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1話
 カウンターで暇そうにしているウィズが、商品の品出しをしている私に声を掛けてきた。

「……バニルさんバニルさん。以前から思っていたのですが、私達も何だかんだ言って長い付き合いじゃないですか? それに、私は一応バニルさんの雇い主という立場ですし。……そろそろ、私の事をポンコツ店主だのと呼ばずに、ちゃんと名前で呼んでくれても良いと思うんですよ」

 少しだけ不満そうにそんな事を言う、働くほどに赤字を生み出すという、実に不思議な才能を持つポンコツ店主。
 そんなウィズに我輩は告げる。

「我々悪魔にとって、名前や契約はとても大切な物なのだ。だからこそ我輩は、契約だの名前の署名等が必要な店主業は全て汝に任せているのだ。本来ならば経営権を取り上げて、我輩自らが商売すればアッサリと金も稼げるものを。……だが、そうだな。本来、悪魔が人を名前で呼ぶと言う行為は、よほど気に入った相手でなければしない行いなのだが。……店主とは、お互いに魔王のヤツの幹部を務めていた間柄でもあり、付き合いも長い。その内名前で呼ぶ事も考えようか」

 そんな我輩の言葉に、ウィズが少し嬉しそうな顔をした。
 今はリッチーとは言え、名前の呼び方一つで一喜一憂する所がいかにも元人間らしい。


 そんな中、店のドアが突然慌ただしく開けられた。
 そして、狭い店にバタバタと駆け込んで来た男が一人。

 冒険者稼業を営んでいるその男。
 前衛で戦う戦士というクラスに就く、この街の中でも相当に腕の立つ男だ。
 持ち前の捻くれた性格が滲み出る、目つきの悪い三白眼。
 元は金髪だったのだろうが、ロクに手入れもされていない所為で、その短めの髪はくすんだ茶色に見える。

「バニルの旦那! 聞いてくれ、聞いてくれよ! 良い儲け話を持って来たんだ!」

 我輩がこの街に来てしばらくしたある日。
 チンピラみたいなこの男に突然絡まれ一悶着あったのだが、なぜかそれ以降バニルの旦那などと呼び、何かと我輩の後を付いて回ってくる。
 悪魔である我輩にとっても、冒険者の知り合いがいると助かる事もあるので、意外と重宝しているのだが。
 以前揉めた際に、この男は我輩が悪魔である事も理解したはずなのだが、それでも怖がる事も無く、未だにこうして何かと絡んで来る妙な男だ。

「どうしたダスト、騒々しい。こんなどうしようもなく廃れた店でも極稀に、客と言う名のレアキャラが来る場合もあるのだ。ドアは静かに開けるがいい」
「ああっ!? 今、名前呼んだ!」

 我輩の言葉にカウンターの方からウィズの騒々しい叫びが聞こえる。
 客も騒がしいが店主も騒がしい。
 こんな所も客が来ない原因の一つかも知れない。

「おっと、ウィズさんどうも。ちょっとバニルの旦那を借りていきますよ」

 我輩の返事も聞かず、ダストが勝手にそんな事を。
 だが、この男は本当に美味い話を持って来る事がある。
 仕方ない。

「では、ちょっとこのチンピラと出掛けてくる。後は頼むぞ欠陥店主」
「バニルさん待ってください! なぜ長い付き合いの私を欠陥店主と呼んで、どうして最近会ったばかりのダストさんだけ名前で呼ぶの!?」


 騒がしい店主を置いて、ダストと共に店を出た。


「旦那、ウィズさんって、ひょっとして旦那の事気になってるんじゃねえ? ほら、ウィズさんもあれで独り身だし、旦那はウィズさんと付き合い長いんだろ? 案外旦那も、満更でも無かったりして」
 店を出た我輩に、ダストがニヤニヤしながらそんな頭の悪い事を言ってくる。
 この男は頭の回りは悪くないはずなのだが、たまにすっとぼけた発言をする。

「……貴様は我輩が悪魔だと知っているだろうに。あの行き遅れ店主も、我輩が悪魔だという事を知っている間柄だ。……ちなみに悪魔には性別など無いからな」

 我輩の言葉に、ダストがえっ、と大声を上げた。
「それじゃあ旦那、悪魔ってのはどうやって増えんだ? 雌雄同性なんたらって生き物とか?」

「我輩をナメクジと同列にするな、ホモに好かれる呪いを掛けるぞ。……ところで。良い儲け話とは何だ? ……おい、別に呪いなど掛けないからとっとと話すが良い」
 呪い云々の話をした途端に真っ青な顔で怯えた表情を浮かべたダスト。
 そのダストからは、まるで深いトラウマを抉られたかの様な激しい恐怖の悪感情が感じられた。

 人間などの悪感情を糧とする私だが、恐怖の感情はあまり好みではない。

 しかし、この豪胆な男がホモなどを恐れるはずもなし。
 きっと、今更ながらに私が悪魔であると自覚し、恐怖したのだろう。

 やがて落ち着きを取り戻したダストは気を取り直し。

「旦那はダスティネス家って大貴族を知ってるかい? 実は、そこのお嬢様が最近まで仲間と旅に出ていたんだがね? 旅から帰って来たお嬢様が、冒険者ギルドにとある依頼をしてきたんだよ」








 ダスティネス家。
 それはこの国においても特に有名な大貴族。
 現当主はなかなかのやり手で、現在この地方の代理領主などを行なっている。
 そして、もちろんこの街の統治も。

 そんな、大貴族の令嬢が。
「……なぜ、よりにもよってお前達が依頼を受けて来たんだ……」
 実に嫌そうに顔をしかめ、その大きな屋敷の玄関で腕を組んで出迎えてきた。

 そのお嬢様は、腰近くまである長い金糸の髪を首筋の辺りで束ね、それを左肩から前へと垂らしている。
 黒のシャツに、同じく黒のタイトスカート。
 そして足元も黒のブーツと、全身を黒で統一している。
 あだ名の通り、私服等では黒が好みなのだろうか。

 我輩は悪魔なのでどうでも良い話なのだが、出る所は出て、全体的に肉感的なその体型は、男好きするというか、恐らくは特殊な趣味を持った者以外であれば、多くの男が彼女に劣情を覚えるのではないだろうか。

 そのお嬢様は、本名を、ダスティネス・フォード・ララティーナ。
 その通称を……。

「よう、久しぶりだなララティーナお嬢様」
「ラ、ララティーナと呼ぶな! ダクネスと呼べっ!」

 ダストにララティーナと呼ばれたお嬢様は、頬を赤くし、羞恥の悪感情を振りまきながら言ってきた。
 人の羞恥や悔しさ、ガッカリ感などの悪感情。
 それらの感情が我輩の好む悪感情だ。
 ああ、目の前のお嬢様から放たれる羞恥の悪感情。
 大変に美味である。

「久しぶりだな、硬いだけが取り柄で肝心な時にはあまり役に立たないクルセイダーよ。さあ、依頼の内容を聞こうではないか」
 我輩はそう言って、その言葉に泣き顔を浮かべるダクネスへ問い掛けた。



 ダスティネス家の敷地内にある修練場。
 我輩とダストはそこへ案内されていた。
「……お前達二人が来たのは予想外だったが、まあ、全く知らない者が来るよりは都合が良い。お前達なら多少は私の事を知っていて、依頼の説明も早いだろうから」
 言いながら、ダクネスが修練場の中央部へと腕を組んで仁王立ちになる。

 我輩とダストは、それぞれがこのダクネスと面識がある。
 ダストのヤツは、以前一度だけこのクルセイダーとパーティを組んだことがあるらしい。
 そして我輩は、この娘の仲間の変な男と親しくしている為、どうしてもこの娘と会う機会が多いのだ。
 この娘は、我輩が悪魔である事も知っている。

 クルセイダー。
 それは騎士の称号を与えられるに足る者が、本来は王へと捧げるべきその剣を神へと捧げ、民や弱きを守るために神の騎士となった者。
 その為か、悪魔である我輩には複雑な想いがある様だ。

 その身には神の加護を受け、他職の追随を許さない耐久力と防御力を誇る、頑丈な盾としてパーティの仲間を守る前衛職。
 この娘は特に、その防御性能においては他の者の追随を許さず、充分な支援さえ得られれば、最強魔法の直撃を食らっても耐え切れるとか。

 だが、その代わりと言ってはなんだがこの娘は…………。

「その、なんだ……。依頼と言うのは、だ……。…………私に、剣を教えて欲しい。攻撃がちっとも当たらない私を、何とか少しでも攻撃が当たる様にして欲しいんだ」

 それが、我々に対する依頼の様だ。

 ダスティネス・フォード・ララティーナ。

 最強の防御力を誇る頼れる盾でありながら、全く攻撃が当たらない事でも有名なクルセイダーである。







 このクルセイダーは、体力と筋力には自信があるらしいが、とんと不器用で攻撃が全くと言って良いほどに当たらないらしい。
 不器用といっても限度があるだろうと思っていると。

「……バニル。その、先日までお前に預っていて貰った、私の仲間が飼っているヒヨコ。アレが大きくなった時に備え、以前仲間と約束していた鶏小屋作りをしていたのだが、先日その仲間に……。ダクネスったら、私は作るのを手伝ってと言ってるの。壊してなんて頼んでないんですけど! 屋敷で暇を持て余してゴロゴロしてるあの男がここにからかいに来ない様に、そっちの相手をしてきてー。……と、言われてしまった」

 ……どうやら相当の物な様だ。
 ダストの話では、冒険者ギルドへと出された依頼では、剣の腕が立つ者を、との募集内容であったそうな。
 ダストと言うこの男。
 変わり者で、性格もなかなかに人として終わっている男ではあるのだが、腕は立つ。

 しかし、そんな依頼であれば我輩を呼ばなくとも一人で来て、報酬も独り占めすれば良いのではなかろうか。
 そんな事を聞くと、幾ら面識があるとは言え、天下に名高いダスティネス家の屋敷に一人で行くのは怖かったらしい。
 強がりもせずに臆面もなくそんな事を言えるのは、この男の良い所だ。
 そんなダストが修練場に置いてある木刀を一本手に取った。

 その木刀は実戦用で、中に鉛が仕込まれ、真剣と同じ重さにしてあるらしい。
 ダストは、ダクネスに対して好きな得物を取る様に促すと。

「それじゃあ、まずはその腕がどんな物かを見るとするかね。それじゃ、好きな武器を取ってどこからでも掛かって来てくれ、ララティーナお嬢様」
 無造作に片手で剣を構え、からかう様に、ダクネスに掛かって来いと挑発する。
 ダクネスは一番大きな大剣の木刀を取ると、それを正眼に構え、叫びながらダストへと斬りかかった。

「ララティーナと呼ぶなあ!」






 十分後。

「「……これは酷い」」
「……はあ……はあ……はあ……はあ……」

 我輩とダストが同時に同じ感想を告げた。
 汗もロクにかいていないダストとは対照的に、ダクネスは荒い息で顔を赤くさせ、汗を吹き出している。
 ハッキリ言って、攻撃が単調だとかバカ正直に斬りかかるしか出来ていないだとか色々あるが、ダクネスが斬りかかろうと狙いを定めた後、ダストがちょっと横にズレただけで空振るというのは如何なものか。

「……なあお嬢様。その、そんなデカイ得物じゃなく、もっと当て易い小回りのきく、軽い剣とかはどうだ? そもそも、スキルはどうなってる。ちゃんと大剣修練とか取っているのか?」
 スキルとは、冒険者達が習得できる特殊技能の事。
 ダストの言った大剣修練があると、攻撃が当たり易くなる、威力が上がる等の効果が見込める。
 だがダクネスは、
「……いいや。私の場合、スキル配分は全て防御スキルに全て注ぎ込んでいる」
 そう言って、自嘲気味に笑みを浮かべた。

 …………。
「なあ。あんたが敵の攻撃に耐えるのが大好きな変人ってのは有名な話だが、今日は一体どうしてまた、剣を教えて欲しいだとか言い出したんだ?」
「お、おい待て、何だ? 私が知らない間にそんな話が広まっているのか!?」

 ダクネスが、一つ咳払いをし。
 そして恥ずかしそうに俯きながら独白を始めた。

「……その。私は、今までは自分のやりたい様に生きてきた。その気持は今となっても変わらない。変わらないが……。実は先日、危険な地に旅に出て、そこで、大変な強敵と戦ってきたのだがな……。そこで私は、何の役にも立つ事が出来なかった。私よりも年下の仲間が命懸けで頑張っていた。何時だって私を助けてくれる変わった男が攫われる中、私は情けない事に眠りこけていた。仲間を守るのがクルセイダー。だが私は、今回何一つとして…………っ!」
 言いながら、ダクネスが堪え切れないといった様にバッと顔を上げ……!

「あっ、旦那さっきからやり方が汚いですぜ。俺が触れた瞬間に砂山崩れるなんて、なんか変な力使ってるでしょ」
「我が万能なる見通す力で、どのぐらい砂山を掘れば貴様の番で崩れるかを見ているのだ。たかが棒倒し。だが大悪魔と呼ばれた我輩が、貴様の様なひよっこに負けたとあっては悪魔の名折れだ」

「ああああああああああああああーっ!」
「「ああっ!」」

 込み入った話になりそうなので、飽きて修練場の砂を使ってダストと棒倒しをしていたら、突如ダクネスに砂山を蹴り崩された。

 子供達が公園で砂山を作って遊んでいると、突如として破壊衝動に駆られるワンパクなガキ共がいると聞く。
 恐らくこの娘もその口だろう。

 肩で荒い息をしながら、ダクネスが赤い顔をしながら涙目で。
「お……、お前ら二人は、大っ嫌いだ……っ!」
 なんたる美味な悪感情。
 ゴチである。


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 ダストが修練場のど真ん中でふんぞり返った。
「話はまあ大体分かった! つまりは、惚れた男の為に強くなりたいと! そして、少しでも役に立てる様になりたいと。つまりは、そう言う事なんだな?」

 ダストは木刀を杖の様に地面に立てて、それに両手を置いて偉そうに胸を張っている。
 この国の首都などにあると言う、冒険者などに剣を教える、訓練場等の教官の気分なのかも知れない。

 そんなダストの言葉に、ダクネスは恥ずかしそうに俯いた。
「……い、いや別に……。別に、惚れてなどはいない。それにその……、何だか、旅の間にウチの魔法使いと良い雰囲気になっている様だし、今更邪魔してはいけないと言うか……。惚れてなどいない。惚れてなどいないが、まあその、あいつの為に役には立てる様になりたいと言うか、その……」
 木刀を地に刺して俯き、何だか泣きそうな小声になるダクネスに。

「ぺっ」
「あっ!!」

 ダストがぺっと地面につばを吐き、ダクネスが、軽く傷ついた様な泣き顔になる。
 この男のこういう所は、悪魔として好きにならざるを得ない。

 ダストが何やらへこんでいるダクネスを上から見下ろしながら。
「情けねえ……! なんて情けねえんだ! テメーそれでも一端の冒険者か? そんな弱気で冒険者か! 既に仲間の魔法使いとちょっと良い雰囲気になっている? 邪魔しちゃいけない? アホか! 奪っちまえ! そんなん奪っちまえ! それがお前さんの為だし、何よりも仲間の為なんだよ!」
 突然、そんな炊きつける様な事を言い出した。
 それに対してダクネスがフッと顔を上げ。
「……仲間の為……、だと?」

 ダストの言葉に少しだけ興味を惹かれた様に呟いた。
 それにダストが力強く頷き、そして……。

「いいか? お前さんの惚れた男は一体どんなヤツなんだ? お前さんのパーティメンバーで、俺のダチのアイツだろ? 言っておくが、アイツはエロい。常時ロクな事を考えていない。それは間違いない。保証する」
「そればかりは一切否定出来ない」

 ダストの言った言葉に、ダクネスが素直に頷く。
 それを聞き、ダストが言った。

「だろう? そんな男が、だ。お前さんの大事な仲間とどうにかなろうとしている。それは果たして大丈夫なのか? ただの欲望じゃあないのか? ただヤリタイだけだって言うのなら、お前さんが迫ってやれ! そうすりゃ本当の気持ちが分かる! お前は仲間を守るクルセイダーだろ? なら、自分の身を犠牲にして試してやれ! 仲間の魔法使いを案じるのなら、お前さんは遠慮なく迫ってやれ! それでお前さんに奪われる男なら、そんな男に仲間がたぶらかされなくて良かったと喜べ! 奪えなかったら、仲間が遊びではなく、本気で愛されてるんだと喜べ!」

 そんな事を熱く語るダストに。
「そ、そそ、その発想は無かった……! そうか、良い感じになっているクセに私になびく様なダメな男なら、そんなダメ男の毒牙から私の仲間が守られる……! なびかない様なら、安心して任せられる……! そ、そうか、それでいいのか!」
 ダクネスは、何かに心打たれた様に感動しながら身を震わせていた。

「それでいいんだ。ああ、奪った暁にはちゃんとお前さんがアイツを最後まで面倒見てやるんだぞ? ペットなんかでも、拾ったら最後まで面倒見ろって言うだろう。略奪愛なら尚更だ」

「そ、それは任せろ! あんなダメな男と、ずっと一緒に居てやれる物好きは私ぐらいの物だ。私はクルセイダーだ、自分の身を犠牲にする事には躊躇など無い。ああ……、アイツと一緒になったなら、その先が目に見えるじゃないか……。きっと、きっとアイツは、付き合った最初の内は私を大事にしてくれるのだろう。だが案外飽き症でもあり、好奇心旺盛でもあるアイツは、きっと他の女に目移りするのではないか……? そう、そしてきっとこう言うんだ……! おいダクネス。お前戦力として使えないし飽きたから、別れてくれ……と! ……あああああ、攻撃を当てられる様に頑張るから、す、捨てないでくれえええ!」

「こっ、こらっ! 何を血迷ったか脳腐れクルセイダーめ! 我輩はあの鬼畜男ではない、足にすがりつくな!」

 妄想逞しく現実との区切りがつかなくなり、我輩の足にすがり付いてきたダクネスを、シッシと追い払う。
 そんなダクネスに。

「よし! それじゃあ今日は、俺の事は先生と呼び、今日の訓練の間は何を言われても怒らない。いいか!?」
「は、はい先生!」
 ダストが嬉々として言いながら木刀を握りしめ。
 それにダクネスが、悩んでいた何かを吹っ切った様な良い声で返事を返した。

 我輩はそんなダストに近づくと。
「……粋な計らいをするな貴様。……もちろん何か考えあっての事なのだろう?」
 そんな我輩の耳打ちに、
「当たり前じゃねえかバニルの旦那。こんな面白そうな事、煽らないでどうするよ。けしかけないでどうするよ!」
 同じく、ぼそぼそと耳打ちを返してきた。

 この男のこんな所、やはり嫌いではない。

 ダストが叫んだ。

「特訓開始ー!」






 修練場にダストの声が響き渡る。
「違う! もっと下から切り上げる様に! そして、上から体重を乗せて斬り下ろす様に! 身体の上下を意識させろ!」
「わ、分かった! こうか? こ、こうか?」

 ダストの指示に従って、ダクネスが上下に激しく全身を使って大剣を振るい出す。

「ふうむ。もっと軸足を踏ん張り、身体は泳がない様に。手だけで当てに行くのではない、当たる位置へ身体を移動させ、無闇に振るわず、当たると踏んだ時にだけ剣を振るうがいい」
「あ、ああ! こうか! こ、こうかっ!」
 我輩の指示に、目に見えてダクネスの動きが良くなる。

 それに、ダストが更に指示を出す。
「良し! それじゃ次は、剣を両手で大きく振りかぶり! 剣を、頭の後ろの位置まで振りかぶって、肺を膨らませる様に深く息を吸い! 胸を前に突き出すようにして、体重を乗せて打ち下ろせ!」
「は、はいっ! すううう……っ、はああああ……っ!」

 言われた通りに深く息を吸いながら剣を振り上げ、息を吸った事で特に強調された胸を突き出す様にして、一気に剣を振り下ろす。
 地に振り下ろされた木刀の衝撃で、ダクネスの胸が大きく揺れた。

 …………。

 続いて我輩が指示を出した。
「では、突きだ。斬るのではなく突きを試してみろ。腰を落とし、剣をしっかり握って相手を見据え、剣を腰溜めのまま身体ごと突き掛かって行けば、大きなモンスター相手ならばそうそう外す事は無い。その間、相手の攻撃に無防備に晒される事にはなるが、貴様の誇る耐久力ならば問題ないだろう」
「はいっ! ……はああああああーっ!」
 言われた通りに剣を腰溜めにして、そのまま腰を落としたまま突っ込んでいくダクネス。
 そのダクネスの剣の先は、修練場に置いてある藁で出来たカカシの腹へ、木刀であるにも関わらず深々と突き刺さる。

 ダストが、そんなダクネスに更なる指示を。
「良し! では最後に、戦闘後の締めだ! 胸を寄せ、戦闘後の上気した顔で近付くんだ! そこで決めゼリフ。……戦いの後は身体が火照る。……どうだ? 今夜いっぱ……」
「おい待て、先ほどから貴様は何かおかしいぞ!」
 流石にダクネスも気が付いたらしく、赤い顔して食って掛かった。

「何がおかしいってんだコラ。アイツを落とす為の戦い方を知りたいんだろ?」
「攻撃を当てる戦い方だこのバカ! ……これはこれで勉強にはなったが……」

 そんなこんなで訓練は夕方まで続き。

 やがて、空の彼方が茜色に染まる頃。
 我輩とダストは…………。


「「……ダメだこれ」」
「!?」

 一日中付きっきりで、あーだこーだと言いながらダクネスに剣を振り続けさせていたが、これは一日や二日、口先だけで教えた所でどうしようもない。
 と言うか、この娘の不器用ぶりは半端ではない。

 荒い息を吐きながら地に座り込みグッタリしているダストとは対照的に、案外平気な顔で木刀を弄びながら手持ち無沙汰にしているダクネス。

 それを見ながら考えた。
 ふうむ……。

 ……仕事の依頼を受けている最中ではあるが、金儲けが目的ではなく、助言として能力を使う分には、ウィズとの契約違反には当たらないだろう。

「おい、無駄に性欲と体力だけは持て余していそうな娘。ちょっとこっちへ来るが良い」
「しっ、失礼な事言うなっ! ……何だ一体、また何をする気だ。正直に言って、私はお前が苦手だ。何を考えているのかが分からんし、何をしでかすか分からん時がある。……な、何をする気だ……」
 呼ばれ方が不満なのか、不貞腐れながらこちらへ来る。

 そんなダクネスに、我輩は軽く手をかざし。
「何、ちょっと貴様の未来を軽く見通してやろうと思ってな。……ああもう、貴様の周りは眩しくてうっとおしい! ロクに見えぬわ! 貴様の仲間の手による加護が纏わりついていて、見難くてかなわぬ! ……男と仲間は良く考えて選んだ方がいいぞ」
「よ、余計なお世話だ! 見るならさっさと見るがいい!」

 一々食って掛かるダクネスに、我輩は見通す力で娘の未来を…………!

 …………ほう。

「……喜べ、貴様はそのままで良い。今は大した活躍は出来ないと嘆いている様だが、本来盾職というものは目立たない物。男の役に立てないと嘆かなくとも良い。変わらずとも良い。いずれ時が来れば、汝はその自らの頑強さに感謝する時が来るだろう」

 そんな我輩の言葉に、ダクネスは不貞腐れた様にそっぽを向く。

「……私は神の騎士たるクルセイダーだ、悪魔には礼は言わない。……だが、そんな時が来たら、お前の所の店で、何かオススメの商品でも貰おうか」

 全く、神に仕える職の者はどうしてこうも頑固なのか。

 そんな我輩に、ダクネスが真っ直ぐに向き直った。

「……つ、ついでに見て欲しいのだが。私は大剣修練スキルを取る気は無いが、それでも。いつか私の不器用が直り、やがて、名実共にクルセイダーの鏡と評される日は……。く、来るのだろう……か……?」
 そんな事を言いながら、長身の我輩を見上げ、軽く期待した目でチラチラと顔色を伺うダクネス。

 ……………………。

「……ダスト、そろそろ帰るとしようか」
「!?」

 言わない事も優しさである。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「バニルの旦那、今日は予想以上に良い稼ぎになったけど、これからどうする? 何ならどっか飲みにでも行くかい?」
 屋敷を後にした帰り道。
 報酬を手にして上機嫌のダストが言った。
「悪魔の我輩は酒など飲まぬ。と言うか、早く帰って立ち枯れ店主にたんぱく質を多く含んだエサをやらねば」

 大した成果は出なかったが、それでも適当に剣を教えての一日の礼金としては、相当な額を貰ってしまった。
 これも日頃の行いという奴だ。
 剣の方はともかくも、今後の仲間との付き合い方など、精神的にとても為になったし楽になったとか言っていたが。

 ……まあ、詮索するのは野暮な事だ。

 ダストと別れ、帰りに今日の晩飯のおかずを買う。
 今日ばかりはあのポンコツ店主も大人しくしているだろう。
 何せ、金庫の金は全て持ってきた。
 もっと早くこうしていれば良かったのだ。
 見通す力に頼りきってしまうと、力が通じない相手には良いようにやられてしまう欠点がある。
 店主との契約云々は抜きにしても、極力、見通す力は乱用しない方が良さそうだ。
 そんな事を考えながら、店へ帰る前に、今日は奮発してメンチカツを買ってやる。

 悪魔には寿命は無い。
 そして、それはリッチーにも。

 つまりは、のんびり稼いでいってもやがては目標の額に辿り着くのだ。

 なら、のんびり行こうか。

 幸いこのアクセルの街の住人は、変わり者が多くて飽きが来ない。
 不死者にとっての最大の敵は退屈なのだ。
 この街に居れば、少なくともその心配だけはせずに済むだろう。


 やがて店へと帰り着いた我輩はドアを開け、
「あっ、お帰りなさいバニルさん、見てくださいこの腕輪を! 先ほど行商の方がこれを置いていったんですが凄いんですよ! こうして身に着けているだけで、常時術者の周囲に強力な結界を張る腕輪です! 魔法使いにとって、これは革新的なアイテムですよ! 結界を維持する為に常時魔力を吸い続けますので、私並みの魔力を持つ方以外が使うと魔力切れで命に関わるのが難点ですが……。あ、なんと行商の方がですね! 今持ち合わせが無いからと言ったら、親切にも支払いはローンで良いからと…………!」
 そして、買ってきたメンチカツを店主の目の前で貪り食った。
当作品は本編がまとまるまでの間の、場繋ぎ的な番外編です。
本編が開始されると共に、この作品の更新は不定期となります。


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