2013年12月9日(月)

シリア難民 拡大する周辺国への影響

髙橋
「『世界の扉』、今朝(9日)はシリアの難民問題です。
シリアの内戦をめぐっては、年明けに、ジュネーブで、和平を目指す国際会議の開催という日程だけは決まっていますが、アサド政権と反政府勢力による激しい戦闘は、今、この時間も各地で続いています。
そうした戦火から逃れて、周辺諸国に流出した難民は、今年(2013年)も、日を追うごとに増え続けています。
先月(11月)末の時点で、少なくとも220万人に上っています。

どれぐらいの規模の難民が、周辺諸国に流入しているのかを示しているのが、こちらです。
最も多いのは、隣国・レバノンです。
異なる民族や宗教・宗派の微妙なバランスの上に立つ、レバノン。
そのレバノンで今、改めて問題となっているのが、もともとパレスチナ問題で住む家を追われ、さらに、今回のシリアの内戦からも逃れることを余儀なくされたという、いわゆる“二重難民”と呼ばれる人たちの存在です。
まず、その現状を現地で取材した、エルサレム支局・辻浩平記者のリポートをご覧ください。」

シリアからレバノンへ パレスチナ“二重難民”

レバノンの首都ベイルートにある国連関係の事務所前には、シリアからの難民が長い列を作っていました。
国連から、1か月の食料費として現金支給される、1人、3,000円余りを受け取るためです。




シリア難民
「家族が5人いて、子どもが病気なんです。
これだけの支援では、全く足りません。」

こうした難民の中で、ひときわ厳しい状況に置かれているのが、シリアから逃れてきたパレスチナ難民、いわゆる“二重難民”です。


60年余り前に設立された、ベイルートにある、パレスチナの難民キャンプです。
壁に描かれているのは、パレスチナを象徴する指導者たち。





住宅は無秩序に建ち並び、すでに飽和状態にある国内12か所の難民キャンプに、今、5万人の二重難民が押し寄せています。






去年(2012年)12月、シリアにある、パレスチナ難民キャンプが砲撃を受けた際の映像です。
内戦の拡大によって、国連の保護下にあり、戦闘とは無縁のはずの難民キャンプにまで、攻撃の手が伸びてきたのです。




この攻撃で、レバノンへの避難を決めた、サラ・ジュマアさん。
親戚を頼って、1年前に、シリアの首都ダマスカスから、家族と共に逃れてきました。
ジュマアさんが住むところを追われるのは、これが初めてではありません。




イスラエル ベングリオン初代首相(当時)
「この国家は“イスラエル”と呼ばれる!」





最初に難民となったのは、65年前。
故郷パレスチナにイスラエルが建国され、これに反発するアラブ諸国との間で起きた“第一次中東戦争”から逃れるため、家族でシリアに渡ったのです。




ジュマアさんのように、シリアで暮らしていたパレスチナ難民は、およそ50万人に上ります。
半世紀以上にわたり、故郷に帰ることを願い続けながらも、シリアの難民キャンプで、安定した暮らしを手にしていたジュマアさん。
しかし、難民キャンプへの攻撃拡大が転機となりました。
孫のアラアさんが、大けがを負ったのです。


パレスチナ 二重難民 サラ・ジュマアさんの孫 アラアさん
「爆発音で外に出て、再び家に戻るときに、すぐ後ろに2発目が着弾しました。
砲弾の破片が足に突き刺さって、地面に倒れたのです。」



砲弾の破片は、アラアさんの足を貫通。
家族にけが人が出たことで、ジュマアさんは、シリアで手に入れた生活を捨て、再び、ほかの国に逃れることを決意しました。
パレスチナを逃れた時と同様、最低限の服だけを持っての避難でした。



パレスチナ 二重難民 サラ・ジュマアさん(85歳)
「シリアに逃れて、家を建てて生活が安定したのに、再び、見知らぬ土地で難民に逆戻りです。」




一緒に避難してきた家族8人が、1つしかない部屋で身を寄せ合う暮らし。
今は、国連から食料費として、家族全員に不定期に支給される、合わせて、およそ3万円で生活をしのいでいます。

パレスチナ 二重難民 サラ・ジュマアさん(85歳)
「畑が隣にある、家族で建てたパレスチナのあの家に戻りたいです。」

強制送還におびえる“二重難民”

パレスチナ人の二重難民であること自体が、足かせとなることもあります。
シリアで内戦が始まる前から、レバノン国内には、45万人以上のパレスチナ難民が登録しています。
このため、レバノン政府は、さらなるパレスチナ難民の流入を防ごうと、事実上の国外退去とも取れる対応にまで踏み込んでいます。

匿名でインタビューに応じた、この男性。
去年9月に国境で受け取った、入国許可証を見せてくれました。




数週間おきに、滞在の延長を認めるスタンプ。
今年8月に申請した際に、滞在が許可されたのは、2日間だけでした。
不法滞在となった今、当局にとがめられ、シリアに強制送還されるのではないかと怯えています。

男性
「パレスチナ難民を受け入れる国はありません。
本当に、ひどいことです。
今後が不安で、身の危険すら感じます。」


二重難民の存在は、国連も見過ごせない問題だと指摘しています。

国連パレスチナ難民救済事業機関 アン・ディスモアさん
「“二重難民”は、社会から取り残された、特に弱い立場の人々です。
彼らが見捨てられないように支援していく必要があります。」

パレスチナ“二重難民” 強まる故郷への思い

二重難民の中には、過酷な境遇の中でも、これまで以上に、パレスチナ人であることを自覚して生きようとする人々が出始めています。

難民キャンプの一角で、パレスチナの伝統舞踊“ダブカ”を練習する若者たち。
今年1月にレバノンに逃れてきた、二重難民のユーセフ・ハムダンさんです。
シリアで生まれ、共に育った兄弟とも離れて、難民となったハムダンさん。
当初は、落ち込んだ生活を送っていました。
そんなハムダンさんに、パレスチナ人としてのアイデンティティーを強く意識させる出来事がありました。
難民キャンプで出会った、同じパレスチナ難民の老人に、あるものを見せてもらったのです。
パレスチナから避難した際に持ち出して以来、65年間、
大切に保管してきた当時の自宅の鍵です。

「これは、パレスチナにある、自宅と家畜小屋の鍵だ。
いつか故郷に戻るために持っている。」




パレスチナ難民が、帰還を願い続ける象徴ともされる鍵。
自分より二世代も上の男性の故郷への思い入れの深さに、はっとさせられたハムダンさん。
たとえ世代が変わっても、パレスチナの地で、いつかは暮らすのだという願いを強くしたといいます。



パレスチナ 二重難民 ユーセフ・ハムダンさん(18歳)
「私はパレスチナを、この目で見たことがありません。
でも鍵を見ると、知らない故郷への思いが強まります。」




イスラエルとシリアという、2つの戦禍に翻弄され続ける二重難民。
半世紀以上続くパレスチナの難民問題の根深さを、国際社会に突き付ける存在となっているのです。

パレスチナ“二重難民” 国際社会の支援は

髙橋
「現地で取材にあたっている、エルサレム支局・辻記者と中継がつながっています。
今のリポートにあった二重難民は、幾多の戦乱に翻弄されたきた中東地域の過去と現在の象徴でもありますけれども、
それが未来に向けても、いわば永続させないことがポイントとなるのでしょうが、実際のところ、彼らへの支援というものは届いているのでしょうか?」

辻記者
「国連は現金の支給に加えて、医療支援や学校の教育支援など、できる限りのことを行っています。
さらに、各国の支援団体もサポートを行っています。
日本のNPO・『パレスチナ子どものキャンペーン』も、内戦でけがをした子どもの医療支援や、冬場を乗り切るための暖房器具の提供などを続けています。


ただ、難民の数が膨大なために、彼らの生活は依然として、厳しいままです。
難民の受け入れ国からは、国際社会からの支援が十分ではなく、自分たちだけが過大な負担を負っているという不満の声も聞かれます。
このため、周辺国が難民の受け入れを一部制限せざるをえない事態も起きているんです。
内戦の出口が見えず、難民問題が長期化する中で、このままいけば、周辺国の難民支援の対応にも影響が出るおそれもあります。」

シリア難民 周辺国での扱いは

髙橋
「シリア難民全体について言えば、このまま内戦が長期化していくのに伴って、将来、“第2のパレスチナ難民”となることが心配されますけれども、周辺各国での扱いというものは今後、どうなっていくのでしょうか?」

辻記者
「難民の流入に歯止めがかかならない中で、受け入れ国側では、対応が限界に近づいています。
レバノンでは、流入するシリア難民が全人口に占める割合は20%近くに達し、ヨルダンでも10%に上っています。
難民が増えるにつれて、職を奪われるなどとして、不満を募らせる地元住民との緊張も高まっているんです。


ヨルダンのアブドラ国王は先月、これ以上の対応は難しいとして、“このままでは、国民を守るための措置をとらざるを得ない”と、警告するにまで至っています。
さらに問題を複雑化させているのが、シリアの内戦で、宗教色が色濃くなっていることで、シリア国内の宗派対立が周辺国にまで波及、飛び火していることなんです。
レバノンでは、アサド政権を支持するイスラム教シーア派系と、反政府勢力を支持するスンニ派の住民の間で銃撃戦が起きたり、アサド政権を支援するイラン大使館の前で、爆弾テロまで起きているんです。
こうした事件は毎月のように発生し、先月だけでも、30人以上が死亡しました。
内戦による大量の難民がシリアだけではなく、周辺国をも不安定にする事態。
解決の糸口すら見えない中で、難民問題の負担が、中東全体に重くのしかかっています。」

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