プロローグ
アクセルと言う街がある。
そこは、駈け出し冒険者達が集う街。
冒険者とは、人にとって悪影響を及ぼす、モンスターと呼ばれる害獣を退治したり、または街の住人の様々な依頼を受け生計を立てる、いわば何でも屋の様な存在。
ここは、そんな冒険者の集う街、アクセル。
そんなアクセルの街の、大通りから外れた薄暗い路地に、こじんまりと佇む小さな店がある。
清々しいという言葉が似合う、雲一つない晴れた空。
そんな日の朝にも関わらず、その店の中は薄暗かった。
なにせ、この店の中には窓が一つも無いのだ。
薄暗い店内には怪しげな道具類が所狭しと並べられ、それが店の雰囲気を一層胡散臭い物へと変えていた。
そして、そんな薄暗く怪しげなこの店には不似合いな、長い黒髪を無造作に後ろで束ね、栄養状態を心配してしまうほどに白い肌の美女がいた。
ゆったりとしたローブを着用し、その上にエプロンを付けたその女。
彼女こそがこの小さな魔道具店の店主であり、名をウィズと言う。
そんな彼女の病的にまで白い肌。
それは種族特有の物なので心配する必要は無い。
と、言うのも彼女は…………。
「バニルさん。いくらアンデッドな私でも、こうも毎日砂糖をまぶしたパンの耳ばかりでは、流石に辛いです」
彼女はリッチーと呼ばれるアンデットモンスター。
魔法を極めた魔法使いが禁断の秘術を使い、その命と引き換えにして成る、最強のアンデッドモンスター。
その最強のアンデッドは今、店の奥の休憩室で、リスか何かの小動物の様にパンの耳をかじっていた。
そのウィズの言葉には答える事無く、我輩は黙々とウィズの目の前で食事を取る。
「……バニルさん、バニルさんは悪魔なんですから、本来は食事なんて取らなくてもいいんですよね? それが毎日毎日、なぜわざわざ私の目の前で、必要も無いのに食事するんですか?」
ウィズが恨みがましい目でこちらを睨み、それから我輩の食べている食事を物欲しそうにジッと見た。
「……一口く」
「断る」
ウィズが何かを言う前にそれを遮る。
我輩には、未来を見通す力がある。
それはその者がどんな行動を取るか。
どんな災厄が降りかかるか。
色々と制限や限度もあるが、大概の事が見通せる。
最も、ウィズが何を言おうとしたのかは、わざわざ力を使わずとも予想が付いたが。
涙目で、物欲しそうに上目遣いで睨んでくるウィズの前で、我輩は肉汁滴るステーキの最後の一切れを口に入れた。
悪魔である我輩は本来食事を必要としない。
だが、こうして地上に物理的に存在している以上は、その為の力が要る。
この世界において、長身の男の肉体を形どってはみたものの、この肉体の維持には結構な力が必要とされた。
肉体を作る際に、もう少しコンパクトサイズにしておけば良かったか。
我輩がこの地上に留まる為の核としているのは、口元が開いた黒い仮面。
その仮面を元に、その辺の土くれなどから、魔力により男性型の肉体を作り上げていた。
ウィズが、悔しそうにパンの耳を頬張り。
「……バニルさんは、そうやって目の前で美味しそうな物を食べて、私の悔しがる悪感情を糧にしているんでしょう? なら、私からご飯を貰っている様なものじゃないですか。……店の黒字は全てバニルさんが稼いだお金ですから、言えた口では無いのですが……」
そこで一旦言葉を止め。
「……そろそろ干からびそうですので、今日の晩御飯はたんぱく質が欲しいです」
そんな事を言いながら、すがる目をしてきた。
…………仮にも自分の店主であり、雇い主でもある。
あまり兵糧攻めをしてこの女に干からびられてもしょうがない。
それに我輩には、付き合いの長いこの女にしか頼めない事がある。
それは我輩の夢であり、生涯においての最終目標。
それは、最強の魔法使いでもあるリッチーの力で、この世で最も深く、そして最も広大な地下迷宮を作ってもらう事。
そして我輩はその迷宮の主となり、迷宮の最深部にて最後の敵として、勇敢なる者達を待ち受けるのだ。
そして、そんな勇敢な冒険者達との激闘の果てに…………。
いや、今はそれはいい。
とにかく、目の前で最後のパンの耳を食べ終えて物足りなさそうにため息を吐くリッチー。
彼女いわく、ダンジョンを作るには様々な高価な魔法の道具が必要で、私が望むほどのダンジョンともなると小さな国なら買えてしまうほどの金が掛かるそうだ。
この店主は、ハッキリ言って商才が無い。
それはもうびっくりするぐらいに無い。
経営権をぶん取って我輩が経営した方が遥かにマシなのだが、そうもいかない事情がある。
だが、彼女のリッチーとしての実力。
そして、魔法使いとしてのその腕は本物だ。
我輩には未来を見通す力がある。
我輩のその力は、商売人であれば喉から手が出るほど欲しい物だ。
そんな我輩がこの店に来たのも、彼女の店をなんとか盛り上げ、その対価として、彼女に立派なダンジョンを作ってもらう。
それが、この友人と交わした約束だ。
そんな友人、そして雇い主である彼女に告げる。
「…………本来ならば、働かざる者食うべからずと言いたい所だが、汝は働けば働くほどに赤字を増やすという、摩訶不思議な特殊能力を持っている。……しょうがない、今日も我輩が金を稼いでくるゆえ、店主は店主らしく、大人しく店番をしているがよい。さすれば土産にたんぱく質を買ってきてやろうではないかポンコツ店主よ」
そんな我輩の言葉に、ウィズは嬉しそうに頷いた。
これがこの店での毎朝の日常風景。
見通す悪魔バニル。
仮面の悪魔バニル。
そんな名で呼ばれる我輩にも、見通せない事がある。
例えば、本来の仕事をほったらかし、地上へと無責任にも遊びに降りてきた女神だとか。
そして、今日の晩飯に期待し、幸せそうに鼻歌を歌い、食器を下げているこの友人などだ。
我輩が先を見通せるのは格下の相手のみ。
日々の食事にも困窮するこの年齢不詳のリッチーは、本来、この我輩に匹敵するだけの力がある。
だからこその対等な友人関係でもあるのだが、我が見通す力が通用しないというのはこんな時には本当に厄介だ。
この店自体に見通す力を使ってみても、この女が店主をし、店に関わっている事で、我が見通す力がぼやけてしまう。
その日の朝に見通す力を使ってみても、精々が、その日の夕方までに起こる事柄が何となく分かる程度。
大悪魔と呼ばれたこの我輩が、まったくもって情けない事である。
しかも厄介なのはこの店主、その根本の性質が、リッチーであるクセにやたらと善良である事がまた問題なのだ。
我が力を最大限に活用すれば、幾らでもアブク銭が手に入るものを、変な所で頑固なこの店主は、我が力を使っての商売を良しとしない。
以前この力を使い、やたらと運だけは良い、他所の世界からやって来た妙な小僧から大金をせしめた事があった。
全ての事情を聞いた、その後のこのポンコツ店主の店でのキレっぷりといったらそれはもう凄まじく、滅多な事では滅ぼされなどしない我輩が命の危険を感じたほどだ。
それ以来、金を稼ぐ際には見通す力は使わない事と、ウィズと契約を結ばされてしまった。
悪魔にとって、それが薄っぺらい紙切れ一枚だろうと、口約束だろうと、契約は絶対である。
だが、やるしかない。
それは我輩の夢なのだ。
見通す悪魔の勘だろうか。
今日もまた。何か儲け話がやって来そうだ。
この作品は、この素晴らしい世界に祝福を!の、四部の後の番外編となっております。
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