「私」のことについて、語っていきたいと思います。
けどその前に!
当ブログは書く方向性が私の中で変わったので
プロフィールを少し変更しました。
詳しくはパソコン側のプロフィールの「フリースペース」の方ご覧ください(。・ω・)ノ゙
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本日三回目の投稿です。
おこんばんは。
こころん♪クラフター 水空結(みそら ゆい)でございますヽ(*・ω・)人(・ω・*)ノ
本日ラストのお届け内容は
最初にもぼやいた通りの「クラフターな私」について、話したいと思いますε=(。・д・。)
元々最初にやるべきことを
あえてやらなかった私なんですが
(人と同じ事するのってなんか苦手でして・・・)
知って貰うにはまず自分からをしないといかんだろ、と思い
改めてこうやって
「私を知らない方に向けての紹介」をやることにしました。
なるべくダラダラとしないように
お届けしていきますので、ゆるっとお付き合いくださいな( ̄▽ ̄)=3
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クラフター(創作人)な私としての最初の始まりは
まだそう名乗る前の辺りの頃、当時小説を書く為に活動し出したのがきっかけでした。
結さんは当時、その頃の自分を
「モノカキ(書き手)」と名乗ってました。
とはいっても素人。アマチュアです。
けど当時、「遊ぶときでも真剣に」が私のモットーでした
だから今もそれは仕事をするときにあります
「創る時は楽しんで、そして真剣に心を込めてそれを描いています
大分前にブログでぼやいたかもしれませんが
元々私が描いてた作品はエッセイ的なものよりかは
お話的な感じで描く事の方がすっごく大好きでしたOo。。( ̄¬ ̄*)
だから当時私が描いていた作品はちっとも現実じみていなくて
寧ろ、夢見る乙女な自分がめいっぱい強く出た
ファンタジー系な小説
が多かったんですね。
だからその頃は妄想して色んな話を作るのが大好きだったし
ファンタジーというジャンルなら、なんでもやれるのがそのジャンルの良いとこでした。
私が作品を出していたのは最初はネット上にある
「リレー小説
そこでは色んな創作好きな人がいて
書く上でも様々なパターンがあるから私にとっても非常に勉強になる場でもあり
また同時に
人間関係の面ではとってもめんどくさいのが当たり前な場所でもありました
(まぁ「めんどくさい」なんて、今思えば
あって当たり前なんだという受け入れがあるんですけど、当時も今も
私は「めんどいのはイヤ」な人でした・・・/笑)
そうやって色んな創作者さんと触れ合うことで見つけたもの
それは一部の子がやっている
声活動でした
まぁようは、素人同士でマイクとか編集ソフト使ってやるような
ネット版の声での表現の場のある部活みたいなもんです。
結さんが当時それを知ったのは
「同じリレー小説仲間の子が提案した企画」からでした。
そう。その子が声活動をしていたからこそ知れたんです。
でね?当時彼女が企画した声のオーディション的なものに
初めて私は「審査員的な立場」で参加したんです
もうね!ドキドキしました
インターネット上で作品を出すようになってから初めて
自分のキャラに音がついた瞬間なんて
当時、アニメ大好きだった自分の創作熱に
すんごくでかい火をつけました(笑)
(あ、けど私、今でもアニメって好きですけどね
実はアニメとかドラマこそ、色んなメッセージが詰め込まれていたりするので
創作者的には見ていてものすっごくね?勉強になるんですよ♪)
勢いで始めたのが自分のやっている創作と
下手なりにカラオケマイクで初めて音声を付属されたパソコンの録音機能でやった
雑音交じりなカピカピな声を掲載したサイトでした
当時はカメレオンになったみたいで
色んな作品のキャラを真似ては「声優じみたこと
当時、声の養成学校に通いたくっても通えなかった熱を
私はそこでぶつけていました
演技するって、超楽しい!!
と覚えた当時
私ね?色んな作品に応募しました。
そしてその度に当たって砕けてました(笑)
けど回を重ねるごとに段々と
どんなマイクを使ったら良いかとか、雑音を消すノイズ消しなソフトもみっけて
私は段々その世界にのめりこんでいったんですね。
しまいには
創作が「声活動用の台本」とか素人でなんも知らないのに
書き方も知らずにやってました。
当時はそういう
「自分さえ良ければオッケイ
んで私が当時やっている一部のリレー小説
これを音にしたら面白そうだな、と思う作品をドラマ化して
初めての企画者としての募集をかけた頃。
ここで実は今の相方・森川琉那と知り合いました
当時私はそれなりに音についてちょっとは経験している
知識(一応あるよ)な某ジャイアンっぽい、リーダーがちょっと板に付いた企画者(笑)
かたや姉ちゃんは
色々迷いあってモヤモヤもありながらも声の活動大好きな活動者でした
そう。
私たちのきっかけって実はここなんですね(笑)
琉那姉ちゃんが現在もやっている癒しとはかけ離れてるだろ!的な場所に
いたのは彼女が当時、その声を使った職業
「声優」になりたいと思っていたからなんですけどね
まぁ、それは今回とは関係ないので置いといて。
こっから彼女と知り合うことになって、色々な彼女のことを知る事になったけど
当時は今ほど色々は知らなかったですし。
寧ろ私は、当時の彼女が苦手というか嫌いでした
(その理由は彼女が今と全然違って「超ネガティブなだけ」だから、なんですけどね/笑)
だから仲の良い子とキャッキャウフフしてる方が好きだったし
誰かと話していると色んな創作話が浮かぶのが
この声活動の良いところであり、
と同時に。
後に私がとても視野が狭くなってしまう原因の場を作ってしまった場でもあります
いやなとこばっかでもなかったけれど
寧ろ当時の私には作品のネタをもらうには、その活動は最適の場所でした。
(こんな今だからぶっちゃけてるけど。
あそこは私にとってはそういう場所でした。そして作品をやる上では
色んな創作熱を凄く、貰える所でした。)
私は「声活動」を通じて
沢山の人たちと知り合ったんですけど
創作者としては上手いこと作れたって思うのに
周りのことはあまり考えられず、ジャイアンになっちゃったとこもあったので
人が離れました。
二度、三度はあったかな??
それは熱が勢いあまって暴走してしまって、周りを考えられなかった時だったり
相手に聞き入れる姿勢がまったくなかったり
自分だけが間違っていると無言のスルーをかまされたりと
様々だったんですが
ぶっちゃけて言うと創作的には「あり」な場所でも
交流の面では
「皆が皆すっごい心が狭すぎて無理
私はそこで創作をやるのが怖くなってしまい
人と触れ合うことすらダメになり、人間不信には過去二回なりましたし
(まぁそれは、私が「構って欲しい子」だったからなんですが/笑)
それまで大好きだった創作から離れました。
そして私に色んなことを教えてくれた大好きだった友達とも縁が切れてしまったんです。
じゃぁなんで今、クラフター(創作人)にあなたはなれたのさ?
って話なんですが
それはまた次回に続きます♪