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2話
 それは、珍しく注文のあった魔道具の配達を終え、店へと帰る途中の事。

「随分と可愛い顔したお嬢ちゃんだな。俺達と一緒に遊びに行こうや」
「へへへ、そうそう、面白い所へ連れてってやるよ」

 そこで我輩は、また随分と変わった物を見た。

 二人のひょろそうな青年が、一人の少女をナンパしていた。
 そんな光景はどこにでもある事なのだろうが、ナンパをしている二人が棒読みなのが気になる所だ。
 そして、その軟弱そうな外見からとてもこんなセリフを吐く人種であるとは思えない。

 そしてそんな状況を、建物の壁にカエルの様な体勢でぺたりと張り付き、頭だけを覗かせてジッと様子を伺う男がいた。
 よく見覚えのあるその男は、助けに飛び出すタイミングをはかっているのだろう。

 そして、もう一人。
 絡まれている少女には、確かに見覚えがある。
 それは……。

「……。……? ……! わ、私!? 遊びに、って私に言ってるんですか!? べ、別に可愛くないし……、わ、私と一緒にいてもつまらないと……思うんですけど…………」
 黒いローブを着て腰にワンドを差した紅目の少女。
 少女は突然の声掛けに戸惑いながらも、俯きながら恥ずかしげに、小さな声でそんな自信無さ気な事をボソボソ言った。

 それを聞き……。
「そ、そんな事無いって! いや、キミ可愛いよ! 一緒に遊ぼう、近くに良い店知ってるんだよ!」
「うんうん、そこで飯食べてさ、その後三人で演劇場でも……!」
 先ほどの嫌そうな棒読みはどこへやら、急にテンション上がって本気で口説き出した二人の青年。

 それを聞き、建物の壁に張り付き様子を伺っていた男が慌てて飛び出し。

「クラッ! テメーらいい度胸じゃねーか! 自分の役割忘れるんじゃねえよ、ぶっ殺すぞっ!」

 そんな事を叫びながら少女と青年達の元へと駆け出した。

 それを見て青年二人は慌てて逃げ出し、後には少女と男が残される。
 男が言った。
「……危ない所だったな。俺が通り掛かったからいいものを、そうでなかったらお前さん、あの二人のケダモノに変な場所に連れて行かれてた所だったんだぜ?」
「えっ……。えっと……。その……」

 その言葉に戸惑う少女に、男はさらに。

「つまり、俺はお前さんの恩人でありヒーローって訳だ。だろ? そこんとこが分かったなら、お前さんのオゴリでちょっと一緒に食事でも行こうじゃねえか。ほら、この先に良い店があんだよ、ホラ来いって、なあええやんけ!」
「やめっ……! ちょ、ちょっと止めてください、人を呼びますよ! と言うか、痛い目に……!」

 楽しそうな事をしているその男の背後に近付くと。

「相変わらず愉快な事をしているな。楽しそうで何よりである」
「うおっ!? な、なんだバニルの旦那か……。驚かさないでくれよ全く」
 そこに居たのはダストだった。

 そして……。
「ああっ、あなたは! あれっ? あれえー!? あ、あなたは私の親友の魔法を受けて、爆死したんじゃあ……!?」
 彼女は、紅魔族と呼ばれる優秀な魔法使いの一族の者。
 以前、私が魔王の幹部などを務めていた時に一戦交えた事のある娘である。

「久しぶりだな、友達いなくて暇持て余し、街でバッタリ知り合いに会えないかなと意味もなく散歩する娘。大悪魔である我輩が、魔法一発で死ぬ訳があるまいて。……おっと、ワンドに手をかけるのはよして貰おう。我輩は現在この街で、カラススレイヤーのバニルさんと呼ばれ清掃業者やご近所の奥さんに親しまれているのだ。……ところでダスト。何やら面白い遊びをしているな」

 ダストが行なっていた妙な行動が気になってしょうがない。
 聞かれたダストは、
「なんだ、せっかくキッカケ作ったのに旦那の知り合いか。いや、俺は暇持て余してナンパしてただけなんだけどな」
 そんな事を言ってき……。

「「ナンパ?」」
 思わず紅魔族の娘と言葉がハモった。
 それにダストは、ちょっとたじろぎながら。
「ナ、ナンパだけど……。な、何かおかしかったか?」

 …………。
「一つ聞きたいのだが、先ほどの男達は何だ? 知り合いだった様だが」
 その言葉にダストが言った。
「ああ、あいつらかい? さっきの二人は、俺が道歩いていたらぶつかって来て……。しばき回されたくなきゃあ俺のナンパを手伝えと……」
「それはナンパじゃなく、マッチポンプって言うんですよ! あなた何考えてるんですか!」
「フハハハハハハ、ファーッハッハッハ! なんという前衛的なナンパ! この街の男性はあまりガツガツ行かず、少子化が問題視されていると聞くがなかなかどうして!」
「笑い事じゃないでしょう! ああもう、何なのこの人達は……」
 疲れた様に肩を落とす紅魔の娘。

「旦那、今何してるんだい? 暇持て余してるんだよ。これからどっか行かないか?」
「……む? まあ構わんが。届け物は終わったしな」
 そんな我輩とダストとのやり取りを、何だかちょっとだけ羨ましそうに見ている紅魔の娘。

「どうした? そんな、仲間に入れて欲しいけれど自分からは言い出せない子供の様な顔をしてからに」
「えっ!? い、いえ別に……。そ、それじゃあ、私はこれで……」
 その言葉に、ワタワタと両手を振りそのまま立ち去ろうとする紅魔の娘。

 それを尻目に我輩はダストに問い掛けた。
「さて。ではこれからどこへ行く? 特に目的も無いのなら、教会にでも行って、ホームレスに無料で配っているコーンスープを何度も並んで喰らい尽くし、ささやかな嫌がらせをしてやろうかと思うのだが」
「小腹も空いてるし、俺はそれで構わないけれど」
「止めてください! 困ってるホームレスの人や教会の人に迷惑ですから、止めてあげてくださいっ!」
 立ち去ろうとした紅魔の娘が慌てて引き返してきた。






 アクセルの街の大通りへと向かう道。
 そこを三人で歩きながら、ダストと紅魔の娘が。
「とりあえず自己紹介だ。俺はダストって言うこの街ではそこそこ名の売れたモンだ。恋人はいない。バニルの旦那とはたまにこうしてウロウロしては、街の連中からかったりと色々している。そして恋人はいない」
「そ、そうですか……。……あっ、そう言えば私、以前バニルさんと戦った時も名乗っていませんでしたね。えっと、では……」

 ダストの自己紹介に、紅魔の娘が一歩下がり。
 そしてバッとマントを翻し。
 恥ずかし気もなくワンドを構えてポーズを取る。

「我が名はゆんゆん。アークウィザードにして上級属性魔法を操る者。紅魔族随一の魔法の使い手……、やがては紅魔族の長となる者!」
「喧嘩売ってんのか」
「ちち、違いますっ!」
 真顔で問うダストに、慌てて紅魔族の娘、ゆんゆんが涙目で両手を振る。

「フワハハハハハ! さ、流石は生まれながらのネタ種族!」
「止めてえ! ネタ種族じゃありません、紅魔族の正式な名乗りだから仕方ないじゃないですか!」
 ゆんゆんが涙目で食って掛かってくる中ダストが言った。

「……で、お前さんはこんな天気の良い真昼間に、一体何を暇そうにあんな何も無い所ほっつき歩いてたんだ? 人通りがあまり無い裏路地だからこそ、俺はあそこでナンパしてたんだぞ。この街は他所の街に比べて格段に治安が良いらしいが、それにしたってガラの悪いのだっているんだからな?」
 お前が言うなとでも言うべき所だろうか。
「あくまでアレをナンパと言い張るのは凄いですね……。そ、その……。私の知り合いって、皆変わった人が多くて……。だから、ああいった普通の人が通らない所の方がはち合わせるかなあ……って……」

 …………。

「なんだ貴様、本当に誰かに偶然会いたくて意味も無く散歩などしていたのか? 会いたければ友人なり知人なり、直接会いに行けば良い物を」
 我輩のその言葉に、ゆんゆんは慌てて首を振る。
「そ、そんな……! 約束も無しにいきなり訪ねたりして、相手が忙しい時だったりしたら……。そ、それにいきなり行ったら、用も無いのに会いに来るなって、き、嫌われたりでもしたら……」
 そんな事を言っていたら、一体その友人とは何時会えばいいのだろうか。

 我輩がそんな事を考えていると、友人だのと言った言葉からは最も無縁そうな男が言った。

「……ったく、なんだなんだー? お前さん、ダチもいねえのか? しょうがねえなあ……。それじゃあ丁度暇な事だし。この俺がお前さんの友人作りに協力してやるよ」
 一体この男に何が起こったのか。

 自分の耳を疑っていると、ゆんゆんが不思議そうな表情で、ダストの顔を見上げて問う。
「あの……。あなたはどうして、初対面の私にそんな事をしてくれるんですか?」
 そんなゆんゆんにダストが言った。
「お前さんに友達が出来たらよ。…………俺に女友達、紹介してください…………」

 いつも通りで安心した。

「よし。ではこの幸薄そうな娘にどうやったら友人が出来るかを考えるか。せっかくだ、この我輩も手伝ってやろう。暇だからな」
「流石旦那だ! この娘使って色々遊ぼうって魂胆だな! そんなら俺だって負けてらんねえ!」
「…………あ、あの……。私、もう帰ってもいいですか……?」






 場所を移して大通り。
 友人を作ると言うなら人がいる場所でなくては意味が無い。
 不安そうな表情のゆんゆんを連れ、とあるオープンカフェに腰を落ち着けた。

 店の外に置かれた真っ白なテーブル席に三人で着き、作戦会議である。
 ……と、席に着いた我々に、男性店員が注文を取りに来る。

「いらっしゃいませお客様。ご注文はお決まりでしょうか……?」

 そんな店員に。
「水くれ水。金がねーんだよ」
 早速そんな事を言い出すダストに、店員がこめかみをひくつかせる。
「ああっ……! あの、ダストさん、私の為にこうして考えてくれているんだし、私が出しますから何か……」
 ゆんゆんが、そんな店員とダストに気を使ったのか、メニューをダストに差し出した。
 それを受けてダストが、おっ、悪いなとか言いながらメニューを見る。

 その間に我輩もメニューを開き、ざっと見て…………。

「ウェイター。汝のオススメ料理などはあるか?」
 我輩のその言葉に、店員が顔にスマイルを浮かべて言った。
「オススメでございますか。こちらの、野良しいたけのスパゲッティが当店自慢の一品ですが」
 言いながら、店員はメニューに書かれているスパゲティを薦めてきた。
 メニューにはその見本が美味そうに描かれている。
「ほう、これは美味そうだな! この季節の野良しいたけと言えば旬ではないか!」
「左様です、捕まえるのに苦労する分、この時期は特に美味しいですよ!」
「では我輩は水だけ貰おうか」

「………………」
 店員の悪感情、大変に美味である。

「す、すいません! 私、そのオススメのスパゲッティをください!」
 ゆんゆんが慌ててスパゲッティを注文すると、店員が畏まりましたと伝票に書く。
 そしてダストが。
「おいおい何だよこの店は。酒も置いてねーのかよ、しけてやがんなあ……。飲むもんねーよ。俺も水くれ」
「すいません! 私の連れが本当にすいません! すいませんっ!!」






 三人で丸いテーブルを囲む中、我輩とダストの前には水が置かれ、ゆんゆんの料理はまだ来ていない。

 現在、会議は難航していた。
 と言うのも、我々の出した画期的な案の数々を、ゆんゆんがことごとく却下するのだ。

 やがてダストが腕を組み。
「……こんなのはどうだ。まず俺が、気の弱そうな奴にぶつかって因縁を付ける。暗がりに引きずり込む。散々脅した所にゆんゆんが現れて……」
「ダメですよ! さっきからどうしてマッチポンプに行こうとするんですか!」
 我輩にはそのダストの案は良い案だと思えたのだが、これもダメらしい。

 ……では。
「まず我輩が、貴様と同年代ぐらいの少女に化ける。その姿のままでぺろんと脱皮をしてやろう。少女の姿になった我輩の皮に、名前でも付けて後生大事に持ち歩くというのはどうか」
「嫌ですよ! それ何の解決にもなってないですし、ハタから見たら私、頭のおかしい娘じゃないですか!」
 これもダメか。

 と、ダストが急にソワソワし。
「……バニルの旦那。旦那って、どんな姿にでもなれるのかい? その……。例えば、全裸の美女に化けて貰って脱皮とかって……。お、おい冗談だよ、冗談だから、その目は止めろよ」
 ゆんゆんにジト目で見られ、若干怖気づいた顔になる。
 それを誤魔化すかの様にダストが言った。

「なあ旦那。旦那は確か、未来が見通せるんだろう? だったらこの子の……」
 我輩は、言い掛けたダストに片手を突き出し、それ以上は言わせない様にした。
「……ダストよ。よく考えるがいい。我輩がこの娘の先を見て、それで救いの無い未来が見えたら? ……世の中には、見通せない方が良い事、知らない方が良い事もあるのだ」
「なんでそんな救いの無い事言うんですか!? わ、私にだってきっと、その内友達が……。と、友達……が……」

 段々声が小さくなっていくゆんゆんを見ながら、しかしどうしたものかと考えにふける。

「そもそも、どんな友人が欲しいのだ? ここら辺りまでは譲れないと言うラインはあるのか?」
 その辺を聞いておかねばならない。
 例えば、同じ年齢の同性でもこんな性格は嫌だ、だの、こんな趣味の相手がいい、だの……。

 そんな我輩の問い掛けに、
「えっと……。出来れば同性がいいですけど……。い、いえ……! その、ワガママは言いません、一緒におしゃべりしたり散歩したり、そんな事をしてくれる人なら、その……。例え子供でも、おじいちゃんでも……。あ、あの……。人外の場合は、せめて言葉が通じる相手。までがラインでしょうか…………」
 ゆんゆんが真剣な顔でそんな事を…………。

「「……お前……」」
「な、何ですか? どうしてお二人とも、そんな可哀想な人を見る目で私を……!」

 ゆんゆんが半泣きで抗議してくる中、今度は女性の店員がゆんゆんの頼んだスパゲッティを持ってくる。
 その店員に。
「……なあ店員さん……。いきなりだけど、こいつのダチになってやってくれよ……。悪い奴じゃあ無いんだ、少し不器用で周りに気を使い過ぎる奴なだけで……」
「や、止めて、止めてえ! だ、大丈夫ですから! 私、友達居なくてもやって行けてますから! オセロとかあれば、一人で何時間だって時間潰せますし! だ、大丈夫ですから……!」


 ……と。
 ゆんゆんが半泣きで訴える中、ダストが突然立ち上がり、大声を上げた。

「ああっ! しまった、俺とした事が! いるよ、いるじゃねえか、俺にも一応女友達が!」
 突然そんな事を言い出したダストが、今まで座っていた椅子を蹴飛ばしながら言ってくる。
「二人共、ちょっと付いて来てくれ! 俺に良い考えがあるんだよ!」
 ……?
 我輩は疑問に思いながらも席を立つ。

 更にゆんゆんが慌てて立ち上がりながら、
「ええっ、ちょ、ちょっと待って! 私、せっかく頼んだスパゲッティまだ食べれてない……!」
 そんな事を言いながら、後を追おうと……!
「お客様、お会計を……」
「ああっ! す、すいません! ごめんなさい、ごめんなさいっ!」








 ダストに案内されたのは小綺麗な宿だった。

 ダストはそこに駆け込むと。
「リーン! リーンは居るか!?」

 叫びながら宿の入り口から中を見回す。
 そこの宿は、どうやら一階部分は食堂になっている様だが、ダストはそこの食堂の中に目当ての人物を見つけ出したようだった。
 それは、魔法使い風の一人の少女。
 年頃はゆんゆんと同じ位かも知れない。

 リーンと呼ばれたその少女は、慌ただしく駆け込んで来たダストを見て。
「……? どうしたのダスト。もうお金なら貸さないし保証人にもならないからね? 先に貸したお金返してからだよ」
「違う! その事は今はいいんだが、ちょっと頼みがあるんだよ!」

 ダストは言って、我輩と共に付いて来ていたゆんゆんを前に出す。

「おいリーン! こいつはゆんゆんって言って、俺の知り合いだ。ゆんゆん、こいつは俺の冒険仲間のリーンってんだ」

 ダストの言葉に、リーンと呼ばれた少女は野菜スティックをポリポリとかじりながら。
「……あれっ? 私、その人見た事があるよ? 確か、いつもソロでモンスターの討伐してる娘だよね?」
 そう言いながら、まじまじとゆんゆんを見る。
 見られたゆんゆんは、恥ずかしそうに俯きながらもコクコクと無言で頷き返した。
 そして、ボソボソと小さな声で。
「……こっ……こんにちは……」

 そんな二人を見ながらダストが言った。
「……で、だ。お前ら、年近いだろ? リーン、良かったらこの娘と一緒に遊んでやってくんねえ?」

 ……なるほど、この男にしては珍しく真っ当な方法だ。
 ゆんゆんが、恥ずかしそうに、そして僅かに期待の込もった眼差しでチラチラとリーンを見る。

 リーンは、野菜スティックの様な物をポリポリとかじりながら。

「え? やだよ、何言ってんの?」

 ゆんゆんが、ワッと泣いて走って逃げた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ゆんゆんが宿を飛び出していった後。
「お、おま……! いきなり何言ってくれてんだ! ちょっと期待してたぼっちにあの言い方は無いだろコラッ! 流石の俺でもちょっと引いたぞオイ!」
 ダストが、リーンへと食って掛かる。
「フワーッハッハッ! フワーッハッハッハッハッ!」
「旦那! ちっとも笑い事じゃねえって!」
 更には我輩にまで食って掛かるが、悪魔としてこんな愉快な展開を笑わずにいられようか!

 リーンが、マイペースに野菜スティックをかじりながらも心外だとばかりに頬を膨らませて抗議する。
「ちょっと、なんで私が悪者にされてんの。私だって、あんたの紹介じゃなきゃ断らないわよ。だって、ダストが誰かを紹介するって時点で何か裏があるでしょ。あんたって、自分の得にならなきゃ目の前で小さな女の子が溺れてようが素通りする男でしょ?」
「お前そんな風に思ってやがったのか、ちょっと表出ろ、折檻してやる」

 ダストがクイクイとリーンに中指を立てて出て行く中。

「そもそも、あの娘ってギルドの皆に慕われてる凄腕のアークウィザードじゃない。そんな娘と遊びに……って、駆け出し魔法使いの私とじゃあ釣り合わないでしょうに」
 そんな独り言をブツブツと呟きながら、リーンが立て掛けてあった杖を手に取って、ダストの後に続こうと立ち上がった。

 ……ギルドの皆に慕われている?

「娘、どう言う事だ? あの紅魔の娘は他の冒険者から慕われておるのか?」
 我輩の言葉に、こちらをチラリと見て。
「………………あんたが、最近ダストとよくつるんでるって言う、街で噂の仮面の男? ウチのダストは唯でさえバカなんだから、あまりおかしな事覚えこませないでね? ……あのゆんゆんって娘、この街じゃあ有名だよ? パーティは組まず、ソロで討伐してる凄腕のアークウィザードだって」

 ……ほう。

「この街の色んな冒険者パーティが、何度もピンチを救われたりしてるけど、お礼を言おうとすると、余計な事してごめんなさい! とか言って恥ずかしがって逃げちゃうって。あれだけ強い人だからどこのパーティも彼女が欲しいんだけど、常にソロでいるのはきっと人付き合いが嫌いに違いないって噂が流れて。なもんで、皆、助けて貰った感謝の代わりに一人でそっとしておいてあげようって事に」

 ……………………。

「でも彼女、どうしたの? あれだけ可愛くて常識もありそうで実力もあって。そんな娘がなんで私なんかと遊びに?」
「…………うむ、気にするな。それより、ダストが表で待っているのだろう。行かんでよいのか? と言うか、アレであの男は腕だけは立つ。娘、ノコノコ出て行く気の様だが大丈夫なのか?」

 心配という訳ではないが、やられる気も無さそうなリーンの態度に疑問に思って聞いてみる。

「大丈夫だよ、アイツはあれでアホだから。きっと私の事舐めきって、踏ん反り返りながら偉そうに説教から始めるわ。宿を出る前に魔法の詠唱を終えておいて、説教始めたら不意打ちの魔法を唱えてやる」

「……この街の住人は本当に皆逞しいな。では、我輩はこれで」
「それじゃあね、仮面の人。一応アレは私の仲間な訳だけど、友達は選んだ方が良いよ?」

 言って、その場で魔法の詠唱を始めるリーンの声を聞きながら、我輩は外に出た。

「おっ、ノコノコとアホみたいに出て来やがったなリーン。オシ、本来なら問答無用でビンタくれてから剥いてやるとこだが、お前には金借りてる身だ。ちょっとお前そこに正座しろ。今から…………」


 背後にそんなダストの声と魔法の炸裂音を聞きながら。
 我輩は、ある事を考えていた。

 ゆんゆんとか言うあの面白い紅魔の娘。
 あんな面白そうな娘、放っておく手もあるまいて。
 我輩は思わずこみ上げてくる笑いを口元を歪めるだけで留め。

 店で帰りを待っている、古い友人の元へ帰る事にした。







「あっ、お帰りなさいバニルさん。配達ご苦労様でした! お疲れでしょう、今、食事の用意をしますからね」
 店に帰ると出迎えてくれる我が友人。
 そんな、温かい言葉を掛けてくれる友人を見ながら、我輩は先ほどのリーンの言葉を噛み締めていた。

 友人は選んだ方が良い、か。

 我輩は、笑顔で夕飯の支度をしようとしているリッチーに問い掛けた。

「…………おい。今日は一体何をやらかした」

 その言葉にウィズがビクリと震え、強張った笑顔を向けてくる。
「…………言っても怒りませんか?」
「内容による。言えば怒るかも知れぬし、怒らんかも知れぬ。だが言わねば、貴様はバニル式殺人光線を浴びる事になる」

 店に入った途端に感じた、店に充満する店主の不安の悪感情。
 それを感じ取った瞬間に、この古い友人が何かやらかした事ぐらいはピンと来た。
 その言葉を聞き、ウィズが顔を引きつらせる。

 そしてしばらく迷った後、観念した様に。

「実はその……。先ほど、お客さんに売った魔道具が、間違えた値札を貼ってまして……。せっかく売れたと思ったのに、二万エリスの魔道具を二千エリスで売ってしまいました……。また今日も赤字です……」

 ……。
 両手を組み、申し訳無さそうに頭を下げてくるウィズ。
 そして、オドオドと我輩の顔色を伺う様に、不安気な表情で上目遣いに見上げてきた。

 …………1万八千エリスの損害。
 まあ、珍しくこの店主にしては少ない方なのかも知れん。

「…………そう不安そうな顔をするな臆病店主。実は、今日はとある娘の友人探しを手伝うという、我輩も悪魔らしからぬ、らしくない事をしてしまってな。なので、今日は汝ばかりを責められぬ」

 我輩の言葉にウィズがホッとした表情を浮かべ、顔を上げて笑顔を浮かべた。

「良かった……。バニルさんの殺人光線。あれ食らってもリッチーな私は死にはしませんが、地味にキツイんですよ。……それじゃ、食事の用意してきますね!」

 嬉々として食事の用意を始める我が友人。

 店に広がっていた不安な悪感情が霧散していく中、我輩は苦笑しながら長い付き合いの友人に。
「それに多少の損害が出たとは言え、先ほど我輩が届けてきた高価な魔道具の代金が月末に支払われれば、それで十分な黒字になる。稼ぎは減ったが、今日の所はそれでヨシとしようではないか」
 そう言って、我輩は仮面に覆われた口元に笑みを浮かべた。










「いけない! そうです、珍しく注文があった、バニルさんが配達してくれたあの魔道具。なぜ珍しく売れたかと言うと、確か、アレも値段のゼロを一つ間違えてまして……」
「バニル式殺人光線!」
この番外編では、主人公は仮面の人、チンピラは助手A、ぼっちは助手Bとしてマメに出ます。


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