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五部
30話
「ああ……ああああ……。このマナタイト一つで、一体どれほどの価値が……」
「うるせーぞ貧乏貴族! お前は、城から飛び出してきた敵に鎧の呪いで突っ込んで行かない様に、後ろの方で大人しく見てろ!」
「貧乏貴族!! だ、誰が貧乏貴族だ! 当家は不当な搾取をせず、節制を心がけているだけであって、貧乏な訳ではない! と言うか、お前は私を買った時といい今回といい、たまに金の使い方がバカになる! これほどの量の高品質なマナタイトは、国家間の戦争ですら使われないぞ!」
「うっせー、金の使い方がおかしいのは俺だって良く分かってるよ! でも、借金返してお前を取り戻した時も、今回も! 大金はたいて後悔した事なんてないからな!」
「……。そ、そうか……。う、うん。分かった……」
 俺の言葉に照れた様に下を向き、急に大人しくなるダクネス。
 ……あれっ。こんな空気にするつもりじゃなかったんだが。

「……私の、せっかくの一世一代の見せ場なのに、何をイチャついているのですか」

 俯いたまま、照れながらチラチラとこちらをうかがうダクネスと妙な空気を醸し出していると、マナタイトの山の真ん中に腰まで埋もれ、幸せそうな顔をしていためぐみんが、少しだけスネた様な声で言ってきた。



 ――ネタ魔法と呼ばれ、バカにされている魔法がある。

 習得の難しさの割に魔法を使う際の魔力消費が激しく、なおかつ、その威力はオーバーキル過ぎて使う場所を選び、コストパフォーマンスが悪すぎる魔法。

 個人が行使できる最強の攻撃方法にして、破壊の象徴の様な魔法。

 ――爆裂魔法。

 まともに喰らえば、神や悪魔や魔王ですらも、あらゆる存在に必ずダメージを与えられる最終手段。

 そんな、広範囲型大規模破壊魔法が。
「見ていてくださいね。あなたから貰ったマナタイト。これで、どんな大魔法使いにも出来ない物をお見せします。今から咲かせる爆裂の華。……今日のこの光景を、ずっと忘れないでくださいね」
 静かに微笑む紅目の少女の手により、放たれようとする寸前。

「『マジック・ゲイン』!」

 俺は、それに返事をする代わりに魔法威力強化の支援魔法を唱えてやった。
 拙い支援魔法とはいえ、それでも一時的に魔法攻撃力が上乗せされためぐみんは――


 屈託のない、とびきりの笑顔を見せてくれた。








「『エクスプロージョン』――ッッ! 『エクスプロージョン』――ッッッッ!」
「わはははははは! わははははははは! 見ろ! 見ろダクネス、この爽快な絶景を! 思い起こせば、俺は魔王軍の幹部連中に散々迷惑を掛けられてきた訳だが! とうとう、連中に一矢報いる事が出来たぞ! わはははははは、ざまあ見さらせ! 何が魔王だ舐めやがって! 見ろ、慌てふためいて飛び出してくるあの連中を! あいつら、あれでも一応、魔王軍の中で強敵の部類に入るモンスターなんだろうぜ!」
「あわわわわ、あわわわわわわわ……!」

 幸福の絶頂に達したみたいな表情で、目に涙を浮かべためぐみんが爆裂魔法の乱打を開始。
 そして、三発目の爆裂魔法が城の結界に炸裂した時点で、泡を食った魔王軍の連中が、次々と城から飛び出してきた。
 ワラワラと出て来たのは、漆黒の鎧に身を固めた暗黒騎士。
 その他、闇色のローブをまとった魔導師風の者、翼の生えた、ガーゴイルじみた姿の者。
 それらが皆、城の結界を通り抜けてこちらへと向かって来るが、高台にいる俺達の元へ辿り着けるはずもなく、爆裂魔法による一方的な大破壊の前に、為す術もなく消し飛ばされる。
 翼の生えたモンスターが空から強襲をかけようとも試みるが、めぐみんが空に向けて一つ魔法を放つだけで、その衝撃波により面白いようにポロポロ墜ちた。

「『エクスプロージョン』――! 『エクスプロージョン』――ッッ!」

 今日のめぐみんは、長ったらしい詠唱は行ってはいない。
 詠唱は、魔法の威力を安定させ、制御しやすくする為のもの。
 定められた詠唱を唱えれば、魔法の暴発を防ぎ威力も増す。
 だが、爆裂魔法を極めためぐみんにとって、詠唱抜きでも制御に不安は無いらしい。

 それもそうだ。
 この、世界最強のアークウィザードは。
「『エクスプロージョン』――! 『エクスプロージョン』――! 『エクスプロージョン』――――ッッッッ!」
 その人生において、この魔法しか使って来なかったのだから。

 次々と叩き込まれる必殺魔法の前に、魔王城の精鋭達が死体も残さず消し飛ばされていく。
 そんな光景をダクネスが俺の背後から、怯える様に眺めていた。

「じ、地獄だ……! こ、この世の地獄だ……! あわわわ……。幾ら大量のマナタイトのお陰とは言え、この光景を国のお偉いさんが見たら、めぐみんは間違いなく最重要危険人物に認定されるぞ……! 国が放って置かなくなる……!」
「わはははははは、何これ気持ち良い! 今までの鬱屈した気分が全て吹っ飛ぶ! めぐみん、やれやれ! もういっそ結界を破壊しても、魔法の連打は止めずに続けろ! なに、アクア達はまだ城に入ったばかりだろ、魔王の部屋なんざ、最上階か最下層と相場は決まってる! 結界が消えたら射線を上げて、城の上部を消し飛ばしてやれ!」
「や、止めろおー! アクアの間の悪さを考えれば、巻き添えを喰らう可能性の方が高い! それよりめぐみんが、めぐみんの目の色がヤバイのだが……!」

 城の周囲を覆う結界が、素人目に見てもそろそろ崩壊しそうだと言うのが見て取れる。
 半透明なバリアみたいな結界のあちこちにヒビが入り、それが今にも砕け散りそうだ。
 ガシャポン機から吐き出される玉みたいに、次々と城から出て来るモンスター。

 彼らもむざむざと殺されたい訳では無いのだろうが、放っておけば城の結界が破られる事は理解しているのだろう。
 魔王軍の魔法使いらしき連中が、結界の中から手をかざし、何やら魔法をかけている。
 きっと結界の修復でも行っているのだろうが、千里眼スキルで遠目から見る彼らは、今にも泣き出しそうな絶望の表情を浮かべていた。
 そんな中、悲壮感を漂わせた鬼みたいな姿の兵士達が結界から飛び出し、即座に爆裂魔法によって吹き飛ばされる。

 やがて、城の周囲に大量のクレーターが出来る頃――

 敵兵は打ち止めになったのか、城からは兵士風のモンスターや騎士風の奴なんかが出て来なくなり。
 代わりに、白い仮面を身に付けた、白マントで体全体を覆い隠した魔法使いが現れた。

 そいつは、明らかに今までの連中とは纏っている空気が違う。
 魔王軍の癖に、何と言うか不思議な清涼感の様な、神聖な気配が感じられるというか――
「……何か出て来ましたね。あいつが噂の、最強の魔法使いとやらでしょうか」
 頬を紅潮させ、かつて無いほどに紅い瞳を輝かせていためぐみんが、城から出て来たそいつを見て動きを止めた。
 めぐみんはマナタイトの山に腰下を埋めたまま、幸せそうにマナタイトの手触りを確かめている。
 爆裂魔法の乱打が止んだ事で、白ローブの魔法使いは、結界を越え、こちらへ向けて悠然と歩いて来た。
 まだまだ距離は遠く離れ、会話が出来る距離ではない。
 俺達が何者なのか。
 なんの目的で城に攻撃を仕掛けているのかの真意を問いに来たのだろうか。

 それとも――




 ――と、めぐみんが、脈絡もなく魔法を放った。

「『エクスプロージョン』――!」
「「ちょっ!」」
 俺とダクネスが声を上げる中、めぐみんの杖先から放たれた閃光が白ローブにつき刺さる。
 一拍遅れ、凄まじい轟音と共に辺りに粉塵が舞い散る中。
 爆煙が晴れたそこには、クレーターの中心で仮面とマントを消し飛ばされ、上半身を裸にされた男がうつ伏せになって倒れていた。
 マントを剥がれたそいつは、背中に白い翼を生やしている。
 ……天使系?
 堕天使とか、そんな奴だろうか?

 そいつを遠目に見守っていると、身を震わせながらヨロヨロと起き上がる。
「「おおっ!」」
 めぐみんの魔法に耐え切った所を見ると、やはりあいつが最強の魔法使いとか呼ばれている魔王の幹部か。
 俺とダクネスが驚きと称賛の声を上げ見守る中、そいつはフラフラしながら、高台に陣取るこちらを見上げ。

「……我が……は…………ッ! 魔王軍……一人……ッ! いきなり……!」

 何かを叫び出したのだが、距離が遠すぎて所々が聞き取れない。
 多分、名乗りか何かを上げ、いきなり何するんだとかそんな事を言っているのだろうか。
 めぐみんやダクネスも遠くて聞き取れないらしく、二人は顔を見合わせて首を傾げた。

 ……おお、そうだ。
 アクセルの街で教えてもらったスキルに、盗聴なんて物があった。

『……聞こえているのならば何か反応を見せよ! 汝らは何者か! 冒険者か!? 遠距離から城を直接攻撃するなど、汝らは魔王退治の王道と言うものを知らぬのか! この様な邪道な行い、我が身に流れる神族の血が……』

 スキルを使い、突然クリアに聞こえてきたそいつの声に顔をしかめる。
 スキルに慣れていないせいか、声が大きい。
「どうしました? あいつが何を喚いているのか分かったのですか?」

 そんな俺の反応を見て、めぐみんが尋ねてきた。

「耳が良くなるスキルを使ったんだけどな。なんか、遠くから城を攻撃するのはズルい、超ズルいみたいな事を言ってる」
「子供みたいな魔王の幹部だな。まあ確かに、こんな魔王退治は聞いた事も無いのだが……」
 ダクネスが腕を組み、複雑そうな顔を見せる中、めぐみんが杖を振りかざした。
「取り敢えず、撃ってもいいですか?」
「撃っとけ撃っとけ。射程はこっちの方が上なんだ、向こうに付き合う必要なんて無いさ」
「き、気の毒に……」

 めぐみんが、今度は短縮するのではなく、きちんと手順を踏んで詠唱を開始する。
 連発するのではなく、一撃の威力を高める気だ。

『警告はなされたぞ! 我が力、見るが良い! 魔王軍一の魔力を誇るこの我の、必殺の奥義! しかとその目に焼き付けて……』
 聴覚を上昇させている今、爆裂魔法の轟音を聞いてしまうと危なそうなので、何か言いかけていた幹部の言葉を最後まで聞かず、スキルを解く。
「『エクスプロージョン』ッッ!」

 魔王の幹部が何かを言い終わる前に、めぐみんが魔法を唱えた。
 口上の途中で吹き飛ばされ、魔王の幹部は空高く舞った後、やがて激しく地面に墜落した。
 今の爆裂魔法はよほど効いたのか、魔王の幹部は白目を剥き、ビクンビクンと痙攣して動かない。
 よくよく見れば、腕が片方吹き飛ばされていた。
 だが、その傷が徐々に再生されていくのが見える。

 そう言えば、再生能力を持つとか言っていたな。

 墜落してきた魔王の幹部を、結界の修復を行っていた魔法使い達が慌てて駆け寄り、結界内に引きずり込む。
 そんな姿を眺めながら、めぐみんが杖を正面に構え直し。
「結界の内部に篭もられてしまいましたね。まあ、どうせ結界を破壊するのです。その後で、どちらが最強の魔法使いかの決着を付けてやります!」




「『エクスプロージョン』――! 『エクスプロージョン』――ッ!」

 めぐみんが遠慮無く魔法を乱発する中、合間を縫って、結界内部の会話を盗聴する。

『ああああ、どうしたら! どうすれば!』
『もうダメだあ、オシマイだあ……!』
『何なんだ! 何なんだアイツは、気が狂っているのか!』
『結界がもう保たない! 早く逃げないと、結界の崩壊と同時にあの凶悪な紅魔族に消し飛ばされるぞ!』
『なぜ突然、あんなラスボスみたいなのが攻めて来たんだ! どうしてあんなにポンポン爆裂魔法を撃てるんだ! アイツこそが魔王様みたいだぞ!』
『お、お母さーん!』

 魔王軍の魔法使い達が思い思いに悲鳴を上げる中、グッタリしていた魔王の幹部が目を開けた。
 それを確認し、俺は片手を上げてめぐみんに合図を出し、魔法を一旦止めさせる。
 身を震わせながらなんとか上体を起こす魔王の幹部。
 それを遠巻きに監視しながら、盗聴スキルを発動させた。

『……わ……わが……力を持ってすれ……ば……、あ、あんな、あんな……ちっぽけな……紅魔族……など…………』
「俺が本気になれば、あんな貧乳紅魔族なんてイチコロだぜ、だってよ」
「『エクスプロージョン』――! 『エクスプロージョン』――ッ!」
 俺の通訳にめぐみんが再び攻撃を再開し、いよいよ結界の崩壊が目に見えてくる。
「カ、カズマ、本当か? 本当に、あいつはそんな事を言っているのか!?」
「大体合ってる」

 ダクネスに適当な返事を返していると、フラフラと魔王の幹部が立ち上がった。
 いつの間にか、先ほど吹き飛ばされた片腕も再生している。
『あ、あの、頭がおかしい紅魔族の魔力切れを狙うぞ! 敵の方が射程が長いなら、このまま結界の修復に力を注ぐまでだ! 我が魔力は、地獄から無限に供給される! 長期戦に持ち込めれば、あんないかれた魔法使いの相手をしなくて済む!』
『『『おおっ!』』』

 こちらに作戦を盗聴されているとも知らない魔王の幹部が、結界の中から手をかざし、修復作業にかかりだした。

「頭がおかしい紅魔族の魔力切れを狙うってさ。いかれ魔法使いの相手なんかしてらんねーから、結界直しながら長期戦に持ち込もうぜってよ」
「ブッコロ」
「待てカズマ! 本当か!? 本当に、そんな言い方をしているのか!?」
「大体合ってる」

 魔王の幹部や魔法使い達が、結界の修復に当たる中。
 めぐみんが瞳を爛々と輝かせ、息を深く吸い込んだ――!

「『エクスプロージョン』『エクスプロージョン』『エクスプロージョン』『エクスプロージョン』『エクスプロージョン』『エクスプロージョン』『エクスプロージョン』『エクスプロージョン』……!」
『ちょっ……、待っ……!』
 早口でエクスプロージョンの連打を開始しためぐみんの手により、魔王城を覆っていた結界はあっさりと崩壊した。
 盗聴スキルを切る瞬間、魔王の幹部の慌て声みたいなのが聞こえた気がしたが……。

「『エクスプロージョン』『エクスプロージョン』『エクスプロージョン』『エクスプロージョン』『エクスプロージョン』『エクスプロージョン』『エクスプロージョン』『エクスプロージョン』『エクスプロージョン』『エクスプロージョン』……ッ!」

 なおも続く爆裂魔法に、魔王の幹部の周りにいた魔法使い連中は軒並み吹き飛び、大量のクレーター痕の中心に、ボロボロになった魔王の幹部だけが残されていた。

 流石は最強の幹部。
 そのしぶとさに半ば感心していると、めぐみんが長々と詠唱を開始する。
 今までとは違う魔力のうねり。
 マナタイトから引き出す魔力ではなく、ここ一番のために残しておいた、めぐみん自身の魔力を全て振り絞って撃つ気だろう。
 今のめぐみんの最大魔力は、最高品質のマナタイトに封じられている魔力総量をも上回る。
 瀕死の魔王の幹部も、めぐみんの只ならぬ気配に気付いたのか、小さく喘いだ。

『我……こそ……は……魔王軍……最強の……幹部にして…………その名を…………』

 ぼそぼそと、名を名乗ろうとした最強の幹部は。

「『エクスプロージョン』ッッッッッッッッ!」

 めぐみんの放った、恐らくは過去最大級の爆裂魔法をまともに喰らい、その名を知られる事もなく消え去った――








「お疲れさん! いやあ、しかし凄え惨状だな。機動要塞デストロイヤーが襲撃してきても、ここまでにはならなかったんじゃないか? まあ、これで名実共に、お前が最強の…………。お、おいめぐみん、お前、鼻血出てるぞ」
「えっ? あっ……」
 めぐみんが、言われて気付いた様にローブの袖で鼻下をゴシゴシと拭い、その血を広げる。

「あーあー……」
 クリエイトウォーターでハンカチを濡らし、それでめぐみんの顔を拭いてやると、冷たい濡れハンカチが心地良いのか、めぐみんは気持ち良さそうになすがままに拭かれていた。
 と言うか、鼻血が出るほど興奮していたのか。

 …………いや、と言うか。
「おいめぐみん、お前、なんかほっぺたとかが異常に熱いぞ。なんだこれ、興奮してるだけじゃないだろ!」
「だ、大丈夫です、大丈夫です。まあ見ていて下さい、今から魔王城の天辺を……」
 言って、熱に浮かされたようなめぐみんが、杖を抱きしめフラフラと城へ近付こうとする。

 そのめぐみんを、ダクネスが捕まえた。

「爆裂魔法なんて大魔術をこれほどまでに連発したのだ。体に異常をきたさない方がおかしい。マナタイトから魔力を引き出し、それを体内に循環させて魔法を撃ち出す。そんな作業も、体の頑丈な魔法使いが普通の魔法を使う分には、大した負担にはならないのだろうが……」
「めぐみんの体には、負荷が大き過ぎたのか……」
「そんな、私の体が小さいから問題が起きたみたいに言わないで下さい。大丈夫です、まだまだいけます。と言うか、いかせて下さい!」

 駄々をこねるめぐみんを押しとどめ、めぐみんの周りに散乱しているマナタイトを拾い集める。
 それを、旅の間に俺が背負ってきたリュックに詰めると、めぐみんがすかさずリュックの持ち手に手を通した。

「おい、今日はもう爆裂魔法は撃たせないぞ。後、荷物は俺が持ってやるから無理すんな」
「……そう言われても、危なくなったら遠慮なく爆裂魔法を撃ちますよ? そして、これはカズマから貰った物なんですから、断固として私が背負って持っていきます」

 ワガママだなあ……。

 結局、頑固なめぐみんに折れた形で、爆裂魔法はピンチの時以外、使用を控えるという条件で、めぐみんにリュックを背負わせた。
 先ほどの連続使用で数は結構減った事だし、今のリュックの重さはそれほどの重量では無いだろうが……。


 ともあれ、これで魔王の城へ乗り込む為の最大の障害は除かれた訳だ。
 俺達は、敵感知スキルで警戒しながら城へと近付く。
 俺達の姿は城から丸見えなのだが、城から攻撃される様な事は無かった。

 それだけ、城の兵士が魔王の娘と共に出払っているのか、先ほどの戦闘でほぼ全滅してしまったのか。
 それとも、よほど先ほどの幹部と結界に自信があり、油断していたのか。

 何にせよ、俺達は特に妨害も受ける事なく城の前に。

「……さて。じゃあ、いよいよここからが本番だ。覚悟はいいな?」
「ああ、ここから先は私に任せて貰おう。ドラゴンが出ても一歩も引かん。めぐみんばかり活躍して、なんだか少し悔しいのだ」
「ふふふ、デストロイヤー戦といいシルビア戦といい、肝心な時にはあまり活躍出来ないダクネスに、今日の私以上の活躍が出来ますか?」
「な、なにおう!」
 緊張感の無い二人の前を、俺は敵感知を使いながら進んで行く。

 敵の気配も感じないため、無造作に城の門をくぐり抜けたその時だった。

「あーっ!!」
「うおっ!」

 突如何も無い空間から驚いた様な叫びが聞こえ、俺は思わず声を上げた。
 すると、何も無い空間から突然見慣れた連中の姿が現れる。

 それは……。

「めぐみん! うわーん、めぐみん! めぐみん!! こここ、怖かった! 怖かったあああああああ!」
「ど、どうしたんですかゆんゆん、普段から涙目が多いゆんゆんですが、今日は特に酷いですよ!?」

 そこに居たのは、ミツルギ率いる一行だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「佐藤和真、追いついて来れたのか! ……と言うか、よく無事だったな、外には魔王が居たんじゃ無かったのか!?」
 ミツルギが、腰に二人の女の子にしがみつかれながら、突然そんな事を言ってきた。
 取り巻きの女の子二人は、よほど怖い目にでもあったのか、ミツルギにしがみつきながら涙を浮かべて震えている。

 ……というか、魔王?

「いや、なぜ魔王が城の外に?」

 俺の疑問にゆんゆんが。
「わ、私達、アクアさんのお陰でこの城に侵入する事には成功したんですけど……。その後、突然の爆発が城を襲いまして……。きっと私達の侵入に気付いた魔王が外に出て、城ごと私達を生き埋めにしようと暴れているのに違いないって思い、こうして慌てて入り口に……」

 俺とダクネスは、なんとなく魔王の方を見る。
 マナタイトを背負った紅目の魔王は、視線を受けてそっぽを向いた。

 と、そう言えば!

「おい、アクアのおかげでって、その肝心のアクアはどこだ?」
「そ、それが……!」
 肝心のアクアだけが見当たらない。
 ゆんゆんが、申し訳なさそうな表情を浮かべながら説明をしようとするが、それを悔しげな顔のミツルギが引き継いだ。

「アクア様は、その……。……はぐれてしまった。突然の爆発騒ぎで城内が慌ただしくなってね。混乱しながらも、ゆんゆんの姿隠しや、僕の仲間の潜伏を使ってここまで来たんだけども……。多分、この近くにいるのは間違いないんだ。はぐれてから数分も経ってはいない」

 ……あいつは、こんな僅かな時間ですら厄介事を起こせるのか。
 何にせよ、急いで探さないといけない。

「それじゃあ、あまり離れない様にしながらも、手分けして探すぞ。敵が出たら声を上げて、ミツルギとゆんゆんに駆け付けてもらい退治する。自慢じゃないが、俺達は戦力にならないと思ってくれ」
「わ、分かった。そこまで堂々と言い切られたなら、あまり頼りにはしないでおくよ。何かあったら呼んでくれればいい」

 俺はめぐみんとダクネスに、ゆんゆんとミツルギの傍から極力離れない様に告げると、敵感知を使いながら辺りを探る。
 うむ、敵は居ない。
 一階部分にいた敵兵は、先ほどの戦闘で大半を討ち取った様だ。

 罠の発見も敵の感知もでき、潜伏も出来る俺なら、ちょっとぐらい深入りしても大丈夫だ。
 ミツルギの仲間の盗賊の子は、ミツルギの傍から離れようとしない。
 なら、いざという時に潜伏で隠れられる俺が別行動した方が効率は良い。
 敵を察知したなら皆の所に逃げ帰ればいいのだ。

 城の内部構造は、さながらダンジョンの中の様だ。
 通路の所々に明かりがともり、侵入者を防ぐためなのか、その通路は入り組んでいた。




 ――と、俺は不思議な物を発見する。
 行き止まりの通路の奥に、『押すな』と書かれた紙が貼ってある。
 紙の前には魔法陣が描かれており、その隣にはボタンがあった。

 ……何なんだこれは。
 罠にしても分かりやす過ぎるだろ。
 俺は罠発見スキルを発動させると、案の定、これが罠だと分かる。
 だが、これが罠だと分かっただけで、一体なんの仕掛けなのかまでは分からない。
 一応罠解除スキルもあるのだが、これって、凄く昔に習得したのにちっとも鍛えていない所為で、成功率に不安があるんだよなあ。
 まあ、罠だというのなら触らなければどうって事は…………。





 ――いや待てよ。
 これは本当に罠なのか?

 考えてみれば、こんな単純な罠に引っ掛かるバカは居ない。
 となると、これは何かを隠す為のカモフラージュなのではないだろうか。

 例えば、魔王の部屋へと直通で行けるテレポーターだとか。
 そして緊急時には、魔王の部屋からここへテレポートが出来る様になっている、とか。
 罠発見に反応すると言う事は、何かが仕掛けられている。

 だが、逆にこう考えてみたら?

 緊急時のテレポーターを隠す為、何か小さな罠を仕掛けておく。
 そう、罠発見スキルに反応するのは、何も命に関わる物だけでは無いのだ。
 転送先が危険に満ちたものでなくても、転送された先で黒板消しが降ってくるとか、そんな物でも罠発見は反応する。

 魔王といえど、仮にも王様な訳だ。
 緊急時の脱出口くらい用意してあってもおかしくないし、魔王だって年中城に引き篭もっている訳でも無いだろう。
城に帰ってきたその度に、自室へ移動するのに迷路みたいなこの城を最上階まで登って行くというのも大変だ。
 確か魔王は結構な歳だと言っていたし。

 ――断言出来る。

 これは、罠じゃない!

「そこらのボンクラの目は欺けても、この俺の目は騙せなかった様だな……」

 そんな独り言を呟きながら、俺は魔法陣の上に立ち、押すなと書かれたボタンを押した。

 あっ、しまった。
 浮かれて押しちまったが、あいつらに声を掛けてからにすれば良かった。
 まあ、俺の考えが正しければ一方通行なんて事は無いはずだ。
 確認したら、直ぐ様とって返して――






 ――気が付くと、目の前の光景が一変していた。

 そこは、暗く湿った狭い部屋。
 まるで、ろくな明かりも無いそこは、今にも幽霊か何かが出そうな部屋で。
 そして、何処からともなく、女がすすり泣く様な微かな声が――!

「しまった、罠だ!」
「わああああーっ!」

 咄嗟に叫んだ俺の声に、驚く様に。
 薄暗い部屋の隅から、そんな悲鳴が聞こえてきた。

 ……………………おい。

「…………アクア……か……?」
「……へっ? …………カズマ……さん……?」

 そこに居たのは、部屋の隅で膝を抱えて小さくなっていたアクアだった。
 アクアが、一瞬ポカンとした表情を浮かべ、やがて、顔をクシャッと歪め……!

「カ、カズマ……! わああああああーっ! カズマさんカズマさんカズマさーん!」
 アクアは感極まった様に立ち上がると、よほど怖かったのか、そのまま俺の胸を目掛け……!


 俺の体は自動回避スキルを勝手に発動させて、胸元に飛び込んで来たアクアを華麗に躱していた。








「わあああああ! ふわあああああああ! あああああああああーっ!」
「悪かった! いや、しょうがないだろ、確率で勝手に発動するスキルなんだよ、ほら、俺が悪かったから泣き止めよ!」
 俺が身を躱した事で、壁に頭から激突したアクアは、未だ泣き止まずにいた。
 普段、もっと酷い怪我をしょっちゅうしてる癖に、なんでこんな時だけ泣き続けるのか。

「おい、いい加減静かにしろよ! ここは魔王の城なんだぞ! あんまし泣いてると、魔王の部下が駆け付けてくるだろうが!」
「だって、だって……! せっかく会えたと思ったら、カズマが、カズマがあああああ!」

 ああもう、面倒くさい!

「ほら、打った所見せてみろ、治してやるから。……『ヒール』!」

 俺はアクアの頭に出来たコブに手をかざすとヒールを掛けた。
 それを受けたアクアは、途端に泣き止む。
 ……いや。
 というか、目を一杯に見開いて……!

「ひ、ひーるした……。カズマが、カズマが、ヒールを使った……! あ、ああ、ああああ……! わああああああ、このクソニート、とうとう私のアイデンティティを奪いに来たわね! この私をトイレの女神と貶めただけでは飽き足らず、唯一の取り柄の回復魔法まで奪うつもり!? いいわ、掛かってらっしゃいロリコンニート! 私の本当の敵は、魔王じゃなくあんただったのよ! 今こそ決着を付けてあげるわ!」

「面倒くさい事ばっか言ってんじゃねえ! お前がホイホイほっつき歩いてる間に、こっちは散々苦労したんだぞ! 構ってちゃんな手紙残して消えやがって、めんどくせえ女だなお前は!」

「構ってちゃんとかめんどくさい女だとか、これはいよいよ天罰を食らわせるしかない様ね……! 水の女神を怒らせた事、後悔なさい……! お風呂を焚いても焚いてもぬるま湯にしかならない罰を与えてあげるわ!」
「天罰が地味なんだよ! だから……、って、おい待て!」

 遠くから聞こえてきた足音に、俺は盗聴スキルを発動させる。

「本当に女の声が聞こえたんだって」
「まさか。ここは上層階だぞ? 侵入者は未だ一階を彷徨いているって聞いたぜ?」

 こちらに向かって来る足音と共に、そんな話し声が聞こえてきた。
 と、俺がそんなスキルを習得した事など知らないアクアが。
「どうしたの? 急に変な顔しちゃって。変顔勝負がしたいの? いくら多芸な私でも、麗しの女神様なイメージが崩れるから、ちょっとそれは……」
「誰がそんなバカな勝負しろっつった! 変顔なんかしてねえよ、真面目な顔してんだよ! ていうか、魔王の手下がこっちに来るぞ! 隠れろ隠れろ!」

 暗い部屋の中、俺とアクアはわたわたと隠れられる場所を探す。

「そう言えば、お前はなんでこんな所にいるんだよ、お前もあのボタンを押したのか?」
「そうよ、押すなって書かれちゃうと押したくなる心理を突いた、あの高度な罠に嵌まったの! あれほどの高度な罠よ。直に、魔剣の人や他の皆もここに来るわ!」
「それもそうだな。人の心理の逆手を突いた、あれほどの罠だ。あいつらもきっとここにやって来るだろう。となると、時間稼ぎか……! おい、隠れられそうな所は……って、」
「「ツボ見っけ!」」

 俺とアクアは、人が隠れられそうなツボを見つけ、それを同時にタッチした。

「……ちょっとあんた、私が先に見つけたのよ。どっか他所に隠れなさいな」
「お前こそ、どっか他所に隠れろよ。……ああっ!」

 ツボの蓋を開けると、中には水が。
 どうやら、飲料水が湛えられたツボだったらしい。

「あらあら、これじゃあ私しか隠れられないわね。水の中でも大丈夫な、この麗しい水の女神様しか……!」
「なんだこんなもん」
「あーっ!!」
 アクアの勝ち誇った様な挑発に、思わずツボを蹴り転がした。
 派手な音と共にツボが割れ、辺りに水を飛び散らせる。


「今の音が聞こえたか!? 間違いない、誰か居るぞ!」
「そっちだ! そっちの部屋だ!」

 その音を聞きつけて、部屋の外から、今度は盗聴スキルを使うまでもない距離から声が聞こえた。

「何すんのよ! 何すんのよお!」
「ああっ、しまった! 俺とした事がこんなしょうもない失敗を! アクアへのツッコミが久しぶり過ぎて加減が……!」
「カズマは、たまにバカなのか賢いのか良く分からない時があるんですけど! どうしよう、見つかっちゃう!」








「そこにいるのは誰だ! 出て来い!」

 ドアが勢い良く開けられる音。
 それと共に、野太い声が響き渡る。

 俺とアクアは、部屋の隅の棚の陰に、縮こまりながら身を隠していた。
 潜伏スキルの恩恵を受けるためか、アクアが俺の服の裾をしっかりと掴み、ぴたりと身を寄せてくる。
 暗がりの中でも、暗視が可能な俺とアクアは、部屋に入って来た連中がハッキリ見えた。

 一人は鎧姿の漆黒の騎士。
 一人は、二メートルはゆうに超えそうな巨体を誇る、額にニ角を生やした赤銅色の鬼。
 それら二人が中を見渡し。

「居ないな」
「誰も居ねえぞ?」

 そんな事を口々に言う中で――

「いや、居る。そこに居る。超ピカピカしてる鬱陶しいぐらいに眩しい奴が、そこに居る!」

 しっかりとアクアが隠れている場所を指差し、朽ちたローブを着た半透明な幽霊――
 アンデッドモンスター、レイスらしきモンスターが口を開いた。

「アンデッドの癖に、この私を鬱陶しいだとか生意気よ! 欠片も残さず浄化してやるからね!」
「こんちくしょう、お前が一緒な時点で、きっと何かあるとは思ってたよ!」

 陰から飛び出しレイスに指を突きつけるアクアに続き、俺も剣を引き抜き飛び出した!

「やはり侵入者か! 早く応援を……。……いや待て? なんだこいつら、えらく弱っちそうだぞ」
「確かに余裕みてえだな。やるか? やるか?」
「マジかよ、俺、あの女の相手だけは勘弁な! アイツ、マジやべーって! 天敵の臭いがプンプンするわ!」

 好き勝手な事を言ってくる魔王の配下に、俺は剣を突き付け宣言する。
「アクア、支援は任せた! その代わり、前衛は俺に任せろ! お前としばらく会わない内に、数多のスキルを覚えて強化された、覚醒した俺の力を見せてやる!」
「きゃー、カズマさん素敵ー! ねえカズマ、芸達者になる支援魔法はいるかしら?」
「ください! アレはとても良いものだ!」

 戦闘態勢を取る俺達に、魔王の配下が身構えた。

「な、なんて騒々しくも緊張感の無い侵入者だ!」
「やっちまえ! このおちゃらけた二人組をズタズタに引き裂いちまえ!」
「おい、この女に近寄るだけで、俺の体が薄れるんだけど!」


 アクアが、支援魔法の用意をしながら言った。

「ねえカズマ、どうしてかしら! いつもと同じ、ピンチなのに! 褒められる状況じゃないはずなのに! 私、何だかとっても楽しいの!」
「ちくしょう、俺もだ! 何これ悔しい、でもなぜかホッとする!」



 戦闘開始――!


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