ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
一部
18話
「……この屋敷か」

 街の郊外に佇む、一軒の屋敷。
 店員の話では、部屋数は屋敷にしてはそれほどは無いと言っていたが、なかなかどうして。
 日本にある一軒家の数倍の大きさがあるその屋敷は、とある貴族の別荘だったらしい。
 だが、その貴族が突然この別荘を手放したそうだ。
 そして売りに出されようとした所に、この悪霊騒ぎである。

「悪くないわね! ええ、悪くないわ! この私が住むのに相応しいんじゃないかしら!」
 アクアが興奮したように叫び、ダクネスとめぐみんも心なしか顔が紅潮している。
 俺が全額金出したんだから、勿論俺一人で住みますよなんて、とても言えない雰囲気だ。
 まあこんな広い屋敷に一人で住むつもりもないし、そんな小さい事言うつもりはない。
 でも、一番いい部屋は俺が貰おう。
 浮かれるアクアにダクネスが言った。

「しかし、本当に除霊ができるのか? 聞けば、今この街では払っても払ってもすぐにまた霊が来ると言っていたが。除霊ができなくては、カズマがせっかく高い金を出したのに、この物件が無駄になってしまうぞ」

 そう、俺はほぼ全財産をはたいてこの屋敷を買った。
 日当たりは良く、大型の浴室と庭と悪霊まで付いた優良物件である。

「でも悪霊憑きとは言え、よくこんなお屋敷があの値段で買えましたね。小さな家ぐらいの値段でしたよ。もしかして、今回の街中の悪霊騒動が起きる前から問題がある、訳有り物件だったりして…………」
 めぐみんが不安になる様な事を言った。
 そ、そんな事はないはずだ。
 ……無い、だろう。多分。
「まあ何にしても、たとえそんな問題物件だったとしても俺達にはアクアがいる。だろ? 大丈夫だよな、対アンデッドのエキスパート」
 自分で言ってて不安になってくるが、ことアークプリーストとしての能力に関してはこいつは問題ないはずだ。
 …………多分。

「任せなさいな! ……ほうほう。見える、見えるわ! この私の霊視によると、この屋敷には貴族が遊び半分で手を出したメイドとの間に出来た子供、その貴族の隠し子が幽閉されていたようね! やがて元々身体の弱かったその貴族の男は病死、隠し子の母親のメイドも行方知れず。この屋敷に幽閉されていた少女は、やがて若くして父親と同じ病に伏して、両親の顔も知らずに一人で寂しく死んでいったのよ! 名前はアンナ・フィランテ・エステロイド。好きな物はぬいぐるみや人形、そして冒険者達の冒険話! でも安心して、この霊は悪い子じゃないわ。私達に危害は加えないはずよ! おっと、でも子供ながらにちょっぴり大人ぶった事が好きな様ね。甘いお酒を飲んだりしてたみたいよ。という訳で、お供えはお酒を用意しておいてねカズマ!」

 ペラペラと、テレビに出てくるインチキ霊能力者みたいな事を口走り始めたアクアだが、俺はそんなアクアを胡散臭いエセ霊媒師を見る視線で眺め、ダクネスとめぐみんに尋ねた。
「……なあ、どう思う? 何でそんな余計な設定や名前まで分かるんだってツッコミたいんだが。……あいつ、本当に大丈夫なのか? 俺、全財産はたいたんだが、もしかして早まった事しちまったのか?」
「「……………………」」
 二人も俺と同じ不安を抱えていたのか、俺の質問には答えてはくれなかった。





 夜半過ぎ。
 俺達はみんな鎧などは脱ぎ、すでに屋敷でくつろいでいた。
 不動産屋の店員に、自分達で除霊するからオススメ物件を売ってくれとねだり、売って貰ったのがこの屋敷だ。
 すでに俺達は各自の部屋割りを決め、荷物なども屋敷に持ち込んでいた。
 俺としては、この屋敷には今日からアクアが住み着く以上、悪霊の類は出て行ってくれるのではと、淡い期待を抱いていた。
 出て行ってくれなくても、あれでいて一応アークプリーストにして女神なアクアだ。
 自分の家が悪霊なんぞに好き勝手やられるのを放置しておく様なヤツではない。

 俺は自分の部屋として確保した、二階の一番大きな部屋で、わりと安心して休んでいた。
「あああああああっ!? うわーんっ!!」
 その、頼りにしていたアクアの泣き声を聞くまでは。

「どうしたっ!? おいアクア、何があった! 大丈夫かっ!?」
 俺は慌ててアクアの部屋の前に駆けつけると、そのまま部屋のドアをノックする。
 返事が無いので、これはヤバい事態なのかと判断し、勢いよくドアを開けた。

 そこには……、
「うっ……ううっ……。カ、カズマああああっ!」
 部屋の中央で、大事そうに空の酒瓶を抱え、泣いているアクアの姿。
 ……おい。
「えっと、何があった? てか、お前は酒瓶なんて抱いて何してんだ。酔っ払って奇声を上げたとか言ったら頭からクリエイトウォーターぶっかけて酔いを醒ましてやるからな」
「ち、違うの! この空になった酒瓶は、私が飲んだ訳じゃないわ! これは、大事に取っておいた凄く高いお酒なのよ。お風呂から上がったらゆっくりちびちび大事に飲もうと楽しみにしてたのにっ! それが、私が部屋に帰ってきたら、見ての通り空だったのよおおおおおおっ!」

 ……寝よう。

「そうか、じゃあお休み。また明日な」
「ああっ!? 待ってカズマ! これは悪霊よ! 悪霊の仕業なのよ! この屋敷に集まってきた野良幽霊か、この屋敷に憑いている貴族の隠し子の地縛霊か! そのどちらかに違いないわ! ちょっと私、屋敷の中を探索して目に付く霊をしばき回してくるわ!」
 野良幽霊なんてもんがこの世界には居るのかと気になったが、除霊してくれると言うのなら別に止める必要も無い。
「……なんだ、一体何の騒ぎだ?」
「もう結構遅い時間なんですから、勘弁してください。何事なんですか?」
 先ほどのアクアの叫びを聞きつけて来たのだろう、ダクネスとめぐみんの二人がやって来る。
「こいつが、取っといた酒を悪霊に飲まれたとか騒いでてな。除霊するとか言ってるんだよ。そもそも何で悪霊が酒なんて飲めるんだよとか色々ツッコミたいんだが、めんどくさいから俺はもう寝る。後はお前らに任せたよ」
 俺が部屋に戻ろうとするとアクアが後ろから罵倒してくるが、そんな事はどうでもいい。
 とっておきの酒を飲んでしまう程度の悪さしかしない悪霊なら、放置しといても問題ないだろ。





 一体どれほど眠ったのだろう。
 俺は、ふと夜中に目が覚めた。
 屋敷の中は静まり返り、今はおそらく深夜はとっくに回っているだろう。
 ……トイレ行きたい。
 俺は寝ていたベッドから起き上がろうと……。

 して、その体が動かない事に気がついた。
 ……えっと、何だこれ。
 金縛り?
 声を出そうとしてみてもくぐもった声が出るだけで、アクアに助けを求める事も出来ない。

 俺は大変な事に気がついた。
 尿意が大ピンチである。

 あかん、シッカリしろ、俺はもう大人だ!
 大人になって漏らしてもいいのは、特殊なお店とお爺ちゃんだけだ!
 俺は身動きが取れない状況で、歯を食いしばって耐えていると、部屋の隅から音が聞こえた。

 カタンッ。

 その音は、静まり返る屋敷の中でとても大きな音に聞こえた。
 その音に、身動きが取れない俺は視線だけを部屋の隅へと向けて見る。
 部屋の隅の暗がりには。

 一体なぜそこにそんな物があったのか、小さな西洋人形が置かれていた。

「…………ッ!」
 俺は無意識の内にツバを呑む。
 嫌な汗が止まらない。
 何だろう、なんであんな所に人形があるんだろう。
 俺はあんな物置いといた記憶は無いし、俺が寝てる間にアクアが嫌がらせでもしようとこっそり置いといたのだろうか。
 うん、そうだな。きっとそうだ。
 あの駄女神め、朝になったらこっ酷い目に合わせてやる。

 俺は勝手にアクアのせいだと結論付けると、そのままきつく目を瞑って現実逃避に走る。

 カタンッ。

 嫌でも部屋に響くその音に、俺は目を瞑ったままどっと汗を掻いた。
 うん、あれだな。
 何でもかんでもアクアの所為にするのは可哀想だ。
 そう、何だかんだ言って日頃あいつも頑張ってるんだ、たまには優しくしてやろう。

 カタンッ。

 なんせ女神様だからな、うん。
 そう、この屋敷にはその女神が付いてる。
 悪霊? 何ソレ、そんなもんアクアさんに掛かっちゃ吹けば飛ぶ様なちょろいもんだろ、なんせウチのアクアはリッチーですら消滅しそうになったんだぜ?

 カタンッ。
 カタンッ。
 カタンッ。

 ああ、朝になったらアクアに今までの事を謝ろう、そうだ、ミツルギが言っていた事じゃないが俺は確かに女神様に対してちょっと扱いが雑過ぎたな、うんあれだ、反省してる、反省してます。

 カタカタカタカタッ、ガタガタガタガタッ!

 あああああああああマジで今までの事全部謝るから!
 謝るから、どうかアクア様助けてくださいっ!

 ……………………俺の懺悔と祈りが届いたのか、あの部屋の隅から聞こえていた音が止んでいた。
 ……良かった、やっぱり悪霊なんて居なかったんだ。
 俺は少しだけ安心する。

 …………目を開けたい。

 目を開けて、さっきの人形が今どうなってるのか確認したい。
 だが、俺の勘みたいな部分が全力でそれは止めとけと囁いている。

 どうしよう、マジで気になる、だが開けるの怖い、でもこのままも怖い!

 俺はしばらくの間悩みに悩み、このままではトイレにも行けない事を思い出す。
 俺は意を決して、うっすらとその目を開け…………。




 そして、俺のすぐ目の前で俺の顔を覗き込んでいる西洋人形と目が合った。

「なあああああああああああああああああああああああああ!!」
 俺は魂を搾り出す様に絶叫を上げると、途端に動く様になった身体で目の前の人形を払いのけた!





「アクアー! アクア様あああああー!」

 俺はアクアの部屋へと廊下を裸足で走っていた。
 背中に、何者かが追って来る音を聞きながら。
 怖い怖い、超怖い!
 ナニコレ、何でこんな事になってんの!?
 俺はアクアの部屋の前に着くと、ノックもせずにそのまま部屋に飛び込んだ。
 そして慌ててそのままドアを閉め、部屋のドアに鍵をかける。

 ガダンッ!

 一拍置いて、ドアに何かがぶつかる音。
 それをドア越しに背中に聞きながら、俺は部屋の中に視線をやった。

 そこにはアクアの姿は無く。
 長い黒髪の黒服の女が、部屋の中央に座り込んでいた。

「うわああああああああああ!」
「きゃああああああああああ!」
 思わず悲鳴を上げる俺に、目の前の黒髪の女も悲鳴を上げる。
 その聞き覚えのある声によく見ると、それはいつものローブ姿のめぐみんだった。
 俺とめぐみんはひとしきり叫んだ後、少しだけ落ち着きを取り戻す。
 ドアの外では、ドアに何かがガツガツとぶち当たる音。
 何がドアにぶち当たっているのかは怖いから考えたくはない。
「お、脅かすなよめぐみん、危うく漏らすとこだったぞおい」
「それはこっちのセリフです! 何でカズマがこの部屋に飛び込んでくるんですか、アクアが帰って来たのかと思ったのに……」
 そのめぐみんの言葉にハタと気付く。
「そういや、何でアクアの部屋にめぐみんが? いや、アクアはどこ行った?」
 俺の言葉に、めぐみんは。
「う……。いや、その……。人形が、ですね。その、あちこちで動いておりまして」
 ああ、めぐみんも俺と同じ目に合ったのか。
「それでですね。…………その……アクアに、身の安全を守ってもらうのと、…………一緒にトイレに……と思いまして……」
「……お前もか……」
 俺のその呟きに、めぐみんも俺が同じ目に合った事を察したらしい。
「カズマも人形に追いかけられたんですか。多分アクアは、ダクネスと共にこの屋敷内の除霊を行なっているのではと思います」
「……アクアはともかく、ダクネスは……、ああ、そういやあいつ、アレでクルセイダーなんだったな」
 あまりそうは見えないが、本来クルセイダー、聖騎士とは神に仕える騎士にして敬虔な神の信徒。
 プリースト程ではないが、確か神聖な力も使えるはずだ。
 あの守り馬鹿のダクネスが魔法系のスキルを取っているとは思えないが、スキルが無くとも神への祈りの真似事ぐらいはできるのだろう。

 しかし、そうなると俺とめぐみんは今、困った状況に置かれている事になる。
 咄嗟の事で武器の類は部屋に置いて逃げてしまった。
 見ればめぐみんも杖など持たず、手ぶらのままだ。
 杖を持っていてもこんな所で爆裂魔法を唱えられてはたまらないが。
 この状況をどうしようかと悩んでいると、めぐみんが何かに気付いた様に言ってきた。

「カズマ、ドアの外の音が止んでます。今ならドアの外に人形はいないのでは?」
 そう言えば、すでに音は止んでいた。
 だが、正直言って出るのが怖い。
 仮にもリッチーを退けられるアクアが、あんな人形ごときにやられるとは思えない。
 となれば、このまま部屋でじっとしてればアクアとダクネスがじきに除霊を完了させるだろう。
 だが一つだけ問題がある。

「……なあめぐみん、ちょっとドアの方向いて耳塞いでて。失礼して、アクアの部屋のベランダから……」
 俺が一つだけある問題を手っ取り早く解決させようと、ズボンのベルトに手をかけ、ベランダに出ようと……。
 する俺のズボンのベルトを、行かせまいとするかの様に後ろからめぐみんが掴んだ。
「……おい、何してんだよ。放してくれ、さもないと俺のズボンとアクアの部屋の絨毯が大変な事になる」
「行かせませんよ、何一人ですっきりしようとしてるんですか。私達は仲間じゃないですか、トイレだろうとどこだろうと、逝く時は一緒です……」
 めぐみんが、言ってにこりと微笑を……。

「ええい放せ! こんな時だけ仲間の絆を主張するんじゃない! 紅魔族はトイレ行かないって言ってたじゃねーか! なんならそこに空いた酒瓶が転がってるから!」
「今とんでもない事口走りましたね! その空いた酒瓶で私に何をしろと!? させませんよ! 私でも、カズマが用を足そうとしてる所を、後ろから揺らしてやるぐらいは出来ますか……ら……ね……………………」
 途端に尻すぼみになっていくめぐみんに、俺は不審に思い、めぐみんを見る。
 そしてめぐみんが、俺が出ようとしていたベランダの窓の方を凝視している事に気が付いた。
 嫌な予感がしつつもそちらを向くと。

 そこには、案の定と言うべきか、予想外と言うべきか。
 ベランダの窓にびっしりと張り付いた、大量の人形がこちらを見ていた。
「「ぎゃああああああああああ!」」
 俺とめぐみんは同時に叫び、二人仲良く部屋から飛び出し、駆け出した。





「ううっ……。カズマ、居ますか? 離れないでくださいよ?」
「居るよ、ちゃんと居るし、もし人形が出ても一人で置いてったりしないから早くしてくれ」
 屋敷の中を駆け、俺とめぐみんは近場のトイレに逃げ込んだ。
 もう二人とも、自分の身体に言い訳が出来ないほどに限界だったからだ。
 先に用を済ませた俺は、めぐみんが出てくるのをドアの前で待っていた。
 俺がどこかへ行くのが怖いのか、先ほどからしきりに話しかけてくる。
「……あの、カズマ。流石にちょっと恥ずかしいので、大きめの声で歌でも歌ってくれません?」
「何が悲しくてこんな深夜にトイレの前で俺が歌わなきゃならないんだよ! どうせこれから野外やダンジョンで何度もこんな状況あるだろ!」
 めぐみんにツッコミつつも、実は待ってる俺も微妙に気恥ずかしいので、仕方なく歌い出した。
 歌といっても日本の歌しか知らないので、適当に大声でアカペラで。

「……ふう。えっと、もういいですよカズマ。聞いた事も無い、随分変わった歌ですね? 前から思ってたんですが、カズマってどこの国出身の人なんですか?」
「夜中にトイレの前で歌う風習がある、日本って言う素敵な国の出身だよ。ほら、行くぞ。とっととアクアを探して合流しようぜ」
 適当な事を言う俺の後を、無言でぺたぺたとついてくるめぐみん。
 とにかく今の状況では、俺とめぐみんは悪霊に対して何の抵抗もできない。
 一刻も早くアクア達と合流したい。


 ……と、その時だった。
 俺とめぐみんがトイレの手洗い場から廊下に出ようとしたその時。

 カタ……カタ……カタ……カタ……

 嫌な音が聞こえ、俺はトイレの手洗い場のドアの前でそっと佇む。
 隣ではめぐみんが、俺の服のすそをギュッと掴み、震えながら身を寄せる。
 怖い、人形マジ怖い。
 あんな人形に殺されるなんて事は流石にないだろうが、夜中に西洋人形に追いかけられるというのは冗談じゃなく恐怖だった。
「たたたた、太古の真名の名において、原初の力を解き放て……!」
「こらっ、お前は何を唱えてる! この屋敷ごと吹き飛ばす気かっ!」
 爆裂魔法の詠唱を始めためぐみんの口を塞ぎ、そのまま暴れない様に身体を押さえる。

 あの、カタカタ言う音がドアの前で止んでいた。
 震えながら俺の手を掴み、俺の顔を見上げるめぐみん。
 クソ、やるしかないか!
「めぐみん、ドアを開けたらお前は走れ! 俺は多分効かないとは思うが、不死王の手で麻痺が効くか触れてみる! 人形の攻撃喰らっても、死ぬ様な事はないだろ!」
 俺が叫ぶと、めぐみんは口を塞がれたままでコクコクと頷いた。
行くぞ!

「おらあ! 掛かってこいやこの悪霊があああああ! 後でウチの狂犬女神けしかけてやんぞこらああああ!」
 叫びながらドアを勢い良く押し開けると、ごっ! と何かがドアにぶち当たる。
 しめた、追ってきた人形を今ので吹き飛ばしたかもしれない。

 俺はめぐみんの手を掴み、ドアの外へと飛び出すと、そのまま一気に駆け抜けようと…………!

「お、おいアクア、大丈夫か!?」
 駆け抜けようとした俺は、ドアの前に顔を押さえてうずくまるアクアと、傍に力を失い転がる人形、そして、アクアに声を掛けるダクネスの前で固まった。






「ふう、これでよし、と。結構居たわねー。結局朝までかかっちゃったじゃないの」
 アクアが、人形に憑いた最後の悪霊を浄化して、明るくなってきた窓の外を見て呟いた。
 流石は対アンデッドのエキスパート。
 この広い屋敷の悪霊を、一晩で退治してしまった。
「……ん、一応ギルドに行って報告した方がいいだろう。クエストを受けた訳ではないが、不動産屋がギルドに相談していた案件だ。街の悪霊屋敷の一つを浄化した事で、臨時報酬ぐらいは貰えるかも知れない。それに、この街に急に悪霊が増えた原因も知りたいしな」
 ダクネスの言葉に全員が頷いた。

 全員でじゃんけんして、誰が報告に行くかを決める。
 明るくなってしまったので、このままギルドに報告に行く事になったのだ。
 当然、みんな徹夜で除霊していた為、誰もが報告になんて行きたくないし、正直俺だってこのまま寝たい。

 が、いつもの俺の運の良さはどうしたのか、俺とアクアが負けてしまった。

 しぶしぶギルドに向かう俺とアクアは、道中に屋敷の悪霊の話をしていた。
「ところで、屋敷に憑いた貴族の隠し子って話はどうなったんだよ。俺達には危害は加えない、悪い霊じゃないって話じゃなかったのか?」
 アクアがその言葉にポンと手を打ち。
「ああっ! そういえばそんな子も居たわね! 安心して、今回の件はどこからともなくやって来た野良幽霊の仕業だったわ。でも私の高級酒を飲んだのは、多分貴族の隠し子の方だと思うの! ねえカズマ、飲まれちゃったお酒、除霊の必要経費って事で……」

 俺は何か言っているアクアを無視して、ギルドのドアに手を掛けた。

「おはようございます。ちょっと早いんですが、報告したい事があるんでいいですか?」
 朝早くだと言うのに、受付には人が居た。
「はいはい、何でしょうか?」

 俺とアクアは屋敷での出来事を説明すると、受付のお姉さんはアクアの冒険者カードを見て、なるほどと頷く。
 そういえば、冒険者カードには倒したモンスターの情報や数が記録されるんだったな。
 多分、以前クエストを受領した時より、倒した悪霊の数が増えているのか等を確認したのだろう。

「はい、分かりました。確かにこの案件では、悪霊退治の依頼と言う事で不動産屋から依頼を受けております。屋敷の持ち主はカズマさんになった様ですが、街に居るモンスターを退治したと言う事で。僅かですが、臨時報酬が出ます。ご苦労様でした」
 その言葉に、俺とアクアが無言でガッツポーズを取った。
 受付のお姉さんは尚も続ける。

「苦労をかけて申し訳ないです。悪霊が急に増えた原因なんですが、分かりましたよ。街の共同墓場があるじゃないですか? あの墓場に、何者かがイタズラか何かで、神聖属性の結界を張ったんですよ。それで、墓場で発生した霊が行く所を失って、街の中の、人の居ない空き家等に住み着いたみたいで……」

 それを聞いたアクアが、ビクンと震え、動きを止めた。

 …………?
「ちょっと失礼」
 俺は受付に言って、アクアをギルドの隅に無言で引っ張って行く。

「……おい。心当たりがあるな? 言え」
「…………はい。ウィズに、墓場の迷える霊を定期的に成仏させて欲しいって頼まれてたじゃないですか。でも、しょっちゅう墓場まで行くのってめんどくさいじゃないですか。それで、いっそ墓場に霊の住み場所をなくしてやれば、その内適当に空気に散って居なくなるかなーって…………」
 つまり、手抜きしたこのバカの所為でこの街に居場所を失った霊が迷い込んでいた訳だ。
 要するに今回の騒動は、俺達が霊を屋敷に放ち、値段を下げさせ、安く買った所を除霊した訳で。
 …………なんというマッチポンプ。
 これはどう考えてもダメだろ。
「……おい、ギルドからの臨時報酬は受け取らない。いいな?」
「…………はい」
 申し訳無さそうな表情で、素直にコクリと頷くアクア。
「後、俺と一緒に不動産屋に謝りに行くぞ。詐欺みたいなもんだからな」
「……………………はい。本当にごめんなさい」

 俺とアクアはギルドを後にし、不動産屋に……。

 と。途中で俺達が買った屋敷の傍で、昨日の不動産屋の店員が、同じく不動産屋の店員と思われる女性を連れている所に出会う。
「これはこれは。どうなったか心配で、今朝早くに屋敷へ様子を見に行ったのですが。無事、除霊は済んだ様ですね」
 にこやかな笑顔で言ってくる店員が、俺達の心配をしてくれていたと知り、俺はいたたまれなくなった。
 俺とアクアは事情を話し、除霊の済んだ屋敷を返す事を店員に告げる。

 ……が。

「なるほど。……でも、できれば今後もあの屋敷に住んで頂けると有り難いのですが。なにせあの屋敷は広い分、他の物件よりも大量の悪霊が住み着いて暴れておりましてね。おかげで随分と悪評が…………」
「「すんませんしたっ!」」
 俺とアクアが地に頭を付けて土下座すると、店員が慌てて言ってきた。
「ああ、いいですいいです! 頭を上げてください! ええっと、こうしましょうか。あなた達はこのまましばらく、あの屋敷に住んでください。あなた達はあの屋敷を除霊出来たと言う事は、よほど実力のある冒険者なのでしょう。冒険者に貢献するのは、この街の住民の義務ですよ。そして、あなた達に長く住んで頂ければ、悪霊屋敷の評判もいずれは消えます。その時は、まあ、屋敷を引き払うときには再び我々に売って頂ければ、と言う事で……」

 店員さんの太っ腹な条件に、俺とアクアは再び地面に土下座する。

「ああ、止めてください止めてくださいっ!」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 何度も頭を下げながら屋敷へ帰る、カズマとアクアを見送り。

「……社長、これで良かったんですか?」

 そのまま、屋敷を遠く見つめる女の店員が呟いた。
 それに、社長と呼ばれた店員が笑う。

「アンナ・フィランテ・エステロイド。あの屋敷の元の持ち主の貴族の令嬢の名だ。……その令嬢の遺言でね。身体が弱くて外に出られなかった自分の代わりに、自分の死後は屋敷を、外の世界を見て回れる、冒険者達に売って欲しい。そして、楽しそうに冒険話をするその様子を見守っていたい。それが彼女から、あの屋敷をタダで譲り受けた条件だ」


 これでようやく、彼女との約束が果たせたよ。

 不動産屋の社長は、そう言って秘書に笑いかけた。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。