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魔獣の森のメデューサ エピローグ
 そして翌日。

 かつての盲目の少年は、アナスタシアのベッドの上で目を覚ました。
 起き上がると同時に、目隠しをしている少女が視界に飛び込んでくる。
 彼女はやはり美しい。
 目隠しの上からでも分かる、可憐な笑顔だった。

「アナスタシア……僕は一体……? 君に石化されて……僕は……」

「ねえ、キミ? ボクはキミの事が大好きだよ?」

「……ちょっ、ちょっと……急に……いきなり……そんな……」

 首を左右に振り、アナスタシアは口を開く。

「急に……じゃないよ? 君が石になってからこの半年、キミだけの事を考えてた。ずっと……ずっと……」

 勘の良い少年なのだろう。

 病的に痩せているアナスタシアを見て、彼女の身に何が起きていたのかは大まかに把握したらしい。
 彼は何も言わずにアナスタシアの掌を握った。

「辛かったんだね、アナスタシア……でも……良いのかい?」

「何が……?」

「君はメデューサで、普通の人とはコミュニケーションができない。だから盲目の僕を……好きになってくれたんだろうけど」

「……」

「でも、今の僕は目が見える。いつまた……石化するかも分からない……」

「ねえ、キミ? ちょっとだけ黙っててくれるかな?」

 すっと、アナスタシアは少年の唇を己が唇で塞いだ。
 そして、再度、向日葵の笑みを咲かせた。

「えっ……?」

 すっとんきょうな声を上げた少年の額を、アナスタシアは悪戯っぽく笑いながら人差し指で軽くつついた。

「そう、こういうことなんだよ」

「……どういうこと?」

「ある人に……怒られっちゃったんだよ、ボクは」

「……?」

「きっと……欲しいものは欲しいって言わないといけないんだ。怖いからって……遠ざけちゃ……逃げちゃいけないんだ……多分、彼の言いたかったことは……そういうことなんだと思う」

 彼女が自分が寝ている間の半年間で歩んできた道を少年は想像する。
 そして、『彼』と彼女が表現した男性の事を。

「彼って一体……?」

「嵐のようにボクの目の前に現れて、嵐のように去って行った人だよ……そのおかげでキミは助かることが出来た」

 彼女の口振りと、寂しげな様子を見るに……それはひょっとすると……そういう事なのかもしれない。

 嫉妬と共に、少年は口を開いた。

「ねえ、アナスタシア……? キミはその人の事を……?」

 と、そこで少年の表情の変化に気付いたアナスタシアは、慌てた様子で首を左右に振った。

「そんなんじゃないよ。彼は大人で、ボクは子供で……そもそもから、そういった土台に立っていなかったよ」

 まあ……とアナスタシアは思う。

 自分が死ぬまでの間に愛するのは恐らく、眼前の少年ただ一人だろう。
 けれど、自分が憧れた男性は……それも、やはり彼一人だろう。

 あの人に対して抱いている感情。

 それは、愛情とは違い、憧れに彩られた淡い恋心――とすら言えるかどうかも分からないものだ。
 将来、子供時代の美しい思い出として、時折思い出す。
 そんな幻想のようなものであり、眼前の少年に対して抱いている、現実的な愛情とはベクトルが全く違う。
 けれど――


 ――この事は墓場まで持っていこう。どうやら、将来の伴侶は嫉妬深い性格のようだ。


 そう決意を固めたところで、少年は納得がいかない顔をしながらも、別の話題を口に出した。

「ところでさ、具体的にはどうするんだい? これから、君は僕とここで一緒に住むんだろう?」

「うん、事故が起きるリスクは消せないだろうね」

「まあ、そうだろうね」

 でもね……とアナスタシアは頷きながら言った。

「限りなく、そのリスクをゼロに近づける事はできる。ほんの少し、頭を使って、そして細心の注意を払えば。そしてその微かなリスクを恐れて……逃げちゃいけないんだ」

 アナスタシアは、少年に向かって布を突き出した。

「……これは……?」

「ちょっと不自由かもしれないけど……キミもボクと同じように、普段から目隠しをして欲しい」

 そして、続けた。

「ボクはキミが好きだ。そして、キミにもボクを好きでいてもらいたい。これから先、ボクと一緒に道を歩むのなら、この目隠しを受け取ってほしい」 

 頬を朱色に、真っ赤に染め上げて、ちょっぴりだけ小声で、更に続けた。

「……うぅ……恥ずかしいなぁ……もしもキミが分かってくれてないなら……困るから言うけど……一応、これ、ボクからキミへの……プロポーズだよ?」

 なるほどね……と少年は納得した。

 元々、少年は盲目の世界で数年間を過ごしていた。視覚に頼らない生活技術も高いレベルで身に着けている。
 確かに、アナスタシアの言うとおりに、それは不便かもしれないが……彼女と共に道を歩むのなら、それは受け入れなければならない最低限の条件だろう。

「とりあえず、受け取るけど……プロポーズの回答は保留しておくよ」

「……え?」

 吹き出しながら、少年は言った。

「だって、それは僕から君に言うべき事だろう?」

 つられて、アナスタシアも屈託なく笑った。
 瞳から溢れた涙が目隠しを濡らしているが……それはそれだ。

「で、これから先……一緒に住むとして……それから先はどうするの? アナスタシア?」

「うん。ボクは色んな人と話をしてみたい。勿論、事故を起こさないように、色々と策も考えていかなきゃいけないけど」

「色んな人と話をする……? どうやって?」

「そうだね……」とアナスタシアはテラスから覗く一面の花壇を指さし、こう言った。



「――花壇を解放して、お茶会でも開こうか?」









 ――月に2回、魔獣の森で開かれる昼下がりの茶会。

 それは盛況を博した。
 本来は同時に咲くことの無い四季の花々の共演――これに感嘆の溜息をつかない客人はいなかった。

 それに併せて、意外な所からも人気が出る事になった。
 勇気が去った翌日から、不思議な事にアナスタシアの屋敷の庭から地下水が溢れ、大きな池が出来たのだ。
 生命の水をごく微量に含んだその池の水は、老化予防の妙薬として貴婦人達から絶大な支持を得る事になる。
 つまりは、その水で煎じられたハーブティー目当ての貴婦人達で茶会への参加希望者がごった返した。
 定員があるので、順番待ちで半年間というような有様だ。

 茶会に招かれる客人、それは最初はアナスタシアの魔貴族としての人脈から始まっていった。
 途中から、周囲の人間の村落の有力者、そして領主、王侯貴族も招かれるようになる。

 元々、メデューサは魔族ではあるものの、魔族の勢力には積極的には属さず――人間と魔族の中立的な立場だった。
 そのスタンスは茶会でも変わる事は無い。

 人間も、魔族も、全ての客人たちはアナスタシアに同様にもてなされ、同様に花々と茶を楽しんだ。
 最終的に、魔獣の森の茶会は、サキュバスの女王を筆頭とする――人間との融和を唱える勢力と、魔族との融和を唱える人間の勢力との社交場の様相を呈していくようになる。

 その客人たちの気性は茶会の主催者と同じだ。
 茶会は、争いを好まず、温和と平穏を旨とする人間と魔族たちのサロンとなった。


 そして、時折――西の砂漠を開拓している石油王も、かつての身分を隠して茶会に訪れる事になるが、それはまた別の話。





 そんなこんなで、少しだけ騒がしくなった日常だったが、茶会の開かれる日以外は穏やかな日常を彼女達は暮らしている。
 そんな中、アナスタシアは思う。




 ――どこまでも平和で。


 ――果てしなく穏やかで。


 ――やんちゃな猫たちに囲まれて。


 ――庭には花が咲き乱れ。


 ――いつも空は青色で。


 ――そして隣にキミがいる。














 ――魔獣の森のメデューサ:アナスタシア=セエレ

 かつて、その洋館の花壇は荒れ果て、彼女のすすり泣く声が夜な夜な響いていた。
 けれど、あの日以降、魔女の洋館には花と笑い声が絶えないと言う。













 メデューサ編終了。
 長かった&疲れた&眠い……。


 評価・感想をいただければ泣いて喜びます。




 ちなみに、アナスタシアのモデルは、同時連載している
『魔王ですが、女勇者がニートな上にすぐに脱ごうとするので困っています。』の主人公である女勇者アラキナだったりします。

 ニートになる前、勇者になりたての頃は……こんな感じの子だったんだろうなと、そんな感じです。

 っていうことで、お暇な方はこちらもヨロシク。

 http://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n5173bt/

 作者の評価としては、小説としての出来は、メタルはぐれよりも格段に高いです。
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