当短編は10月6日の更新までには削除され、今後誰の目にも止まる事なく二度と使われる事もありません。
時系列的には、本編でのその後みたいな、無事に帰って来たIF短編だと思って下さい。
「本気で俺に勝てると思ってるの? 壊滅的に勝ち目が無いことぐらい分からないの? お嬢様で世間知らずなだけかと思ってたんだけど、お前って単純にバカなだけなの?」
「天下に名立たるダスティネス家に、ここまで喧嘩を売った男はお前が初めてだ。家名を出すことはあまり好きではなかったが、ダスティネス家の名にかけて、お前をしばく」
屋敷の庭の芝生の上で裸足になり、動き易いようタイトスカートの端を破り、シャツの袖をまくり上げるという、お嬢様とはとても思えない様な格好で。
一応はこの国でも群を抜く、名家中の名家な大貴族、ダスティネス家のご令嬢、ダクネスが、お嬢様らしからぬ物騒なセリフを吐いた。
同じく芝生の上で裸足になりながら、俺は首をコキコキと鳴らしてダクネスを威嚇する。
「アクアはどちらが勝つと思いますか? 私はカズマだと思います」
「私はダクネス一択ね。貧弱な坊やのカズマさんが、荒ぶるダクネスに勝てるとは思えないわ。何なら、晩のおかずを賭けてもいいわよ」
対峙する俺とダクネスから離れた場所で、芝生の上に座り好きな事を言っている二人。
俺とダクネスの勝負を、二人は何か格闘技の試合でも見るかのように、ポリポリとお菓子をかじりながら見物していた。
「今思えばお前とは。私の実家の修練場で、一度試合をしたきりだったな……。あの時は為す術もなくあっさり負けたが、今日はそうはいかない……!」
「お前には学習能力ってもんが無いの? 一度負けたら、敗因を理解して対策を練ってから再戦を挑むもんだぞ」
俺とダクネスはお互いに素手。
俺は、剣はおろか、バインド用のワイヤーも手にしていないが、それでも負ける要素など一切ない。
なんせ俺には、対人戦においては致命的な威力を発揮するあのスキルがある。
「それではアクア、今日の晩ごはんの献立を賭けますか? 今日の晩ごはん係は私です。カズマから結構な食費は貰っていますが、これは節約したいのです。ダクネスが負けたら、今日のアクアの晩ごはんは塩かけご飯で」
「ほーん? いいわよそれで。その代わりカズマが負けたら、夜はとびきり上等なお酒を用意してもらうからね? それに、特上の霜降り赤ガニね」
他所ではアクアとめぐみんが、俺達を勝手に賭けの対象にし始めている。
ダクネスが、腰を落として身構えた。
「行くぞ…………っ!」
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「ダクネスって、言うほどお嬢様ってわけじゃないわよね」
めぐみんと一緒に、爆裂散歩から帰って来たアクアが唐突に。
もう、何言い出すんだとばかりに唐突にそんな事を言ってくれた。
その言葉に、テーブルを挟んで俺の向かいのソファーに腰掛け、ゆったりとくつろいでいたダクネスが……。
「……どうしたアクア、藪から棒に。まあ、我がダスティネス家は庶民に親しまれる貴族である事を旨としているので、そう言った意味ではお嬢様らしくはないかもしれないな」
言いながら、優雅な仕草でテーブルの上から紅茶の入ったカップを手に取り、それに口を付けて傾け…………、
「さっき、めぐみんとの散歩の帰り道に言われたの。お前ん所のお嬢って、世間知らずなだけで結構短気でガサツだし、貴族の令嬢って感じじゃないよなって。なんちゃってお嬢様にもほどがあるだろって」
「ぶっ!」
「おわーっ! 何しやがんだこのバカ、紅茶が目にっ! ……ああっ、ちまちま作ってた、千分の一スケールの機動要塞デストロイヤー改が……っ!」
アクアの言葉に紅茶を吹き出し咳き込むダクネスに、俺は顔面に紅茶を吹かれ、なおかつ朝から鍛冶スキルでコツコツ組み立てていた新商品を紅茶まみれにされていた。
俺は顔を拭いながら、紅茶まみれになったデストロイヤー改をせっせと拭いていると。
「……ッ、はあ……はあ……っ! だ、誰だそんなバカな事を言ってくれた奴は! 私は別に世間知らずでは無いし、短気でもなければガサツでもない! 誰だ! どこの誰だ、ぶっ殺してやるっ!」
十分ガサツだし短気じゃないか。
「カズマさんの友達の、大体ギルドで飲んだくれてる、ダストとか言うチンピラの人」
「アイツか! 見つけ出してボコボコにしてやるっ!」
気の短いお嬢様は、叫ぶと同時、いつもの私服のままで屋敷を飛び出していった。
「あいつ大丈夫か? あのチンピラは、あれで意外と腕も立つぞ。返り討ちにあうんじゃないか?」
俺の心配を他所にめぐみんが隣に座り、空のティーカップを手に取り紅茶を注ぐ。
「大丈夫ですよ。あれでダクネスは、もうここらの冒険者にはどうにも出来ない様なレベルですよ? 鎧も付けてませんが、あれだけレベルが上がって各種防御特化スキルを覚えまくったクルセイダーに、傷を付けられる人なんて、まあ居ませんから」
言いながら、めぐみんは目を細めて美味そうに紅茶をすすった。
「……はあ……はあ……。ふふふ、手こずらせおって。当家に一度、剣を教えに来たぐらいな男だけあって、流石に良い腕をしていたが。最後には捕まえ、地面に引き倒して公衆の面前でズボンを剥いて泣かせてやった! ……はあ……はあ……」
汗まみれのダクネスが、とんでもない事を言いながら良い笑顔で帰って来た。
ダストの奴も気の毒に。……いらん事言うからだ……。
「あのチンピラの人は地味に強いのに、ダクネスったら怪我もしてないのね」
回復魔法でも掛けてやろうとしたのか、ダクネスの体をあちこち触ったアクアが言う。
「当然だ。魔王城帰りの私が今更あんなチンピラに遅れは取らない。ダメージを受けないなら、じっくり追い詰め、私の腕力でねじ伏せてやればいい。ふふ、今ならカズマにだって負けはしないぞ」
ダストに勝った事で上機嫌なのか、荒い息を吐きながら、ダクネスが嬉しそうに笑顔で言った。
その言葉に、俺は作りかけの部品をテーブルに置く。
……まったく。この世間知らずのお嬢様は、珍しく誰かに勝てた事で、相当浮かれてしまっているらしい。
「まったく。これだから世間知らずのお嬢はまったく。俺をダストみたいな三下のチンピラと一緒にするなよ? 俺は対人戦のエキスパートだよ? お前、俺と戦ったら一分持つと思ってるの? そんなんだから、夕飯のお使いにも出せないんだよ」
「ふ、ふざけるな! 最近はちゃんと日用品の一般的な値段もそこそこ覚えたし、魚も切り身の状態で泳いでいる訳ではない事も知った! こないだだって、ちゃんと頼まれていた塩と胡椒も買ってきただろう!」
「普通は塩と胡椒買ってきてって言ったら、塩袋一キロとか、胡椒一瓶とかを買ってくるんだよ! 誰が業者呼んで荷車一台分取り寄せて来いっつった!」
世間知らずのお嬢様に食って掛かると、お嬢はちょっと気まずそうに目を逸らした。
「……あ、あれは結局、父が屋敷で使うからと引き取ってくれたし良いじゃないか……」
「良くねーよ! 親馬鹿なあの親父さんを何とかしろよ! 何が、娘が仕入れてきた塩で作った料理は一味違うだ! 違わねーよ、唯の塩だろ! バカ娘を甘やかすな!」
「バ、バカ娘と呼ぶな、色々と常識を知らなかっただけだ! 父は、私の買ってきた塩で作った私の手料理を喜んでくれただけだ! 別に、親馬鹿と言うわけでは……! わけでは……。うう…………」
ダクネスが、恥ずかしそうに顔を覆ってしゃがみ込む。
ダクネスとの言葉勝負に勝った俺は、それに満足しながら再びデストロイヤー改の制作に戻ろうと……。
「……で、ダクネスとカズマはどっちが強いの?」
……いつの間にかソファーに座ってお茶菓子をポリポリかじっていたアクアが、そんな余計な事を言った。
「あのバカは相変わらず余計な事ばかり……!」
屋敷の庭に出た俺は、ダクネスと対峙しながら呟いた。
現在俺もダクネスも、武器も鎧も持っていない。
庭の芝生が気持ち良いので靴を脱ぎ、俺は身軽な裸足になって芝生の上に。
同じくダクネスもブーツを脱いで裸足になると、木剣を俺に放ってきた。
そして、なぜか嬉しそうな様子で、少しだけ優しげな表情で……。
「思えば、こうしてお前と真面目に戦うのは初めてなのかも知れないな。お互い剣を扱う身ながら、剣の打ち合いをする事もなく。これからは、たまにはこうして修練を……」
「嫌だよ面倒臭い。俺は真面目に頑張ってスキルレベル上げなくても、ウィズとバニル辺りに金払ってお願いして、お手軽にレベルを下げて、またスキルポイント割り振って。片手剣修練を上げればそれで済むしなー。大体お前、大剣修練スキルとか取ってから言えよ。俺はともかくお前は成長しないだろ?」
「「……………………」」
俺がキッパリと告げた言葉に、お互いしばらく無言で見つめ。
やがてダクネスが顔を赤くし、ちょっとだけ目に涙を溜めて肩を震わせ。
「……ぶっ殺してやるっっっっ!」
叫ぶと同時、木剣で斬りかかってきた。
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おかしい。
凄くおかしい。
焦りの表情を見せる俺に、あざ笑うかの様にダクネスが木剣を振り上げ斬りかかる。
勢いはあるものの、見当違いの方向を狙ったり、距離感を見誤っていたり、真っ直ぐ一直線にしか攻撃がこなかったりと、攻撃自体は問題なく避けれるのだが。
「どうしたカズマ。息が上がってきているぞ!」
言いながら、ダクネスが汗をこぼして楽しそうに笑った。
先ほどからダクネスに何度も剣を当てているのに、スキルの効果が発動しない。
開始と同時の不死王の手で、試合終了だと思っていたのに!
「くそ、どうなってんだ! 俺の運の良さが落ちてんのか?」
そのダクネスの意外な健闘に、焦りを見せたのは俺だけではなかった様だ。
「カズマ、どうしたのですか!? しっかりしてください、このままでは私のお小遣いがアクアの飲み代に!」
アクアと賭けをしているらしいめぐみんが、悲痛な声を上げてきた。
そ、そんな事を言われても!
「ダクネス頑張って! 私達の力で、今日こそその男に痛い目を見せてあげるのよ! 泣いて謝るカズマの姿を見せてくれたら、カニ足一本分けてあげるわ!」
ちくしょう、うるせーぞ外野!
気が散るからちょっと黙って…………。
「おい、今アクアが、私達の力って叫んでたぞ。お前、なにか支援魔法を貰ってるだろ!」
「ふふ、今頃気付いたのか! アクアに、状態異常攻撃無効の支援魔法を掛けて貰った! これで、お前の切り札は使えまい!」
ダクネスが不敵に笑い、当たらない木剣を投げ捨て飛び掛かってくる。
これはヤバイ、単純な腕力勝負だと勝ち目が無い!
「その調子よダクネス! 捕まえて絞め上げるの! 組み合えば、貧弱なカズマとダクネスじゃあ勝負にならないわ!」
ちくしょう、何が締め上げるだ! あいつこそ後で締め上げてやる!
アクアを忌々しく思っていると、ダクネスが両手を大きく広げ、抱きしめる様な体勢で突っ込んでくる。
俺も木剣は投げ捨てて、ダクネスと力勝負をする様に、両手を広げて手4つの構えを見せた。
「私に力で勝つつもりか? 随分と舐められたものだ!」
ダクネスが叫び、嬉々として手を合わせてくる。
俺は、それに合わせて叫んでいた。
「『パワード』!」
それは一時的に筋力を強化する支援魔法。
だがそれを聞いても、ダクネスは余裕の笑みを崩さない。
「カズマの支援魔法程度で、私との差はああああああああああああ!?」
余裕を見せて組み合ったダクネスが、甲高い悲鳴を上げた。
俺は、慌てて手の平から逃れようとするダクネスの手をしっかり捕まえ。
「自信満々だったのにどうしたの? どうしたのっ? おいダクネス、何とか言えよ! わははは、筋力強化魔法を唱えたから、堂々と力勝負をすると油断したな!? 俺が真正面からやり合うわけがねーだろ、長い付き合いなんだから理解しろよいだあああああああああああ-ああああ!?」
勝ち誇っていた俺は、凄まじい力で手を握られて悲鳴を上げた。
俺の手を握りしめたダクネスが、壮絶な目で不敵に笑う。
「ふ、ふふふふ……。ド、ドレインタッチか……! 普段あまり使わないから忘れていたが、そのスキルで私の体力を吸い尽くす前に、お前の腕をへし折ってやる!」
「ふぐぐぐぐ、や、やれるもんならやってみれえええええ! いだだだだだだだっ! 折れる、折れちゃう!」
ドレインで体力を吸う俺と、俺を力でねじ伏せようとするダクネス。
お互いに譲らないし譲れない。
ダクネスの力にジリジリと押されていくが、押しているダクネスもその表情を歪めていた。
ヤバイ、ドレインで体力を吸っているが、この体力バカの底が見えない……!
このままではジリ貧だというのを見て取ったのだろう。
「ああああカズマあああ! なんとか一端距離を置くのです! そして、離れたところから魔法攻撃を!」
「外野がアドバイスするのはずるいわよめぐみん! あはははははは、これで今日はカニ鍋ね! めぐみんの小さな財布の中身を全部飲み尽くして上げるわ!」
「ア、アクアの支援魔法の方がずるいです! 賭けの神様のバチが当たりますよ!」
そんな、どうしようもない外野の声が聞こえてきた。
…………。
賭け…………。
「お、おいダクネス! 俺達も、か、賭けをしないか! 勝ったほうが、相手に何でも一つ、言う事を聞かせられるって条件で……っ!」
歯を食い縛りながら耐える俺に、ダクネスが伸し掛かる様にギリギリと力を込め。
「か、賭けだと……っ!? ふ、ふふっ、会話で時間稼ぎでもする気か……っ!? 賭けでも何でも好きにしろ、私が勝ったら、貴様に土下座させてやる……っ!」
――勝機!
「約束したな……!? ぜ、絶対だな……!?」
「ああ、二言は無いっ……! というかもう後が無いぞ! さあ、降参しろ! でなければ、本当に折れてしまうぞ……!」
ジリジリとダクネスに押されていた俺の背中が、庭の岩に押し付けられた。
「本当だな? 絶対だな! 約束したぞ! 俺が勝った後、泣いて謝っても止めないからな!」
不利な状況下にも関わらず、俺はダクネスに向けて不敵に笑う。
それを怪訝に思ったのか、ダクネスの力が少し緩んだ。
「……? なんだ、私が負けたら何を望む気だ」
「とても口では言えない事だよ……! ふへへへ、約束したぞ! さあ、勝負だ! 俺が勝った後、お前が必死に許しを乞う姿が目に浮かぶぜ……! 勘弁して下さい、許して下さいって謝らせてやる!」
俺の言葉を聞き、ダクネスはビクリと震えた。
そして俺を捻じ伏せようとする力が弱まる。
「く……っ! な、何だ、私に一体何をさせる気だ……っ? 言え! 言ってみろ!」
「ふへへへへへへ、お前が今想像している事よりも、遥かに凄い事さあ……っ!」
「なっ……! や、止めろお……っ! くっ……! て、抵抗しようにも、ドレインで力を吸われて……! な、なんて事だ、このままでは……!」
本来ドレインタッチで吸えるのは、体力だけのはずなのだが。
どんどん力を緩めていくダクネスが、その場にガクリと片膝を付いた。
「はあ……はあ……! な、何をさせる気だ……! はあはあ……! ああ……、このままでは負けてしまう……! せ、せめてこの後、汗を流す時間くらいは……!」
頬を赤らめて荒い息をしだしたダクネスが、うなじから鎖骨にかけて一筋の汗を垂らす。
「そんな時間をやる訳がないだろう……! 俺が勝ったなら、明日の朝までタップリと使ってやるぜ!」
「ああっ! そ、そんな……っ! 勝負には負けたが、例えどんな辱めを受けても私の心までは屈しはしない! さあ、私の負けだ! どんと来い! 早くっ! ほら、早く!」
俺に両手を掴まれたまま、芝生の上にペタンと正座し、ダクネスが期待に満ちた赤い顔でこちらを見上げた。
「よっし! おかげで食費が浮きました! アクア、情けです。サービスでたくあんも付けてあげます」
「わああああああ、なんでよー! 絶対ダクネスが勝つと思ったのに! 思ったのにー!」
外野が何やら騒ぐ中。
俺は期待に満ちた表情のダクネスを見下ろし、命令した。
「これから実家に帰って父ちゃんに、朝まで、お父様だーい好き! って言い続けて来い」
「かっ……、勘弁して下さい! 許してくださいっ! そそ、それだけはどうか許してくださいっっ!」
明日はめぐみん短編。
こんなん書いてる間があれば本編書けとのご意見、あんまし聞きたくないですが承ります。
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