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長くなりました。これでは百万字丁度完結の野望がががが
五部
33話
 首後ろに浅く突き立った剣をそのままに、俺はマモンから距離を取る。
 スキルによる麻痺か昏睡が発動したのか、マモンが口をパクパクさせながら前のめりにぶっ倒れた。
 味方だと思っていた騎士が突然俺になった事により、その場の鎧騎士達がどよめき騒ぐ。

「でっ……! 出たああああああ!」
「マモン様がいきなり殺られた!」
「ナントイウキチク! ナントイウドチクショウ!」
「えっ!? ちょっ、えっ!? 有りかよ! こんなの有りなのかよお! お前それでも人間なの!?」

 無警戒だった所に突然敵が現れ狼狽えていた鎧騎士達だったが、魔王の近衛と言うだけあって、直ぐ様隊形を立て直し、俺の方へ三人ほど鎧騎士が向かってきた。

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

奥にいる俺達から遠く離れた入り口付近で、ゆんゆんの得意魔法が鎧騎士の一人を斬り裂いた。
 それを皮切りに、ダクネスが攻撃を食らう事など気にも止めず、真っ直ぐこっちに突っ込んでくる。
 その後にミツルギ達が続き、あっという間に乱戦になった。

「この男は危険だ、サッと囲って一気に殺るぞ!」

 俺の前に立ち塞がる鎧騎士が油断なく身構えながらジリジリ迫り、その言葉に二人の騎士が無言で頷く。
 俺は目の前の三人に。

「3対1とは騎士の風上にも置けない奴らだ! お前らは、それで恥ずかしくないのか!」

「おっ……! お前が言うな! マモン様を後ろから不意打ちした、お前だけは言うなっ!」
「コ、コイツ、ドノクチガソンナコトヲ……!」
「おい、もういい。これ以上この男のペースに乗せられる訳には……」

「『バインド』ーッ!」
「!? えっ、ちょっ!!」

 何か言い掛けていた鎧騎士の一人に不意討ちのバインドを食らわせる。
 俺が手にしていたバインド用の強靭なロープが鎧騎士へと巻きついた。
「いたたたたたた! 痛いんですけど! 痛いんですけどー!」

 首にロープの端が巻き付いていたアクアも巻き込みながら。

「ぐあっ、畜生! マモン様を不意討ちしただけじゃなく、まさか仲間まで巻き込むど外道だなんて……! くそったれ、油断した! お前ら頼むーっ!」

 えらい言われようだが、ロープの先にアクアがくっついてる事を忘れてましただなんて、今更言えない。
「カズマさーん! カズマさーん!! この人の鎧が硬くて痛いんですけど! 私の魔法でバインドを解除もしていいかしら!」
「もう少し我慢してろ! 今、こっちの二人を片付けるから!」

 アクアに言いながら、油断なく剣を構えて残る二人に向き直る。
 それを見て、二人の鎧騎士が腰を落とし、身構えた。

「この外道、何だかんだ言いながら、あっという間に一人無力化しちまった。油断するなよ、1、2の3で同時に行くぞ」
「マカセロ、1、2ノ3ダナ」
 二人の騎士が目の前でそんな相談をする中、俺は片方の騎士の声を意識すると……。
「イヤ。ヤッパリ、セーノ! ニシヨウ。モシクワ10カゾエテダナ……」
「えっ? えっ!? ど、どっちだよ?」
「オイヤメロ! キサマ、オレノコエマネヲスルンジャナイ!」

 片方の声を真似ていると、遠くから警告の声が飛んだ。
「そっちにクルセイダーが突っ込んでったぞーっ!」
 警告の声に、騎士二人がチラリと向くと……。
「うおっ!?」
「ナ、ナンジャコリャー!?」

 ダクネスが、斬りつけられるのも殴られるのも物ともせずに。
 魔王の部屋へは行かせないとばかりに腰に必死でしがみつく二人の騎士を引きずりながら、俺とアクアの方へ突っ込んで来た。
 ダクネスは俺達の元に着くと、自分の腰にしがみついていた騎士二人を引き剥がそうとしながら……。

「カズマ、アクア、助けに来たぞ! 助けに……、くっ、お、おいカズマ、ちょっと手伝ってくれ! こいつら二人が私を……!」
「お前、敵を二人も引き連れて何がしたいんだよ! 二対四になっただけじゃねーか!」

 ダクネスにしがみついていた騎士二人が一端離れ、俺とダクネスを、残り二人の騎士と連携しながら取り囲んでいく。
 そこに、勝ち誇った様なアクアの声が聞こえてきた。

「ふふっ、なら、三対四ならどうかしら?」
 そこには俺のバインドを解除し、ドヤ顔で立つアクアの姿。
 バインドを解除したという事は、当然一緒に縛られていた騎士も自由になるわけで……。

「ね、ねえカズマ! なんだか一気に形勢が不利になった気がするんだけれど、気のせいかしら!」
「役立たずのプリーストとクルセイダーを連れて、何で五人も相手にしなきゃならないんだよ! お前らバカだろ!」

 そうこう言っている内に、五人の騎士達が全員俺にだけ剣を向け、突き掛かってくる体勢をとった。
 まずは俺を仕留める気らしい。
 先ほどの脅しがよほど効いている様だ。

 ヤバイ、魔王の精鋭に一度に襲い掛かられればもれなく死ぬ。
 なんとかダクネスの陰に隠れようとするも、騎士達が一斉に殺到した。

「『デコイ』!」

 そして、その剣先が皆、突然ダクネスへと方向を変える。
 騎士の剣がダクネスの鎧を引っ掻き、数本の金髪を散らせ、頬に浅い傷を負わせる中。
 俺を狙うはずだった騎士達は、ダクネスを攻撃してしまった事に狼狽えた。

「こ、この俺が囮スキルに影響されるだと……っ!?」
「くそ、なぜかこのクルセイダーは、俺の嗜虐心を煽ってくる……! 剣で突かずにはいられないというか……っ!」

 騎士集団に剣で突かれ、赤い顔でハアハア言っている場違いな変態が。
「くうっ……! 流石は魔王の精鋭、良い突きを持っているな……! だがお前達の攻撃など、私が全部受け止めてやる! さあ、お前達の猛り狂った荒ぶる攻撃を、全て私にぶつけるがいい! さあ早く! ほら、早くっ!」

 そのダクネスの挑発を罠か何かかと受け取った騎士達が、警戒しながら身構える中。
 五人の内の一人が、突然その場に崩れ落ちた。

「アクア様、ご無事ですか!」

 ミツルギの声にそちらを見れば、俺達を囲む騎士以外が、いつの間にか倒されていた。
 突然の乱入者に、騎士の一人が振り向き様に斬りつける。
 が……。
「!? なっ……、お、俺の妖刀が……!?」
「この魔剣は女神から賜った伝説の業物だ。斬れない物など何もないさ」
 ミツルギは、魔剣であっさりと騎士の剣を叩き斬り、返す刀で騎士を切り捨てた。

 ……なんというか。

「こいつっ! そこのど外道よりヤベエ! こいつを先に殺らないと……ッアアッ!?」
 言い掛けていた騎士が、更にミツルギに斬り捨てられる。
 それを見て、三人の騎士が一斉に掛かるが――

「『ルーン・オブ・セイバー』!」

 魔剣を輝かせたミツルギが、一刀の元に三人まとめて横払いに斬り捨てた。

「……この男、また余計な事を……」
 ダクネスが、しょんぼりしながら残念そうにポツリと呟く。

 …………なんというか。
 やっぱ、こいつの持ってる魔剣ってずるい。

 ミツルギが、アクアに近づき手を取った。
「アクア様、お怪我は?」
「あ、大丈夫です。それより、ダクネスの傷を治すので……」

 手を取られたアクアが、手を掴むミツルギを困った様な顔でじっと見る。

「あっ、す、すいません!」
「……別にいいんですけど、気軽にセクハラしてるとうちのカズマさんみたいになりますよ?」
「引っ叩かれたいのかお前」

 慌てて手を離したミツルギに、
「しかし、お前ってこんなに強かったんだなあ。もう、魔王とかお前一人で倒してくれよ」
 俺は周囲を見回しながらそう告げた。

 ――辺りに転がる騎士の亡骸。
 マモンとか言った奴も、動けなくなった所をミツルギの取り巻きにトドメを刺された様だ。

「君は僕なんかよりも、もっと大きなチートを貰ったじゃないか」

 魔剣を鞘にしまいながら、ミツルギがアクアをチラッと見た。
 大きなチート……。
 俺も何となくアクアを見ると、ダクネスの傷を癒していたアクアが気まずそうに目を逸らす。

 めぐみんやゆんゆんがほっとした表情でこちらにやって来る中、俺は騎士達の詰め所の奥にある、巨大な扉が気になっていた。
 確か、マモンが言っていた。
 この部屋の事を、魔王様の部屋へと続く、この大広間、と。

 騎士達が屯していたこの場所は、侵入者を迎え討つ為の最後の関門的な所だったのだろうか。
 ズルしてあっさりとここに来てしまった訳なのだが、この先にはきっとアレがいる。
 大立ち回りをした俺達に、間違いなく気付いている事だろう。
 全員が集まってきた所で俺は口を開いた。

「さて。アクアを連れ戻すっていう俺達の方の目的はこれで果たされた。後は、俺とゆんゆんのテレポートで帰ればいいんだが……」
 その言葉に、ミツルギが何をバカな事をと言いたげな表情で頭を振る。

「君はこの期に及んで何を言っているんだ。魔王だぞ? 目の前に、人類の敵である魔王がいるんだ。こんなチャンスは二度と無い。いいかい? 人類と魔王軍との戦いに、僕らが決着をつけられるんだよ」
 ……そうは言うが、魔王軍の本隊を率いている魔王の娘とやらはどうなるんだ。
 そいつが後を継いで終わりな気がするんだが。

「ひた……! ひたたたた、ひたいんですけろ……! 二人とも何でほっぺた引っ張るの? ここは感動の再開なんだから、抱き合って、大丈夫だったかとか心配かけるなとか、そんな場面じゃないの!? 痛い痛い、痛いんですけど!」
 その悲鳴にそちらを見ると、ダクネスとめぐみんの間で、二人に無言でほっぺたを引っ張られるアクアの姿。

「まあ聞けよ。この城の結界はめぐみんが魔法で消し飛ばした。これで何時でも城に攻め込める。後は、チート持ち連中と紅魔族の連中に任せちまおうぜ」
 気楽に言った俺の言葉に、ゆんゆんが、えっ! と驚いた声を上げた。

「結界を破壊しちゃったんですか? 紅魔族が束になっても解除できなかった結界を、めぐみんが一人で?」
「そーだよ。皆が城に侵入してる最中に、城を何度も爆発が襲っただろ? アレって、マナタイトを抱え込んだめぐみんが、爆裂魔法を超連発して……」
「カズマ! それ以上は……!」
 めぐみんが慌てて俺の言葉を遮るが……。
 ……?
 あっ!

「あ……、あれって、魔王が城の外から魔法を撃ってたとかじゃなくて、めぐみんが……。めぐみんが、私達が中にいるにも関わらず、魔法を乱発してたんですか……!」
 涙目になったゆんゆんがわなわなと震え出す。
 しまった、そう言えばこの連中にはきちんと言ってなかったな。

「酷い! 魔王ごと私達を生き埋めにしようとするとか、本当に友達なの!?」
「ち、違うのです、あの時はプレゼントを貰った事といい、その後の色々な展開と良い、ちょっとテンションが振り切れてまして……!」
「ねえダクネス、頭をわしゃわしゃするのはいいんだけど、いいんだけどね!? 篭手でそれをやられると痛いんですけど! 勝手に出てったのは悪かったから、もうそろそろ許して欲しいんですけど!」

 魔王の部屋を前に場違いな空気を醸し出している四人を尻目に、ミツルギの仲間の槍使いが疲れた様にしゃがみ込み。
「ねえー、それで結局どうするの? この先に行くの? 私はまあ、キョウヤが行くって言うならどこまででも着いてくけどね」
 それに続いて盗賊風の子がミツルギの傍に佇むと、そっとミツルギの腕に手を触れた。
「あたしも、キョウヤの為にここまで来たんだしね。死ぬ時は一緒よキョウヤ。キョウヤが行くのなら、どこまでも一緒に……」
 そして、最後の戦いを前にした仲間達みたいな、そんな格好いいセリフを吐いている。

 ……いいなあ。
 チートな魔剣と良い、ミツルギが本気で羨ましくなってきた。

 俺の仲間達の方を見ると、相変わらずぎゃいぎゃい騒いで、色気や緊張感が欠片も無い。
 一体どこでこんなに差がついたのか。

「アクア様。アクア様は、どうするべきだと思いますか?」

 ミツルギが、ダクネスに頭をかいぐり回されているアクアに問いかけた。

「……へ? 私? ……そうねえ、楽ちんに魔王を倒せるなら倒したい所だけど。でも、こうして皆に会えたらちょっと……その……気が抜けちゃったって言うかね……?」
 言葉の最後の方を殆ど聞き取れない様な小さな声で、アクアが言った。

 なるほど、ヘタれたな。
 気持ちは分かる。俺ももう帰りたい。

 ――よし。

「じゃあ帰ろうぜ。今度はもっと、しっかりと準備と計画を立ててから襲撃してもいいんだしさ。そう、楽ちんに魔王を倒せる方法を考えて。案としては、城の外にテレポートの転送先を登録してさ、めぐみんに毎日爆裂魔法を撃ってもらうって作戦があるんだが……」
「――待て、佐藤和真」

 話をまとめて引き上げようとした俺を、ミツルギが引き止めた。
 ミツルギは、左右にいる二人の頭をポンポンと軽く撫で、離れさせる。

 そして――

「君は、アクア様をこの世界へ引きずり込んだ張本人だろう? その君が、そんな事を口にするのか? 君は、本来なら命懸けで魔王を倒し、アクア様の願いを聞き届ける必要があるはずだろう」

 ミツルギが、そんな面倒臭い事を言い出した。
 いやまあ、確かに俺が連れて来たんだけども。
 それはそうなんだけども……。

 ふとアクアを見ると、アクアは俺とミツルギを見比べて、珍しくオロオロしていた。
 アクアが、そんな俺達を仲裁しようとしてか。

「私としては、ここに来てから毎日面白かったし、連れて来られた事は気にしてなかったんだけどね?」
 いつか、ミツルギに言った事を再び口にした。

 だが――

「では、どうして街を出たんですか?」

 ミツルギのその言葉に、アクアが困った様な顔をした。
 そして少しだけ寂しげな陰りを見せて、こちらをチラリと見ると。

「その、ちょっと家出気分を味わいたかっただけだから……」

 そんな、思ってもいない事を口にする。

「なんて言うの? ほら、私のありがたみを忘れた人達にお灸を据えてやるみたいな。なんかそんな感じで旅に出てみたんですけど。どう? どう? 街の皆は何か言ってたかしら」
「そりゃあもう心配してましたよ? 一年近く暮らしてるあの街で、未だに迷子になるアクアが旅なんて出来るはずがないって」
「旅に出る前、街中の冒険者達がカズマにスキルを教えてくれたからな。そして、無事にアクアを連れ戻してこいと言っていた。魔王軍による街への襲撃計画さえ無ければ、きっとたくさんの冒険者が一緒に来ただろうな」
「ほう。あれかしら、皆ツンデレってやつかしら。普段は素っ気ないのに、まったくもう。……しょうがないわね! それじゃカズマ、帰りましょうか!」

 アクアは言いながら、こちらに振り向き笑顔を見せた。

 ――いつもバカみたいに明るいアクアの笑顔は、ほんの少しだけ。
 ほんの少しだけ、後ろ髪を引っ張られる様な陰りがあって――

「……分かりました。アクア様がそう仰るのなら、今回は……」

 その陰りに気付かないミツルギの一言で、取り巻き二人がほっと息を吐く。
 それを受け、ゆんゆんがテレポートを唱えようとワンドを取り出す。



 ……………………。



「…………行き掛けの駄賃って知ってるか?」
 俺は帰ろうとする皆に呟いた。

 何の事だと振り返る仲間達に――

「俺さ、今回の事でほぼ全財産をマナタイトに変えてきたんだ」


 ――一言だけ。


「……魔王に掛かった賞金って、一体幾らぐらいなんだろうな?」










 ――扉の前に、まずはダクネス。
 その後ろにミツルギが立ち、槍使い、盗賊娘、ゆんゆん、アクア、めぐみんと続く。

 ダクネスが皆を守りつつ突入し、ミツルギとゆんゆんが主力となって、槍使いはダクネスに守られつつ攻撃、盗賊娘は皆のサポート。
 傷ついた者にはアクアが後方から回復魔法をかけ、今日は限界近くまで魔法を撃ちまくっためぐみんには、お前は最後の切り札だからと説得し、最後尾で待機してもらった。

 戦況が不利と判断したら、俺とゆんゆんでテレポート。


 そして俺は――


「君は本当に姑息だね……。僕との勝負の時の事といい、さっきの不意討ちといい、堂々と戦うという事が嫌いなのか?」

 ミツルギの非難を受けながら。
 俺は、扉の陰に張り付いた。

「姑息じゃなくて、慎重と言って頂きたい。……それにな。卑怯者の汚名をうけてでも、絶対に負けられない戦いってヤツがある……。そう、人類の命運を賭けたこの戦いとかな……!」

 皆が先に突入して魔王と戦う中、俺は潜伏スキルを使いながらこそこそと後から侵入。
 魔王の隙を突いて、先ほどの様にバックアタックを仕掛けるという手筈だ。

「ねえ。あの男あんな事言ってるけど、今日以外の戦闘も大体姑息よね?」
「しーっ、ダメですよアクア、せっかく魔王戦を前に格好付けているんですから」
「そうだ、アレにヘソでも曲げられたらどうする。アイツは、皆をほっぽって一人でテレポートしかねないぞ」

 背後からヒソヒソとそんな声が聞こえてきた。
 本当に俺一人で帰ってやろうかと考えていると……。

「皆、聞いてくれ」

 ミツルギが、扉を前にしながら振り返る。
 そして、真面目な顔で一人一人の顔を見つめ。

「……皆、よくここまで一緒について来てくれたね。これから始まる戦いは、人類の命運を賭けた戦いで……」

 ミツルギが突然そんな演説を始める中、アクアが俺の袖をクイクイと引いてきた。

「カズマさん、カズマさん。本当にいくの? お金なんて、これから適当に稼げるんじゃないかしら。何ていうか、こんな一攫千金みたいな事、慎重で臆病なカズマさんらしくないんですけど」

 バカにしてんのかと言いたくなる様な物言いだが、アクアのその表情は至って真面目で不安そうだ。

「お前な、そもそも最初に魔王退治だとか言い出したのは誰だと思ってんだよ。お前には、屋敷に帰ったら色々言いたいことがあるからな。泣くまで説教してやる。あれだよ、何だかんだ言って、やっぱ天界に帰りたいって気持ちがあるんだろ? なら、スカッと魔王倒していつでも帰れる状態にして、それから面白おかしく暮らせばいい。ここで無理して虚勢張って強がったりすると死亡フラグだからな、慎重に行くぞ? 特にお前は、フラグになる様な事を言ったりやらかしたりが多いんだからな。注意しろよ?」

 ――アクアが旅に出た夜の、あの時の一言が脳裏に浮かぶ――

「ねえカズマ、私ならもういいわ。もういいから、帰りましょう? ゼル帝にも会いたいし、帰って美味しいお酒でも飲みながら皆の説教聞き流してあげるから。ねえ、もう帰ろう?」
 大事な説教を聞き流すなよと言いたいとこだが。

 ――帰りたいな……――

 膝を抱えて月を見上げたアクアが呟いた、寂しげなその一言がどうしても忘れられない。

「フィオ、クレメア。大丈夫だよ、心配ない。僕は負けない。魔王を倒して皆で帰ろう。もし誰かが死んでも、即座に撤退すれば大丈夫だ。僕達にはアクア様がついている。例え負けても、また強くなって来ればいい」
 向こうではミツルギの演説が終わった様だ。
 一体何を言ったのか、感極まった涙目でこくこくと頷く槍使いと盗賊娘。
 どっちがフィオでどっちがクレメアだろう。

「おい、ちゃんと作戦は理解してるんだろうな? お前もミツルギの言葉を聞いとけよ? もし誰かが死んだらそこで作戦は中止。死体を回収して、蘇生はさせないでテレポートだ。お前は、もし誰かが死んでも本能のままにホイホイ蘇生に行くなよ? お前が殺られたら元も子もないんだからな?」

「分かってるわよ。……でも、ねえカズマ、私、何だか嫌な予感がするんですけど。それも、いつもみたいにカズマがポコッと死ぬぐらいじゃなくて、取り返しがつかないレベルの……」

「このバカ、それ以上言うな! どうしてお前はそうやって、死亡フラグを作るのが好きなんだよ! いいか? こんな時ぐらいはちゃんと俺の言う事聞けよ? 誰かが死んでも絶対に前に出るなよ? 分かったな? お前は安全な所で支援な。お前さえ生きてれば、死体を回収できればなんとでもなる。分かったな?」

 念入りに言い含めると、アクアがこくこくと頷いた。
 大丈夫かなあ……。

「皆、話は終わった様ですね。では、これは私から」

 めぐみんが、大切そうに背負っていたリュックから、魔法を使える者にマナタイトを渡していった。
 アクアに一つ。
 俺には、なぜか五つ。
 そしてゆんゆんには……。

「わあ……。凄く大きなマナタイト……! いいの? これ貰っちゃっ……、ねえめぐみん。ね、ねえ? ねえったら! くれるんなら、早く頂戴!」

 ゆんゆんに差し出したマナタイトから、めぐみんがなかなか手を離さずにいた。

「これは、私がカズマから貰った物です。大切な物です。大事に使ってくださいよ? 本当に、ここぞと言う時に大切に使ってくださいよ? 私が! 貰った物ですから!」
「分かったわよ、こんなに高価な物貰ったのが嬉しかったのは分かったから、そんなに自慢しないでよ! 大事に使うから!」
 マナタイトを受け取ったゆんゆんが、目をキラキラさせてそれを見る。

 俺もめぐみんから受け取ったマナタイトを懐にしまい込むと、改めて扉の陰に待機した。
 陰に佇む俺の隣にダクネスが立つ。

 そして、俺の胸を拳の裏でポンポンと叩いて、何も言わずにニコッと笑った。

 普段はハアハアしてるか短気に怒っているか無表情かのどれかなコイツが珍しい。

 アクアが全員に支援魔法を掛けるのを待ち……。



 全員で顔を見合わせ、頷き合う。



 ――ダクネスが門を蹴り開けた!

「魔王! 覚悟――」
「『カースド・ライトニング』!」
「『カースド・ライトニング』ッ!」
「『カースド・ライトニング』ッッ!」

 門を開けた瞬間に、所々が闇色の雷光が先頭のダクネスに降り注いだ。
「ちょっ!」
 俺は思わず、扉の陰から声を上げた。
 確かこれは、ウィズがドラゴンの腹に穴を開けた、強力な電撃魔法。

 それを食らったダクネスの体が大きくビクンと一つ跳ね……、
「おのれ、口上も無しにいきなりの魔法攻撃とは卑怯者めが! それでも魔王か、名を名乗れっ!!」
 鎧から黒煙を上げながらも、そのまま部屋の中へと乱入した!

 ……あれっ?
 凄く致命的な魔法を食らった気がするんだけども……。

 と、扉の陰に隠れながらダクネスのタフさに呆れる俺の隣を、皆が次々と通り過ぎ、部屋の中へと突入して行く。
 ゆんゆんが、何かの魔法の詠唱を唱えながら駆け抜ける中、部屋の中から、聞いているだけで胸が苦しくなる様な重々しい声が――

『これは我が部下が失礼したな! なるほど、貴公の言にも一理ある。我が城で随分と好き勝手に暴れてくれた侵入者よ、汝らは勇者か愚か者か……。さあ、その力を我が前に』
「『インフェルノ』――――――――ッッッッ!!」
『ぐあっ!?』
 その重々しい声の主が悲鳴を上げた。


 とびきり気合の入った今の魔法はゆんゆんの声か。
 開けられた扉の隙間から、こちらにまで熱風が吹き抜けた。

「ちょっ……! ゆんゆん、ここぞという時に大事に使えと言ったマナタイトで、いきなり開幕ぶっぱとはどういう事ですか!」
 聞こえてくるのはめぐみんの怒り声。
 最高品質のマナタイトで、とっておきの一撃をお見舞いしたらしい。
 真面目なゆんゆんらしからぬ行動だ。
 ……一体どこの誰に毒されたのか。

『……紅魔族か。相変わらず、お前達はやってくれるなあ……』
「す、すいませんっ! で、でもあの……。私の悪友から頼まれてまして……っ! ……ちょっとクソ迷惑な魔王のとこまで行って、俺達の代わりに一発かましてこい、と……っ!」

 一人の優等生がとうとう堕ちた瞬間である。

「なんですか、その格好いい演出は! 私のマナタイトでの一撃のクセに!」
「いたた、こんな時に何すんの、めぐみん止めてえ!」
 姿は見えないが、何をしているのかは大体分かる。
 本当に、こんな時に何やってんだ。

 と、部屋の中から大勢のモンスターの声が轟いた。
 事前に部屋の中の敵の気配を探知し、その数は把握済みだ。
 敵の数は十人程。

 先ほどの広間の戦闘では、もっと多い数を討ち取った。
 魔王の力でその力が増大しているので無ければ、なんとかなる敵の数だろう。
 つまりは、俺が魔王さえ上手く殺れればこの戦闘は本当にどうにかなってしまう訳だ。

「『デコイ』ーッ!」
 中から、ダクネスの囮スキルの声が聞こえる。

「行くぞっ! 魔王ーっ!」

 ミツルギの熱苦しい掛け声と共に、剣撃の音が響く。
 魔法が飛び交う炸裂音、そして聞こえるのは、鎧の呪いか加護でテンションが上がった、ダクネスの笑い声。

 そんな様々な音が交差する中、俺は潜伏を使いながらコッソリと中に侵入した。
 俺はマントを外し、それをすっぽりと頭から被っている。

 こんな子供騙しみたいなバカな真似でも、闇の中、壁に張り付くだけでも発動してしまうのがこのスキルだ。

 いつかこのスキルをクリスに教えて貰った時の事を思い出す。
 俺の目の前で樽の中に潜り込み、それで潜伏と言い張っていたなあ。

 そのまま壁を伝いながらこそこそと。

 マントの隙間から辺りを覗くと、ダクネスが敵のど真ん中に突っ込んで大立ち回りをしていた。
 その攻撃は当たらないものの、頬を火照らせて大剣を振り回す様は敵からすれば脅威だろう。
 自然と攻撃が殺到するが、魔王の力で強化された攻撃を数多受けても、倒れる素振りも見せつけない。

「何だコイツは、鉄でも食ってるのか!」

 魔王の側近の一人が叫ぶ。
 チラッと見ると、黒マントの魔導師風が三人に、騎士風の奴が四人。
 角の生えた大柄な鬼みたいな奴が一体に、まるで死神みたいな、ローブを着て大鎌を持った骸骨が一体。


 ――そして部屋の一番奥に、あれこれと指示を飛ばしている男がいた。

 マントの隙間からでは、その顔までは見て取れない。
 だが、恐らくアイツが魔王だろう。

 ……勝機。

 このままアイツの後ろに回って、背後から一刺ししてくれる。
 見れば鎧も付けてはいない。
 俺はジリジリと歩を進めると、

「オマエ、ナニシテンノ?」

 いつの間にか俺の目の前に、死神みたいなヤツが立っていた。

 ――おい、潜伏スキルはどこいった。

 死神が鎌を大きく振り上げる中、
「カズマさーん!」
 そんなアクアの声が聞こえてくる。

 ――ああ、そうか。
 ――アクアとダンジョンに潜った時、アイツに言われたじゃないか。

 俺はマントを跳ね除けて、剣を抜き様に斬りつけようと……!

 ……して、死神の腕がブレると同時、視界が地に向かって落ちていくのを見ながら……。


 アンデッドには、潜伏スキルは通用しないという、アクアの言葉を思い出していた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「『筋力増加』!」

 気が付くと、俺はいきなり魔法を掛けられた。

 そこはいつもの、真っ白い神殿の中。
 例によって例の如く、俺は首を跳ねられでもして死んだらしい。

 ……俺はその場に立ち尽くしながら。

「……何やってんですかエリス様?」

 突然魔法を掛けてきたエリス様に問い掛けた。

「『速度増加』!」

 エリス様は、それには答えず再び魔法を唱えてくる。
 ……エリス教の魔法はこんな魔法名なのか。
 それとも、ちゃんとした神様ともなると、魔法の効果を直接唱えるだけでいいのだろうか?

 というか……。

「エリス様? 何で俺に魔法掛けてるんですか?」
「『体力増加』! ……なぜってそれは、カズマさんが先輩に蘇生されたらいつでも戦いに戻れるようにです」
 エリス様は、魔法を掛けながら俺にそんな事を言ってきた。

 …………いやいや。

「勘弁して下さいよエリス様。俺、もう失敗しちゃいましたから。ていうかアンデッドがいる事を考えてませんでしたよ。……上手くいくと思ったんだけどなあ」

 俺は言いながら、その場に座り足を投げ出す。
 マモンとか言ったヤツには通用したから、今度も……と、思ったのだが。
 まあ、そう物事がホイホイ上手く行く訳も無いよなあ。

 くそ、アクアが嫌な予感がするとか言って立てた死亡フラグを俺が回収しちまった。
 あいつ、帰ったら文句言ってやる。

「何を言ってるんです、まだまだこれからですよ? 今だって、皆が魔王相手に立ち向かっているのですから。……確かに戦況は不利ですが……。……あっあっ! ミツ……? ……ルギさんが、敵に囲まれて……! ……良かった、ゆんゆんさんが、暴風の魔法で敵を弾き飛ばしましたね」

 エリス様が、そんな断片的な情報を寄越してくる。
 リタイアした身にそんなハラハラする情報を教えてくるのは止めて欲しい。

「ていうか、作戦は決まってるんですよ。誰か死んだら戦闘は中止。死体回収してテレポートって。そろそろ撤退の準備をしてる頃じゃないですかね」

 地面にだらしなく座る俺に、エリス様が首を傾げた。

「いいえ、まだ皆諦めてませんね。むしろ、ゆんゆんさんが燃えてますよ? めぐみんさんの激励を受けて……。めぐみんさんが、カズマの仇を取るのです! とか言って杖を振り回して怒ってます。今にも、狭い空間の中で爆裂魔法を放ちそうな勢いです。あとダクネスが、ぶっ殺してやる! とか物騒な事を……」

 や、止めろよめぐみん、煽るなよ……。
 ダクネスの奴も、良いとこのお嬢様のクセに、どうしてあんなに気が短いんだ。

 どうして撤退しないんだろうと思ったが、まあ、死んだのが俺だからなあ。

 これが、ミツルギやダクネス、ゆんゆんの場合だと戦況が一気にピンチになるだろうが。
 もうちょっとイケると踏んで、戦いを継続しているのだろうか。

 ちょっと作戦とは違うが、いよいよヤバくなったら逃げるだろう。
 ……その際、作戦忘れて俺の死体だけ置いて行かれたらどうしようか。
 だ、大丈夫だよな?
 それはちゃんと回収してくれるよな?

 ちょっと怖くなって悩む俺に、エリス様が微笑んだ。

「さあ、酷な様ですが、ここは敢えて送り出させて貰います。先輩のワガママじゃなく、自分から規定を破るのは初めてなので、ちょっとドキドキしますが……。『蘇生せよ』!」

 エリス様が唱えると、俺の体が淡く光り、斬られたはずの首の辺りが暖かくなった。
 ……ああ、これが魂の傷が治るとかそんな現象か。
 アクアが言っていたなあ。
 今度死んだら、向こうでもリザレクションを掛けてもらいなさいとか何とか。

 ――でも。

「いやいや、もう無理ですよエリス様。大体、さっきの実況の感じだと、あのミツルギが苦戦してるんでしょう? そんなの相手に俺が参戦したところでどうなるってんですか。俺、なんのチートも持たない最弱職ですよ。しかもステータスも一般人で、人より運が良いってだけで。……あんまし愚痴も言いたくないですけど、俺、こんな能力で結構頑張ったと思いません? 自分で言うのもなんですけども……」

 エリス様は、俺の情けない愚痴を静かに微笑みながら聞いている。

「だって、着の身着のままで異世界に送られて、温室育ちなニートがいきなり馬小屋で寝泊まりして肉体労働ですよ? で、手の掛かる仲間の尻拭いしながら頑張ってるのに、いつの間にか借金まみれに。物騒な連中と敵対するわ、次々と厄介事が舞い込んで来るわで……。俺、もうちょっと良い思いしたって罰当たんないと思うんですよ。ていうかこの世界に来て、自分でも性格ねじ曲がったなと思いますもん。そりゃ、性格だって捻くれますよ。……元々ニートなんてやってたダメ人間でしたけど、それに輪を掛けてダメになった気が……」

 エリス様は、そんな俺の独白を、何を言うでもなく静かに聞いて……。

「……でも、楽しかったでしょう?」

 そんな事を言ってきた。

 ……ずるいなあ。

「……まあ、それなりには」
「でしょう?」

 エリス様がどうだと言わんばかりに微笑む。
 ……可愛い。

「皆がまだ諦めない中、カズマさんだけここでリタイアなんて、寂しいじゃないですか。だから、先輩が蘇生させてくれたら何時でも参戦できるように……」

 ……エリス様のその気持は有難いのだが。

「そもそも、それがあり得ないんですよ。誰かが死んでも、戦闘が終わるまでは放置。それが、皆で決めた事なんで。目の前の戦闘に集中するって事で話はついてますからね。と言うか、あのバカには散々言い聞かせましたから。誰かが死んでも前に出るなよって」

 だから、せっかく掛けてくれた魔法も無駄になっちゃいますね、と俺が呟き。

 それに、エリス様が自信有り気な顔で小首を傾げると……、
「そうですか。では、準備しますね? 『知覚強化』!」
 そんな、俺との会話が全く噛み合っていない様な事を言い出した。

 女神というのは、人の話を聞かないのだろうか。
 俺がそんな事を考えていると――














 聞こえてはいけない声が聞こえてきた。














《カズマさーん! カズマさーん!!》




 ――それは、最後の最後まで人の言う事を聞かないバカの声。
 戦闘をほっぽって、一体何をしてるんだろう。

 アイツが死んだらもう誰も生き返れないのに、そこら辺がちゃんと分かっているのだろうか。

 あれほど前に出るなと言ったのに。
 そして、あれほど魔王を怖がっていたクセに。

《カズマさーん! カズマさーん!! 色んな意味でピンチなんですけど! めぐみんが、爆裂魔法を唱え出したんですけど!》

 聞き捨てならない事を言うアクアの声に、俺は思わず腰を浮かせた。
 そして、未だにこにこしているエリス様の方を見ると。

「……あいつ、どうしてあんなに人の言う事を聞かないんですかね」
「でも先輩は、そんな所が可愛くないですか?」

 ちっとも可愛くないし、帰ったら引っ叩いてやろうと思う。
 エリス様は、そんな俺の顔を見て。

「カズマさん、顔が笑っていますよ?」

 楽しそうに言ってきた。

 ……参ったなあ。
 エリス様には、どうも手球に取られてしまう。

 そして、笑っている事を否定出来ない所がまた悔しい。

 俺はその場に立ち上がると、頬を叩いて顔を引き締める。
「ったくあのバカは。俺を何だと思ってるんでしょうね? 大体よくもまあ、あの激戦の中で蘇生が出来たなと思いますよ」
 言いながら、復活後にいつでも戦闘が出来るように体を伸ばす。

「それは、ダクネスが今、全員を相手どって必死で持ち堪えてくれてますからね。流石の魔王もダクネスのタフさにちょっと引いてますよ? 引きつった魔王の顔を見せてあげたいです」

 エリス様が、そう言いながら可笑しそうに口に手を当てる。


 納得した。
 ウチの自慢のクルセイダーは硬いのだ。
 世界で一番硬いのだ。


 ……と言うか。
「エリス様って、ダクネスだけ呼び捨てにしますよね。やっぱり、自分の信者だからですか?」
「いいえ? 大切な親友だからですよ?」
 俺の言葉に、エリス様はにこにこしながら言ってきた。

 ……?

 俺は首を傾げながらも、白い門の前に歩いて行く。
 そして、今から戦う相手の事を考え、ため息を吐いた。
「…………魔王かあ…………」

 まさかのラスボス。
 魔王の幹部に始まり、どうしてこうも強敵の相手ばかりしなくてはいけないんだろう。

 俺の運が良いとか、絶対嘘だろ。

 不安気にエリス様を振り向くと、何かを期待するかのような表情で、嬉しげに拳を握っている。
「……一応言っときますけれども、何の作戦も無いですからね? 俺が参戦した所で、結果は見えてますよ?」

 その俺の言葉にエリス様は。

「では、一つだけ。カズマさん。あなたはテレポートが使えますよね? そして、向こうには今、先輩がいます。信じられないかもしれませんが、先輩は、それはもう強い力を持った女神なんですよ? それこそ、一時的に魔王の能力を弱体化させる事が出来るぐらいには」
「マジで!? なにそれ、本物の女神みたいだ! ……いやでも、あのバカは一言もそんな事言わなかったんですけど」
「……わ、忘れていたのでしょう」

 …………本当に強い力を持つ女神なんだろうか。

「……あ、でもアレですよ。魔王の一番厄介な力って、その場にいるモンスターの能力を引き上げるって能力らしいんですけど、その力も一時的に弱まるって事ですかね?」
「それは無理です。弱体化させられるのは、身体能力に魔法抵抗力、魔力、その他……と言った所でしょうか。……この、魔法抵抗力を弱体化させるというのにヒントがあります。カズマさんは、テレポートが使えましたよね?」

 ……なるほど!

「魔王に魔法が通じる様になったら、テレポートでアクセルの街へ転送する訳ですね! そして街中の冒険者にシメてもらうと!」
「ち、違います! 違いますよ、現在アクセルの街には魔王軍の部隊が襲撃中です! 今の所は冒険者側が押してますが、そこに魔王が現れたら、強化された魔王軍によって街は全滅ですよ?」

 街への襲撃なんて話があったなあ、そう言えば。
 よりにもよって、なんてタイミングだ。

「じゃあ、どうしろと……?」
 俺の疑問に、エリス様が指を立てて言ってきた。
「あなたは、テレポート先にダンジョンの最深部を登録していたでしょう?」
 ……と。

 なるほど、魔王をダンジョンの深部に置き去りにしてくる訳か。

「ダンジョン深部に放置して、後は野垂れ死にさせる。エリス様、黒いですね。でも良い作戦だと思いますよ」
「違います! 違いますよ! ダンジョンにはモンスターが蔓延っていますから、魔王ならば簡単に従えられますし、楽にダンジョンを出て来てしまいます。……そこで、カズマさんにお願いが……」

 嫌な予感がする。

「……魔王。一対一で、倒してきては貰えませんか?」

 ――この人、アクア以上の無茶を言うなあ。








「いやいやいやいや、それは無茶ってもんでしょう。それなら、ミツルギ、ゆんゆん、アクアを魔王と一緒にダンジョン送りにして、アクアの支援を受けたミツルギとゆんゆんに魔王をシバイてもらうとか……! で、帰りはゆんゆんのテレポートで!」

 俺の作戦に、エリス様がゆっくりと首を振る。

「そもそも、魔王はテレポートが使えるはずです。なので、そんな状況でダンジョンに送られては城に帰ってしまうでしょう」
「いやいや、それなら俺と一緒にテレポートしても、一人で帰ってしまうんじゃあ……」

 俺の疑問に、エリス様は。

「魔王は、勇敢な冒険者と戦って華々しく散るのも大切な仕事の内に入るんですよ? 一対一で勝負を挑んでくる冒険者から逃げ帰って来たなら、もう魔王とは言えません」

 ……なんだろう。
 それ、どっかで聞いた事があるな。
 …………確か、バニルやウィズがそんな事を言っていた様な。
 最後は勇敢な冒険者と派手に戦い、派手に散る。それが魔王と言うものだ。とかなんとか。

「で、でも……。だったら、俺じゃなくてもミツルギと魔王を転送するってのは? あいつ、勇者になりたがってたみたいですし」
 せめてもの抵抗とばかりに言ってみるが。

「……ミツルギさんでは無理でしょうね。剣しか使えないミツルギさんでは、暗いダンジョンの中で魔族の魔王に勝てるとは……。でも、あなたなら。どんな場所でも適応出来て、色んな事が出来るカズマさんなら、まだ望みはあるんじゃないでしょうか?」

 軽く言うなあ……。

「それに……」

 エリス様は、拳を握り。

「一番弱い職業の人が魔王を倒す。そっちの方が、格好良いじゃないですか!」

 そんな、とんでもない事を言ってきた。
 エリス様は、熱い少年漫画とかが好きな人なのかも知れない。

 ――その時。未だ迷う俺の背中を押す様に。

《カズマさーん、カズマさーん!》


 場違いな、アクアの声が響き渡った。

「……まったく。どうしてアイツは、日頃俺をコケにするクセに、肝心な時は俺なんかに頼るんですかね?」
 言いながら、俺は頬を叩いて覚悟を決める。

 そんな俺を見てエリス様が嬉しそうに飛び跳ねた。

「それでこそ、私が見込んだカズマさんです!」

 そんなエリス様の激励を受けながら、俺は門が開けられるのを待つ。

「もし魔王を倒したら……。私から下着を剥ぎとった事も、許してあげます!」

 エリス様は、そんな事を…………………………。




 俺はバッと後ろを振り向いた。

「今なんて言いました?」
 俺の問い掛けに、エリス様は俺をからかうような、イタズラでも仕掛けている様な表情で、右の頬をポリポリ掻いた。

 俺が過去に下着を剥いだ人数なんて限られている。
 ……いやいや、と言うか。
 確かに俺は、エリス様に会った事がある。
 というか、というか……!

 今まで何で気付かなかったのかってレベルで……!

「エリス様ってそう言えば、右の頬を掻く癖がありますよね」
「…………『防御力増加』!」

 エリス様は俺の問い掛けには答えず、支援魔法を掛けてくる。
 そんなエリス様の表情は、既に俺の知る友人がよく浮かべる、バカみたいに明るい表情だ。

「そういえば。ウチの屋敷に友人が泊まりに来た時、その友人を見てアクアが言ってたんですよ。懐かしい様な、とかなんとか。……で、その子は、他の連中は呼び捨てなのに、アクアの事だけさん付けで…………」
「『魔力強化』!」

 やっぱり俺の問いには答えずに、支援魔法を掛けてくるエリス様。
 そんなエリス様に苦笑しながら……。

「俺がサキュバスを逃した時、エリス様は次の日、サキュバスを一人で探しに行きましたよね。アクアが言ってましたよ。エリス様は、悪魔相手だと私以上に容赦が無いとかなんとか……」
「『魔法抵抗力増加!』! 『状態異常耐性増加』!」

 それ以上は何も言わず、俺はただ苦笑した。
 それに対して、エリス様もはにかんでくる。

《カズマさーん、カズマさーん!》


 ……良い空気になると必ず邪魔するアイツは何なのか。
 ちょっと、文句行って来てやる。

 エリス様が指を鳴らすと、白い門がゆっくり開く。

「カズマさん。先輩は水の女神ですが、私は何を司る女神か分かりますか?」

 俺の背中にエリス様が、唐突にそんな事を言ってきた。
 エリス様を振り返り、俺は無言で首を振る。

「幸運です」

 エリス様は、一言呟き。

「私の扱う、一時的に幸運を上昇させる支援魔法は、先輩とは一味違いますよ?」

 言いながら、目の前の女神様は、俺の友人のクリスとそっくりな、屈託のない笑みを浮かべた。
「カズマさんの一番の長所を、一時的に更に強化します。行きますよ! ……『祝福を!』」

 友人からの頼もしいブレッシングの支援魔法を受けながら、俺は苦笑しつつ門に向かって身構える。






 そんな中、本当に空気を読めない奴の、緊迫感のない声が響き渡った。






《はやくきてー、はやくきてー》


 …………。
 俺とエリスは顔を見合わせて笑い合う。
 そして、虚空に向かって大声で。

「しょうがねえなあああああああああああああああ!!」

 そんな俺を見ながら、もう吹っ切れた様にやたらとテンションの高い、エリス、いや、クリスが言った。

「さあ、それでは魔王退治!」

 その、友人の声を背に――

「――いってみよう!」

 友人のその口癖と共に、俺は門へと飛び込んだ――!
次回は長くなるので、来週の日曜日に更新出来ないかもです。
頑張れたら更新します。



次回、最終回。


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