペースや、市民が使える会議室、集会所などを拠点にしています。陸前高田はもともと、ITのスキルがなくても人々が生活していける町だったそうです。

【猪瀬】かつてはホームページなんてわざわざ作らなくても経営は成り立っていたが、被災後はそうも言っていられなくなった。

【工藤】震災が起きてから、支援のために県外の企業がたくさん陸前高田に入ってきました。しかし地元の人たちと名刺交換をしても、名刺にホームページのURLもメールアドレスも記載されていないため、以後連絡が取れなくなってしまい、商売に発展させることができないという話をお聞きしました。私たちの講座では、ワードやエクセル、インターネットやメールの使い方などの基礎から教えることにしました。

【猪瀬】パソコンを使うための最も基本的な作業をまず教えるのですね。講習会にはどのくらいの人数が集まりますか。

【工藤】一回一〇〜二〇人の参加者を対象として、講座ごとに一〜二人の講師を派遣してきました。さらに、陸山高田の一般社団法人「SAVE TAKATA」のメンバーに東京へ来ていただき、IT講習会を開ける講師としてトレーニングを行いました。私たちが東京から陸前高田に出かけて教えるよりも、地元の人たち自身が講師になったほうがいいと考えたのです。

【猪瀬】市内でITの講習会を開くといっても、いきなり話がすんなり進めることができたのですか。

【工藤】震災後、内閣府の官僚だった久保田崇さんが陸前高田市の副市長に就任しました。久保田さんはたまたま私の友人だったものですから、「育て上げ」ネットと「SAVE TAKATA」と陸前高田市を電話一本で一つにつなげてくれたのです。

【猪瀬】官民の壁を超えて、工藤さんが「つなげる力」を発揮したのだね。事業化の資金はどこから集めているのですか。

【工藤】日本マイクロソフトに加え、人材サービス企業のパソナと話をし、彼らが被災自治体と連携して実施している就職支援事業に協力してもらっています。資金は東京の企業や一般からご寄付を募り、講習会の実働部隊は陸前高田の地元の人たちに担ってもらう。東京と地方を結ぶ事業は震災前からやっていたため、ネットワークとノウハウをそのまま東北に持っていきました。

【猪瀬】震災直後に東京都とグランドプリンスホテル赤坂(千代田区)が協力し、七〇〇室を開放して被災者を受け入れることを決めました。ホテル開放は四〜六月の三カ月限定だったため、その後被災者の一部は江東区東雲(しののめ)の国家公務員住宅に移転しました。工藤さんは東雲住宅でも被災者支援に取り組んでいるそうです。現在、東雲住宅にはどれくらいの被災者が暮らしているのですか。

【工藤】全部で約六〇〇世帯、一〇〇〇名ほどの人々が避難されているそうです。東雲住宅には、特定のコミュニティがそのまま移動してきたわけではありません。ですから避難されてきた人たちは、まわりで誰が暮らしているのかもわからないわけです。私たちは新しくできた住民自治会「東雲の会」や江東区社会福祉協議会と連携を取って支援を始めることにしました。

【猪瀬】ここでも持ち前のノウハウを生かし、就職支援を始めていった。

【工藤】全戸に任意のアンケートを配布したところ、九二世帯のアンケートを回収し、平均年齢四十一歳、求職中の方が六二パーセントいました。九〇パーセントの方が東京での勤務を希望され、九二パーセントがITスキル講習の受講を希望されています。ここでもさまざまな組織の協力を得ながら、希望者にIT講習の就職支援を始めていきます。

【猪瀬】東雲住宅で暮らしているのは、福島県から避難してきた被災者です。福島に戻れるのかどうかはっきりしない宙ぶらりんの状況の中、避難先で仕事を見つけて働きたいと考えている人たちが一定数いる。

【工藤】避難者の中には、福島に高齢の家族を残していたり、父親だけが仕事で残っているケースもあります。毎週電話をかけるのを楽しみにしても、電話代はバカになりません。インターネットや携帯電話のテレビ電話機能を使えば無料で通話できますから、就職支援とは別のインターネット講習も開いていく計画です。

(続きは月刊「潮」11月号本誌でお読みください。)


【対談者プロフィル】

工藤 啓
くどう・けい
(NPO法人「育て上げ」ネット理事長)
一九七七年東京都生まれ。成城大学中退後、アメリカでBellevue Community College卒業。帰国後にひきこもり、ニート、フリーターなど若者の就労支援団体「育て上げ」ネットを設立。二〇〇四年にNPO法人化。明治大学特別招聘教授。金沢工業大学客員教授も務める。著書『16才のための暮らしワークブック』『NPOで働く』など多数。

猪瀬直樹
いのせ・なおき
(作家・東京都副知事)
一九四六年長野県生まれ。八七年『ミカドの肖像』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。作家活動以外にも特殊法人等の廃止・民営化に取り組み、二〇〇二年には道路公団民営化推進委員会委員に。二〇〇七年四月から地方分権委員。同年六月には東京都副知事に任命される。近著『言葉の力』『決断する力』など著書多数。


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