2009年10月10日 公開
(『Voice』2009年11月号より)
霊の存在を肯定するオカルト
いま脳科学が大きな注目を集めている。脳科学と名の付く書籍、テレビ番組、教育などが一般にも広く普及している。
しかし一方で、脳科学に対する批判も根強い。そのほとんどは、「脳が人間のすべてではない」「人の心と脳は別物だ」という意見である。これには自信をもって答える。「脳と心は同じものだ」と。まずはこの誤解を解き、最新の脳科学の歩みを紹介するところから始めたい。
「脳と心」とは、俗にいうと「体と霊(魂)」である。これが別というのはつまり、物理的な身体とは別に(精神の)世界があるという考え方で、西洋では「二元論」といわれる。二元論というと1つの科学的な立場に聞こえるが、これははっきりいって、霊(魂)の存在を肯定するオカルトである。
21世紀という時代に、いまだカルト集団に騙されたり、詐欺に遭ったり、テレビ番組で堂々と「前世」や「魂」が語られ、それを信じてしまう人がいる。しかし「前世」や「魂」を記憶・認識しているのは、その人の脳にすぎない。
専門的になるが、人間の記憶は脳の側頭葉にあり、短期の記憶については側頭葉内の海馬が必ず処理を行なう。レム睡眠中には海馬が再活性し、高次連合野と連動して、大脳新皮質に記憶が長期化される。要するに、海馬や大脳新皮質の神経ネットワークがないと、記憶というものはありえない。人は死後、たいていは焼かれ、さもなくば腐ってしまうので、脳もそのなかの大脳新皮質の神経回路もなくなってしまう。つまり、記憶はそこで消滅し、自動的に「前世」も「魂」もなくなるのである。
どんなに素晴らしい宗教で、詳細に前世や霊について語れても、その人が死んだ瞬間にそれはなくなる。霊がいるのも、神がいるのも、記憶があるのも、その人が生きていて脳があるときだけなのだ。
こういうと、脳科学が悪魔の宗教に思えてくる。すべての神を否定する、すべての宗教を否定する、というわけだ。しかし、信じることで心の平穏がもたらされるならば、方便として信じればよい。世界の主な宗教はいずれも方便として教えを説いている。心の底から信じ込んだ瞬間に、それはオカルトとなる。
ただ、こういった「心と脳は別」という誤解を生む原因は脳科学の側にもある。というのも、脳科学の対象が、いまだ解剖学的(物理的)な脳のみだと思われているからだ。
つい最近、キムタク(木村拓哉)が脳科学者を演じた人気ドラマが象徴的であった。このなかで脳波を測定したり、また以前見たものを再び見たときに脳のどの部分がどう反応するか、といった「脳そのもの」を見ての実験・研究が行なわれていた。これが日本での脳科学の一般的なイメージではないだろうか。
しかしこれらはあくまでごく一部にすぎない。そして最先端の現代脳科学(私は機能脳科学と呼んでいる)は、もはや物理的な脳のみを扱っているのではない。
現代脳科学が扱っているのは「情報」である。人間の脳は、存在を物理ではなく情報として捉えており、その情報処理メカニズムを解明しているのだ。物理的な脳ばかりを見ていても、人間のことは何1つわからない。機能脳科学者はもはや、「唯脳論」ではなく「唯情報論」で考えるのだ。
では、脳が存在を情報として捉えているとはどういうことか。その典型例は、物理学でいう量子論である。これは「見たら存在する」という考え方が基本となっている。
たとえば、ある空間で真空をつくったとする。しかしその真空は、われわれが「見た」瞬間に真空ではなくなってしまう。なぜなら、その瞬間に不確定性原理が働き、素粒子が確率で存在してしまうからだ(難解なので、興味のある方は物理学の本を参照していただきたい)。このときわれわれは、「素粒子」の存在を物理的ではなく、情報として確認しているが、それでも素粒子がこの世に存在すると見なしている。つまり、「情報」として存在する時点で、人間が生きる世界に存在しているということなのだ。
物理空間とは、人間が感で五感じられ、誰もが同じように共有できる世界である。昔は、物理世界と情報世界が分かれており、ニュートン力学や、デカルトの二元論が科学の最前線であった。そして物理世界のみが人間の生きる世界だと思われていた。
しかし、脳科学の発展によって、われわれが生きている世界は、物理世界のみならず情報世界だということがわかってきた(情報世界の一部に物理世界がある)。たとえば人は五感以外に言語を使用するが、言語は脳で一度、情報処理されたものである。つまり言語を扱っている世界はすでに情報世界である。
このように考えると、これまでのような物理のみではなく、情報を扱わないことには、脳や人間のことはわからないのだ。
心理学者が「心」と呼ぶものも、脳科学者が「脳」と呼ぶものも、じつは表現の抽象度が異なるために違った呼び方がされているだけで、それらの実態は同じ「情報」なのであり、機能脳科学者にとって同じ研究対象なのである。
「幸せ」もつくりだせる
そのようにして脳科学は、ここ二十数年で急激な進歩を遂げてきた。その間、それ以前までに人類が知りえてきた脳についての知識をはるかに凌ぐ知識がわかっている。
脳のメカニズムは非常に複雑であるため、ここで書き尽くすことはできないが、現代脳科学の成果によってわれわれはいまや、脳の情報の扱い方をコントロールできるまでになっている。その結果、人は生き方をいくらでも変えることができる。人間のすべての行動・作業は脳がつかさどっているからだ。
身近なところでいえば、多くの人が望んでいる「記憶力を上げる」「運動能力を上げる」「IQを上げる」などはすぐに実現可能である。IQであれば前頭前野、記憶力であれば海馬と大脳新皮質の連動、怖がりを直したいのならば扁桃体の、それぞれの情報処理に介入すればよい。IQが高いということは知識量のほかに、ひらめきの量が多いかどうかによる。ひらめきを増やすためには、1つひとつの情報を俯瞰的に見て、それぞれを多様に組み合わせる力を付ければよく、これは「目の前にある物事をすべて同時に頭に思い浮かべる」「本や新聞の文字をイメージとして読む」といった訓練を日ごろから意識的に行なうことで誰でも可能となる。
また脳の使い方次第で日常の生産性を一気に上げることも可能で、1日8時間働いているところを2時間で済ませ、浮いた6時間を好きなことに当て、さらに好きなことを行なうにも生産性を上げて、24時間かかっていたことを6時間で行なうこともできる。これにはたとえば「本や新聞を何冊も同時に読む」「テレビやラジオを聞いて、言っていることをリピートする」「見た情景を、別の場所でスケッチする」といった簡単なトレーニングによって実現できる。
さらには人が最も望んでいることの1つは「幸せ」になることであろう。これについても、いまや脳科学のおかげで、人はいくらでも「幸せ」になれる。
「幸せ」になるためには、まず「不幸」になる必要がある。「幸せ」とは、脳内にセロトニンという伝達物質が出ている状態である。セロトニンは、基本的にはアドレナリン、ノルアドレナリンという内分泌物質と、ドーパミンという神経伝達物質の量が増えすぎたとき、その抑制物質として出る。
そして、このアドレナリン、ノルアドレナリンやドーパミンは、人間が恐怖・不安といった状態や興奮、緊張状態に陥ると出てくる物質である。つまりセロトニンを出すために、たとえば不安な状態になることが必要なのだ。そして、その不安が強ければ強いほど、逆の「幸せ」の効果も大きくなる。
また、スポーツでも宗教でも、修行でよく長時間のスクワットを行なったり、裸足で山の中を歩き回ったりするが、これは脳内伝達物質ベータエンドルフィンを出させるためである。これは脳内の痛み止めだが、この物質も大量に出ると、さらにそれを抑制するためにセロトニンが出る。よって人間は厳しい修行のあとは多幸感に包まれる。
以上が「幸せ」を生み出すメカニズムだが、さらなる現代脳科学の成果によって、不幸がなくても訓練でセロトニンを出し、「幸せ」をつくりだすこともできる。そのための脳の使い方は、3時間もあれば教えることができる。
脳の性能について、いまだ解明されていないことは数多くある。しかし先にも述べたように脳科学はかなりのスピードで進歩しており、その成果が人類にとって有益であることは疑いようもない。この成果を応用することによって、われわれは苦手なことや嫌いなことの克服が可能となり、そうすることで「なりたい自分」へ近づくことができるのだ。
ただ、最先端の脳科学の成果についての情報が一般にまで伝わるには、どうしても時間がかかる。そのために私はいま、脳の効果的な扱い方について、少しずつ本に記している。先に述べた脳のトレーニング法についても、詳しくはそちらをお読みいただきたい。
本の内容は誰にでも分かりやすいようエンターテインメント風にしているが、その背景には、本物の研究成果がきちんと入っている。アメリカで研究してきた最先端の脳科学を、これからできるだけ社会に還元したいと思っている。
慶應義塾大学法学部卒業。大阪府特別参与、行政刷新会議公共サービス改革分科会構成員(内閣府)、横浜市外部コンプライアンス評価委員、研究費不正対策...
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